AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 25 2022, Vol.375

例外的なレーザー共振器 (An exceptional laser cavity)

レーザー共振器は、ポンプ光が共振器の壁間で対称的に振動するという意味では、通常は単純な構造であり、理想的には単一の共振出力モードを備えている。利得と損失を示す材料を利用する、より複雑な共振器設計が実現可能であり、それにより出力モードを効果的に調整できる例外点が得られる。Schumerたちは、ポンプ光が共振器内を前後に伝播するときに例外点を取り囲む空洞を設計した。その結果、2つの異なるけれども位相幾何学的に結合された横モードの輪郭形状で、それぞれ共振器の異なる面から同時に放射できるレーザーとなる。この手法は、位相幾何学的に堅牢なレーザー共振器の設計における自由度を提供する。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 横モード:光共振器の発信モードの区分で, 縦モードでは周波数のみが異なるのに対して, 横モードでは共振器横断面での放射強度分布の様式が異なる。
Science, abl6571, this issue p. 884

より弱い接合面が順応膜を可能にする (Weaker interfaces enable conformal films)

剛性のある材料は、薄板として使うとより曲げやすくなるが、面内回転やねじり移動を受けるともっと凸凹を生じたり座屈したりするため、曲面や可動面を順応して覆うことができない。Yanたちは、半導体材料の薄片を含む回転塗布膜により、約10ナノメートル厚さの支えなしの薄板を形成した。半導体材料の薄片は、接着されないファン・デル・ワールス接合面を介して互いに引き付け合い、機械的な伸縮性と展性、および透過性と通気性を実現する。これらの特性はそれらを、心電図検査や脳波検査の実演など、さまざまな電気生理学的信号を監視および増幅できる生体電子膜に適したものにしている。(Sk,kj)

Science, abl8941, this issue p. 852

NACはリボソーム上で 門番として機能する (NAC acts as a gatekeeper on the ribosome)

真核生物において、シグナル認識粒子(SRP)は、膜タンパク質および分泌タンパク質がリボソーム上で合成されつつある間、小胞体(ER)に向かうそれらのタンパク質を標的にする。ERに向かうタンパク質の誤った標的化を防ぐために、SRPの利用は新生ポリペプチド会合複合体(NAC)によって調節される。Jomaaたちは、NACがどのようにして、細胞質タンパク質およびミトコンドリア・タンパク質を合成しているリボソームにSRPが結合するのを防ぐと同時に、ER発注のタンパク質を翻訳しているリボソームにSRPを動員できるのかを研究した。彼らの知見は、新生鎖に対する重要な選別因子としてのNACの役割を明らかにし、これが真核生物における特異的な膜タンパク質と分泌タンパク質の局在化を確実にするのを助けている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • シグナル認識粒子:新生の膜タンパク質および分泌タンパク質の先頭にある特異配列で膜や膜外へ運ばれる時の目印になる
Science, abl6459, this issue p. 839

アクシオン暗黒物質の探索 (The search for axion dark matter)

謎めいた「暗黒物質」を説明する候補として、仮想の「アクシオン」粒子が勢いを得ている。この暗黒物質は、宇宙の物質の約85%を占めると考えられている。Chadha-Dayたちは、この粒子が何であるかについて概説し、SemertzidisとYoun は、科学者たちがどのようにそれを検出しようとしているかについて概説している。アクシオン暗黒物質は、”CP対称性の破れ”相互作用により通常の物質と結合した、振動する無線周波数場から構成されると提案されている。検出実験は、磁場を用いて暗黒物質アクシオンを無線周波数の弱い光子信号に変換しようとする。新しい実験類型と精密測定の進歩により、検出可能な範囲が飛躍的に広がっており、近い将来、アクシオンの発見に成功する希望が大きい。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • CP対称性(電荷パリティー対称性)の破れ:CP対称性は粒子を反粒子と交換し(C対称)、空間座標を反転(「ミラー」またはP対称)しても物理法則は同じであると言う法則。これが成り立たない現象がk中間子の崩壊で発見された。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abj3618 (2022), 10.1126/sciadv.abm9928 (2022).

