AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 2 2022, Vol.377

危機に瀕する森林 (Forests at risk)

気候変動は、猛暑、干ばつ、気象擾乱などを通じて森林に悪影響を及ぼしている。将来の気候変動が森林に与える影響を予測することは、それぞれの研究方法が仮定や不完全なデータに依存しているため困難である。Andereggたちは、危険性の異なる側面に関する情報を提供する3つの主要なモデル化研究方法の結果を比較した。すなわち、森林の炭素損失を推定する地球規模の植生機構モデル、種の移動に関する情報を提供する気候の経時特性モデル、そして衛星画像を用いた、撹乱による森林損失の経験的評価である。これらの研究方法は補完的な情報を提供しているが、寒帯南部、乾燥熱帯地域、中央ヨーロッパの森林が全体的に高い危険性を抱えていることを強調する点では一致している。(Uc,nk,kh)

Science, abp9723, this issue p. 1099

ホルモンがガンへの免疫を妨害する (Hormone hampers cancer immunity)

ガン免疫療法は近年大きな進歩を遂げてきたが、多くの腫瘍が利用可能などんな免疫治療にも応答せず、その理由は大抵不明である。要因の中でもとりわけ、神経内分泌系が抗腫瘍免疫応答に影響する可能性があるものとして登場してきている。Xuたちは、視床下部-下垂体のシグナル伝達と抗腫瘍免疫との間の結びつきを調べ、下垂体により産生されるαメラニン形成細胞刺激ホルモン(α-MSH)の役割に注目した。α-MSHは免疫抑制細胞の蓄積を促進し、その阻害は、マウス・モデルでの腫瘍増殖の抑制を助けた。これはα-MSHが可能性のある治療方法であることを示唆する。(MY,nk)

【訳注】
  • 神経内分泌系:脳の視床下部からの刺激により下垂体からのホルモン分泌が応答する系。
  • メラニン形成細胞刺激ホルモン:メラニンを形成するメラニン細胞に作用してメラニン合成を促進するペプチド。α、β、γに分類されている。
Science, abj2674, this issue p. 1085

女王陛下に長命を (Long live the queen)

生殖と寿命の間の二律背反は、ほとんどの生体にわたって生じる。例外はアリなどの昆虫で、そこでは、生殖を行わない「働きアリ」よりもはるかに長生きする1匹または少数の「女王アリ」に生殖活動が限定されている。Yanたちは、インドクワガタアリの疑似女王状態を研究して、インスリン信号伝達経路およびインスリン様成長因子信号伝達経路が活性化されて生殖を促進することを見出したが、それは寿命を短縮することにもなる。著者たちは、タンパク質キナーゼAktによってもたらされるこの経路の1つの分岐が、脂肪体および一部の卵巣組織において抑制されると提案している。その脂肪体や卵巣組織の血リンパ中のインスリン様分子に結合する或るタンパク質の産生の増加が、疑似女王のより長い寿命を可能にしている違いの説明になるかもしれない。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 疑似女王:コロニー内の女王アリが死んだり除去されたりすると、生殖を行わない働きアリ同士が決闘を始め、その勝者が女王に移行する。移行状態にある働きアリを疑似女王と呼ぶ。
Science, abm8767, this issue p. 1092
May the Queen rest in peace. --- 2022.9.8

多重強的秩序系パターンを追いかける (Chasing a multiferroic pattern)

多重強的秩序系材料は、多くの場合、磁化と電気分極という2つの秩序パラメータが結合していることが特徴で、これらは外場によって制御することができる。Hassanpourたちは、面内反強磁性秩序に由来する追加の秩序パラメータを持つ多重強的秩序系物質 Dy0.7Tb0.3FeO3 について研究した。彼らは、強磁性のマルチドメインパターンを作製し、外部磁場を印加した。これにより、元からある磁化パターンは消去されたが、系の電気分極の方に同じ形状の分域パターンが生じ、それは自由エネルギーを最小化した。この過程は、電界をかけることで逆転させることができた。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 多重強的秩序系(マルチフェロイック)材料:強磁性、強誘電性、強弾性などの性質を複数有する物質系。物質は外場に対して何らかの応答を示す。
Science, abm3058, this issue p. 1109

インドール中に窒素を押し入れる (Squeezing nitrogen into indole)

多くの医薬品化合物は、炭素と窒素で構成される5員環または6員環を含んでいる。これらの環構造を相互変換する化学反応は、それ故に医薬品開発の研究において非常に有用となる場合がある。Reisenbauerたちは、シリル基で保護されたインドールの5員環に窒素原子を挿入し、それによってインドール化合物を最初のその置換パターンに依存して6員のキナゾリン化合物あるいはキノキサリン化合物に拡張する方法を提供している。この化学現象は、超原子価ヨウ素を使用したニトレン生成に依存しており、多くの一般的な官能基と互換性がある。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 超原子価化合物:形式的に原子価殻に8個以上の電子を持つ典型元素を含有する化合物、分子のこと。
  • ニトレン:HN:あるいはその一連の誘導体 R-N:と表される中性分子の名称。不安定で周囲の分子と容易に反応する。
Science, add1383, this issue p. 1104

