AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 25 2019, Vol.363

超低温原子で輸送をシミュレートする (Simulating transport with cold atoms)

電荷とスピンが固体の中をどのように伝搬するのかを調べることで、固体の性質について多くを知ることができる。 量子顕微鏡を用いて個々の原子を撮像できる超低温原子系のような、量子シミュレータでも輸送実験を実施できる。 今回、2つのグループが、各格子点が1つのフェルミオン原子で充填された二次元光格子を用いた、いわゆるフェルミ・ハバード・モデル中で輸送を調べた(Brantut による展望記事参照)。 Brown たちは、ハーフフィリング状態を変えて電荷輸送可能な状態へとすることで、電気抵抗率がクプラート超伝導体の異常な金属相で見られるものと大して違わない、線形の温度依存性を持つことを見出した。 Nichols たちはスピン輸送に関する補完的な研究で、超交換カップリングで駆動されたスピン拡散を観測した。(NK,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 量子シミュレータ:物質などで起きる複雑な量子力学的な現象を、人為的に作成した単純で制御しやすい別のシステムを使ってシミュレーション(量子シミュレーション)するために作製されたシステム。
  • ハバード・モデル:周期ポテンシャル中で相互作用しながらトンネルする多数の粒子を扱うモデル。
  • ハーフフィリング:ハバードモデルにおいて各格子点が一つの粒子に占有された状態。
  • クプラート:銅酸化物系の高温超伝導体。
Science, this issue p. 379, p. 383; see also p. 344

偽ニュースに関する事実を探す (Finding facts about fake news)

2016年の選挙年の際に偽ニュースが激増した。 Grinberg たちは、Twitterのアカウントを特定の投票者と突き合わせることによって Twitterのデータを分析して、誰が偽ニュースに接したのか、誰が偽ニュースを広めたのか、そしてどのようにして偽ニュースが事実に基づくニュースと相互作用したのかを特定した(Ruths による展望記事参照)。 偽ニュースは全てのニュース閲覧量の約6%を占めていたが、ひどく集中しており、つまりユーザーのたった 1%が偽ニュースの80%と接しており、また、ユーザーの0.1%が偽ニュースの80%を広げるのに関与していた。 興味深いことに、偽ニュースは保守的な投票者の間に最も多く集中した。(Uc,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 374; see also p. 348

含水CaCO3は新しい構造を獲得する (Hydrous CaCO3 gets a new structure)

炭酸カルシウム(CaCO3 は地球上における重要な鉱物を形成するとともに、結晶核形成の理解に適するモデル系である。 CaCO3 には、2つの水和した構造と併せて、3つの異なる構造があることが知られている。 Zou たちは、マグネシウムイオンの存在下で非晶質CaCO3 から形成された第3の水和CaCO3 構造を見出した。 この発見は、新しい材料を作る出すための非晶質前駆体の重要性を示している。(ST,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 396

前もってパラジウムを組み込む (Embedding palladium ahead of time)

パラジウム触媒によるクロスカップリング反応は、医薬品の研究で最も広く応用されている反応部類の1つである。 この金属は、芳香環を互いにまたは窒素中心に結合するのに優れている。 しかしながら、官能基の複雑さが反応の障害となることがあり、面倒な配位子の最適化を必要とする。 Uehling たちは、パラジウムと複雑なアリール・ハロゲン化物との反応の安定な生成物を前もって単離することによってこの問題を軽減した。 このような化合物を下流のカップリング反応に提供することで、収率が大幅に改善した。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 405

抑制性シナプスの特異性 (Inhibitory synapse specificity)

発生中の脳でニューロンが回路を組立てる際に、それらのニューロンは、他のどのニューロンと接続するのかだけでなく、それらが他のニューロンのどこで接触するのかも選択する。 Favuzzi たちはマウスの研究から、介在ニューロンの亜集団を規定する遺伝子発現プログラムがまた、それらの介在ニューロンが、シナプス後部の接続相手のどこでシナプス組立てを優先させるのかを規定することを見出した。 ある種類の介在ニューロンは錐体ニューロンの細胞体とのシナプス形成を優先し、別の種類は樹状突起を、さらに他のものは軸索起始部での、シナプス形成を優先する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 介在ニューロン:中枢神経系に存在し、比較的短い軸索を持ち他のニューロンの活動を抑制する働きを持つ。 大脳皮質視覚野では神経細胞全体の約20%を構成すると言われている。
  • 錐体ニューロン:大脳皮質と海馬に存在する主要な興奮性ニューロン。
Science, this issue p. 413

