AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 12 2018, Vol.362

共生のためにドアを開けておく (Keeping the doors open for symbiosis)

マメ科植物による窒素固定は、植物と微生物の共生関係の結果として生じる。植物と微生物が一緒になって、植物の根の上に細菌を収容する根粒を形成する。Tsikouらは、ミヤコグサの地上のシュートで作られ根へと位置を変えるマイクロRNAを同定した。根の中で、マイクロRNAは共生を抑制する重要な因子を転写後調節してて、感染していない根を共生細菌による増殖性感染にかかりやすくしている。(ST,KU,kj,nk)

【訳注】
  • シュート:茎と葉からなる単位で、維管束植物の地上部の主要器官
Science, this issue p. 233

崩壊を水浸し穀類で模型化する (Modeling collapse with soaked cereal)

氷棚やロックフィル・ダムのような、もともと脆くて多孔性の媒体が、化学的に活性な流体、或いは圧力に出会うと崩壊しやすくなる。これらの物質が両方の力を一度に受けると何が起こるかは、良く理解されていない。EinavとGuillardは、ロックフィル・ダムを、膨らんだ米で充填された垂直円柱で簡単に置き換えて分析的に検討した。圧力を加え次に円柱の底面に液体を注入したあと、彼らは「米の地震」を観察した。湿った膨化米のこの急激な崩壊は液体の流入の直後に始まり、連続的なカチカチする音によって特徴付けられた。このような観測結果に基づいた模型は、長い時間スケールでの地殻岩石と氷床への地質学的な圧力の影響を分析するのに適用できるかもしれない。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat6961 (2018).

中性子星連星の爆発的起源 (Explosive origin of a binary neutron star)

いくつかのタイプの重力崩壊型超新星は、中性子星(neutron star,NS)を生成することが知られている。最近、二つの中性子星から成る連星の合体がその重力波放射から見出されたが、このような緊密な連星系がどのように形成されるのかは不明である。Deたちは、爆発前に星の外層が除去されるなどの異常な性質を持つ重力崩壊型超新星を発見した。彼らはこれを、すでに一個の中性子星を含む相互作用している連星系における、第二の超新星として解釈している。その爆発は近接した軌道上に第二の中性子星(ブラックホールではなく)を生成したであろうから、中性子星の連星がどのように形成されるかを示す一例であるかもしれない。(Wt,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 201

Cas12インヒビターが抗CRISPRファミリーに加わる (Cas12 inhibitors join the anti-CRISPR family)

細菌とそのファージは分子的な軍備競争で絶え間なく共進化している。例えば、ファージは抗CRISPRタンパク質を用いて、細菌のI型とII型のCRISPR系を阻害する(KooninとMakarovaによる展望記事参照)。WattersたちとMarinoたちは生命情報科学的手法と実験手法を使用して、V型CRISPR-Cas12aインヒビターを同定した。Cas12aは遺伝子編集と核酸の配列検出のために今までうまく設計されてきた。これらの研究で同定された抗Cas12aタンパク質のいくつかは、Cas12aオルソログに対する広範囲の阻害効果を有し、ヒト細胞におけるCas12a仲介のゲノム編集を妨害する恐れがあるかもしれない。(KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • オルソログ:異なる生物に存在する相同な機能をもった遺伝子群(例えば、ヒトとマウスのαヘモグロビン遺伝子は互いにオルソログである)
Science, this issue p. 236, p. 240; see also p. 156

グラフェン中を伝播するマグノン (Magnons propagating in graphene)

低温度条件下において、外部磁場におかれた2次元電子系は、いわゆる量子ホール効果を示すことがある。この領域では、電子密度とその他の要因に依存して様々な磁性相が生じる可能性がある。Weiらは、グラフェンにおいてこれらエキゾチック磁性相の物性について調べた。彼らは、磁気秩序系の励起(スピン波)であるマグノンを生成したが、それはその後サンプルによって吸収され、電気伝導度に特徴的な足跡を残した。そのマグノンは、バルクなグラフェン中の多様な磁気相を通って長距離にわたり伝播することができた。(NK,KU,ok,kj,nk)

【訳注】
  • マグノン(magnon):結晶格子中の電子のスピン構造を量子化した準粒子。スピン波を量子化したものと見なすことができる。
Science, this issue p. 229

ブドウ球菌の病理学的特徴、速い (Pathologizing Staphylococcus, fast)