フィンチの派手さの基盤 (Foundation for finch flamboyance)

フィンチは皮膚に、その特別に多様な色模様の基盤となっている進化的に高度に保存された細胞因子と遺伝的因子の鋳型を有している。Hildagoたちは、さまざまな模様の羽毛色彩を持つフィンチの皮膚深層で、細胞起源と遺伝子活性パターンを調べた。成鳥の外見が著しく異なるにも関わらず、皮膚のさまざまな部分で、共通の遺伝子活性パターンが存在する。異なる種は、それぞれの色彩領域で特定の色を遮蔽あるいは形成して、その結果、フィンチに見られる進化の多様性をもたらしている。これらの進化的に保存された発生初期の胚における画期的出来事が、トリの羽毛模様進化の主方向に対する土台として作用するのかもしれない。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • フィンチ:スズメ目の小鳥うち、アトリ科、カエデチョウ科の鳥に共通して用いられる英名。なおダーウィンに進化論の着想を与えたと言われるダーウィン・フィンチは、スズメ目ではあるがフウキンチョウ科に属する種群で、本論文のフィンチではない。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abm5800 (2022).

エンハンサー・ネットワークが病気のリスクを解釈する (Enhancer network interprets disease risk)

ヒト細胞中の多くの重要な遺伝子は、遺伝子発現を調節する非コードDNA要素であるエンハンサーを複数もっている。なぜ多くのエンハンサーが存在するのか、またこれらがゲノム上の遠い距離にわたって、どのように一緒に作用するのかについては謎であった。多重化CRISPR干渉と機械学習を組み合わせて、Linたちは、複数のエンハンサーが、入れ子になった多層構成体を形成し、これが堅牢な遺伝子発現を維持するために重要であることを明らかにした。遠く離れた(100万塩基以上)エンハンサー同志が三次元空間で協力して、摂動されたときに遺伝子発現の相乗的調節因子として作用する。それらの間の距離の遠さが共変異を減少させ、堅牢機構を与える。著者たちは、病気関連遺伝子を相乗的に制御するエンハンサー変異体を予測するためのモデルを構築した。これは、全ゲノム関連研究分析よりも、複数の非コード要素を病気のリスク予想とよりよく関連付けている。(hE,kj)

Science, abk3512, this issue p. 1077

マウスの脳中のトカゲの痕跡 (Lizard traces in the mouse brain)

トカゲと哺乳類は共通の進化の起源を共有しているが、今日に至るそれらの経路は数億年前に分岐している。単一細胞トランスクリプトミクスを用いて、Hainたちは、オーストラリアのドラゴンとして知られるフトアゴヒゲトカゲの脳を、マウスの脳と比較した(Faltine-GonzalezとKebschullによる展望記事参照)。彼らは、どんな転写因子を発現するかで特徴付けられたいくつかの神経細胞の同一性が、トカゲから哺乳類まで遺伝的に保存されており、他のものは進化的革新の証拠を示していることを見出した。したがって、哺乳類の脳は、新たな痕跡と祖先の痕跡が織り合わさったつづれ織りである。(Sk,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:全転写産物(メッセンジャー RNA)の発現解析を行う技術。
Science, abp8202, this issue p. 1060 see also add9465, p. 1043

心臓での心のこもった協力 (A heartfelt collaboration)

歴史的に、心疾患を理解し治療しようとする研究者は、主に心筋細胞や、損傷後に心筋細胞を置換する方法に注目してきた。しかし、心臓には、線維芽細胞、内皮細胞、免疫細胞などの他の複数の主要な細胞型や、それらを取り囲む細胞外マトリックスも存在する。Tzahorたちは、心臓の微小環境のこれらの異なる構成要素、健康な状態および病気の状況におけるそれらの寄与、および潜在的な治療介入との関連について概説した。(ST,kh)

Science, abm4443, this issue p. 1059

脳発達の得失評価 (Trade-offs in brain development)

サンショウウオの脳は、全てではないがいくらか哺乳類の脳と構造を共有している。サンショウウオはまた、損傷に応答しての再生において、より高い能力を持っている。今回3つのグループがサンショウウオの脳を進化の文脈に置いた単一細胞トランスクリプトーム解析で集まった。(Faltine-GonzalezとKebschullによる展望記事参照)。Woychたちは、サンショウウオの脳をトカゲ、カメ、およびマウスの脳と比較することで、6層の哺乳類新皮質(これはサンショウウオが持っていない)を引き起こした進化的革新を追跡している。Lustたちは、メキシコサンショウウオ(ウーパールーパー)の脳がなぜ哺乳類の脳より再生能力がはるかに高いのかを詳細に調べている。最後のWeiたちは、メキシコサンショウウオの脳の発達過程と再生過程を比較している。(MY,ok,kj,kh)

