AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 25 2019, Vol.366

ヒトの小脳発生に対する詳細描写 (Close-up of human cerebellar development)

小脳発生は初期段階では、ヒト、ヒト以外の霊長類、それにマウスすら、それら全体に類似点を共有する。しかし発生が進行する間に、Haldipurたちによる細胞と分子の分析が今回明らかにするように、違いが出てくる。菱脳唇は、小脳発生の際にマウスあるいはサルよりもヒトにおいてより長い間存続し、神経前駆細胞のプールを作り出す。同様に、ヒト小脳の脳室帯は、マウスの脳室帯よりも、外側放射状グリア細胞を有する付加的増殖層の発生において一歩先まで進行する。トランスクリプトーム解析で、発生中のヒト小脳と新皮質の前駆細胞間の類似性と相違の詳細が明らかになった。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 菱脳唇:脊椎動物の脳の発生途上、神経管上端部に生ずる3つの膨大部の最後部である菱脳に、発生がさらに進むと生じる2つのくびれのこと。前方のくびれから小脳が発生し 、後方のくびれから延髄ができる。
  • 脳室帯:発生期の脳内における脳室を取り囲む脳室周囲層の最も内側の一層。
  • 外側放射状グリア細胞:脳室側から少し外側へ離れた脳室下帯に存在する神経前駆細胞(神経幹細胞)。
Science, this issue p. 454

インフルエンザの代替標的 (Alternative influenza target)

可変性で命を脅かすウイルスを中和することが可能な、広範な保護効果のあるインフルエンザ・ワクチンへの差し迫った要求がある。Stadlbauerたちは、現状のワクチン標的(変異しやすい血球凝集素)から目を転じ、それに代わる変化のより少ないウイルス外被糖タンパク質であるノイラミニダーゼを調べた。著者たちは、ウイルス亜型のH3N2型に自然感染したヒト提供者からモノクローナル抗体(mAb)を取り出した。このmAbはマウスで、A型インフルエンザのグループ1と2(ヒト、トリ、ブタが起源)と幾つかのB型ウイルスから幅広く保護した。このmAbはまた、感染後72時間たっても治療に効果があった。広範囲にわたる反応性は、恐らくウイルス提供者の感染歴に関係していて、提供者の形質芽細胞はノイラミニダーゼ酵素の活性部位へと挿入される長領域を持つ種々の抗体を産生したためと考えられる。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 中和:抗体が微生物などに結合することで、その微生物の感染力を低下させたり、毒性を減少させたりする働き。
  • 血球凝集素:インフルエンザ・ウイルスの表面に数多く存在するトゲ状の構造体。目標の細胞表面を認識して結合し、ウイルスのゲノムを細胞内に挿入する機能を持つ。
  • ノイラミニダーゼ:細胞膜表面に存在し、糖タンパク質や糖脂質などの糖鎖末端のシアル酸を切断する酵素。
  • グループ1、2:A型ウイルスに属するH3N2型の大きな2つのグループで、この2つのグループではノイラミニダーゼを構成するある位置のリシン(アミノ酸)がそれぞれ異なるアミノ酸に置換している。
  • 形質芽細胞:リンパ球の1つであるB細胞が分化した細胞である形質細胞の前駆細胞。
Science, this issue p. 499

街頭抗議の催しを測定する (Measuring street protest events)

街頭抗議と民衆のデモ行進は政治的表現の重要な形態であり、それらがどのように測定されるかが、それらの社会的重要性を理解する我々の能力を表している。Fisherたちは、2016年の米国選挙後の催しに焦点を当て、抗議の催しと群衆の形成に関する、増え続ける研究を総説している。彼らは、抗議の規模と抗議者の動機を評価して、実時間でそのような抗議資料を一般公開するための、最も効率の良い方法を説明している。このような方法は、抗議しているのは誰か、およびその理由を理解するのに役立ち、抗議の社会的および政治的影響のより良い評価を可能にする。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw5461 (2019).