移動する塩化物イオンの動画 (Movie of a moving chloride ion)

レチナール異性化を用いて膜の向こうへ水素イオンを移動させる生物ポンプは広く研究されてきたが、異なる電荷と異なる配位要件の両方を持つ、移動する塩化物イオンに関わる機構はあまりよく理解されていない。Mousたちは、時間分解X線結晶学、分光法、および計算シミュレーションを組み合わせて、塩化物ポンプとして機能するハロロドプシンを介した塩化物輸送の分子動画を作成した。細胞外環境からのイオンの取り込みは、レチナールとの相互作用によって維持されており、レチナール異性化によって生まれた空間を介した輸送は、励起から約1マイクロ秒以内に発生する。塩化物の放出および逆流の遮断は、細胞内面に静電的なゲートを形成する塩橋によって媒介されている。これらの洞察は、神経細胞の光遺伝学的サイレンシング(遺伝子抑制)のための重要な手段である、これらのポンプにおけるイオン輸送を理解するために重要である。(Sk,kh)

【訳注】
  • ハロロドプシン:好塩性 (ハロ) の古細菌がもつ色素たんぱく質。"ロドプシン" は レチナールとオプシンから形成される。
Science, abj6663, this issue p. 845

腫瘍特異的T細胞の共有された状態 (Shared states of tumor-specific T cells)

養子細胞療法は、がん免疫療法の一種であり、腫瘍を排除するよう個人の免疫系が訓練される。この過程はT細胞の遺伝子操作を含むが、がん特異的な変化を認識できるT細胞受容体(TCR)の困難な同定を必要とする。LoweryとKrishnaは、乳房や黒色腫、結腸由来の腫瘍を含む、ヒトの転移性腫瘍からのTCRを検討した。著者らは、TCRと単一細胞の配列決定技術を用いて、既知の腫瘍変異特異的T細胞に共通する遺伝的に保存された表現型の状態を見出した。遺伝子シグナチュアーは、独立した試料からTCRの腫瘍反応性を予測し、不活発なT細胞からそれらを区別することができた。そのような戦略は、患者の免疫療法のための腫瘍特異的TCRのより合理化された同定を可能にするかもしれない。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 養子細胞療法:抗腫瘍免疫をつかさどるリンパ球を一度体外へ取り出したのち、患者のがん細胞やインターロイキン2 (IL-2) といった物質と一緒に培養し、再び体内へ戻す方法。
  • T細胞受容体(TCR):T細胞の細胞表面に発現する受容体で、抗原提示細胞の細胞表面に提示される主要組織適合抗原複合体(MHC)タンパク質と抗原の複合体を認識して、T細胞を活性化する。ひとつのT細胞には1種類のTCRしか発現しないが、細胞ごとに形が違う受容体が発現し、それぞれの細胞が別な異物を認識する。
  • 表現型の状態:本論文ではTCRのトランスクリプトーム解析を行い、マップ化して個々のTCRの特徴を見ている。視覚的に評価しているのでphenotypic(表現型の)としたものと思われる。ここで、細胞や組織などに蓄積するRNA全体をトランスクリプトームと呼び、それを網羅的に解析するのがトランスクリプトーム解析。ゲノムが全ての細胞でほぼ同一なのに対し、トランスクリプトームは細胞の機能に応じた転写や転写後の調節を反映しており、細胞や遺伝子の機能についての情報を得ることができる。
  • 遺伝子シグナチュアー:健常者群,がん患者群などの2群間を分類する際に使用される特徴的な遺伝子のこと.
Science, abl5447, this issue p. 877

老化と睡眠の断片化 (Aging and sleep disruption)

人間においては、老化による睡眠の質の低下は、最も一般的な苦情の1つである。動物モデルにおいて、Liたちは、老化が睡眠中に覚醒を促進する脳領域の自発的活動の増進と相関していることを見いだした(JacobsonとHoyerによる展望記事参照)。ヒポクレチンを産生する神経細胞は睡眠中により活発であり、短時間での覚醒の可能性を高め、したがって睡眠をより断片化させた。おそらくカリウム・チャネルの亜集団の発現減少により、老化した脳組織中のヒポクレチン神経細胞の興奮性が高まった。したがって、加齢に関連する睡眠の断片化は、覚醒を促進する神経細胞のもともとあった興奮性の変化が原因であるかもしれない。(Sk,kj)

Science, abh3021, this issue p. 838; see also abo1822, p. 816

訓練されたILC3:より良く、より速く、より強く! (Trained ILC3: Better, faster, stronger!)

