AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 6 2023, Vol.379

多様性が感染抵抗性を明らかにする (Diversity reveals infection resistance)

寄生性魔女草(ストライガ)は、それが感染した圃場において、栽培されたトウモロコシの収量を低下させる。トウモロコシの根に由来するストリゴラクトンは、ストライガの発芽を促進する。Liたちは、トウモロコシの根から滲出するストリゴラクトンの種類の自然多様性を分析した。ゼアラクトールを主として生成するトウモロコシ遺伝子型は、ゼアラクトンを主として生成するトウモロコシ遺伝子型よりもストライガに感染しにくかった。ストリゴラクトンの生合成では、単一のシトクロムP450が、前駆体からゼアラクトールまたはゼアラクトンへの変換を含むいくつかの酸化段階で触媒として機能する。(ST,kh)

Science, abq4775, this issue p. 94

追加の層が脳を裏打ちする (An extra layer lines the brain)

従来の見解は、脳は硬膜、くも膜、軟膜の3つの層に囲まれているということである。Mollgardたちは、くも膜下リンパ様膜(SLYM)と呼ばれる第4の髄膜層を見出した。SLYMは、ヒトおよびマウスの脳における他の髄膜層とは免疫表現的に異なり、3キロダルトンを超える溶質に対する堅固な障壁であって、結果としてくも膜下腔を2つの異なる区画に効果的に細区画する。SLYMには多数の骨髄系細胞が見出され、その細胞数は炎症や加齢に応じて増加する。つまり、この層は脳脊髄液を監視するのに理想的な位置にある自然免疫のニッチ(適所)となっているのである。(KU,nk,kh)

Science, adc8810, this issue p. 84

M痘ウイルスDNAの合成機械 (The mpox virus DNA-synthesizing machine)

M痘(サル痘:以前はmonkeypoxと呼ばれていた)は、現在進行中の公衆衛生上の緊急事態であり、より効率的な治療方法と予防方法を必要とする。Pengたちは、M痘ウイルスのゲノム複製過程で鍵となる役割を果たす複合体に注目した。彼らは低温電子顕微鏡法を用いて、ウイルスDNAの合成を触媒するDNAポリメラーゼF8の構造を、A22およびE4からなるプロセシビティ因子とDNA基質との複合体の形で決定した。この構造で示されたプロセシビティ因子の動作形態は従来の考えとは異なっており、抗ウイルス性の医薬品設計の基礎を提供するものであるかもしれない。(hE,MY,nk,kh)

【訳注】
  • プロセシビティ因子:DNAポリメラーゼのヌクレオチド処理能力を高める因子のこと。
Science, ade6360, this issue p. 100

科学者帰国運動の成功度測定 (Measuring returning scientists’ success)

中国は海外への学生の最大の送り出し国であり、中国政府は、高い力量を持つが経験の浅い海外在住の科学者を募集して育成するために、「青年千人計画(Young Thousand Talents program)」を開始した。彼らは海外で博士号を取得した後に中国に帰国する。Shiたちは、海外に残った同僚と比べて、中国に戻った際の若い学者たちの生産性を支援する上で、この計画がどれほど効果的であったのかを調査した。彼らは、これらの学者たちが高い(しかしトップではない)力量を持ち、中国におけるより大きな研究チームとのより強いつながりと豊富な研究資金により、著者欄の最後に名前が掲載される公表論文で海外の同僚を上回っていることを見出した。(Sk,nk,kh)

Science, abq1218, this issue p. 62

細孔を追跡する (Tracking down the pores)

レーザー融合は高エネルギー溶融過程を用いて金属部品をつくる技術であるが、頻繁に細孔状の欠陥を作ってしまう。Renたちは、熱イメージング装置による観察とX線とを用いて、この細孔形成過程を追跡した。著者たちは、この計測系および機械学習法の援用で、熱の痕跡から細孔形成を検出する高精度な方法を開発することができた。このような細孔形成追跡技術を導入することで、故障する可能性の高い多孔欠陥を含んだ部品の製造を回避することに役立つであろう。(NK,kh)

Science, add4667, this issue p. 89

流れに身を任せる (Going with the flow)

ほとんどの脊椎動物では、左右の違いは、初期胚形成期に左右形成体と呼ばれる細胞小集団により定められる。この形成体内では、運動繊毛が素早く運動して、左右差の最初の合図である細胞外液の左向きの流れを作り出す。しかし、この流れがどのようにして感知されて、後の分子的及び解剖学的な左右非対称へと変換されるのかははっきりしていなかった。Katohたちは、マウス胚を用いて研究し、不動繊毛がこの流れによって生み出された力学的負荷を感知し、流れの方向がどちらなのかを検出する生物物理的機序の動機になることを見出した。それとは別に、Djenouneたちはゼブラフィッシュを研究し、光ピンセットと生細胞イメージングを用いて、形成体の不動繊毛が細胞外液の流れをカルシウム・シグナルへと変換する力学センサーとして働くことを示した。運動繊毛が麻痺して正常流動が止まった場合、(光ピンセットによる)繊毛への力学的操作が左右パターンの形成を回復させ、あるいは左右パターンを逆にすることさえできた。このように、繊毛による力の感知は、胚の左右差にとって必要十分で、左右性を指示するものである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 光ピンセット:集光したレーザー光により微小物体をその焦点位置の近傍に捕捉し、さらには動かすことのできる装置および技術。
Science, abq8148, abq7317, this issue p. 66, p. 71

