AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 1 2019, Vol.363

Curiosity に重量測定を教え込む (Teaching Curiosity to do gravimetry)

重力測定−重力場のわずかな変化の測定−は、山の重さを量るのに用いることができる。大きなスケールでの重力測定マッピングは軌道上からも可能であるが、詳細な細部を調べるには地上の車両が必要である。火星上の探査車(Curiosity rover)は、通常の走行のために用いられる幾つかの加速度計を搭載している。Lewisたちは、これらの加速度計を重力測定に用いることができるように再較正した。探査車が Galeクレーターを通過して、Aeolis Mons (Mount Sharp)を登り始めるにつれ、局所的な重力場がどのように変化するかを測定した。その結果得られた Galeクレーター地下の物質の密度は、かなり多孔性であることを示している。これは、かつてはクレーター床を埋めていた厚さ数キロメートルの岩石が圧縮されたという理論に反証を与えるものである。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 535

脅威にさらされて行動を逆にする (Flipping behavior under threat)

緊急事態や激しい脅威にある脳は、根本的に違うやり方で働くのだろうか? Seoたちは、セロトニン神経細胞群が低あるいは中程度の脅威の状況で一時的に刺激された場合、マウスはためらって立ち止まるが、この同じ神経細胞集団が高い脅威の状況で刺激された場合、マウスは逃げようとすることを見出した。これらの神経細胞から得られた記録は、動作に関係する神経的調整が状況間で逆になることを示した。神経活動は、動作が低脅威状況で始まった場合は低下したが、高脅威状況で始まった場合は増大した。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • セロトニン神経細胞:トリプトファンからセロトニンを合成し、神経細胞のシナプス前終末から放出して、シナプス後細胞のセロトニン受容体に作用する神経細胞のこと。
Science, this issue p. 538

ハエで発見された睡眠促進分子 (Sleep-promoting molecule found in flies)

取るに足らないショウジョウバエでさえ睡眠を必要とする。Todaたちは~12,000匹のショウジョウバエ系統をスクリーニングし、彼らがnemuri(「sleeo」の日本語、略称nur)と命名した遺伝子によってコードされる単一の睡眠促進分子を同定した(OikonomouとProberによる展望記事参照)。NEMURI(またはNUR)はニューロンから分泌される抗菌ペプチドであり、それは睡眠をも促進する。NURの過剰発現は、ハエが細菌感染から生き残るのを助け、睡眠の増加は感染との戦いを助ける。このように、NURは両面作戦を仲介する。NURの分泌はまた、睡眠不足のハエで観察される眠気の根底にあるらしい。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 509; see also p. 455

一生懸命働いてより強くなる (Working harder, getting stronger)

自己修復性高分子は、変形後に機械的強度を元に戻そうとする。高分子ゲルは柔らかすぎてこれが起こらない傾向にある。Matsudaたちは、二重の網状組織を持つ材料からなる自己修復性ヒドロゲルを作った(Craigによる展望記事参照)。機械的応力がこの2つの網状組織のうちのより脆性の高い方を破壊するが、他の網状組織は安定性を保つ。切断が起こると、断片化された鎖がラジカル開始剤を作り、これが新たな網状組織用材料を重合する。網状組織の切断が繰り返され単量体が供給されるにつれて、このゲルはより強くなる。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 504; see also p. 451

一連の鉛直動データ (An array of overturning data)

大西洋南北鉛直循環(AMOC)は、気候に強い影響をあたえており、それゆえに地球温暖化がそれにどのような影響を与える可能性があるかを理解することは重要である。Lozierたちは、北大西洋亜寒帯循環プログラム(OSNAP)からの最初の結果を報告している(Rheinによる展望記事参照)。OSNAPは北大西洋の高緯度での鉛直動によって運ばれる水の流量を計測してきた。この測定結果は、この領域での輸送の強い変動性を明らかにしており、ラブラドル海における深層水の形成は、従来信じられていたようなAMOCの変動性の主要な決定要因ではないかもしれないことを示している。(Uc,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • AMOC:温かい水が表層で赤道付近から北上し、北に進むにつれて冷却され、高緯度海域で密度が高くなって深海底に沈降する。エネルギーと物質を動かし、気候の変化をもたらす。
Science, this issue p. 516; see also p. 456

原子ジェットのパターンを観る (Seeing patterns in atomic jets)

ボーズ・アインシュタイン凝縮体 (BEC) における原子相互作用は複雑な集団挙動を引き起こすことがある。実験的には、外部磁場を変化させることでこれら相互作用を変調する。Fengらは、BECにあるセシウム原子間の相互作用を変調した。変調された外部磁場に曝された原子同士の衝突は、原子を凝縮体から一見ランダムな方向のジェットの状態で飛び出させていた。パターン認識技術による解析は、幾つかの方向には特に多くの散乱原子が散乱していることを明らかにした。散乱最大値のそのパターンは2次衝突に起因しているのかもしれない。(NK,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 521

自然選択はどのようにしてマウスの毛色に影響を与えるのか (How natural selection affects mouse coat color)

進化は、その核心で、自然選択にさらされるアレル(対立遺伝子)頻度の変化を伴う。しかし、選択の対象を同定することは困難なことがある。Barrettたちは、色素形成に影響するアレル頻度がどのように経時的に変化するかを調べた(Pelletierによる展望記事参照)。野生で捕獲されたマウス(シカシロアシネズミ)は、自然界で生じている明暗の背景色のもとで鳥捕食者にさらされた。マウスの毛色に関わるAgouti遺伝子における遺伝的変異により自然選択がマウスの毛色の変化をもたらした。(MY,KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • アレル頻度:相同染色体上の同じ座位にある対になった遺伝子の各々が、ある集団内に存在する割合のこと。
Science, this issue p. 499; see also p. 452

