AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 31 2018, Vol.361

ブラジルにおけるアルボウイルスの危険 (Arbovirus risk in Brazil)

黄熱病に対する有効なワクチンの存在にもかかわらず、未だ毎年この感染症のためにほぼ80,000人もの人が死んでいる。2016年以来、アフリカと南米でこの病気の流行が再び見られるようになったが、これはワクチンの供給不足の時である。心配なことは、黄熱病が森林地帯から都市へと広がるだろうということであり、その理由は黄熱病の 媒介動物である、ヤブカ属の蚊が世界中に存在するためである。Fariaたちは、ブラジルからのゲノム・データ、疫学的データ、そして病気の分布データを統合して、地理的な広がりのパターン、ウイルス暴露の危険、および田舎対都市の感染の寄与を推定した(Barrettによる展望記事参照)。現在のところ、ブラジルにおける黄熱病の流行は、森林地帯を訪れた際に起きた感染により駆動されているらしく、感染しやすい野生の霊長類からの伝染を示唆している。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 894; see also p. 847

硬い岩石と柔らかい岩石の地震的破壊限界 (Seismic limits for hard and soft rock)

石油、ガス、地熱エネルギーの探査プロジェクトから誘発される地震は、インフラを傷つけ、一般の人々に懸念を与えることがある。しかし、注入場所からどのくらい離れたところまで地震が引き起こされるのかは、依然として不明である。Goebelと Brodskyは、この問題に取り組むために世界各地の地震を引き起こした18の異なる注入箇所を調べた。より柔らかい層への流体の注入は地震ハザードの範囲を増す一方、比較的硬い地盤の岩石は流体をより効果的に閉じ込めた。これらの知見は、地震を誘発する可能性のあるプロジェクトを規制したり、管理する場合に考慮されるべきである。(Wt,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 899

ペロブスカイト/CIGSタンデム・セル (Perovskite/CIGS tandem cells)

タンデム型太陽電池は、より広範囲に太陽光スペクトルを活用することで変換効率を高めることができる。Hanらは、上層に有機・無機ハイブリッド・ペロブスカイト層をもち、底層にはCu(In,Ga)Se2 (CIGS)層を備えた二端子タンデム・セルを作った。CIGS表面の粗さの制御と高濃度にドープした有機の空孔輸送層の活用が、22.4%の電力変換効率を達成するために極めて重要だった。この非封入型タンデム・セルは、使用環境条件下での500時間の運転後も初期変換効率の90%を維持した。(NK,KU,ok,kh)

【訳注】
  • タンデム型太陽電池: 異なる性質の太陽電池を重ね合わせて作られる太陽電池
Science, this issue p. 904

ゲノムの構造 (The structure of the genome)

ゲノムの配列順序を超越して、その三次元構造が遺伝子発現を調節するのに重要である。細胞間の違いを理解するには、単一細胞のレベルでゲノムの三次元構造を理解する必要がある。染色体立体配座捕捉法により、一倍体細胞のゲノム構造の特徴づけが可能になっている。今回、Tanたちは、Dip-Cと呼ばれる、単一の二倍体ヒト細胞のゲノム構造を再構築できる方法を報告している。さまざまな細胞型に対する彼らの調査は、三次元ゲノム構造が組織に依存することを明らかしている。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 染色体立体配座捕捉法:核内で空間的に近接しているゲノム領域を同定する方法。
Science, this issue p. 924

漁獲高管理と人の適応 (Fisheries management and human adaptation)

漁業に対する将来の気候変動の影響を緩和する、効果的な方法を見つけることは重要である。これまでの努力は、気候変動に対して、選択肢にするべき人的対応を取り入れてこなかった。これは、魚類資源と魚たちの住処に影響を及ぼす生態系の変化を、制限したり、悪化させたりするかもしれない。Gainesたちは、魚類資源の再生産性への適応、および/または、生息域変化への適応に対処する、4つの漁獲高管理の取り組みを分析した。彼らは、次にこれらの管理の筋書きを、世界中の915種の魚類資源に適用した。積極的かつ適応的な漁獲高管理の取り組みを実施することは、管理の変化を反映しない方法に比較して、より高い世界的な利益(154%)、漁獲高(34%)、および生物資源量(60%)をもたらすであろう。生息域の変化と生産性の変化の両者に対処することで、1つの課題だけを対象にした場合に比べてより大きな利益がもたらされる。(Sk,KU,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao1378 (2018).

ちっぽけな積荷が溝に沿って運ばれる (Tiny cargos ferried along a track)

ナノメートル規模での分子制御には、電位エネルギーを動きに変換するモーターが必要となる。Qingたちは、膜埋め込みタンパク質の細孔内でシステイン残基の溝に沿って跳び進むことのできる小分子を作った。この溝に沿っての前進運動の方向は可逆的で、膜に適用される電位によって駆動された。積荷は運搬モーターに取り付けられていて、その位置と化学的正体、細孔を通る電流の変化から読み取られた。この特性が、単一分子が溝上を前後に動く際の、分子のくり返し観測を可能にした。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • システイン:アミノ酸の1つで、側鎖にSH基を有する。
Science, this issue p. 908

温暖化、作物、そして害虫 (Warming, crops, and insect pests)

気候温暖化に対する作物の反応は、生産量が成育期の気温上昇に従い減少するであろう、ということを示唆している。Deutschたちは、この影響が害虫により悪化するかもしれないことを示している(Rieglerによる展望記事参照)。昆虫はすでに主要な穀類作物の5~20%を食いつくしている。著者たちのモデルは、三つの最も重要な穀類作物、小麦・米そしてトウモロコシの昆虫による損失が温暖化1℃あたり10~25%程増加し、温帯地域に最も酷く影響を与えることを示している。これらの知見は、世界的な食料提供に対する気候の新たな影響可能性の推定と作物-害虫-気候の相互作用に関する将来の地域的ならびに農地-特異的な研究に対する判断規準を提供する。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 916; see also p. 846