下水監視の有効化 (Enabling wastewater surveillance)

COVID-19 の世界的流行が、下水を分析して病気の蔓延、有病率、進化を理解することの重要性と有効性に光を当ててきた。展望記事において、Levyたちは、地域段階だけでなく個々の建物段階での病原体検出も可能にする、下水監視のさまざまな手法について論じている。さらに、下水分析は新しい変異株の出現と蔓延を明らかにすることができ、公衆衛生サービスに情報を提供できる。対象を絞らないで既知の病原体一般を監視し、集団発生の危険性を知らせる手法もある。世界中での下水監視の展開と取り込みを改善するにはさらなる技術的進歩が必要とされるが、下水は公衆衛生の監視に多くのものを提供してくれる重要な資源である。(Sk,nk,kj,kh)

Science, ade2503, this issue p. 26

ニオブ酸リチウムのフォトニクス (Lithium niobate photonics)

光電子的および非線形光学的な特性は、ニオブ酸リチウムを光学及び通信技術の応用に対する主力材料にしている。Boesたちは、ニオブ酸リチウムの科学と技術、およびさまざまな面のフォトニクス技術におけるその役割について振り返っている。彼らは、バルクのニオブ酸リチウムから、弱閉じ込め光導波路を経て薄膜ニオブ酸リチウムを備えた最近の開発までの進展を概説した。電波波から光の波長までの全スペクトル領域にわたるその能力は、集積化フォトニクスの基盤材料としてのニオブ酸リチウムの多用途性を示している。(MY,nk,kh)

Science, abj4396, this issue p. 40

溶けさる (Melting away)

グリーンランドと南極の氷床以外の、永久のように思われた氷塊である山岳氷河は20億人近くの人々にとって重要な水資源であり、地球温暖化の脅威にさらされている。Rounceたちは、地球の気温が1.5℃から4℃上昇した場合に、これらの氷河がどのような影響を受けるかを予測し、2100年までにその質量の4分の1から半分近くを失うことを示した(AðalgeirsdóttirとJamesによる展望記事参照)。彼らの計算は、氷河は現在の推定が示すよりも大幅に質量を失い、海面上昇に大きく 寄与するであろうことを示唆している。(Uc,kh)

Science, abo1324, this issue p. 78; see also ade2355, p. 29

光学部品の厚さの限界を決める (Determining limits on optical thickness)

光学部品の機能と性能は、利用可能な光学材料によって大きく制限されてきた。最近の製造技術や光学部品設計の発展により、実現可能なことが広がっている。特に、平面光学系やメタ表面は、バルク光学部品と同じ機能を持ちながら、その厚さをほんの数百ナノメートルにまで縮小して設計することができる。今回Millerは、特定の光学機能に対して厚みをどこまで薄くできるかを決定するための理論的研究を与えている(Monticoneによる展望記事参照)。この研究方法は一般的なもので、電波や音響システムを含む他の波動システムの最小サイズの限界を提供するであろう。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • メタ表面:波長未満の大きさの構造体により、光の透過率・位相・偏光・波面が制御される表面。
Science, ade3395, this issue p. 41; see also adf2197, p. 30

肥満後の長引く免疫変化 (Lingering immune changes after obesity)

高脂肪食によって引き起こされたマウスの過去の肥満期間は、体重減少と代謝正常化の後でも、自然免疫に永続的な変化をもたらす。Hataたちは、マウスにおけるこのような食餌誘発性肥満が、それが解消された後でも、炎症反応時に機能する遺伝子発現の増加に関わるマクロファージの持続的なクロマチン後成遺伝変化(塩基配列は変わらないが細胞分裂を経て引き継がれる遺伝子機能の変化)をもたらすことを見出した(MangumとGallagherによる展望記事参照)。脂肪組織あるいは骨髄の移植による実験は、実験的に誘発された眼の損傷に対する炎症反応の悪化に、骨髄細胞の変化が関わることを示した。著者たちは、もし同様の過程がヒトで起こるならば、そのような変化が肥満に関連する加齢性黄斑変性になりやすい素質に寄与する可能性があると提案している。(Sh,kh)

Science, abj8894, this issue p. 45; see also adf6582, p. 28