AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 22 2022, Vol.377

違いを維持する (Maintaining difference)

種はしばしばいくつかの生態型、つまり異なる生息地に住む形質の異なる個体群、を含んでいる。生態型は、それらの間にかなりの遺伝子流動があったとしても長期間にわたって存続することがあり、それは生態型がどのように長期間その局所適応表現型を維持しているのかという問題を提起する。Hagerたちは、シロアシネズミの森林型と草原型の生態型を定義する2つの特性、尾の長さと毛色の遺伝子的基礎を調べた。彼らは、森林型の生態型において、より赤い毛色とより長い尾に結び付く、大きな染色体逆位を見出した。モデル化は、この染色体逆位が何千世代も前に分岐選択の下で発生し、遺伝子流動にもかかわらず組換えを抑制することによって森林型の生態型に利益をもたらした可能性が高いことを示唆している。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 遺伝子流動:異なる集団間の交雑による遺伝子の移動。
  • 染色体逆位:ある1つの染色体に2か所の切断が起こりその断片が反対向きに再構成されてしまうこと。
  • 分岐選択:有利な形質が環境で異なることによって、異なる形質の集団へと分岐が起きる選択のこと。
Science, abg0718, this issue p. 399

表面化学をもっと正確にする (Making surface chemistry more exact)

表面における化学反応の素過程を正確に記述することは昔からの難問である。なぜなら、その過程に対応した信頼できる反応速度定数の実験的測定値がないためであり、これは理論的推定値の厳密な検証をも不可能としている。白金表面での水素原子の熱的再結合のような単純な反応でさえ、以前の実験的な速度定数は、大きな不確かさを伴ったものしか得られていなかった。Borodinたちは、速度分解反応速度論とイオンイメージングに基づく絶対分子ビームフラックスの較正を用いることで、これまで名高かった実験的な難しさを克服した。そして、この反応に対して、広い温度範囲にわたり、前例のないほどの正確な速度定数を報告している。彼らはまた、実験を定量的に再現するパラメータを含まないモデルを示し、不均一系触媒の計算設計という成長分野での新たな展望を切り開いた。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, abq1414, this issue p. 394

フォトニック時間結晶における増幅 (Amplification in photonic time crystals)

一般的なフォトニック結晶は、屈折率が空間周期的に変化する構造体で、そこに埋め込まれたエミッター(放射体)からの自然放射光を抑制できる。一方、フォトニック時間結晶では、屈折率が非常に高い時間変動率で周期的に変調される。Lyubarovたちは、時間結晶に放射体を配置した時に何が起きるのかを理論的に調べた(FaccioとWrightによる展望記事参照)。著者たちは、一般的なフォトニック結晶とは逆に、時間結晶が放射光を増幅し、レーザーにつながるはずであることを見出した。(NK,MY,nk,kh)

Science, abo3324, this issue p. 425; see also abq5012, p. 368

付加環化でテトロドトキシンを作る (Tetrodotoxin by cycloaddition)

テトロドトキシンは、広くフグが持っている強力な細菌性神経毒で、そのナトリウム・チャネル遮断性に対して徹底的に研究されている。酸素が豊富な相互接続された環からなるその複雑な化学構造はまた、長らく合成化学者の興味を引き付けてきた。Konradたちは、グルコース誘導体からこの天然物への比較的簡潔な合成経路を報告している。双極子付加環化により、以前の手法より遅い段階でのシクロヘキシル中心環の形成が可能になった。その後の酸素含有周囲環を組み立てる上で、ルテニウムを用いる触媒反応が重要だった。(MY,nk)

【訳注】
  • 双極子付加環化:共役電子系を通して電子の偏りを起こしている化学基がアルケンやアルキンに付加して環が形成されること。本論文ではO--N+≡C基が分子内のC=C基に付加して、複素五員環が形成されている。
Science, abn0571, this issue p. 411

迅速キャリア (Swift carriers)

ヒ化ホウ素は、高い熱伝導性など、いくつかの興味深い特性を持つ半導体である。理論計算もまた、その材料は、電子と正孔が同時に関与する移動性の評価尺度である両極性移動度が高いことを示唆している。YueたちとShinたちは、異なる方法での測定を行い、非常に純粋な立方晶ヒ化ホウ素で高い両極性移動度を観測した。Shinたちは、彼らの試料の同じ場所で、高い熱輸送特性と電気輸送特性を同時に計測することができた。Yueたちは、数カ所において理論上の推定値よりもさらに高い両極性移動度を見出した。ヒ化ホウ素の輸送特性の組み合わせは、さまざまな用途に向けた魅力的な半導体となる可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, abn4290 and abn4727, this issue p. 433 and p. 437.

