AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 16 2023, Vol.380

化石の葉序 (Fossil leaf arrangements)

植物の地上部分は茎の周りに器官(葉や花)を配置しており、この配置が植物の構造を決定している。ほとんどの既存の植物種では、器官はその前の器官から137.5°の角度で出現する。これが器官の間断ない螺旋をもたらし、その時計回りおよび反時計回りの螺旋の数はフィボナッチ数列での順列数を形成している。Turnerたちは、ライニー・チャートの化石から初期の小葉植物の葉序を再構成し、その結果としてフィボナッチ型の様式が現生の陸上植物にとって先祖伝来のものではないことを示唆する、代替の葉序を発見した。著者らはまた、小葉植物の葉が新たに進化したのではなく、生殖体構造の変化に由来するという仮説の裏付けを見出した。この研究は、多様な初期の植物がどのようにして今日見られる植物の形態に進化したかについての洞察を提供している。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ・ライニー・チャート:スコットランドのライニー付近のデボン紀前期の地層であり、当時の陸上生物の遺骸が堆積した土(泥炭)が短期間に珪化したことにより、当時の陸上生態系がそのまま保存されている。
  • ほとんどの既存の植物種では、器官はその前の器官から137.5°:この記述は現実植物の葉序を離れていて、太陽光有効利用の観点からのフィボナッチ数列によってモデル化された葉序に従っている。 次の "Fibonacci sequence" に関する解説記事から https://www.projectrhea.org/rhea/index.php/MA279Fall2018Topic1_Leaves
  • 小葉植物:ほとんどの現存植物が多数の葉脈を含む大葉を持つのに対して、一部のものは葉脈が高々1本の小葉を持つ。
Science, adg4014, this issue p. 1189

広帯域グラフェン光検出器 (Broadband graphene photodetectors)

グラフェンが持つバンド構造と最高の電荷輸送能は、光検出器のような広帯域光電子素子の量産に有用であると考えられてきた。しかし、光吸収能とキャリア抽出能に課題があり、この目標を実現することが困難であった。Koepfliらは、500ギガヘルツ・バンド幅を有するグラフェン系光検出器を実験的に検証した。筆者らは、光吸収能を増強する為にメタマテリアルを導入し、キャリア抽出能を最大化する為に接合部に工学的工夫を行った。広いスペクトル範囲 (1400~4200nm) にわたってこのような広いバンド幅で動作する超高速光検出器は、センシングとテレコミュニケーションの用途に役立つだろう。(NK,KU,kj)

Science, adg8017, this issue p. 1169

低速電子を支配する (Mastering slow electrons)

凝集物質が高エネルギー放射線にさらされるとき、生成する最も一般的で有害なものの1つが低エネルギー電子で、それは生体組織に損傷を引き起こすことがある。そのような電子のエネルギー依存的活性度は、低エネルギーを制御してその場研究を行うことが困難なために、ほとんど未調査のままである。Hartwegたちは、二重イメージング光電子-光イオン同時測定分光法と金属-アンモニア・クラスターの紫外光励起に適用された量子化学によるモデル化を用いることで、高収率の低速電子を効率よく生成することにつながる、従来にない電子移動仲介性崩壊過程を実証した。提案されたその場低速電子形成技術は、幅広い科学専門分野への実用化に道を開くものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 金属-アンモニア・クラスター:ここではNa(NH3)nのことを指している。
  • 崩壊過程:紹介文は触れていないが、紫外光励起によって生成される二電子(dielectron)の崩壊を言っている。
Science, adh0184, this issue p. 1161

支える役から主役へ (From support to starring role)

不均一系触媒では、金属ナノ粒子の大きさを変更することにより、最適化できる反応がある。Muravevたちは、酸化セリウムナノ粒子からなる担体の大きさが、低温での一酸化炭素の酸化に対する高分散パラジウム触媒の反応性を変化させることを示した。最小の担体(4ナノメートルの大きさ)上のパラジウムの単一原子は、反応混合物が一酸化炭素に富んでいる場合に最も活性化したが、中程度の大きさの担体(8ナノメートルの大きさ)では酸素に富んだ供給物(反応混合物)がよりよく機能した。これらの違いは、担体の大きさに応じたパラジウム-酸化セリウム界面の酸化還元特性に起因すると考えられる。(Sk,nk,kh)