3型自然リンパ球(ILC3)は、腸管に豊富に存在しており、粘膜の恒常性、宿主の防御、リンパ組織の組織化に重要な役割を果たしている。 特定の自然免疫細胞集団は、炎症シグナルに応答して新しい長期表現型(「訓練された免疫」)を採用することができるが、これがILC3にも当てはまるかどうかは不明である。Serafiniたちは、マウスが腸粘膜肥厚症菌(Citrobacter rodentium)に感染した後、活性化されたILC3のサブセットが数ヶ月間持続したことを報告している。これらの「訓練された」ILC3(Tr-ILC3)は、優れた活性化を示し、そして病原体に再感染後「本来の(naive)」ILC3よりもより良く感染を制御した。腸粘膜肥厚症菌との最初の遭遇は、Tr-ILC3の代謝経路を永続的に再配線し、結果としてインターロイキン-22などのサイトカインを増殖し分泌する増強された能力がTr-ILC3に与えられた。(KU)

【訳注】
  • 3型自然リンパ球:腸管の粘膜固有層に多く存在し、上皮からの抗菌ペプチド産生を誘導することで腸内細菌と腸管免疫との平衡状態の確立に重要な役割を果たしている。
  • 腸粘膜肥厚症菌(Citrobacter rodentium):大腸炎や腸管出血を誘発する菌
Science, aaz8777, this issue p. 859

SARS-CoV-2の進行中の適応 (Ongoing adaptation of SARS-CoV-2)

COVID-19パンデミック中のこの2年、感染力の増加を示したり或いは免疫を回避したりする、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のいくつかの変異株が発生した。懸念されるオミクロン変異株は、宿主細胞への侵入に関与するスパイク・タンパク質に37の変異がある。これらの変異のほとんどは、中和抗体による標的とされる2つのドメイン、受容体結合ドメイン(RBD)とN末端ドメイン(NTD)にある。McCallumたちは、オミクロン株に対する中和活性を維持する治療用抗体であるS309に結合したウイルス・スパイクの構造、およびS309とヒトACE2受容体に結合したRBDの構造を示している。その構造は、オミクロン株がどのようにしてACE2への高親和性結合を保持しながら、他の治療用抗体への結合を大幅に低減するかを示している。(KU)

Science, abn8652, this issue p. 864

鏡を通してエナミンをねじる (Twisting enamines through the mirror)

鏡像異性体、即ち鏡像分子を分離することは、医薬品合成に不可欠である。一方を他方に選択的に変換することによって、それらの等しい混合物を濃縮することは、触媒作用だけの使用では不可能である。しかしながら、最近、触媒作用と光吸収からのエネルギー注入を組み合わせた方法が実現可能であることが証明された。Huangたちはこの戦略の変形を報告している。それによって、キラル・アミンがエナミン誘導体を経由してキラル・アルデヒドに触媒的反応を繰り返す。光吸収増感剤による選択的活性化が、次に、エナミン異性体の平衡を傾斜させて、一方のアルデヒド鏡像異性体をその対応物への正味の変換を促進する。(KU,kh)

【訳注】
  • エナミン:炭素‐炭素二重結合(ene)に第三アミノ基(amine)が直接結合した部分構造(エナミン構造という)をもつ有機化合物の総称。有機合成において極めて有用な化合物
Science, abl4922, this issue p. 869

X線連星における回転の不整列 (Misaligned spin in an x-ray binary)

ブラックホールが星と十分に近接した連星系にある場合、ブラックホールはその相棒から物質を剥ぎ取る。その物質がブラックホールに落ちるにつれて、光とX線の放射を放出するのに十分なほどの高温の降着円盤を形成する。Poutanenたちは光学的偏光測定を使用して、ブラックホールX線連星の軌道軸を決定した (PatatとMapelliによる展望記事を参照)。これらの観測結果を以前のブラックホール回転軸の測定値と組み合わせると、2軸は少なくとも40度ずれていることが分かった。降着現象は常に2つの軸を近づけるため、この大きな不整列はブラックホールの形成中に発生したに違いない。(Wt,kh)

Science, abl4679, this issue p. 874; see also abn5290, p. 821

過去に生じた耐性の個人歴 (Personal histories of past resistance)