機能の周りを設計する (Designing around function)

タンパク質設計は、求める立体構造に折り畳まれる配列を見つけるということについては成功しているが、求める機能を持つタンパク質を設計することは依然として困難である。Wangたちは、あらかじめ示した機能部位を含むタンパク質を設計するための2つの深層学習の手法を説明している。その一番目では、欲しい機能部位を含んだ、安定した構造に折り畳まれることが予測される配列を見つけた。その二番目では、機能部位のみを与えられたタンパク質の配列と完全な構造を回復するよう、構造予測ネットワークを再訓練した。著者たちは、さまざまな機能モチーフを含むタンパク質を設計することで、その方法の有効性を実証した。(ST,ok,nk,kj,kh)

Science, abn2100, this issue p. 387

自然保護を支援するためのDNA配列決定 (DNA sequencing to support conservation)

膨大な数の菌類、植物、動物種が絶滅の危機に瀕しており、この生物多様性の喪失は主に人間活動によって引き起こされている。絶滅危惧種を保護するための保護活動は複雑であり、ゲノムを用いた手段によって支援されるかもしれない。Paezたちは展望記事において、高品質のゲノム参照配列を用いて、種の保存と個体群の多様性を支援する方法について論じている。さらに、これらの取り組みは、減少する個体数の悪化を回避するための遺伝的救済などの絶滅種復活手段、さらには絶滅形質の復活にも用いられるかもしれない。ゲノム科学はそれ自体では生物多様性の喪失を解決しないであろうが、これらの手段は、多面的な保全手法を探索する際の重要な情報と新しい道を提供してくれるかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science, abm8127, this issue p. 364

ナノ粒子の体系的な見方 (A systematic view of nanoparticles)

ナノ粒子は、治療薬送達の媒体としてますます試験されつつあり、既にガン化学療法用に臨床使用されているものもある。ナノ粒子に基づく治療は、毒性低減、薬物半減期の長期化、それに薬物送達の改善などのさまざまな治療利点を提供できる。しかし、さまざまな物理的生物学的特性を備えるナノ粒子の見込みある処方が幅広く存在し、ある疾病状況でどの処方が最良なのかは、簡単には分からない。Boehnkeたちは、35種の異なるナノ粒子と数百のガン細胞株との相互作用を体系的に評価できる高処理選別方法を開発した(Winterによる展望記事参照)。著者たちはこの手法を用いて、ナノ粒子送達の成功を予測できるかもしれないガン細胞とナノ粒子の幾つかの特徴を突き止めた。これは、治療法のさらなる進歩を促進するはずである。(MY,kj,kh)

Science, abm5551, this issue p. 384; see also add3666, p. 371

注目の的の糖鎖 (Glycans in the spotlight)

細胞のウイルス感染には複雑な一連の分子認識事象が必要で、これはしばしば糖タンパク質と細胞表面の糖鎖によって仲介される。Buchananたちは、そのような相互作用をもっとよく研究するための核磁気共鳴分析法を開発し、インフルエンザ・ウイルスと重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)におけるシアル酸糖鎖と結合するタンパク質にこの方法を適用した。特にSARS-CoV-2に対して、その後の変異株で失われた初代B起源株のスパイク・タンパク質のN末端ドメインにシアル酸結合部位の証拠を見つけた。これらの結果は、シアル酸糖鎖と結合したスパイク・タンパク質の低温電子顕微鏡構造と、世界流行の初期の患者に対する遺伝子多様体解析によって裏付けされた。そしてこれは、個人による病気重症度の差の一因となりうる糖鎖修飾に関係する宿主側因子を明らかにした。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • シアル酸:炭素9個からなり、アミノ基とカルボン酸を有する酸性糖。細胞表面にある糖タンパク質の糖鎖に含まれている。
Science, abm3125, this issue p. 385

遺伝的改良がコメの収量を増進する (Genetic improvement drives rice yield)

農業生産性の向上は、農業が環境に与える影響を軽減するかもしれないし、おそらくより少ない土地からより多くの食料を供給できるかもしれない。Weiたちは米についての研究を行い、過剰発現すると、さまざまな有用な効果を持つ転写因子を特定した(Kellyによる展望記事参照)。この遺伝子の発現は、光と低窒素状態の両者によって誘導され、光合成能力、窒素利用効率、開花時期を調節する。圃場試験では、この遺伝子を過剰発現する植物は、収量の増大、成長期間の短縮、および窒素利用効率の向上をもたらした。(Sk,ok,nk)

Science, abi8455, this issue p. 386; see also add3882, p. 370

スパイク・タンパク質の変化する 状況 (A shifting landscape for spike)

1つのアミノ酸残基の位置での変異が第2の位置での変異の機能的結果に影響を及ぼすことがあるので、タンパク質が進化するにつれて、変異の全体的状況が変化する。重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)スパイク・タンパク質の進化において、これがどのように演じられるかを探索するために、Starrたちは、異なるSARS-CoV-2の変異株(Wuhan-Hu-1, アルファ, ベータ, デルタおよびイータ)について、細胞受容体アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)へのスパイク・タンパク質の結合に及ぼす全ての1アミノ酸変異の効果を測定した。彼らは、例えばACE2との結合性は維持しながら抗体からは逃避する変異を許すというような将来の変異の可能性を、タンパク質の進化がどのようにして形作っているかを示した。(hE,MY,nk,kh)

