AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 1 2023, Vol.382

ウイルス防御における翻訳阻害 (Translation inhibition in viral defense)

原核生物のIII型CRISPR-Cas系は、外来核酸から宿主細胞を保護する複雑で効率的な障壁である。ウイルス感染に対処するために、これらの系ではしばしば、CRISPRのガイドRNAによるウイルスRNAおよびDNAの切断と、環状オリゴアデニル酸(cAn)シグナル伝達分子の合成を組み合わせるが、これがCRISPR-Cas防御を強化する多様な範囲の補助タンパク質を活性化する。Mogilaたちは、cAn-依存性エフェクター(Cami1:CRISPR-Cas-associated mRNA interferase 1と命名)をつきとめた。これはIII型CRISPR-Casシグナル伝達に応答して、翻訳中の細菌リボソームにおけるmRNAを切断して、これによってタンパク質合成と細胞増殖を阻止する。Cami1は活性なリボソーム・ストーク依存性の捕獲機構を用いており、これは真核細胞の抗ウイルス性リボソーム不活化タンパク質の捕獲機構と似ている。(hE,KU,kj,kh)

【訳注】
  • CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeat)-Cas(CRISPR-associated)系:遺伝子編集に応用される技術で,多くの細菌が持つ獲得免疫システムで,細菌に侵入してきたプラスミドや,ファージ由来のDNAあるいはRNAを異物として認識し分解する。III型クリスパー系は新しく転写されたRNAに結合したガイドRNAを中心にCas10、Csm2,3,4,5タンパク質が結合し、侵入してきたDNAと転写されたRNAを同時に分解する複雑なシステムである。
Science, adj2107, this issue p. 1036

ホウ素ラジカルは不斉触媒 (Boron radicals go asymmetric)

優れた触媒は、反応性を偏らせるに十分なほど反応物にしっかりと結合するが、次にその握りを十分に緩めて生成物を放出しなければならない。不対電子をもつラジカル触媒はまれであるが、その主な理由は、放出段階があまりにも好ましくないためである。Wangたちは、キラルなカルベン配位子に結合したボランからその場で生成されるホウ素ラジカルが、アルキン化合物の環化反応に対する効果的な不斉触媒としてこの釣り合いの取れた作用を達成することができ、医薬化学研究で興味深いさまざまな窒素複素環を形成することを報告している。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ボラン:水素化ホウ素(boron nydride)の総称。
Science, adg1322, this issue p. 1056

2つの顔を持つ受容体 (Two-faced receptor)

エフリンA型受容体2(EphA2)は、互いに接触している細胞間のシグナル伝達を仲介する膜結合性リガンドであるエフリンの受容体である。EphA2は、結合状態と非結合状態の両方がシグナル伝達に関与するという点でまれな受容体であり、前者は腫瘍抑制効果を生じ、後者は腫瘍発生を促進する。Shiたちは、最先端の時間分解蛍光分光法であるパルス交互励起蛍光相互相関分光法(PIE-FCCS)を用いて、サルの生きた腎臓においてEphA2の構造特性を観察した。この方法は受容体拡散とオリゴ体化の測定を可能にした。非結合状態の受容体は多量体を形成し、これが受容体の有するキナーゼ・ドメイン同士を引き離し、それにより他の付随キナーゼを通じたシグナル伝達を促進した。リガンドの結合は立体構造変化を促進して明瞭な受容体クラスター構造が形成され、その構造では、細胞内のキナーゼ・ドメインが受容体のチロシン残基へのリン酸基転移に関与した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • エフリンA型受容体2:細胞膜に存在する受容体型チロシンキナーゼの1種。細胞外にシグナル分子への結合部位をもち、細胞質領域にタンパク質のチロシン残基を特異的にリン酸化するチロシンキナーゼ活性部位を持つ。細胞膜に存在するリガンドであるエフリンと結合することによって細胞内にシグナル伝達する。
Science, adg5314, this issue p. 1042

日々強くなっていく (Growing stronger every day)

大気中二酸化炭素(CO2)の濃度増加が地球の平均表面気温に及ぼす影響は、一定であると予想されているようである。しかし、Heたちはそうではないことを見出した。大気中CO2濃度の2倍化は、CO2のどんな増加であれその影響を約25%増加するが, これは気候学的基本状態に誘発される変化のためだ。人為的CO2排出が大気中CO2濃度を上昇させるほど、その影響はより深刻になるだろう。(Uc,nk,kh)

Science, abq6872, this issue p. 1051

予期しない格子回転 (Unexpected rotation)

