AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 7 2018, Vol.361

エネルギーが増えると雨も増える (More energy, more rain)

風力と太陽光による発電設備のエネルギー生産は炭素排出を削減し、それゆえに人為起源の気候変動を緩和する可能性がある。 しかしこれが唯一の利益だろうか? Li たちは気候モデルを活用した実験を行い、サハラでの大規模な風力と太陽光発電設備の導入が、とりわけ隣接するサヘル地域において、より多くの局地的降雨をもたらすかもしれないことを示している。 砂漠の表面抗力の増加が太陽光の反射率減少と結びついて引き起こされるこの効果は、植生による被覆量を増加させ、更なる降雨を増加させる正のフィードバックを創出できるかもしれない。(Uc,MY,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1019

全光学的深層学習 (All-optical deep learning)

深層学習は、多層ニューラル・ネットワークを用いて、大規模なデータ集合からデジタル学習する。 次に、高度な識別および分類課題を実行する。 今日まで、これらの多層ニューラル・ネットワークは、コンピュータ上に実装されてきた。 Lin たちは、三次元印刷によるパターン形成と製造が可能な光受動部品を用いた、全光学的機械学習を実証した。 彼らのハードウェア法には、ニューラル・ネットワークに類似した回折光学素子の積層が含まれ、それらは複雑な機能を光速で実行するように教育可能である。(Sk,MY,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 機械学習:与えられた情報を元に学習し、自律的に法則やルールを見つけ出す手法やプログラム。
  • 深層学習:機械学習の一種で、主に生物の神経系の挙動を模して学習できるようにデザインされたもの。
Science, this issue p. 1004

遥かかなたの銀河から放出された分子ガス (Molecular gas ejected from a distant galaxy)

銀河は冷たい分子ガスから星を形成することによって成長する。 その速度は、母銀河からのガスの加熱と/または放出を生ずるさまざまなフィードバック過程(超新星、あるいは、恒星風など)によって制限される。 Spilker たちは、サブミリ波観測を用いて、活発な星形成期である初期宇宙の銀河からの分子ガス流出を発見した。 その流出のモデル化が、放出されているガスの質量が星に変えられているものと同様であることを明らかにした。 この結果は、ビッグバン後に銀河がどのくらい迅速に形成されたのかを決定するのに役立つだろう。(Wt,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1016

どこへ、いつ、を学ぶ (Learning where and when)

大型の有蹄動物の移動は諸大陸を通じて発生しており、いつ出発すべきか、どこに行くべきかを、これらの動物がどのようにして知るのかについて、好奇心をかき立てている。 Jesmer たちは、数種の北米の有蹄動物種の局地的な絶滅と再導入を利用して、移動における学習の役割を解明した(Festa-Bianchetによる展望記事参照)。 オオツノヒツジとムースの再導入集団は、かつて存在した群れのようには移動しなかった。 しかし数十年後には、新たに形成された群れは、周囲の植生の出現をより上手に追跡できるようになり、だんだん移動性となった。 このように、新たに導入された動物は、自分たちの周囲の状況について学び、社会的やり取りを通じて情報を共有した。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1023; see also p. 972

用心棒のBouncerが受精を特異的にしておく (Bouncer keeps fertilization specific)

受精は、効率が高い必要があるが、 同時に種特異的であり続ける。 しかし、何十年もの研究にもかかわらず、これら2つの必要性がどのように達成されるのかはいまだ不明である。 Herberg たちは、ゼブラフィッシュにおける種特異的受精因子として、Ly6/uPAR型タンパク質であるBouncerの発見を報告している(Lehmann による展望記事参照)。 Bouncerは卵膜に局在しており、精子の侵入に必要である。注目すべきことに、別種の魚(メダカ)のBouncerのゼブラフィッシュでの発現が、異種間受精を許した。(MY,kh)

【訳注】
  • Ly6/uPAR型タンパク質:ウロキナーゼ型プラスミノーゲン活性化因子受容体(細胞膜脂質二重層の外側に分布し、細胞の接着、増殖、遊走の制御に寄与する受容体)様ドメインを持つタンパク質。
  • 卵膜:動物の卵を包む非細胞性の膜で、卵や胚を保護する。
Science, this issue p. 1029; see also p. 974

原発腫瘍と同じ転移腫瘍の駆動遺伝子 (Metastatic drivers same as primary)

ガン患者に対する治療法決定は、原発腫瘍増殖を駆動する遺伝子変異の分析によって、導かれることが増えている。 ほとんどのガン関連死を引き起こす、腫瘍転移における駆動遺伝子変異については、比較的に知られていない。 Reiter たちは、ただ1人の患者内のさまざまな転移病変の増殖が、同じかまたは異なる遺伝子変異によって促進されるかどうかを探究した。 さまざまなタイプのガンを有する20人の患者からの76の未治療転移の研究において、1人の患者のすべての腫瘍転移は、同じ機能的駆動遺伝子変異を共有していた。 したがって、広範囲の転移性疾患を有する患者に対して腫瘍医が最適な治療法を選択するに際し、単一組織の検査・分析が助けになるかもしれない。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1033