花成制御の多様性 (Diversity in flowering regulation)

一年生植物は、ある季節に花を咲かせ、その後枯れるが、多年生植物は、毎年繰り返して花を咲かせることができる。 Hyun たちは、異なるシグナル伝達経路が、どのようにしてそのような花成の違いを制御しているのかを説明している。 多年生植物の伝達経路は、より年を経たシュートに限定される花成統合遺伝子を必要としている。 一方で、一年生植物の伝達経路は、光周性応答が若いシュートを花成へと刺激することを可能にする。 これらの制御系間の釣り合いが変化するにつれて、進化を通じて、厳しい環境への解決策が生まれてくるかもしれない。(Sk,MY,kj)

【訳注】
  • 花成:花芽形成の開始。
  • 光周性:昼の長さと夜の長さの変化に応じて生物が示す現象。
  • シュート:維管束植物の地上部をなす器官で、茎とその上にできる多数の葉からなる。
Science, this issue p. 409

カルデラの崩壊を結びつける (Connecting caldera collapse)

ハワイ島のキラウエア火山は、2018年に3か月間噴火した。 Neal たちは、ハワイ火山観測所によって収集されたさまざまな地球物理学的観測とともに、一連の噴火のまとめを与えている。 周期的な膨張と収縮、そして最終的な頂上の崩壊は、East Rift Zone 下部の割れ目からの溶岩噴火に結びついていた。 総体積 0.8 立方キロメートルのマグマが噴出し、これはおよそ 32 万の水泳用プールの大きさに相当し、この値は山頂での体積変化と整合した。(Wt)

Science, this issue p. 367

海洋の回復は動く標的である (Ocean recoveries are moving targets)

人口が増加してくるにつれて、我々の海洋に関する要求は急速に高まってきた。 これらの要求は、同様に、我々がこれらの系にかける圧力を高めてきた。 そして今や、我々は地球規模でかなりの損傷を引き起こしている。 将来にわたって健全な海洋生態系を維持したいのであれば、持続可能な方法で海洋資源を利用し、荒廃してしまった地域での回復を促進することを学ばねばならない。 しかしながら、どのようにしてこれらの目標を現実のものにするかを決定することは、かなり大きな課題である。 Ingeman たちは、生態系の回復と利用の両方を同時に試みることによって生じる課題を概説し、この非常に重要な二重目標を促進するための、いくつかの取り組みについて議論している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. eaav1004

地図に描かれたヒトの組換えと変異 (Human recombination and mutation mapped)

遺伝的組換えは、遺伝的多様性を生み出す上で不可欠な過程である。 組換えは、母方と父方の染色体の混合と、この過程に必要な物理的切断である分解によって生じる変異の両者を通して起こる。 Halldorsson たちは、親と子孫の全ゲノム配列を決定して、ヒト組換えの地図を作成し、新規な遺伝子変異との関係を推定した。 興味深いことに、ゲノムの転写領域は乗換え(crossover)を起こすおそれがより低く、このことは、これらの領域における組換えまたは変異による遺伝的配列の変化を低減させる選択が存在する可能性を示唆している。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 乗換え(crossover):相同染色体の間で起こる部分的交換。この結果として遺伝的組換えが生じる。
Science, this issue p. eaau1043

神経炎症の骨髄性細胞地図 (A myeloid cell atlas of neuroinflammation)