健康のアルゴリズムにおける人種偏見 (Racial bias in health algorithms)

米国の健康医療システムは、診断に基づく健康支援法を決定する指針として商用のアルゴリズムを使用している。Obermeyerたちは広く使用されているアルゴリズムに人種偏見、例えばそのアルゴリズムによって同じレベルの健康危険度を割り当てられた黒人患者は白人患者よりも病気がちであるという証拠を見つけた(Benjaminによる展望記事参照)。著者たちは、この人種偏見が特別医療に認定される黒人患者の数を半分以下に減らしてしまうと推定した。偏りは、そのアルゴリズムが健康維持必要度の指数として健康支援費用を使用しているために生じる。同じ水準の必要度を有する黒人患者ではより少ない金銭しか費やされず、このアルゴリズムは、黒人患者は同等の病気の白人患者よりもより健康的であると誤って結論づける。健康維持必要度のための代用変数としてもはや費用を使用しないようにこのアルゴリズムを見直すことで、誰が特別医療を必要としているかの予測において人種偏見が取り除かれる。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 健康のアルゴリズム:一般的には、患者に必要な医療内容を評価するための自動的判定法を言う. ここでは, アメリカで健康保険会社が医療決定の情報を得るために用いている、最大規模の市販ツールの1つを指す。
Science, this issue p. 447; see also p. 421

粉砕法のコランダム・ナノ粒子 (Milling corundum nanoparticles)

高純度のコランダム(α-Al2O3)ナノ粒子は、より安定した触媒担体や高強度セラミックスの前駆体などへの応用を可能にするかもしれない。コランダムの粉砕はマイクロメートル規模の粒子のみを生成し、γ-Al2O3のような出発原料になりそうな他の酸化アルミニウムからの直接合成は、これらの立方最密充填酸化物の格子構造を変えるための高い活性化障壁のせいでうまくいかない。Amruteたちは、ベーマイト(γ-AlOOH)のボール・ミル粉砕により、機械的に引き起こされる脱水反応と、粒子の表面エネルギーに対する粉砕衝撃の効果により、高純度の直径約13ナノメートルのコランダム・ナノ粒子が生成されたことを示している。(Sk)

Science, this issue p. 485

地球全体の土壌におけるミミズの分布 (Earthworm distribution in global soils)

ミミズは、土壌生態学的群生の重要な要素であり、生態系を介した分解と栄養循環において重要な機能を果たしている。7000個所以上の地点のデータを用いて、Phillipsたちは、ミミズの多様性、存在数、および生物量の分布の世界地図を開発した(Fiererによる展望記事参照)。この特徴は、地上の分類群で一般に見られるものとは異なっており、ミミズの多様性と存在数のピークは中緯度地域に、生物量のピークは熱帯地方にある。気候変数がこれらの傾向に強く影響し、その変化は他の土壌生物とより広い生態系機能に連鎖的な影響を有するようだ。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 480; see also p. 425

柔らかな強誘電体 (Flexible ferroelectrics)

電場に応答して分極する高品質の強誘電体材料は、通常は、曲げると割れる酸化物である。Dongたちは、高品質のチタン酸バリウム膜が驚くほど柔軟で、また、超弾性を示すことを見出した。これらの薄膜は、変形の際にナノドメインの動的な変化によって大きな歪みを蓄える。この発見は、より堅牢で柔軟な装置の開発にとって重要なものである。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 475

風力発電の多面的な未来 (A multifaceted future for wind power)

最新の風力原動機は、すでに材料科学と空力工学の緊密な最適化された結果を示している。Veersたちは、この技術をさらに発展させるための課題と可能性について、学際的共同研究の必要性を強調して概説している。彼らは、より背の高い原動機が動作する地域の大気物理学とともに、規模拡大に伴なう材料の制約をさらにしっかりと理解する必要性を強調している。原動機配置位置同士の相互作用、および、送電網全体の特性の進化との相互作用は、将来の開発に対するシステム的方法をいっそう必要とするだろう。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaau2027