材料がどのように変形するかを正確に特定することは、より優れた工学技術と設計の鍵となる。Heたちは、3次元顕微技術を用いて、繰り返し変形の際の多結晶ニッケル中の結晶粒子を追跡した。著者らは、これらの粒子がある方向とその逆方向の双方に回転するだけでなく、時には格子の内部回転も生じていることを見出した。この予期しない格子回転は粒子が大きいほど頻繁に発生しており、逆応力と呼ばれる現象によるものであって、この回転を引き起こす転位滑りを推進する。この発見は、変形を引き起こすための重要かつ明確な機構を表しており、より良い材料設計につながるかもしれない。(Sk,nk,kj,kh)

Science, adj2522, this issue p. 1065

破るのが難しい法則(A tough law to break)

多くの材料において熱伝導率と電荷伝導率の比は、絶対零度近傍で温度に比例することが知られていた。ウィーデマン・フランツの法則と呼ばれるこの挙動は、同じ準粒子が熱輸送と電荷輸送を担う場合に出現すると予想されている。しかし、強相関材料においては、準粒子を定義することができないかもしれない。Wangらは、ドープ型ハバード・モデルにおける熱輸送と電荷輸送についての包括的な数値解析を行ったが、そのモデルは強相関を導入する。驚くべきことに、筆者らは、温度を数値計算が可能な限り下げていくと、系はウィーデマン・フランツ則の限界に近づくことを見出した。(NK,KU,nk,kh)

Science, ade3232, this issue p. 1070

ホットスポットは変異の温床である (Hotspots are hotbeds of mutation)

減数分裂組換えは、対立遺伝子の新たな組み合わせが集団内で生じ、選択がより効率的に作用することを可能にする。しかしながら、このプロセスは本質的に変異原性であることも知られており、進化中に組換えホットスポットの高い更新回転を引き起こす。Hinchたちは変異多様体のデータを集めて、ヒトにおける組換えホットスポット近傍での高分解能の変異プロファイルを作成した(Baudatとde Massyによる展望記事参照)。彼らは、これらの変異プロファイルがDNA修復機構の既知の偏りと合致し、これまで考えられていたよりも高い頻度で起こり、父方の生殖系列における変異のより高い負荷と一致していることを見出した。この研究は、変異プロセスの詳細な考察を提供し、減数分裂組換えによる新規な変異の負荷を列挙している。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 変異原性:生物の遺伝情報(DNAの塩基配列あるいは染色体の構造や数)に不可逆的な変化を引き起こす性質。
Science, adh2531, this issue p. 1012; see also adl2021, p. 997

野生近縁種との遺伝的混合とトウモロコシの起源 (Admixture and the origins of maize)

植物の栽培化と動物の家畜化は、特定の形質の淘汰に、野生近縁種由来の望ましい新規形質が交わって、特徴づけられることが多い。Yangたちは、1000種類以上のトウモロコシとその近縁種から得られた遺伝子データを調べて、この主要農産物の複雑な起源を明らかにした。彼らは、最初の栽培化の後に、栽培化トウモロコシの近縁種であるZea mays ssp. mexicana(一般名はテオシント)からの遺伝子移入が、中央アメリカ各地への伝播以前にメキシコ高地で生じた証拠を見出した。この野生近縁種から取り込まれた対立遺伝子が光周性と開花期に影響を及ぼしていて、このことは栽培化の期間に、Zea mays ssp. mexicana由来の形質が有益だったかもしれないことを示唆している。これらの結果は、栽培化の歴史を解明する上で、試料を幅広く採取することの重要性を実証するものである。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 光周性:生物が季節性の日照時間の変化に応じて反応すること。
Science, adg8940, this issue p. 1013

作用中のDNAフォトリアーゼを観察する (Watching DNA photolyases at work)

紫外線照射は、DNAに損傷を引き起こすことがあり、そこでは隣接する2つの塩基がシクロブテン・ピリミジン二量体として共有結合する。しかしながら、これらの損傷を修復する酵素も、光のエネルギーを利用して修復反応を開始する。2つの独立したグループ、Maestre-ReynaたちとChristouたちは、X線自由電子レーザーでの時間分解結晶構造解析を用いて、ピコ秒からマイクロ秒に至るDNA修復のプロセスを捉えた (Vosによる展望記事参照)。曲がったフラビン立体構造が励起パルス後の非常に早い段階で現れ、酵素は補因子の立体構造を束縛して脱励起よりも損傷部位への電子伝達を促進する。シクロブタン二量体は、一度に1結合ずつ切断され、一過性の単結合中間体は1ナノ秒で優勢となる。切断後、分離された塩基は損傷部位よりも活性部位においてより多くの空間を占め、このことが酵素からの解離を容易にする。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • フォトリアーゼ:紫外線に曝露されたことによって起こるDNA損傷を修復するDNA修復酵素。フラボタンパク質で2つの集光補因子を有しており、光回復酵素として知られている。
Science, add7795, adj4270, this issue p. 1014, 1015; see also adl3002, p. 996