樹状細胞およびマクロファージなどの骨髄性細胞は、中枢神経系(CNS)において多発性硬化症(MS)の発症と悪化に重要な役割を果たしている。 Jordão たちは、高処理の単一細胞RNA配列決定法と生体内顕微法を組み合わせて、MSのマウスモデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)における骨髄一部の転写地図を編集した。 ミクログリアと他のCNS関連マクロファージは、EAEの間で増殖し、そして様々な状況依存的サブタイプに変換した。 さらに、常在性マクロファージを除くが、樹状細胞と単球由来細胞は、病原性T細胞に抗原を提示することによって重要な役割を果たした。 この徹底的な特徴付けは、MSにおける将来の治療標的戦略に役立つかも知れない。(KU,kh)

Science, this issue p. eaat7554

極地の捕食者にとっては冷たいほうがよい (Cold is better for polar predators)

一般に、生物多様性は、極地より熱帯の方が高い。 この傾向は、植物や昆虫と同じように多様な分類群にわたって存在している。 しかしながら、海洋哺乳類と鳥類は、この傾向に反しており、極地では赤道よりもより多くの種や個体が見出される。 Grady たちは、なぜなこのようになっているのかを問いかけた(Pyenson による展望記事参照)。 彼らは、約1000種のサメ、魚、爬虫類、哺乳類、および鳥類の包括的なデータ集合を分析した。 彼らは、水がより冷たいところでは外温性の(「冷血の」)獲物の捕食がより容易であることを見出した。 それは、極地域の大きな内温性の(「温血の」)捕食者のための、より大きな資源基盤を生み出している。(Sk)

【訳注】
  • 外温性:体温が主に外部環境によって左右される性質。
  • 内温性:体温が主に代謝熱で維持されている性質。
Science, this issue p. eaat4220; see also p. 338

気体吸収におけるしなやかな適応性 (Flexibility in gas absorption)

多孔性配位高分子(PCP)のような軟質材料では、その内部の細孔が、温度に依存する柔軟な動きを示すことができ、これが、気体の分離と貯蔵の助けとなりうる。 Gu たちは、フェノチアジン-5,5-ジオキシドを含む配位子を持つ、銅系のPCPを作った。 細孔空間の入り口の大きさが温度と共に変化するが、その際これらの機能基の向きが変わった。 入口の大きさの変化は、気体吸収に対する高選択性をもたらすことを可能にし、また、アルゴンからの酸素の分離、エタンからのエチレンの分離、および大気条件下での長期にわたる気体貯蔵、を可能にした。(MY,kh)

【訳注】
  • 多孔性配位高分子:金属イオンと架橋性の有機配位子が配位結合して組み立てられる内部に細孔を持つ結晶性の高分子構造体。 金属有機構造体とも呼ばれる。
Science, this issue p. 387

たった5セントでオレフィンを入れ替える (Olefin shuffle for just a nickel)

炭素-炭素二重結合の幾何学的構造の制御は、化学品製造の中心的要素である。 1つの有用な技法は、水素原子を近くに移して、選択的にC=C異性体を相互変換することである。 しかしながら、この方法は通常、貴金属を必要とする。 Kapat たちは今回、より豊富にあるニッケルが、末端オレフィンの内部オレフィンへの高速変換を、高いトランス配置の選択性で、触媒できることを報告している。 奇数電子のニッケル錯体は、遊離基による機構に依存して、形成しようとする二重結合位置に隣接する飽和炭素から、末端の二重結合炭素へと水素を組み替え、内部に二重結合を形成する。(MY,kh)

【訳注】
  • 相互変換:ここでは、炭素-炭素結合の形成・開裂を伴わずに、化合物中のある化学基と別の化学基を交換して異性体にすること。
  • オレフィン:炭素-炭素二重結合を有する鎖状炭化水素化合物。 末端オレフィン、内部オレフィンは、それぞれオレフィン基が炭素鎖の末端、内部にあること状態を言う。
Science, this issue p. 391

前方からの攻撃 (Attack from the front)