重い感染症は、最初は抗生物質感受性と診断されるかもしれないが、その後、薬剤耐性になり、そして生命が脅かされる。新規な耐性変異が生じるよりはむしろ、患者の腸あるいは皮膚に常在する耐性株や耐性種が感受性株を置き換える方がより起こりそうである。この出発点から、Stracyたちは20万人以上の患者の微生物叢分析結果に関する8年間の記録を用いて、特定の抗生物質への耐性を獲得する個人的な危険性を予測する機械学習モデルを構築した(LugagneとDunlopによる展望記事参照)。機械学習計算手順を訓練するためと個人用の抗生物質治療方針を明らかにするために、尿路と傷口の感染症に対する抗生物質使用のデータが使われた。ほとんどの患者に対して、医師が処方した抗生物質に比べて、耐性出現の危険性がより少ないと予測される、感受性互角の代替の抗生物質が存在した。(MY,kh)

【訳注】
  • 抗生物質感受性:抗生物質が感染症の原因菌に有効であること。
Science, abg9868, this issue p. 889; see also abn9969, p. 818

ヒマスタチンに対する末期の結合 (A late coupling for himastatin)

ヒマスタチンは細菌が作る天然物で、それが持つ抗生物質的特性と興味深い構造のため、過去数十年間にわたり研究されてきた。この化合物は、2つのシクロトリプトファン残基のアリール環の間の結合を通して結ばれたペプチド大員環の二量体である。D’Angeloたちは、ヒマスタチンとその天然物でない光鏡像異性体および他の幾つかの誘導体に対する比較的効率のよい合成について報告している(Smithによる展望記事参照)。重要な段階は、銅塩によるヒマスタチン単量体の酸化に依拠した後段の二量化である。蛍光標識化が、細胞膜を破壊するこの化合物の作用機構に光明を与えている。(MY,kh)

Science, abm6509, this issue p. 894; see also abn8327, p. 820

ペロブスカイトのAサイトを最適化する (Optimizing perovskite A sites)

光電子工学で用いられる有機-無機ハロゲン化鉛ペロブスカイト(OLHP)においては、2価の鉛カチオンあるいはスズ・カチオンおよびハロゲン・アニオンと比べて、1価のAサイトは、バンド端状態にほとんど影響しないと当初は考えられていた。しかし、OLHP太陽電池に対する近年の性能向上の飛躍は、主にAサイトのカチオンの変更によってもたらされてきた。Leeたちは、3次元OLHPにおけるそれらの役割の拡大と多能性について、特に構造安定化、イオン遊走の低減、および界面修飾とトラップ不活性化のための表面機能化について概説した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • Aサイト:有機-無機ハロゲン化鉛ペロブスカイトを構成するPbX6(X:ハロゲン原子)からなる八面体の格子の隙間を埋めるサイトで、主として有機物カチオン(典型的にはCH3NH33+)からなる。
Science, abj1186, this issue p. 835

ゲノミクスと人類祖先の系譜 (Genomics and human ancestral genealogy)

何十万人もの現代人のゲノムと数千人の古代人のゲノムが、今日まで作成されてきた。しかしながら、種々の手法とデータ品質がそれらの間の比較を困難にさせている。更に言えば、あらゆるヒトゲノムには異なる時代の祖先からの断片が含まれている。Wohnsたちは古代人と現代人のゲノムに木構造記録手法を適用して、統合的な人類の系譜を作成した(ReesとAndresによる展望記事参照)。この手法は欠損もしくは間違いのあるデータを考慮しており、そして古代人のゲノムを用いてゲノムの融合した時代を校正している。これにより、我々のゲノムがどのように時間と共にそして集団間で変化したかを我々は決定することが可能になり、我々の種の進化についての情報を与える。(Uc,KU,kh)

【訳注】
  • ゲノミクス:ゲノムと遺伝子について研究する生命科学の一分野
Science, abi8264, this issue p. 836; see also abo0498, p. 817

きらめくシンチレーション・ナノフォトニクス (Scintillating nanophotonics)

高エネルギー素粒子が材料と衝突すると、材料中の原子へとエネルギー移動が生じ光を放出する。このシンチレーションと呼ばれる過程は、医療画像から高エネルギー素粒子物理まで多岐にわたる検出器応用に利用されている。Roques-Carmesらは、シンチレーション材料をナノフォトニクス構造に導入することで、その光放出を増強し、制御した。筆者らは、ナノフォトニクス構造が如何にしてシンチレーションのスペクトル、角速度、偏光特性を造り出す能力を発揮できるのかを示している。本手法は、高輝度、高速、高分解能のシンチレーター開発に役立つと期待されている。(NK,kj)

Science, abm9293, this issue p. 836; see also abn8478, p. 822