バクテリオファージは、細菌における遺伝子交換の主要な運び手であり、悪名高くは、病原性群の島の交換や抗生物質耐性遺伝子群の交換がある。Chenたちは、黄色ブドウ球菌のプロファージが、彼らの生活環の最晩期まで宿主のゲノムから切除されないことに気づいた(Davidsonによる展望記事参照)。かくして、ファージDNAは細菌染色体に包埋される間、増幅され続けるのである。その結果としての鎖状体が、宿主染色体に依然として組み込まれながらウイルス・カプセル中に次々と詰め込まれる。個々のウイルス粒子は、カプセルが物理的な収容能力に達したときに初めて("headful" packagingと呼ばれるプロセス)解き放たれる。細菌染色体中でのin situ増幅はウイルス複製を最大にし、headful機構は隣接する細菌DNA、つまり宿主DNAもまた、捕まえられてカプセルを満たすことを意味する。このプロセスは、宿主遺伝子がファージと共に送達されることを確実にする。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • プロファージ:細菌の環状染色体に挿入されるバクテリオファージ
Science, this issue p. 207; see also p. 152

捩れたカーボン・ナノチューブのお話し(The twisted carbon nanotube story)

特定のサイズとキラリティーを持つ単層カーボン・ナノチューブの成長に関する進展があるにもかかわらず、その成長を制御する要因はまだ完全には分かっていない。Magninたちは、単層カーボン・ナノチューブの成長に関する熱力学モデルを開発した。このモデルは、ナノチューブ端の配位エントロピーの観点から、ナノチューブ・キラリティーの原因を説明している。このモデルは、選択性を高めるためにナノチューブの成長パラメータを導くのに役立つはずだ。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 212

免疫治療の臨床試験を発掘する (Mining immunotherapy clinical trials)

臨床試験データは、薬の働き方についての豊富な情報を提供することができる。それにもかかわらず、そのような情報は多くの場合、製薬会社のものであり、科学界全体にはほとんど公開されていない。Cristescuたちは、メルク社の PD-1免疫治療薬ペムブロリズマブ(pembrolizumab)の、4回の別々の臨床試験から収集された、がんのゲノム解析データの試験的分析結果を提供している。この有益な公的資料は、22の異なる腫瘍型を示す300人以上の患者の例を調査している。いまのところ免疫治療の効果を予測する、2つの広く用いられている目印は、腫瘍遺伝子変異量および「熱い」T細胞、つまり炎症を起こした微小環境である。この研究では、これら2つの提案された生物指標を組み合わせて分析し、臨床的予測にそれらがどんな有用性を有するかを調べた。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • T細胞:リンパ球の一種で、骨髄の幹細胞に由来し、胸腺で分化する免疫担当細胞
Science, this issue p. eaar3593

致命的な相互作用を防ぐ方法 (A way to prevent deadly interaction)

多くの後生動物のタンパク質はオリゴマーを形成し、しばしばBTBドメインようなモジュラー・ドメインによって仲介される。Menaらは、二量体形成品質管理(DQC)と呼ばれる品質管理経路について記述している(HerhausとDikicによる展望記事参照)。DQCは、BTBドメインを含むタンパク質の異常な二量体形成を監視し、防ぐ。この系は、アダプター・タンパク質であるFBXL17に依存し、このタンパク質は非機能性BTBヘテロ二量体を特異的にユビキチン化し、それらの分解を誘発するE3リガーゼを補充する。FBXL17は、非生理的で非機能的な複合体におけるBTB二量体界面で分解シグナルを入手する。アフリカツメガエルの胚からのDQCの欠損は、致命的な神経発生の欠陥につながる。(NA,KU,kh)

【訳注】
  • ユビキチン化:タンパク質修飾の一種で,ユビキチンリガーゼなどの働きによりユビキチン・タンパク質がイソペプチド結合で基質タンパク質に付加される
Science, this issue p. eaap8236; see also p. 151

DNAの”ほどけ”からヒストン交換まで (From DNA unwrapping to histone exchange)

酵母SWR1複合体は、ヌクレオソーム・リモデラーであるINO80ファミリーの一員であり、H2A-H2Bヒストン2量体をHtz1変異体含有二量体に交換する。 他の全てのリモデラーとは異なり、SWR1はヌクレオソームを転座させない。 Willhoftたちは構造分析と単一分子分析を適用して、SWR1とヌクレオソーム間の相互作用がヒストン・コアに巻き付いたDNAを不安定にすることを示した。このSWR1によって触媒されたDNAの部分的なほどけは、アデノシン三リン酸(ATP)結合によって調整されたが、ATP加水分解を必要としなかった。(Sh,kh)

【訳注】
  • 転座:染色体異常の一つで、染色体の一部が切断され、同じ染色体の他の部分または他の染色体に付着・融合すること。
Science, this issue p. eaat7716

色覚の発生における甲状腺ホルモン (Thyroid hormone in color vision development)