Science, adf9082, this issue p. 1174

もっと後の溶岩 (Later lava)

オントン ジャワ台地は、約200万平方マイル(518万平方km)をカバーする海底の巨大火成岩の地帯で、白亜紀に地質史上最大かもしれない火山噴火で形成された。その形成年代は、1億2800万年前から1億2000万年前というのが定説である。しかし、Davidsonたちは、高精度の 40Ar/39Ar年代を測定し、1億1700万年前から1億800万年前という、もっと後の時期に年代を特定した。これらの日付は、これまで示唆されたような、オントン・ジャワ台地の形成が海洋無酸素事変 1aの原因ではなかったことを示している。(Wt,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 日本の大きさは 38万平方kmである。
  • 海洋無酸素事変:有機物に富む海成の黒色砂岩から推測される、中生代海洋の中層・深層における大規模な無酸素の発生事変を言う。生物の大量絶滅を引き起こしたほか、石油と天然ガスの生成につながったとされる。
Science, ade8666, this issue p. 1185

オリゴのためのワンポット解決法 (A one-pot solution for oligos)

治療用のオリゴヌクレオチドは、遺伝子発現を調節する核酸の短い連なりで、分解から保護するために、通常は糖またはリン酸部分に修飾をもつ。この医薬の幅広い利用が、部分的には、合成、送達および安定性の難しさによって限定されてきた。Moodyたちは、ポリメラーゼとエンドヌクレアーゼを用いる等温生体触媒過程を開発した。ポリメラーゼは鋳型の連鎖を修飾ヌクレオチドで伸長し、エンドヌクレアーゼは生成した連鎖を放出して鋳型を再生する。著者らは、いくつかの臨床的に関連するオリゴヌクレオチドを合成することによって、この方法の多用途性を示した。プロセス質量強度分析によると、この生体触媒的方法は伝統的な合成よりも、資源の消費と反応廃棄物の産生がより少なくて済む可能性がある。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • プロセス質量強度(Process Mass Intensity, PMI):製造するために使用された資源材料の総質量に対する、製品質量の比。製造反応の効率と環境への影響を評価するために用いられる。
Science, add5892, this issue p. 1150

異常な相転移に迫る (Closing in on an unusual phase transition)

関係のない対称性を持つ相の間の相転移は、不連続であると予想されている。ほぼ20年前、このような相間の、ある別の連続的な種類の遷移が、非閉じ込め量子臨界点(deconfined quantum critical point:DQCP)という名前で提案された。しかし、DQCPを実験的に観察することは非常に困難であることが判った。Cuiたちは核磁気共鳴を使用して、さまざまな圧力における層状材料SrCu2(BO3)2の磁場駆動転移を研究した。高圧において、実験結果は数値計算と組み合わせると近傍DQCPの存在を示した。(Wt,nk,kh)

Science, adc9487, this issue p. 1179

老化ハエの細胞図 (A cellular view of the aging fly)

老化は多細胞生物における基本的な過程であり、老化に関連する多くの表現型は哺乳類だけでなくそれ以外の種でも保存されている。しかし、生物の生涯にわたって組織横断的に細胞の老化過程を特徴づけることは、これまでのところ困難であった。Luらは、ミバエ(Drosophila melanogaster)の生涯にわたって、複数の時点で単一核RNA配列の決定を行った。彼らは、163種類の細胞で85万個以上の核を調べて、老化過程における遺伝子発現と細胞組成の変化を特定し、それらを用いて老化時計を開発した。この地図帳は、この重要なモデル生物における老化過程を研究するための資源として役立つであろう。(ST,kh)

Science, adg0934, this issue p. 1145

ニューロンの活動はアストロサイトを変化させる (Neuronal activity alters astrocytes)

アストロサイトは、神経調節物質からの入力に応答することができる。しかし、脳機能回路におけるアストロサイト中の神経調節物質の役割は十分に解明されていない。Sardarたちは、アストロサイトの神経調節物質輸送体であるSlc22a3の欠失が、細胞内セロトニン濃度の低下をもたらし、カルシウム・イオンを介したセロトニン応答を損なうことを発見した (VasileとRouachの展望記事を参照)。これらのセロトニンの不足は、ヒストンのセロトニン化が減ったSlc22a3欠失アストロサイトに現れる。γ-アミノ酪酸(GABA)合成遺伝子の発現は、ヒストンのセロトニン化によって調節されている。これらGABA遺伝子発現の変化は、Slc22a3が欠如したアストロサイトからのGABA放出の減少を伴う。嗅球中のアストロサイトでのヒストンのセロトニン化の抑制は、GABA放出の減少と嗅覚処理能力を弱める。(Sh,kj)

