AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 25 2018, Vol.360

脳の進化 (Evolution of the brain)

爬虫類と哺乳類の脳は、いったいどのように関連しているのだろうか? Tosches たちは、単一細胞トランスクリプトミクスを用いて、カメ、トカゲ、マウス、およびヒトの脳の試料を調べた。 彼らは、哺乳類の 6層の大脳皮質が、どのように爬虫類の 3層の大脳皮質から生じてきたのかを評価した。 層間の対応がないにもかかわらず、哺乳類の星状細胞と成熟神経幹細胞は進化的起源を共有していた。 介在神経細胞の細胞型大分類は進化の全期間そのままであったが、亜型は種特異的であった。 哺乳類では何重にも折り畳まれた海馬は、爬虫類の脳においてはかけらが隣接領域として表された。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:細胞中に存在する全ての mRNAの網羅的な解析手法。
  • 星状細胞:グリア細胞(神経系を構成する神経細胞ではない細胞)の一種で、栄養供給や損傷修復などに重要な役割を果たしている。
  • 介在神経細胞:その神経細胞が所属する脳部位に限局された軸索を有し、近傍の神経細胞にのみ情報を伝達する神経細胞であり、形態学的、電気生理学的、神経化学的に多種多様であることから、多くの分類法が研究されている。
Science, this issue p. 881

東アジア夏季モンスーンを強制する (Forcing the East Asian summer monsoon)

最近の地質学的過去にわたって、東アジア夏季モンスーンの強度を支配した要因は何だろうか? この重要な質問に答えるには、降雨量に対するしっかりした代替指標が必要である。 Beck たちは、中国からの黄土のベリリウム同位体含有量を測定し、そこから 55万年の長さに及ぶ降雨記録を再構成した。 降雨は、軌道歳差運動と地球的な氷の量の変動とに相関があった。 この知見は、モンスーンが、以前に示唆されたような北半球高緯度での太陽放射レベルではなく、低緯度地方の北半球と南半球との間の太陽放射レベルの勾配によって支配されていることを示唆している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 877

スピン-バレー流を追跡する (Tracking the spin-valley current)

電子のスピン自由度とバレー自由度を活用するためには、特定のスピンを有する担体あるいは電子構造中の特定のバレー由来の担体の流れを生み出す方法が必要となる。 Jin たちは、隣接したWSe2 とWS2 の層からなるヘテロ構造を用いて、外部電場をかけることなくスピン-バレー拡散流を作り出した。 彼らは、外部電場ではなく円偏光のレーザー光を用いてスピン-バレー拡散を引き起し、それに次ぐパルスレーザーによりその担体の伝播を画像化した。 寿命と拡散距離が長いので、本手法は将来バレートロニクスデバイスに実用されるかもしれない。(NK,MY,nk)

【訳注】
  • バレー自由度:バンド構造においてエネルギー極小状態が複数存在する場合、電子はどこのバレーに入るかの自由度を有する。
  • バレー流:異なるバレーの電子の逆向きの流れのこと。電荷の流れは相殺され、正味の電流を伴わない。
Science, this issue p. 893

一つずつ、分子への道を照らす (Lighting the way to molecules, one by one)

化学者が化学反応させる場合、実際に彼らがやることは、膨大な数の反応相手をかき混ぜて、その後それらが有効に衝突してくれることを期待することである。 走査型トンネル顕微鏡の探針により、もっと意図的に原子を操作することは可能であるが、そうすると、その方法は表面に限定される。 Liu たちは、個々の原子を光で直接操作し、孤立状態の単一分子を形成した(Narevicius による展望記事参照)。 彼らは二つの異なる色の光学ピンセットを用いて、超低温のナトリウム(Na)とセシウム(Cs)の原子を選択的に操って一緒にした。 その後の光励起により、NaCs が形成された。(Sk,kh)

【訳注】
  • 光ピンセット:集光したレーザー光により微小物体をその焦点位置の近傍に捕捉し、さらには動かすことのできる装置および技術。
Science, this issue p. 900; see also p. 855