生体分子の置換反応は、炭素-ハロゲン結合を有する化合物に広く適用されている。 典型的には、外部からの反応基がハロゲンとの結合の背後から炭素を攻撃し、このハロゲンの反対方向への離脱をもたらす。 Zhang たちは今回、この台本を逆にした、前方からハロゲンを攻撃する非対称触媒置換反応を提供している。 具体的には、窒素および硫黄の求核試薬が、電子吸引基で活性化されたさまざまな炭素中心から臭素を引き剥がした。 キラルなカチオン触媒がその後この炭素断片を戻して、エナンチオ選択的に炭素-硫黄結合あるいは炭素-窒素結合を形成した。(MY)

Science, this issue p. 400

天気から環境予測まで (From weather to environmental forecasts)

ここ数十年で、天気と暴風雨の予報は急速に改善された。 実際に使える天気予報は、今や9~10日先に及んでいる。 Alley たちは展望記事で、これらの進歩の理由を説明し、天気予報はまだその限界に達していないと主張している。 これらの予測技術はまた、例えば海氷減少、沿岸の高潮、山火事の活動、および動物の行動などの環境予測を改善して、社会に多くの利益をもたらしつつある。 データ収集の努力が維持、改善され、理論モデルに完全に同化されれば、これらすべての分野におけるさらなる進歩が見込まれる。 しかしながら、これらの進歩の実現を確実にするには、特に発展途上国においては、投資が必要である。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 342

組織修復における生体材料 (Biomaterials in tissue repair)

再生医療への無細胞手法が注目を集めている。 Christman は展望記事で、骨、筋肉、末梢神経などの損傷組織を修復するために、どのように合成足場や無細胞組織基質を患者に埋め込むことができるかについて説明している。 これらの足場が、内在細胞をどのように動員して再生を容易にするかについては、まだ多くが理解されていないが、生体材料が多様な組織の操作と修復のための有望な手段であることは明らかである。(Sh,kh)

【訳注】
  • 足場:再生医療において、特定形状を賦与しながら細胞を三次元的に分布させ、再生のための空間を提供する支持体。
Science, this issue p. 340

報酬性の食物 (Rewarding food)

食物が飲食されるとき、糖と脂肪が代謝によって生み出される。 これは、脳内で報酬と強化のシグナル伝達を活性化する信号を、食物中のエネルギー量に応じて腸内で生成する。 しかし、人工甘味料がいっぱいの加工食品を大量に食べたとき、何が起きるだろうか?  Small と DiFeliceantonio は展望記事で、加工食品中の人工甘味料によって、脳への代謝強化信号伝達系がどのように乱されているように見えるかについて議論している。 彼らはまた、これら代謝信号が、食物の嗜好に関する意識的な決定とどのように異なるのかを議論している。 代謝強化と意識的な好みが共に相互作用して、食品の選択と飲食可能な食品の量を決定する。 食品選択の複雑さおよび、これが肥満および代謝障害の出現とどのように関連しているのかを理解するために、さらなる研究が必要である。(Sh,MY,kh)

Science, this issue p. 346

物理学入学許可における多様性の問題 (Diversity problems in physics admissions)

物理学は、科学、技術、数学、工学(STEM)のすべての分野の中で最も多様性の低い分野の1つである。 米国では毎年、物理学博士号の20%しか女性に授与されておらず、過小評価されている範疇の人種や民族に属するとされる人々には、博士号の 5%しか授与されていない。 誰が物理学博士号を取得しているかは、誰が入学許可されているかに依るが、入学にはかなりの障壁がある。 Miller たちは、27の米国の大学と 3962人の学生からの入学許可と学位修了記録とを比較した。 彼らは、博士課程への入学許可に対して、Graduate Record Examination(GRE) の得点で予測がほとんどできないことを見出した。 大学院物理学への入学許可に、これら GREの得点がほぼ例外なく使用されているにも関わらず、GRE の得点と学位修了との間に統計的に有意な関係は見られない。 GREの得点は人種や性別に偏って分布しているため、入学許可実務におけるそれらの使用は、過小評価されているグループを、物理の博士課程から取り除いている可能性がある。(Wt,MY,kh)

【訳注】
  • Graduate Record Examination : 教育試験サービス(ETS)が実施する、アメリカ合衆国やカナダの大学院へ進学するのに必要な共通試験。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat7550 (2019).