【訳注】
  • アストロサイト:神経系を構築する細胞のうちニューロン以外をグリア細胞と言い、アストロサイトはそのグリア細胞の一種で、多数の突起を有する形状を示す。ニューロンへの栄養供給、血液脳関門の形成、神経伝達の補助などの役割を担っている
  • 神経調節物質:イオン・チャネル受容体を直接活性化しないが、神経伝達物質とともに作用して、受容体の興奮性または抑制性の反応を増強する物質。神経伝達物質と知られる物質でも、その場での機能から神経調節物質と呼ばれることもある。
  • ヒストンのセロトニン化:セロトニンがヒストンのグルタミン残基と結合することによって、持続的な共有結合を形成し、細胞内プロセスを活性化する、受容体に依存しないシグナル伝達機構。。
  • 嗅球:脳の前方、終脳の先端部にあり、鼻腔にある嗅細胞が受容した匂い分子の情報を処理し、高次の嗅覚中枢へ伝える脳の一領域。
Science, ade0027, this issue p. 1146; see also adi5765, p. 1105

ベリリウムの強固な結合 (A solid bond for beryllium)

ベリリウムについて聞いたことのあるほとんどの人は、エメラルドの構造成分の一つとしてしかそれを知らない。その分子の化学的性質はさらに不明瞭であるが、この元素が自分自身と結合するように誘導できるかどうかについて、数十年にわたる論争を引き起こしてきた。Boronskiたちは、今回、昔からの、難問の一例であったベリリウム-ベリリウム結合を特色とする、室温で固体状態で安定な分子を報告している (Duttonによる展望記事参照)。個々のベリリウム中心は、シクロペンタジエニル配位子にも結合している。この化合物はX線結晶構造解析によって特徴づけられ、金属ヨウ化物と還元的に反応してアルミニウムおよび亜鉛と結合を形成した。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • エメラルド:緑色を呈する緑柱石(beryl:化学組成はBe3Al2Si6O18で元素ベリリウムが発見された鉱物)の宝石品質のもの。
Science, adh4419, this issue p. 1147; see also adi5762, p. 1106

メジロザメ減少中 (Reef sharks in decline)

近年、サメの壊滅的な減少が注目されている。その多くは、直接・間接的な捕獲によって大きな脅威にさらされている大型の遠洋性種に焦点が当てられている。Simpfendorferたちは、小型の、サンゴ礁周辺に生息するサメとエイの種を世界的に調査し、サメ類の急速な減少を見出した(Shiffmanによる展望記事参照)。最も一般的なメジロザメの5種は、最大73%の減少が発生している。サンゴ礁においてサメの種が減少する一方で、エイの種が増加しており、生態系全体の転換を示している。種は、積極的保護が行われているときに最もよく保護されており、このことはよりよい維持のための道筋を示唆している。(Uc,kj,nk,kh)

Science, ade4884, this issue p. 1155; see also adi5759, p. 1104

ポラリトンの化学は可能である (Polariton chemistry is possible)

ポラリトンと呼ばれる光-物質ハイブリッド状態は、微小空洞内の共鳴分子遷移とフォトニック・モードの間の強い相互作用によって形成され、化学における長年の目標である化学反応を電磁場を用いて制御するために用いることが出来るかもしれない。残念なことに、そのような「ポラリトンの化学」は、未だに一連の説得力のある実証に欠けている。Ahnたちは、さまざまな強い光-物質カップリング条件下で、シクロヘキサノールによるフェニルイソシアネートのアルコーリシスに関する共同した実験的および理論的研究を実施した。理論的および実験的結果の厳密な解析を通じて、著者たちは、空洞変化による反応性がどのように生じるかについて説得力のある議論を提供している。これらはこの新興分野にとって必要な結果である。というのは、確認に失敗した再テストの報告後に論争を引き起すこととなった初期の観察にたいして、これらが重要な補強証拠を提供するからである。(KU,kj,nk,kh)

Science, ade7147, this issue p. 1165