AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 13 2023, Vol.379

損して得とれ (Loss leads to gain)

ハチドリは真の空中停止飛行を行う。これは信じられないほどエネルギーを大量に消費する活動である。この運動の生理学については多くのことが知られているが、その進化の根底にある遺伝学についてはほとんど分かっていない。Osipovaたちは、鳥のゲノムの新たに配列決定されたデータと以前に決定されていたデータを調べて、この高エネルギー運動を促進する重要な変化を探した。彼らは、空中停止飛行が進化するにつれて、糖新生筋酵素であるFBP2が失われることを見出した。鳥類の細胞株におけるこの遺伝子のノックアウト(破壊)は、すべてが高いエネルギー効率につながる、解糖、ミトコンドリアの産生、およびミトコンドリア呼吸の増加をもたらした。これらの結果はまた、遺伝子の喪失が、いかにして適応性をもたらし得るかを示している。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 細胞株:細胞特性及び遺伝的背景が均一な細胞集団。
Science, abn7050, this issue p. 185

心疾患を編集して遠ざける (Editing away heart disease)

虚血再灌流傷害は、酸素欠乏後に生じる組織損傷であり、心臓発作や脳梗塞などの一般的なものを含むさまざまな発作後に見られることがある。この損傷で活動する重要なタンパク質は、カルシウム・カルモジュリン依存性キナーゼIIδ(CaMKIIδ)である。Lebekたちはマウス・モデルにおいて、CRISPR-Cas9遺伝子編集を用いてCaMKIIδを標的にすることが、虚血再灌流傷害から心組織を守る成功性のある治療介入であることを見出した。重い心臓損傷からマウスが回復するには、虚血に曝された直後に遺伝子編集試薬を注入することで十分だった。これは、心臓発作が生じた後の治療介入が遅すぎないかもしれないことを示唆している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 虚血再灌流傷害:血流が遮断されて虚血状態にある臓器・組織に、血液が再び通ることになった(再灌流)際に、その臓器・組織内の微小循環で種々の毒性物質の産生が生じることで引きおこされる傷害。
Science, ade1105, this issue p. 179

化学反応における立体効果 (Steric effects in chemical reactions)

反応性散乱における立体(配向依存)効果は、その存在が化学動力学理論においてよく知られているが、最も基礎的なレベルでこれらの現象を厳密に探究する、実験と理論を組み合わせた研究が必要である。Wangたちは、偏光誘導ラマン励起を用いて、水素原子の速度方向に対して平行あるいは直交する方向にHD結合軸が配列した水素-重水素(HD)分子を準備し、H+HD→H2+Dの反応に対する質の高い立体動力学データを得た。これらの測定は、この最も基礎的な化学反応にHDの向きが相当な影響を及ぼすことを示し、さらに量子力学計算との優れた一致で支持される。本研究は、反応動力学分野における重要な節目となる。(NK,MY)

Science, ade7471, this issue p. 191

パズルの正しいピースを探り出す (Fishing for the right puzzle piece)

組換えは、機能を維持しながら天然タンパク質の多様性を生み出すための優れた戦略となりうるが、それはまた、開始配列が異なりすぎるていると、適切に組み合わさって機能タンパク質を形成することができない問題を引き起こす。Lipsh-Sokolikたちは、非常に多数の構造的に多様な天然酵素に由来する断片をつなぎ合わせて、百万の構造的に多様なタンパク質骨格を生成する機械学習戦略を開発した。この段階は、次に変異誘発と構造最適化へと続けて、安定した機能的な活性部位を形成した。高速大量処理の酵母ディスプレイと活性に基づくプロファイリングによる分離は、数千の機能的酵素多様体を新たに見出した。活性部位の事前構築で訓練された第2世代モデルは、ほぼ10倍以上効率的であり、全体的に酵素設計戦略に貴重な洞察を提供する。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 酵母ディスプレイ:酵母の細胞壁に組み込まれた組換えタンパク質の発現を利用して、抗体の単離や操作をするタンパク質工学の手法。
Science, ade9434, this issue p. 195

火山噴火による惑星規模の影響 (Planetary impacts of volcanic eruptions)

2022年1月のHunga Tonga-Hunga Ha’apai火山の海底噴火は、最近の歴史の中で最大級の出来事であった。この爆発的噴出は、火山噴煙を中間圏に吹き上げ、地球規模の気候に影響を与えたほか、その他の惑星規模の影響を与えた。Garza-Girónたちは、この噴火の地震記録を用いてこれらの影響の特徴を明らかにして、固体地球とその流体外層との間の力の相互作用が、地球の岩石圏と水圏、それに大気圏における地球規模の波動運動をもたらしたことを示した。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.add4931 (2023).