眼の中の錐体視細胞は、それらがどんなオプシン色素を発現するかにより、異なる波長の光に反応することで、色覚を可能にする。Eldred たちは、ヒトの網膜の発生を再現したオルガノイドを研究し、錐体細胞の調整された亜型への分化が、甲状腺ホルモンによって調節されることを見出した。短波長(S)オプシンを発現する錐体が最初に発生し、長波長および中波長(L/M)オプシンを発現する錐体が、その後に発生した。L/M 錐体の発生への切り替わりは、その細胞核の甲状腺ホルモン受容体を介した、甲状腺ホルモンの信号伝達に依存していた。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • オプシン:網膜の視物質(ロドプシン)のタンパク質成分で、その中に色素が組み込まれている
  • オルガノイド:細胞を培養して作成される、生体組織・器官・臓器を再現した立体構造体
Science, this issue p. eaau6348

アルドール生成物には近づけない酸 (An acid inaccessible to aldol products)

アルドール反応は、炭素-炭素結合を作るための優れた適用性の広い方法である。皮肉なことに、この反応は最も単純な基質で最も課題が大きい。問題は、この反応生成物が反応物質の1つとよく似ていて、そのため、代わりに生成物がカップリング剤を捉えてしまうと言うことである。Schreyerたちは、嵩高いリン酸系酸触媒がこの問題を緩和することを報告している。この触媒の酸性部位はくぼみに埋込まれていて、このくぼみは小さすぎて、さらなる反応へと生成物を活性化することができない。この触媒のキラルな幾何学的配置が高いエナンチオ選択性をも誘導する。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • アルドール反応:α水素を有するアルデヒド(またはケトン)が酸もしくは塩基の存在下で付加し、β-ヒドロキシカルボニル化合物(アルドール)を生成する反応。
  • エナンチオ選択性:互いにキラルなL体あるいはD体のどちらか一方が優先的に得られる反応の性質。
Science, this issue p. 216

自己回復への単純な経路 (Simple routes to self-healing)

生物学は自己回復や自己修復に対して多くの経路を備えているが、この特質を工学材料へ付与することは難しい。幾つかの重合体に対して自己修復性が実証されてきているが、大抵は特殊な単量体を必要とする。Urbanたちは、メタクリル酸メチルとアクリル酸 n-ブチルに基づく単純なビニル重合体が、非常に狭い範囲の組成に対して、くり返し可能な自己回復力を示すことを実証している(Sumerlinによる展望記事参照)。この系の重要な特徴は、修復に対して水素結合や共有結合の再構成ではなく、ファン・デア・ワールス相互作用に依存していることである。(MY,ok,nk)

Science, this issue p. 220; see also p. 150

ヨウ素がケチル・ラジカルへの道を平らにする (Iodine smooths the way to ketyl radicals)

化学者たちは通常、極性2電子反応によりカルボニル化合物を転換する。1つだけ電子を付与してケチル基を形成することにより、ラジカル・カップリング方法を追求することも可能である。しかし、その電子を供給する強い還元剤は、しばしばカップリング反応の汎用性を制限する。Wangたちは、カルボニルのC=O結合にヨウ化アセチルを最初に加えることにより、ケチル基群を作る穏和な方法を報告している(BlackburnとRoizenによる展望記事参照)。次に光活性化されたマンガン触媒がヨウ素を一時的に遠ざけ、残されたケチルはアルキンと結合する。その後ヨウ素はアルキンの炭素の1つに戻り、生成物を安定化するが、さらなる転換に備えた状態を維持する。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ケチル:ケトン(C=Oを有する化学基)が1電子を与えられて生じるアニオン・ラジカルのこと。
  • アルキン:分子内に炭素間三重結合を1つ持つ鎖式炭化水素のこと。
Science, this issue p. 225; see also p. 157

細胞治療の次の段階 (The next step for cell therapy?)

患者の免疫系を操作してがんを治療するための、養子細胞移植用のT細胞の操作が、かなり進歩してきた。展望記事において、Bluestone と Tang は、自己免疫疾患および病的炎症を伴う他の疾患を持つ患者を治療するための、制御性T細胞(Tregs)の使用可能性について論じている。前臨床研究は、Treg療法を用いることで、有望な結果をもたらした。そして、例えば、I型糖尿病、臓器移植拒絶反応、および筋萎縮性側索硬化症の患者において、養子Treg移植を試すための、多数の臨床試験が開始されている。(Sk)

【訳注】
  • 養子細胞移植:患者の免疫細胞を採取して操作、培養した上で、その患者に再移植する免疫療法
  • T細胞:リンパ球の一種で、骨髄の幹細胞に由来し、胸腺で分化する免疫担当細胞
  • 制御性T細胞:自己に対する免疫応答の抑制を行う細胞であるが、がん細胞はこれを利用して、免疫系からの攻撃を回避している
Science, this issue p. 154