1万回のまばたき (Ten thousand winks)

夜遅くに車を運転したことがある人ならおそらく誰でもマイクロスリープの覚えがあるだろう、つまり他方では眠らないよう注意を払っている中に, 望まないのに突然現れる、数秒の「睡眠」発作のことだ。状況によっては、このような覚醒状態の中断は危険であるが、累積的な睡眠の恩恵を提供してくれるのであれば、継続的に警戒する必要のある動物にとっては有用であるかもしれない。Libourelたちは、遠隔脳波監視法を用いて、ヒゲペンギン(Pygoscelis antarcticus)の繁殖においてこの仮説を検証した (HardingとVyazovskiyによる展望記事参照)。ペンギンたちは1日に1万回以上うとうとし、1回あたりわずか4秒程度であったが、総計では11時間近い睡眠にうまく達することが出来た。彼らの繁殖成功は、この方法が彼らに必要な睡眠をとらせることを可能にしていることを示唆している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, adh0771, this issue p. 1026; see also adl2398, p. 994

分極する犠牲 (A polarizing sacrifice)

電気熱量材料は、電場の変化に応じて熱を汲み上げることができるため、固体冷却用途に有用である。Zhengたちは、沸点の低い犠牲有機結晶を用いて細孔を導入すると、あるターポリマーに非常に大きな電気熱量効果が現れることを発見した。細孔周囲のポリマー界面には分極性材料が多く含まれており、これが大きな電気熱量効果を生み出している。著者たちは、この多孔質材料が 300万回の電界周期の後も安定であることを示している。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • ターポリマー(terpolymer):3種の異なるモノマーからなるポリマー。
Science, adi7812, this issue p. 1020

小さな恒星、大きな系外惑星 (Small star, big exoplanet)

惑星は、自己形成の過程を経つつある若い星の周囲にある、ガスと塵の原始惑星系円盤の中で形成される。円盤内の物質の量が、惑星の成長できる大きさを決める。Stefanssonたちは、近赤外分光法を用いて近傍の低質量星を観察した。彼らは、少なくとも地球の質量の13倍の系外惑星が周回していることによるドップラー効果を検出した。この質量は、海王星のものとほぼ等しい。理論モデルは、低質量星の周りでのそのような大質量惑星の形成を予測していない (Massetによる展望記事参照のこと)。著者たちはシミュレーションを用いて、もし原始惑星系円盤が主星から予想されるものよりも10倍大きいと、その存在が説明できるかも知れないことを示した。(Wt,kh)

Science, abo0233, this issue p. 1031; see also adl3365, p. 999

皮膚TRM部分細胞集合の選択的除去 (Selectively ablating skin T cell subsets)

> 組織常在型記憶T(TRM)細胞は、さまざまな組織ニッチを占有し、さまざまな特殊な機能を果たす長期生存の記憶T細胞である。ヒト皮膚における2つの重要なTRM部分細胞集合は、抗ウイルスと抗がんの役割を持つインターフェロンγを産生する細胞傷害性TRM1細胞と、抗菌免疫と創傷治癒反応に関与するインターロイキン-17を分泌する細胞傷害性TRM17細胞である。しかし、どちらのTRM細胞の亜型も皮膚の病態に寄与する可能性がある。マウスを研究して、Parkらは、皮膚TRM1細胞がTRM17細胞と比較して自らの分化に対して異なるシグナル伝達経路を必要とすることを立証した。TRM17細胞は、TRM1の発生に関与するシグナル伝達軸の要素を標的とすることによって選択的に除去される可能性がある。(Sh,kh)

【訳注】
  • 組織常在型記憶T(TRM)細胞:主に粘膜臓器に常在し、臓器特異的な免疫応答をつかさどる記憶T細胞の集団。上皮などのバリア組織にも存在しており、バリア障害への迅速な対応と、関連する病原体への対応を担っている。
  • 細胞傷害性T細胞:宿主にとって異物になる細胞(移植細胞、ウイルス感染細胞、癌細胞など)を認識して破壊するリンパ球T細胞の一種。表面に共同受容体であるCD8分子を発現しているT細胞から分化するため、CD8陽性T細胞やCD8+T細胞」とも呼ばれる。
Science, adi8885, this issue p. 1073