血液の検出に腸内で微生物を使う (Using bugs in the gut to detect blood)

細菌は環境に対して適応性があり、さまざまな生体分子を感知するよう遺伝子操作することができる。 Mime たちは、バイオセンサー細菌に小型無線式読み取りカプセルを組み合わせて、過酷で接近困難な環境下で、生体内バイオセンシングができる低侵襲性装置を作った(Gibson と Burgell による展望記事参照)。 この装置はブタの胃腸出血をうまく測定した。(ST,MY)

Science, this issue p. 915; see also p. 856

蚊のジカ・ウイルスを検出するためのより速い方法 (A faster way to detect Zika in mosquitoes)

蚊が媒介する病気の予防における主要な課題は、感染した蚊を特定する迅速で手頃な検査を提供することである。 従来の技術は、多数の蚊を分析する場合、往々にして時間がかかり、高価すぎる。 Fernandes たちは、近赤外分光法(NIRS)として知られている技術を利用して、雌のネッタイシマカにおけるジカ・ウイルスについて試験した。 NIRSは、感染蚊を非感染蚊から最大99%の正確度で感染7日後に識別した。 NIRSは、蚊の病原体選別に対して一般に使用されている技術である RT-qPCR(quantitative reverse transcription polymerase chain reaction:定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)よりも 18倍速く、110倍安い。(KU,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat0496 (2018).

胆汁酸と肝臓ガン (Bile acids and liver cancer)

肝臓ガンは、米国におけるガン関連死の第1位の原因である。 腸内細菌の組成は、肝臓の炎症障害を含む多くのヒト疾患に影響を与える。 Ma たちは、共生腸内細菌が、マウスにおける肝腫瘍の増殖を制御するために免疫系を動員できることを見出した(Hartmann と Kronenberg による展望記事参照)。 Clostridium 属の細菌は胆汁酸を改変して、肝臓の洞様毛細血管にシグナルを伝達し、ケモカインCXCL16を産生した。 これが肝臓の抗腫瘍監視を行うためにナチュラル・キラーT(NKT)免疫細胞を動員した。 原発ガンと転移ガンの両方の増殖は、NKT細胞駆動殺傷によって減少した。(KU,kj)

【訳注】
  • 洞様毛細血管(liver sinusoidal endothelial cells):肝細胞板間に存在する拡張した毛細血管。
  • ケモカイン:白血球を遊走させる活性(走化性)を持つサイトカインの総称。 サイトカインは細胞から分泌される小タンパク質で、細胞間相互作用に関与する生理活性物質の総称。
Science, this issue p. eaan5931; see also p. 858

先導者に従え (Follow the leader)

集団での渡りの先導に社会動学はどのような役割を果たすのだろうか? そのような動学の特定には、長距離の移動にわたっての個々の動物の追跡を必要とする。 Flack たちはGPS標識を使って、南への渡りの過程で個々の若いシュバシコウを追跡した(Nevitt による展望記事参照)。 鳥はおおよそ2つに分類された。 すなわち、先導者と追従者である。先導者は上昇気流領域を探し出し、移動時にあまり羽ばたかず、より遠くへ飛行した。 追従者は先導者を追って上昇気流へ入ったが、異なる軌跡をとり、より多くの羽ばたき努力を行い、飛行の全体距離はより短かった。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 911; see also p. 852

炭素を使わず窒素を変換する (Transforming nitrogen without carbon)