1つの世界、1つの健康 (One world, one health)

人々が更に都市に移動するにつれて、彼らの生活様式は大きく変化する。SonnenburgとSonnenburgは、田舎の屋外環境から、都市化され工業化された環境への現世代の移動が、どのように我々の生物学と健康に大きな影響を与えているかを概説している。変化のシグナルは、共生微生物群の減少とそれらの代謝機能の喪失に最も顕著に見られる。ヒト共生微生物群の絶滅は、新しい化学物質、食料品、衛生設備、医療行為による攻撃の結果である。ほとんどの人にとって、衛生設備と容易に入手できる食べ物は有益であるが、我々は今や転換点に達したのでは?我々の有益な共生生物を「保護」し、病原体を寄せ付けないようにするにはどうすれば良いのだろうか?(KU,kh)

Science, this issue p. eaaw9255

共生生物がマイトリクス世界を支配する (Commensals rule the MAITrix)

粘膜関連インバリアントT(MAIT)細胞は、粘膜の恒常性に重要な役割を果たしている。MAIT細胞は、主要組織適合抗原クラス Ib分子であるMR1により提示された微生物の小分子を認識する。MAIT細胞は無菌マウスには存在せず、また、微生物叢がMAIT細胞の発生を制御する機構は知られていない(OhとUnutmazによる展望記事参照)。Legouxたちは、マウスにおいて、胸腺内でのMAIT細胞の発生が細菌の産物である5-(2-オキソプロピリデンアミノ)-6-d-リビチルアミノウラシルによって支配されていて、この物質が粘膜から胸腺へと素早く運ばれ、そこでMR1により捕捉され、発達中のMAIT細胞に提示されることを示している。Constantinidesたちは、MAIT細胞の誘発が、限られた発生早期の期間の幅の中だけで生じ、リボフラビン誘導体を産生するきまった微生物群への曝露が必要であることを報告している。皮膚でのMAIT細胞と共生生物との間の継続的相互作用は、組織修復機能を調節する。これらの論文は共に、微生物叢が、ホストの自己抗原のように作用する化合物を分泌することによって、どのようにして免疫細胞の発生とその結果の粘膜部位における機能を方向づけることができるのかに光を当てている。(MY,nk,kj)

【訳注】
  • MAIT細胞:腸や肺などの粘膜組織に多く存在し、自然免疫と獲得免疫の橋渡しをする自然リンパ球として機能すると考えられている。
  • 主要組織適合抗原:免疫系の中で、異物として認識されるペプチド断片を提示する膜貫通タンパク質。
Science, this issue p. 494, p. eaax6624; see also p. 419

植物の水分不足を水を使わないで解消する (Plant thirst quenched without water)

干ばつは、世界中で毎年農家に何十億ドルもの損失をもたらす。植物の水利用効率の中心にあるのは、植物ホルモンのアブシジン酸とその受容体によって調整されるシグナル伝達経路である。Vaidyaたちは、候補小分子群を選別し、構造情報に基づく設計(structure-guided design)を用いてアブシジン酸受容体のアゴニスト(作用物質)の機能を最適化した(PhillipsとSussmanによる展望記事参照)。このアゴニストを適用すると、シロイヌナズナ、コムギ、およびトマトを水分不足から守った。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • アゴニスト:ここではアブシジン酸と類似した、受容体への親和性が強い物質。
Science, this issue p. eaaw8848; see also p. 416

NODはシグナルを送るためにS-パルミトイル化を必要とする (NODs require S-palmitoylation to signal)