【訳注】
  • スパイク・タンパク質:コロナウイルスの構造タンパク質の1つであり、ACE2と呼ばれる呼吸細胞上の受容体に付着することにより、宿主細胞への侵入を仲介する。
Science, abo7896, this issue p. 420

熱帯山地の生物多様性 (Tropical mountain biodiversity)

熱帯の山々は高い生物多様性を有しており、標高の高いところと低いところでは全く異なる種の集まりが生じていることがしばしばある。この入れ替えの激しさは、熱帯では温帯の山々よりも種が占有する標高範囲が狭いために起きている。Freemanたちは、世界的な市民科学プロジェクトであるeBirdの市民科学データを用いて、生息範囲が熱帯で狭いことに対する2つの仮説を検証した。有力な仮説は、熱帯の種は、季節による気温変動が少ないため気候ニッチが狭いというものだが、別の見解は、熱帯では、他の種との競争によって生息範囲が制限されるかもしれないというものである。Freemanたちは、気候の季節間格差よりも種の豊かさの方が、標高範囲がより狭いことに対するよりよい予測因子であることを見出した。これは、熱帯山地の生物多様性の形成において、競争の役割がこれまで認識されてきたよりも大きいことを示唆するものである。(Uc,MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 市民科学:一般の人々によって行われる科学のこと。職業的な科学者や研究機関と協調して行われることが多い。
  • 気候ニッチ:ある種が生息できる気候条件の幅。
Science, abl7242, this issue p. 416

水を流し去る (Channeling water away)

副産物として水を生成する不均一触媒反応は、触媒表面上の水の存在によって阻害されることがある。Fangたちは、250°Cでコバルト・マンガン炭化物触媒を用いて合成ガス(水素と一酸化炭素の2:1混合物)から軽質オレフィンの製造に対して、物理的混合物の一部として疎水性ポリマーのポリジビニルベンゼンを添加すると一酸化炭素の転化率がほぼ2倍になることを見いだした(DingとXuによる展望記事参照)。理論モデルは、疎水性ポリマーが触媒から離れる水の拡散を加速するチャネルを形成したことを示唆している。(KU,kh)

【訳注】
  • 合成ガス(syngas,synthesis gas):合成ガス(C1化学における基本的材料の1つ。メタノール、アンモニア等の製造に用いられる中間体)
Science, abo0356, this issue p. 406; see also adc9414, p. 369

デルタとオミクロンは闘う (Delta and Omicron go toe to toe)

懸念されるオミクロン変異株(VOC)は、これまで繰り返し流行した重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2よりも伝播性と感染性が高いという証拠が増えている。Yuanたちは、オミクロンVOCまたはデルタVOCのいずれかに曝露されたゴールデンハムスターを比較した。オミクロンに感染した動物は、気道のウイルス負荷が低く、臨床的重症度が低下していた。それにもかかわらず、オミクロンはデルタを越えていないとしても少なくともデルタと同じくらいの伝播性であった。動物が両方の変異株の混合物で抗原投与されたとき、抗原刺激を受けていないハムスターではデルタはオミクロンを打ち負かした。しかしながら、この競争優位性は、ワクチン接種されたハムスターでは消滅した。さらに、ワクチン接種されたハムスターは、ワクチン接種されていない動物よりも、共同生活していた仲間にオミクロンを伝播させる点でより優れていた。この研究は、オミクロンが、どうして以前に感染しそしてワクチン接種の割合が高い集団で優勢な株になっていったのかを明らかにするのに役立つ。(KU,MY)

Science, abn8939, this issue p. 428

高齢者の運動技能習得の改善 (Improving motor skill acquisition in older adults)

通常、日常生活の活動では、多くの場合、きちんと、しかも高速に、順序に従って動作を実行する必要がある。脳の中で、連続的動作は自動化されて、運動チャンクと呼ばれる共起する動作群を要素とするより少数の集団になる。系列指タッピングの枠組みを用いてMaceira-Elviraたちは、一連の動作順序と運動チャンクの空間特性が早期に統合して、この課題作業の成績を最大化することを明らかにした。この過程は、高齢者では低下しているように見えたが、訓練中に非侵襲の脳刺激を使用することで部分的に回復することができた。この処置法を用いると、運動技能の習得は若年成人と同様のパターンに従った。若年成人では速度を上げると運動チャンク形成が増し、それによって習得速度が増した。(Sh,ok,kh)

【訳注】
  • 運動チャンク:いくつかの動作の集合からなる一連の運動の構成要素。この形成により、一連の運動が円滑に行われ、かつ運動遂行に対する中枢神経系の負荷が減る。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo3505 (2022).