AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 15 2023, Vol.381

ペプチドが防御を促進する (Peptide promotes protection)

ニューロメジンU(NMU)は、受容体NMUR1を発現するグループ2自然リンパ球細胞を活性化することにより、アレルギーおよび抗寄生蠕虫宿主防御に見られる2型免疫応答を駆動できる神経ペプチドである。NMUが2型免疫において他の関与要因を活性化するかどうかは、議論が続いている。単細胞RNA配列決定とフェイト・マッピング・レポーター・マウスを用いて、Liたちは、小腸に存在する好酸球のサブセットもこの受容体を発現することを見出した。NMUを介した小腸好酸球の活性化は、杯細胞の分化と腸内寄生虫の効果的な駆除を促進する。(KU,kh)

【訳注】
  • フェイト・マッピング(fate-mapping):細胞種や組織の発生段階での起源を解析するための方法(蛍光タンパク質やレポーター遺伝子を用いる)。
  • 杯細胞(さかずきさいぼう):粘液分泌性の単細胞腺。腸絨毛においては吸収上皮細胞間に散在する。
Science, ade4177, this issue p. 1189

リソソームのシグナル伝達分子の供給源 (Source of a lysosomal signaling molecule)

リソソームは、小児期と加齢に伴う神経変性疾患において、神経細胞の健全性維持に重要な役割を果たしている。リソソームの機能は、ビス(モノアシルグリセロ)リン酸(BMP)として知られる謎の脂質によって強化されて有効になる。BMP濃度の変化は神経変性と関連しており、BMPの蓄積がリソソーム機能不全に対する火消し役反応であるとますます認識されつつある。しかし、BMP生成に関与する酵素は何十年もの間不明のままであり、その理解と適用の可能性を妨げている。Medohたちは今回、CLN5遺伝子が長い間探し求められていたBMP合成酵素をコードしていることを明らかにしている。CLN5遺伝子の欠損は重篤な神経変性疾患を引き起こす。この発見は、BMPの基礎的側面に関しての、および神経変性やそれ以外の治療への応用に関しての、これからの研究に対する基盤を確立するものである。(ST,kj,kh)

Science, adg9288, this issue p. 1182

学習は問題解決を予測する (Learning predicts problem-solving)

鳥は発声することでよく知られている。多くの人はこれらの鳴き声を本能的なものだと考えているが、実際は、非常に多くの鳥類は適応性のある発声学習者であり、人間にも備わっているこの特性は、言語の発達に不可欠であり、複雑な認知に関係している。Audetたちは、20種以上の北米の鳥類を対象に行動実験を行い、鳴禽類の発声学習がさまざまな認知能力と関連しているかどうかを検証した。その結果彼らは、最も複雑な発声学習能力を持つ種が、また最も優れた問題解決能力を持ち、体の大きさに対して最も大きな脳を持っていることを見出した。(Uc,kh)

Science, adh3428, this issue p. 1170

シナプス前部の破壊 (Presynaptic demolition)

ユビキチン・リガーゼ Ube3aは、神経発達障害と関連している。その不活性化は発達障害のアンジェルマン症候群を引き起こし、Ube3a活性の増加は自閉症スペクトラム障害と関連している。Furusawaたちはシナプス前部の段階でのUbe3aの役割を研究し、発生中のシナプス異常がこれらの障害発生の原因かもしれないと推論した。著者たちはショウジョウバエ・モデルを用いて、Ube3aが軸索シナプス前部の除去と機能に関与していることを示した。軸索末端における高濃度のUbe3aは早熟なシナプス前部の除去を引き起こしたが、局在化欠陥による軸索終末からのUbe3a消失は正常なシナプス前部除去の欠陥と関連していた。この結果は、Ube3aを介したアンジェルマン症候群や自閉症スペクトラム障害などの障害の発症を仲介する機構を説明する可能性を与えるものである。(KU,kj,kh)

Science, ade8978 this issue p. 1197

キナーゼ複合体の多様な解析 (Multimodal analysis of a kinase complex)

分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)は、真核生物におけるさまざまな刺激に対する細胞応答において中心的役割を果たす。シグナル伝達連鎖が上流の一連のキナーゼによって起こり、最終的にはMAPKの二重リン酸化という結果になる。そのリン酸化は一時的かつ動的な複合体中で起き、そのため従来の構造的方法では可視化が困難である。Juyouxたちは、低温電子顕微鏡法、生物物理学的技術、および分子動態シミュレーションを組み合わせて、MAPK p38αとその上流キナーゼであるMKK6との間の活性複合体のモデルを構築した。このモデルに基づいて、著者たちは、特異的相互作用、選択性、およびp38α活性化の全体的機構について議論している。これらの知見は医薬開発のためにMAPKを標的として探求する研究者にとって重要なものとなるであろう。(hE,kh)

Science, add7859, this issue p. 1217

完全な素子上学習を実現する (Implementing fully on-chip learning)