細胞内におけるタンパク質の区画化は、その機能に不可欠である。脂質分子の添加により、細胞表面または膜結合小器官にタンパク質が再分配される。遺伝子導入マウスおよび組織培養細胞における研究から、Luたちは、細菌産物の検出に関与する2つのタンパク質であるヌクレオチド・オリゴマー形成領域様受容体1と2(NOD1とNOD2)が、細胞膜へのそれらの補充と機能に対して脂質修飾を必要とすることを見い出した。システイン・チオールでのパルミトイル化という特定の修飾は、酵素 ZDHHC5によって仲介された。ZDHHC5の欠失またはNOD1とNOD2における重要な修飾残基の除去は、彼らの機能を弱め、抗菌応答を低下させた。NOD2のヒト多様体はパルミトイル化の変化を示し、これは、過敏性腸症候群などの多くの炎症状態の説明に役立つつかも知れない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • パルミトイル化:パルミチン酸等の脂肪酸を膜タンパク質のシスティン残基に結合させる反応
Science, this issue p. 460

複雑な調節 (Complex regulation)

タンパク質キナーゼ mTORC1は、外部シグナルに応答して細胞増殖を制御する。栄養素の存在下で、mTORC1はリソソームの表面に局在し、そこで活性化される。mTORC1の Raptorドメインは、タンパク質 RagulatorとRag GTP分解酵素のヘテロ二量体からなる複合体に結合する。このヘテロ二量体は栄養素の利用状況に依ってヌクレオチドの4つの異なる立体構造をとる。Rogalaたちは、極低温電子顕微法により、3.2オングストロームの分解能で Raptor-Rag-Ragulator複合体の構造を決定した。この構造は、Raptorが、なぜRagヘテロダイマーの特定のヌクレオチド立体構造にのみ結合するかを示し、そしてmTORC1が、どのようにしてリソソーム表面に結合しているかの(これは、その活性化における重要な段階である)モデルを示唆している。(KU,kj)

Science, this issue p. 468

遺伝的背景は多様性に影響する (Genetic background affects variation)

進化の堅牢性、つまり適応性に対する突然変異の影響度は、種の進化の軌跡に影響を与えることがある。多数の有害な突然変異を多くの異なる遺伝的背景を持つ酵母に導入することにより、Johnsonたちは、多くの突然変異に対して、その遺伝的背景に適応しているほど、突然変異の有害な影響がより大きくなることを見出した(Millerによる展望記事参照)。より適応度の高い系統は有害な突然変異に対する許容性が低いが、一方適応度の低い系統はより多くの突然変異を許容できる。この観察は、有益な突然変異に対する報酬減少の傾向を支持しており、結果として適応度のパターンに影響を与えることを示している。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 490; see also p. 418

共役輸送 (Coupled transport)

陽イオン-塩素イオン共輸送体は、細胞膜を横切って塩素イオンと陽イオンを移動し、細胞容積の調節と細胞内の塩素イオン濃度の設定に重要である。変異は、てんかんなどの深刻な病気につながる。Liuたちは、低温電子顕微法で決定されたヒト塩化カリウム共輸送体 KCC1の構造を示している。 その構造、機能研究、分子動態シミュレーションに基づいて、彼らはイオン輸送モデルを提案している。その構造は、塩化カリウム共輸送体における疾患関連変異を解釈するための枠組みを提供する。(Sh)

Science, this issue p. 505

干渉性表面スピン操作 (Coherent surface spin manipulation)

スピンを用いた量子情報処理を実現するには、干渉性スピン操作を必要とする。Yangらは磁気走査型トンネル顕微鏡探針を用いて、酸化マグネシウム表面上のチタン及び鉄原子のスピン干渉制御を実証している。探針先端に加えられら任意の一連の速い電気パルスにより、強い電場が誘起された。この電場が表面の金属原子の移動を引き起こし、その後にそれが探針-原子交換相互作用を変調して振動性有効磁場を生成した。 ラムゼイ干渉(Ramsey fringes)やハーン・スピン・エコー(Hahn spin echoe)のような最新のスピン制御手順は、探針によってその表面に集められたチタン原子二量体において干渉性振動のような量子動力学を明らかにした。(NK,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 509