鋼を新たな処理に通す (Putting steel through the process)

優れた延性を備えた高強度鋼は、多くの用途に対して魅力的であるが、これらの合金は、多くの場合、高価な成分または複雑な処理戦略を用いる必要がある。Liたちは、鉄、マンガン、ケイ素、炭素、およびバナジウムで構成される高強度鋼が、異なる処理戦略で製造できることを見出した。鍛造、低温処理、焼き戻しの組み合わせが、優れた延性と成形性も有する、非常に高い強度を持った合金を作り出す。この戦略は、鋼の他の組成に対する選択肢になるであろう。(Sk,kj,kh)

Science, add7857, this issue p. 168

小面で安定化された薄膜 (Facet-stabilized films)

ホルムアミニジウム系ヨウ化鉛ペロブスカイトの劣化は、どの結晶小面が表面に露出しているのかに依ることが示されてきた。Maたちは、水の付着性が、(111)小面よりも (100)小面の方が強く、これらの材料をより湿度誘発劣化させやすくしていることを見出した。著者たちは、配位子に支援されたペロブスカイト薄膜成長を用いて、(111)小面が多数を占め、追加の表面保護なしで湿度(相対湿度85%まで)と熱(85°C)の負荷に対して安定性の高い薄膜を作り出せる方法を示している。(MY,kh)

Science, adf3349, this issue p. 173

ダニは宿主のIFN-γを生得のDomeに転用する (Ticks repurpose host IFN-γ to Dome-inate)

多くの節足動物は、Unpaired(UPD)のようなサイトカイン様分子を用いてJAK–STATシグナル伝達を活性化し、堅牢な抗菌応答を引き起こす。奇妙なことに、ライム病の媒介生物として働くシカダニ(Ixodes scapularis)には、識別可能なUPD相同体がない。Ranaたちは、I.scapularisにおいて代わりに、このダニの食べ物である血液に含まれて摂取された哺乳類のインターフェロン-γと結合し、それにより活性化されるDome1と呼ばれる受容体を見出した。Dome1はJAK–STAT経路を起動し、このダニの免疫性を高めるばかりでなく、このダニの変態と器官の発達にも極めて重要である。このようにシカダニは、外部寄生生物を制御する哺乳類宿主の将来戦略において標的とされるかもしれない経路を使って自身の目的のために、哺乳類宿主のシグナル伝達をうまく使ってきたのである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • JAK–STATシグナル伝達経路:免疫、増殖、分化、アポトーシス、発ガンなどに関わり、細胞外からの化学シグナルを、細胞核に伝え、DNAの転写と発現を起こすシグナル伝達系。
  • Domeタンパク質:JAK–STAT経由のシグナル伝達に必須の受容体。脊椎動物のⅠ型サイトカイン受容体に対するショウジョウバエの相同体(ホモログ)として同定された。
  • インターフェロン:動物体内で病原体やウイルスなどの異物の侵入に反応して免疫系細胞から分泌されるタンパク質であるサイトカインの一種。このうちのインターフェロン-γは細胞性免疫の制御に関与する。
  • UPD:Domeのリガンドで、JAK–STAT経路を活性化するサイトカイン。
  • ライム病:野生のマダニ属のダニによって媒介される人獣共通の細菌病原体であるボレリアが引き起こす感染症。
Science, abl3837, this issue p. 154

インサイダー知識 (Insider knowledge)

何十年もの間、化石燃料産業に属する一部の構成員は、化石燃料の使用と気候温暖化の因果関係は、温暖化予測に使われるモデルがあまりにも不確実であるため証明できない、と一般の人々を説得しようとしていた。Supranたちは、そのような企業の1つであるエクソンモービル社が、独立した学術・政府モデルによる予測と一致する、温暖化経路を予測する独自の内部モデルを持っていたことを示している。このように、彼らが気候モデルについて理解していたことは、一般の人々に信じ込ませていたことと矛盾していたのである。(Uc,nk)