メモリスタを用いたコンピューター技術は、伝統的な計算アーキテクチャが有するいわゆる「フォン・ノイマン・ボトルネック」を克服できる可能性を有するため近年大きな注目を集めている。特に、メモリスタ技術はさまざまなエッジ知能を実現するために必要な時間効率及びエネルギー効率の良い素子上学習を実現する可能性を秘めているが、完全な素子上学習を実装することは未だ挑戦的課題である。Zhangたちは、この課題を解決するためにメモリスタを主体とする、sign- and threshold-based learning(STELLAR)アーキテクチャを提案している。彼らは、完全な素子上学習を支援する複数のメモリスタ配列と、必要な相補性金属酸化膜(CMOS)半導体周辺回路全てからなる全システム集積チップを作製した。著者たちはさらに、運動制御、画像分類、音声認識といったさまざまなタスクにわたって徹底的な素子上改善学習を行い、ソフトウエアに匹敵する高い精度と低いハードウェア経費を実現している。本研究は、メモリ中計算における重要な進歩である。(NK,nk,kh)

【訳注】
  • メモリスタ:電流を流すことによりその抵抗値が変化し、電流を流すのをやめるとその時点での抵抗値を記憶しておくという性質を持つ電気回路素子。
Science, ade3483, this issue p. 1205

ミクログリアはシナプスを飲み込むか? (Do microglia engulf synapses?)

脳の常在免疫細胞であるミクログリアはシナプス・タンパク質を含んでいることがあり、ミクログリアの食作用活動を促進する分子機構の一部はシナプスの減少も促進している。これらは、ミクログリア細胞はシナプスを飲み込んで除去する「剪定」と呼ばれる作用を行う、という広く知られた見解に至った重要な観察である。展望記事において、EyoとMolofskyは、それぞれがこれまでになされた観察結果を説明するかもしれない幾つかの異なる筋書きを説明している。彼らは新しい用語を提案し、ミクログリアとシナプスの間の複雑な相互作用についてのより深い研究を呼び掛けている。(Sk,nk,kh)

Science, adh7906, this issue p. 1155

免疫細胞がヒト結腸の健全性を保つ (Immune cells maintain human colon health)

炎症性腸疾患(IBD)は、クローン病と潰瘍性大腸炎という2つの病状のことを指す。IBDの患者は、腸管上皮性関門が壊される慢性腸炎を起こしている。Dartたちは、ヒト結腸の生検試料を調べ、Vγ4 γδTリンパ球と呼ばれる腸免疫細胞を同定した(GalipeauとVerduによる展望記事参照)。健康な人では、このγδ T細胞のサブセットはブチロフィリン様(BTNL)タンパク質であるBTNL3とBTNL8を発現する腸上皮細胞によって抑制される。これに反し、クローン病患者からの生検試料の分析は、欠陥のあるBTNL3:BTNL8融合タンパク質をコードする遺伝子の多型を示し、この遺伝子変異はIBDの重症度と相関していた。これらの知見は、障壁の免疫作用に対する理解を向上させ、その結果、IBDの管理に対して新しい視点を提供するかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • クローン病:全消化管に炎症性の潰瘍などの病変が生じる疾患。
  • 潰瘍性大腸炎:腸の粘膜に炎症や潰瘍ができる疾患。
  • γδTリンパ球:ヒト末梢血中のTリンパ球の大半はαβ鎖からなる受容体を発現するTリンパ球であるが、γδTリンパ球はγδ鎖からなる受容体を発現する。Vγ4 γδTリンパ球は受容体中の可変領域(V領域)が、14個からなるVγ遺伝子群の4番目の遺伝子が発現しているもの。
Science, adh0301, this issue p. 1169; see also adj9724, p. 1153

アルツハイマ—病で神経細胞は如何にして死ぬのか? (How do neurons die in Alzheimer’s disease?)

神経細胞は、人体で最も寿命が長く永続性の細胞型の1つである。Balusuたちは、ヒト神経細胞をアミロイド斑を持つマウスの脳に異種移植した(SirkisとYokoyamaによる展望記事参照)。ヒト神経細胞は、マウスの神経細胞と違って、神経原線維変化やネクロトーシスなどの重度アルツハイマー病の症状を示した。ヒト神経細胞は、アミロイド斑に応答して、神経細胞特異的な母系発現遺伝子3(MEG3)の発現を増加させた。MEG3の発現減少は、アルツハイマー病の異種移植片モデルで神経細胞を死から守った。MEG3の下流側、つまりネクロトーシス経路におけるシグナル伝達キナーゼの遺伝子的あるいは薬理的操作もまた神経細胞を守った。これはアルツハイマ—病の治療的手段につながる可能性を示唆するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アミロイド班:タンパク質であるアミロイドβが脳中で処理されずに蓄積した凝集体。顕微鏡下でシミ状に見える。
  • ネクロトーシス:非プログラム細胞死の一種であるネクローシスと同じ形態を持つプログラム細胞死。細胞の膨張、ミトコンドリアなどの細胞小器官の崩壊や核融解を経て細胞膜の崩壊に至る。
Science, abp9556, this issue p. 1176; see also adk2009, p. 1156

パワーの頻発 (A frequent burst of power)

マイクロロボットシステムの重要な課題は、動力を効率的に供給し、その動力を機械的な力と変位に変換することである。Aubinたちは、化学燃料の燃焼によって高周波数で駆動できる軽量なアクチュエータを開発した(Trubyによる展望記事参照)。この高速性能を達成する鍵となるのは燃焼の受動的消火で、それがバルブの必要を除去する。このアクチュエータを用いて、著者たちは、歩行、回転(方向制御)、それに跳躍、つまり移動能力のマイクロロボットでは珍しい連携動作が可能な、昆虫の大きさの四足歩行ロボットを作製した。(Wt,kh)

Science, adg5067, this issue p. 1212; see also adk0522, p. 1152