菱形(ロンボイド)プロテアーゼがすばやく作用する方法 (How rhomboid proteases act so quickly)

酵素が粘稠な細胞膜内の反応をどのように触媒するかは、よく分かっていない。Kreutzbergerたちは、限定された極小加工膜と生細胞内で菱形の膜内プロテアーゼの単一分子が拡散する様子を可視化した(Wolfeによる展望記事参照)。彼らは、菱形タンパク質の折り畳みが周囲の脂質歪めて膜の局所的な粘度を低下させ、そして酵素の拡散を促進することを見出した。細胞内の触媒の速度は急速な拡散に依存しており、このことは菱形タンパク質の拡散が通常の膜の「制限速度」を超えて促進され、基質に対する探索を増大させていることを明らかにしている。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. eaao0076; see also p. 453

人生の歯車を狂わせるもの (A wrench in the gears of life)

結核は世界規模の健康危機で、既存薬に対する耐性が出現するに従い、より悪化する脅威となっている。薬剤開発のための理想的な標的を同定するには、病原体には特異的であるが宿主には存在しない生化学的経路の弱点の知識を必要とする。Ballingerたちは、マイコバクテリアの構造上の脂質でありかつ病原性の脂質の生合成に重要な酵素であるホスホパンテテイニル転移酵素(PptT)を阻害する小分子を同定した(MizrahiとWarnerによる展望記事参照)。処理は、イン・ビトロとマウス・モデルにおいて細菌の選択的死滅をもたらした。その標的経路は第二の酵素であるホスホパンテテイン加水分解酵素によるPptT抑制に過敏にされた。つまりその加水分解酵素の活性が転移酵素の活性に抵抗した。(Sh,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ホスホパンテテイニル転移酵素:酵素の活性化に寄与する補酵素Aからホスホパンテテイン基を脂肪酸合成酵素などのキャリアタンパク質に転移して活性化させる酵素。
  • イン・ビトロ:生物学の実験などにおいて、試験管や培養器など、人工的に構成され実験条件が人為的に制御された環境であること。
Science, this issue p. eaau8959; see also p. 457

同位体で標識されたアラニンのマッピング (Mapping isotopically labeled alanine)

有機材料の電子顕微検査法は、電子ビームの衝撃による破壊的な影響を避ける必要がある。その方法の1つは、電子ビームが試料をかすめて散乱波モードにより試料に結合するモードで電子エネルギー損失分光法を用いて振動スペクトルを測定することである。Hachtelたちはこのような方法を用いて、12C-と13C-で標識を付けられ、C-O非対称伸縮モードに同位体シフトを示す、アラニン結晶を調べた。彼らはこの性質を利用して、数十ナノメートルの長さ尺度で標識を付けられたアラニン・クラスターの分布地図を描いた。(KU,ok,nk,nk,kh)

Science, this issue p. 525

増強画像化のための量子的標識 (Quantum beacons for enhanced imaging)

対象物を画像化するということは、単にその物体から放散される光を集める事例の一つである。しかしながら、対象物が複雑な媒質(例えば、細胞組織や大気)に埋め込まれているかつまりそれらによって隔てられていると、光が散乱され、光の波面がかき乱され、そして画像品質が劣化する。補償光学技術は、「ガイド星」または「参照用標識」を使用して波面の混合を元に戻し、画像を鮮明にする。Kim と Englund は、ダイヤモンド中の窒素空孔中心が、散乱媒質内部での超高解像焦点合わせを可能にする、量子的参照用標識として使用できることを示している。この技術は、量子的増強画像化および計測への応用に役立つはずである。(Sk,kh)

【訳注】
  • ガイド星:元々は天体観測で用いられ、対象の近くにある明るい星を基準(ガイド星)として大気の揺らぎを計測し、リアルタイムに補償光学系にフィードバックして空間分解能を向上するものであるが、ここではその派生技術を意味している
Science, this issue p. 528

振動するX線が、ブラック・ホールの回転を明らかにする (Oscillating x-rays reveal black hole spin)

星が巨大ブラック・ホール(MBH)の近くを通過すると、星は強い潮汐力によってばらばらにされる。その結果生じる破片がMBHに向けて落下するに従って、破片は温度が上昇し、潮汐破壊現象(TDE)における光およびX線の放出に至る。Pasham たちは、2014年に発生したTDEのX線観測結果を調査した。このX線放出は、131秒ごとに準周期的な振動で変化していた。この急速な振動は、そのMBHの事象の地平線近くを周回する物質によってのみ生じることが可能であり、このことは、MBHが急速に回転していることを示している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 事象の地平線:ブラック・ホール周辺で、光が外部に逃れられない範囲の境界面
Science, this issue p. 531

磁場と細胞増殖 (Magnetic fields and cell growth)

我々の世界は、低水準の磁気でいっぱいである。強力な磁場は、細胞や組織の増殖のような生物学的過程を変化させることができるが、より低い水準ではどうであろう? Van Huizen たちは、扁形動物の幹細胞に1ミリテスラ未満の磁場を印加した。100~400マイクロテスラの磁場は細胞増殖を減退させたが、500マイクロテスラを超える磁場は増殖を増進させた。地球上の代表的な地磁気に相当する、45マイクロテスラの磁場が対照条件を与えた。治療への応用にはまだほど遠いが、これらの発見は、細胞の生成を刺激したり、がん細胞の増殖を抑えたりすることが期待される。(Sk,kh)

【訳注】
  • 扁形動物:渦虫類、吸虫類、単生類、条虫類に大別される無脊椎動物で、体は細長いか楕円状、左右相称で扁平
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau7201 (2019).