古い時代の墓地の構成 (Organization of historical cemeteries)

ゲルマン人の一部族であるアレマン族の中世初期の墓地の構成は、家族に基づいていると考えられている。 しかし、これらの墓地で見つかった個体の明確な親族関係は正式には調べられてこなかった。 O'Sullivan たちは、古代のDNAを使って南ドイツのNiederstotzingen墓地から13の個体を調べた。 歯のエナメル質におけるストロンチウムと酸素の同位体含有量は、この個体のうちの5人がこの地域で生まれた第二度近親者である一方で、他の2人はこの地域外の出身であることを明らかにした。 このことから、影響力が強い家族に対する個人的な忠誠のような他の社会過程もまたこれらの墓地のあり方に影響を与えたのかもしれない。(ST,kj,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao1262 (2018).

過渡的な動態を理解する (Making sense of transient dynamics)

生態系は、交替可能な動的状態間で切り替わることがある。 例えば、根底にある環境条件の変化がほとんど、または全くない場合でさえも、その群落の種の構成が変化したり、栄養動態が変わることがある。 このような切り替わりは急激なことも、より緩やかなこともあり、ますます多くの研究で、特に人為的起源の全地球的変化における、ある状態ともう一つの状態の間の過渡的な動態が調べられている。 Hastings たちは、過渡的な動態に関する現在の情報を再調査し、これまで特異で個別とされてきた動態様式が、重要な普遍的教訓と将来の研究のための方向性を有する、一貫した枠組みに分類できることを示している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaat6412

成体神経新生とアルツハイマー病 (Adult neurogenesis and Alzheimer's disease)

アルツハイマー病(AD)の病変は、脳の神経細胞とシナプスを破壊し、認知症に至らせる。脳は生涯にわたって、海馬内に新しい神経細胞を作り出す。 この過程は成体海馬の神経新生(AHN)と呼ばれる。 Choi たちは、AHNの遮断が、ADのマウス・モデルで認識機能障害を悪化させることを見出した(Spires-Jones と Ritchie による展望記事参照)。 神経新生誘導だけではADのマウスの認知機能を改善しなかったのに対し、同時に神経細胞環境を運動によって改善しながらの神経新生誘導は認知機能を改善した。 神経新生誘導と脳由来神経栄養因子(BDNF)量増強を同時に行う遺伝子治療や薬物治療の使用が、認知機能に対する運動の利益を再現した。 このように、神経新生の誘導とBDNFの提供の2つがAD治療として役立つかもしれない。(MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 脳由来神経栄養因子:神経細胞の生存、成長やシナプスの機能亢進など、神経系の発達と維持に重要な働きをする液性タンパク質。
Science, this issue p. eaan8821; see also p. 975

腎臓の健康に関わる複合体 (A complex implicated in kidney health)

常染色体優性多発嚢胞腎症(ADPKD)は、腎不全に至る可能性のある一般的な遺伝病である。 タンパク質PKD1とPKD2の変異がこの疾患に関わっているが、これらのタンパク質の機能は生理学と疾患の両方で不明のままである。 PKD1は化学的および機械力的な刺激の検出に関与しており、PKD2はカルシウム・イオン・チャネルであることが提案されている。 Su たちは、膜貫通領域がPKD1とPKD2が1:3の比で組み立てられた複合体を形成していることを示している。 高分解能低温電子顕微鏡によるこの構造は、複合体がいくつかの顕著な特徴を持った一過性受容器電位チャネル構成をとることを確認している。 この構造への病原性変異の対応付けは、病因がチャネル活性の破壊というより、複合体の不正確な折り畳みまたは輸送から来るかもしれないことを示唆している。(Sh,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 常染色体優性多発嚢胞腎症:液体が溜まる嚢胞が腎臓に多数できる病気で、嚢胞は年齢とともに大きくなり、それと共に腎機能が悪化する。 常染色体優性は、片親が病気に罹患していると、子供がその病気である確率が50%と推測されることを意味する。
Science, this issue p. eaat9819

光学スキルミオン格子を作り出す (Generating a lattice of optical skyrmions)

系の位相幾何学的特性は、欠陥や不完全性に対して堅牢である可能性がある。 スキルミオンは、そのような位相幾何学的存在の一つで、"ハリネズミ"のような構造に似ている。 Tsesses たちは、パターンを施した金属表面上のプラズモン・ポラリトンの干渉を制御して、光スキルミオン格子を作り出した。 この制御は複雑な凝縮系を光学的に再現したり、堅牢な光通信や光回路の開発に役立つ可能性がある。(NK,MY,kj,kh)