Science, abk0063, this issue p. 153

微生物叢とタウ仲介性の疾患 (Microbiota and tau-mediated disease)

脳中に特定の型のタウ・タンパク質が蓄積すると、アルツハイマー病ならびにその他のいくつかの神経変性疾患における神経細胞の喪失、炎症、および認知機能の低下に繋がる。アルツハイマー病の最強の遺伝性リスク因子であるアポリポタンパク質E(APOE)は、脳の炎症とタウ仲介性の脳障害を制御しているが、腸内細菌叢も脳の炎症を制御している。タウ仲介性脳障害のマウス・モデルを用いて、Seoたちは、腸内細菌叢の操作が、性別依存的およびAPOE依存的に、炎症、タウの病態、および脳障害を強く減少させる結果となることを見出した(JainとLiによる展望記事参照)。(hE,MY,kh)

【訳注】
  • タウ・タンパク質:中枢神経系および末梢神経系の神経細胞やグリア細胞に発現しているタンパク質で、微小管の重合や安定化を調節している。
  • アポリポタンパク質:脂質を取り囲むことにより、生物体内の環境である水性環境では溶解しない脂質の溶解性を向上させるタンパク質。
Science, add1236, this issue p. 155; see also adf9548, p. 142

流体神経模倣計算に向けて (Toward fluidic neuromorphic computing)

人間の脳の構造を模倣し、次世代の神経模倣素子の開発につながる可能性がある戦略に、かなりの関心が寄せられている。最近の研究の多くは固体素子に焦点を当てていたが、生物学的系における情報は水に溶解したイオンによって伝達され、この方法の1つが今週号の2つの論文で探求されている(NoyとDarlingによる展望記事参照)。Robinたちは、塩溶液で満たされたナノメートル厚の二次元スリットからなるナノ流体素子を作製した。一方、Xiongたちは、 閉じ込められた高分子電解質-イオンの相互作用に基づくナノ流体イオン・メモリスタを報告している。2つの研究は神経模倣工学の異なる側面に焦点を当てているが、どちらもナノスケールの流路を介した水中のイオン輸送の正確な制御を示している。これらの研究は、エネルギー効率の高い流体メモリスタを使用して神経模倣機能を創生するための有望な方向性を示しており、このメモリスタは、生物学的系をその基本原理に至るまで模倣することができるかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • 神経模倣計算:神経の働きに着想を得たモデルを使用するコンピューティング技術。
  • メモリスタ(memristor):電流を流すことによりその抵抗値が変化し、電流を流すのをやめるとその時点での抵抗値を記憶する性質を持つ電気回路素子。
Science, adc9931, adc9150, this issue p. 161, 156; see also adf6400, p. 143

力学的感覚機能が関節の発生を導く (Mechanosensation guides joint development)

遠位関節拘縮症はまれな疾患で、末梢関節に影響を及ぼし、拘縮を引き起こす。この状態を引き起こすいくつかの変異は、関節とその周囲の筋肉に関連しているが、それよりも体性感覚の力学的感覚機能のイオン・チャネルであるPIEZO2の過活動につながるものもある。S. Maたちはマウス・モデルを用いて、固有受容性感覚ニューロンの感受期に過剰に活性化したPIEZO2の発現が同様の関節障害を引き起こすことを示した(Müllerによる展望記事参照)。神経伝達を妨げる毒、または魚に一般的に見られる食物脂肪酸による治療は、PIEZO2活性を低下させ、関節欠陥を減少させた。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 遠位関節拘縮症:生まれつきさまざまな関節が拘縮(かたくなること)する先天性多発性関節拘縮症の病型の1つ。ここで遠位とは手足の体幹から遠い側で、手と足で拘縮が起きるが、大きな関節では典型的には生じない。
  • 固有受容性感覚:どんな姿勢になっているか、どの筋肉にどんな力が加わっているか、など筋肉の張り具合や関節の曲げ伸ばしを感じ取る感覚。身体の各部の関節の動きや位置を把握して、身体を動かすことを可能とする。
  • 感受期:器官形成期の中で器官の催奇形性感受性が最も高い時期。一般には器官原基形態の発生直前から原基発生初期にあたる。
Science, add3598, this issue p. 201; see also adf6570, p. 137