がんにおける複数遺伝子のループ形成 (Looping together genes in cancer)

ヒトがんのサブセットは、2つの特定の遺伝子の異常な融合により特徴づけられる。場合によっては、その結果としての融合タンパク質の活性が腫瘍増殖を促進する。がんにおけるほとんどの融合遺伝子は、単純な相互の染色体転座から生じるようである。Andersonたちは、Ewing肉腫と呼ばれる骨腫瘍と軟部組織腫瘍における特徴的な融合遺伝子が、はるかにより複雑な機構によって生成されることを発見した(ImielinskiとLadanyiによる展望記事参照)。調べられた腫瘍のほぼ半分において、融合遺伝子は、複数の遺伝子を破断する劇的なゲノム・ループの形成によって作られていた。これらの複雑な再編成は、ゲノムの初期の複製領域および転写的に活性な領域で起こり、予後不良と関連する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • Ewing肉腫:第22番の染色体上にあるEWS遺伝子が関与した相互転座による融合遺伝子の形成が関与している
Science, this issue p. eaam8419; see also p. 848

細胞のシグナル伝達とデコードの動態 (Dynamics of cell signaling and decoding)

細胞のシグナル伝達経路における欠陥は、一部のがん細胞中の欠陥と同様に、しばしば細胞増殖を促進または阻害する定常状態の信号の増加または減少をもたらすと考えられている。しかし、Bugajたちは、或る信号の持続時間または頻度の動的変化がまた、細胞応答をも変えることがあることを示している(KolchとKielによる展望記事参照)。彼らは、グアノシン三リン酸Rasの活性化と不活性化を行う光制御機構を使い、培養されたヒトまたはマウスの細胞におけるシグナル伝達の正確な制御を行った。Ras活性化シグナル伝達経路の構成要素における既知のがん突然変異または特定経路の構成要素の阻害剤は、信号の間隔と読み出しを変化させた。 細胞のこの動態の変化が転写結果を変え、細胞増殖を不適切に後押しするのかもしれない。この方法でシグナル伝達網の応答を調べることができると、生物学的な調節の理解を高め、新しい治療標的を明らかにする可能性がある。(Sh,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • Ras:細胞増殖などのオンとオフを切り替えるスイッチのような役割をしているタンパク質。グアノシン三リン酸と結合すると活性型(オン)となり、別のタンパク質への信号伝達を開始する。
Science, this issue p. eaao3048; see also p. 844

CRISPRを用いるマウスの系統追跡 (Lineage tracing in mouse using CRISPR)

CRISPR-Cas9を自身のDNA座位に向けるホーミング・ガイド(道案内)RNA(hgRNA)は、その配列を多様化し、発現された遺伝子的バーコード (識別手段)として作用することができる。Kalhorたちは、hgRNAの60の独立した座位を有するマウス系統を遺伝子操作し、これにより完全に成長したマウスにおいて様々な胚組織および胚体外組織において多数の独特なバーコードを生成した。この方法は、発生樹のごく最初の枝分れから器官発生事象に至るまでの系統追跡を実証し、胚性脳のパターン形成を解明するために用いられた。(KU,kh)

Science, this issue p. eaat9804

sブロック元素のカルボニル化合物 (Carbonyls in the s block)

化学における一般通念は、遷移金属は結合においてd-軌道を使用することで他の元素と異なるということである。Wuらは、アルカリ土類金属が同様に自らの電子をs-軌道結合様式からd-軌道結合様式に変形することを報告している(Armentroutによる展望記事参照)。カルシウム、ストロンチウムおよびバリウムはすべて、8個のカルボニル配位子の立方体配置と18電子価数の殻を有する配位錯体を形成する。その化合物は、凍結ネオン・マトリックス中での振動分光法と気相状態での質量分析法によって,特性を、明らかにされた。(NA,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 912; see also p. 849

古生態学からの将来予測 (Future predictions from paleoecology)

地球上の生態系は、現在進行中の人為起源の変化によって変容するであろうが、この変化の程度は予測が困難なままである。Nolanたちは、21,000年前の最終氷期最盛期以降の、世界中のほぼ600カ所における、植生および気候に関する変動の記録を調べた。これにより、彼らは、4°から7°Cまでの温度変化に対する植生の応答を決定した。彼らは続けて、現在と似たような(より急速ではあるが)温暖化の筋書きの下での、生態系の変化の程度を推定した。実質的な緩和努力がなければ、地球上の生態系は、構成と構造において大きな変容の危険性がある。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 920

毒液がその秘密を明け渡す (Venoms yield their secrets)

動物の分泌する毒液は、命取りになることがあるが、適切に掌握すれば、重要な治療上の機能を果たすことがある。しかしながら、毒液からの薬剤候補の手がかりに関する研究は、小さかったり、希少であったり、実験室で生かしておくことが難しかったりする動物からの毒液を研究できないことにより、阻まれてきた。展望記事で、Holfordたちは、広範な生物からの毒液を研究するためにゲノム科学および他のオミックス技術を用いた最近の研究に焦点を合わせ、毒液の進化生物学に光を当てている。この研究はまた、治療学および環境配慮型殺虫剤の開発に対する重要な手がかりを提供している。(MY)

【訳注】
  • オミックス:生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問。ゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなどがある。
Science, this issue p. 842