【訳注】
  • スキルミオン:連続場に生じる位相幾何学的に特徴のある渦を準粒子としてモデル化したもの。
  • プラズモン・ポラリトン:金属/真空あるいは金属/誘電体界面に対して平行方向に伝播する表面電磁波を準粒子としてモデル化したもの。
Science, this issue p. 993

透過膜の製造 (The makings of permeable membranes)

膜を製造する際の課題は、製造工程中にまたは製造後処理によって、細孔構造を制御する方法を見出すことである。 アルミナ支持体上に、ZIF-8と呼ばれるゼオライト様イミダゾレート構造体材料を堆積させると、緻密で不透過性の材料が得られる。 しかし、Ma たちが、この物質を 2-メチルイミダゾール蒸気に暴露させると、それは、プロパンからプロピレンを分離することができる多孔質材料に変化した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1008

選択的励起脱離 (Selectively exciting desorption)

表面に吸着された分子の反応を、走査トンネル顕微鏡の探針から注入される電子によって引き起こすことができる。 Rusimova たちは、探針により引き起こされるシリコン表面からのトルエン分子脱離に対して、2つの活性化経路が存在することを示している。 その1つは他からの影響を受けないが、もう1つは探針の表面からの高さに依存する。 探針が分子に非常に近い場合、探針はトルエンの励起を脱励起できる。しかし励起寿命の短縮は脱離確率を低くする。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1012

イネの臨機応変な成長と免疫応答 (Flexible growth and immune responses in rice)

微生物病原体と闘っている植物は、往々にして、成長に使うことができるであろう資源を免疫応答へと転用する。 植物の免疫が活性化されると、農作物については、低収量につながる。 Wang たちは、イネにおいては、重要な転写因子の可逆的リン酸化が、必要な場合にはイネが真菌の攻撃に対して防御できるようにするが、その後数日以内に資源を成長へと再配分しなおせるようにすることを示している(Greene と Dong による展望記事参照)。 そのため、病原体防御と農作物収量の両方が維持されることができる。(MY,kh)

Science, this issue p. 1026; see also p. 976

宇宙空間プラズマにおける二段階のエネルギー移動 (Two-step energy transfer in space plasma)

プラズマは、負の電子、正のイオン、および電磁場を含むイオン化されたガスである。 これらの構成要素は、時間とともにその位置で振動し、プラズマ波としてエネルギーを運ぶことができる。 原理的に、このような波は2つの異なるイオン集団間でエネルギーを伝達することができるかもしれない。 Kitamura たちは、地球の磁気圏を整然とした編隊で飛行している4つの探査機の一団、Magnetospheric Multiscale mission からのデータを分析した。 彼らは、エネルギーが水素イオンからプラズマ波に、次にプラズマ波からヘリウムイオンに移動する事象を発見した。 このエネルギー移動プロセスは、他の多くのプラズマ環境で起こっていそうだ。(KU,MY,ok,kj)

Science, this issue p. 1000

天体物理学へのモジュール式アプローチ (A modular approach to astrophysics)

天体物理学的モデル化は、星の形成から銀河の進化まで、私たちの宇宙の理解を促進するために不可欠なものである。 Portegies Zwart は展望記事で、このモデル化に使用されるソフトウェアが目的に合っていないと論じている。 天体物理学のシミュレーション・コードは、構造が比較的単純だが、標準コードがなく、つまり、コード間の互換性はほとんどなく、各コードは開発者のみが理解可能な単体として存在する。 相互に適合性のあるオープン・ソースで引用可能なコード単位からなる規格構造型の枠組みは、これらの問題に対処することを可能にするだろう。 そのような枠組みは、個人の貢献、特に若い研究者からの貢献に対する認知を高め、天体物理学上の発見をさらに促進するだろう。(Wt,MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • コード:前半部の「コード」については、天文学分野で普通の、構造化されていない大きな一体的プログラムのことを言っている。
Science, this issue p. 979

すすへのラジカル経路 (A radical route to soot)

すすの化学的起源は長きにわたる難題である。 炎の中で形成された小さな炭化水素の断片が、より大きな粒子へと凝集するに違いないことは明らかであるが、しかし凝集に対する初期の推進力は謎のままである。 Johansson たちは理論と質量分析法を組み合わせて、共鳴安定化ラジカルに基づく解を示唆している(Thomson および Mitra による展望記事参照)。 シクロペンタジエンのような芳香族化合物は、その切断により拡大したπ電子共役長を有するラジカルが生成される故に、特徴として一つの弱いC-H結合を持つ。 したがって、ますます大きなサイズの安定化ラジカル中で、π電子共役を拡大する連続的なカップリング反応によってクラスターが作り上げられる。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • 共鳴安定化:π電子共役構造を持つ分子中で、共役構造内の不対電子や非結合性電子が、共役による非局在化で安定化すること。
Science, this issue p. 997; see also p. 978