Science, abp9262, abp9444, abp9186, this issue p. 1061, 1062, 1063; see also add9465, p. 1043

ダウン症候群への治療介入 (Intervention for Down syndrome)

21番染色体のトリソミーの結果であるダウン症候群 (DS) は、知的障碍や嗅覚消失などの一連の症状を伴う。Manfredi-Lozanoたちは、DS症状のいくつかとゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)欠乏症の患者に見られる症状との間の類似性を認識した (Hoffmannによる展望記事参照)。実際に、DSのマウス・モデルの解析は、GnRH発現の不全を示した。マウスのDSモデルにおいて生理学的GnRH濃度を回復させた治療介入は、認知障碍をも改善した。DSを患った患者の予備的臨床試験において、間欠的GnRH濃度回復療法が認知を改善した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • トリソミー:通常2本で対をなしている常染色体が3本になっている染色体異常の1つ。
  • ゴナドトロピン放出ホルモン:性的発達、思春期および妊娠のための重要なホルモンで、その欠乏は異常な二次的な性的発達および不妊症を引き起こす。
Science, abq4515, this issue p. 1064; see also add9456, p. 1042

金属疲労に忍び込む (Slipping into fatigue)

繰り返して変形を受けた材料は、疲労により壊れやすくなる。しかし、疲労強度と微細構造を結びつけることは難解であるが研究者の興味をそそってきた。Stinvilleたちは、ナノメートル分解能のデジタル画像相関を使用して、広範な合金の表面上の滑りの局在化を観察した(OmarとEl-Awadyによる展望記事参照)。彼らは、1回の変形サイクルの後、初期の滑り局在化事象の大きさが疲労強度を決定することを見出した。この観察結果は、よく知られた疲労法則に物理的な根拠を与えるのに役立ち、疲労強度を容易に予測する方法を切り開くものである。(Wt,ok,nk,kh)

Science, abn0392, this issue, p. 1065; see also add8259, p. 1047

遊離基の発生 (Radical development)

ヒドロキシル遊離基 (OH) は、ほとんどの汚染ガスの酸化の原因となる非常に反応性の高い化学種である。屋外では、OH遊離基は主に短波長の太陽光によるオゾンの光分解によって形成されるが、その短波長光はガラス窓によってほとんど取り除かれる。では、室内のOH遊離基環境はどのようなものであろうか? Zannoniたちは、人々が雰囲気制御された部屋でオゾンに暴露されたとき、高濃度のOH遊離基が見出され、それは皮膚含有の油脂であるスクアレンとの反応の産物であったと報告している(SchoemaekerとCarslawによる展望記事参照)。彼らの知見は、室内の空気の質、そして最終的には人間の健康に影響を与える。(Sk,kh)

Science, abn0340, this issue p. 1071; see also add8461, p. 1045

ナノ粒子の光造形 (Photoprinting nanoparticles)

ナノ粒子の集積は往々にして、選択的に粒子に結合できるよう個別設計された配位子、例えば相補的DNA鎖のようなものを必要とする。または、所望の場所に配位子を結合させる光重合を用いて、配位子を指定された場所に接合することができる。しかしこの処理では、ナノ粒子の作製が煩雑になることに加え、配位子取り付けの忠実度に制約される。Luiたちは、光を用いて、セレン化カドミウム/硫化亜鉛コアシェル量子ドットから、表面チオール配位子を脱離できることを示している(PanとTalapinによる展望記事参照)。光により生じ粒子表面に捕捉された正孔が、残っている表面配位子を介した粒子同士の結合を推進する。著者たちは、回折限界を超えた分解能で、かつさまざまなナノ結晶に対して、任意の三次元構造物を光造形できることを明らかにしている。量子ドットの粒径および/またはバンドギャップに基づき、造形の光学的な選択が可能である。(NK,MY,kj,kh)

Science, abo5345, this issue, p. 1112; see also add8382, p. 1046

核内の部分的なTCA回路 (A partial TCA cycle in the nucleus)

ミトコンドリアのクエン酸回路で生成される特定の代謝産物は、核内のクロマチン修飾酵素の基質でもあるが、これらの核代謝産物溜りの供給源はほとんど不明である。Kafkiaたちは、クエン酸回路の一部が哺乳類細胞の核内で作動していることを示している。炭素13で標識された基質の追跡により、精製された核内で、クエン酸がコハク酸に、グルタミンがフマル酸とアスパラギン酸に代謝されうることが明らかになった。近接標識法は、核内の関連する代謝酵素の存在を支持した。これらのデータは、核が活発な代謝区画であるという高まる証拠と一致しており、これらの核代謝経路を調節する機構とそれらの代謝経路の意味という細胞生物学にとっての新たな疑問をもたらす。(Sh,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abq5206 (2022).