硝酸を作るのにどれだけの炭素を要するのか? これに対する現時点での答えは直観に反し、「とても沢山」である。 通説では、硝酸はアンモニアの酸化により製造され、ハーバー・ボッシュ法によりアンモニアを製造するための水素の全てがメタン由来である。 それは、製造過程への動力供給で燃焼される化石燃料すら勘定に入れてない。 Chen たちは、酵素触媒・均一触媒・不均一触媒、および、電気化学的手法・光化学的手法・プラズマに基づく手法の進展を考察し、窒素系汎用化学品に対するより持続可能な経路に対する研究見通しについて概説している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ハーバー・ボッシュ法:窒素と水素を高温・高圧(約500℃・300気圧)のもと固体触媒上で直接反応させてアンモニアを合成する方法。1900年初頭に工業化され、大量のエネルギー(人類の年間消費エネルギーの1%以上と言われている)を必要とするが、現在も窒素固定化の常套手段となっている。
Science, this issue p. eaar6611

プラナリアのトランスクリプトームの図化 (Mapping the planarian transcriptome)

ある細胞型のトランスクリプトームは、その型の細胞の生態を制御する活性遺伝子を明確にする。 2つのグループが、単一細胞のRNA配列決定を用いて、再生能力を持つプラナリア(Schmidtea mediterranea)の体全体を構成する実質的に全ての細胞型に対するトランスクリプトームを明確にした。 多能性幹細胞が絶えず分化して、この生物種のどんな体の部分も若返らせるので、成体でも全ての発生系列が機能している。 Fincher たちは、プラナリアにおける全てではないがほとんどの細胞型に対するトランスクリプトームを決定した。 そこには以前知られていなかった幾つかの細胞型も含まれる。 彼らはまた、幹細胞から分化細胞への移行状態および体内の位置情報を支配する遺伝子を特定した。 Plass たちは、単一細胞トランスクリプトームと計算アルゴリズムを使って、幹細胞から分化細胞への発生進行を捕捉描写する系統樹を再構成した。 彼らは次にこの系統樹に沿って具体的に活性化および不活性化される遺伝子プログラムを予測できた。 そしてこの手法を用いて、再生の間、系統樹の細胞型がどんな挙動をするのかを研究した。 1つの動物全体のこれらのトランスクリプトーム「図表集」は、後生動物の生物過程を研究する強力な方法である。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • プラナリア:ウズムシと呼ばれる水性の扁形動物。 再生能力が著しく高いことで知られている。
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(全RNA)のこと。 これを評価することで、対象に対する遺伝子発現の全体像を把握することができる。
Science, this issue p. eaaq1736, p. eaaq1723

還元はコバルトを貴金属のように作用させることができる (Reduction can make cobalt act precious)

酵素は、水素を操作するのに鉄やニッケルのような豊富に存在する金属に頼っている。 一方、化学者はその仕事に対して、白金やロジウムのような貴金属に主に頼らざるを得なかった。 Friedfeld たちは今回、コバルトをロジウムにより似た作用をさせる簡単な技を報告している。 Co(II)が亜鉛によりCo(I)に還元されると、ホスフィン配位子の Coへの結合が強まり、アルケンの不斉水素化での利用を容易にした。 コバルト触媒は、その同族体であるロジウムとは異なりアルコール溶媒に耐性があり、0.08%の装填で 200グラム規模の還元に適用することができた。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. 888

半導体を突っつく (Poking a semiconductor)

非中心対称の結晶構造は光の照射下で、バルク光起電力効果(BPV)と呼ばれる特殊な種類の電荷分離をもたらすことができる。 しかしながら、このような材料で作られた太陽電池は、通常、効率が低い。 Yang たちは、SrTiO3 や TiO2 のような、通常は中心対称の材料の反転対称性を失わせることにより、BPV効果を示す材料の種類を広げた。 著者らは、材料の表面に点状の圧力を加えることにより、これを達成した。 これは、歪み勾配と反転対称性喪失とを引き起こし、光照射下で大きな光起電力による電流を生んだ。 フレキソ光起電力効果と呼ばれるこの機構は、多くの半導体に当てはまることが期待される。(Wt,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 904

より長い励起子の経路 (A longer exciton pathway)

有機半導体は、一般に、数十ナノメートル程度の励起子拡散長を示す。 Jin たちは、ポリエチレングリコールとポリチオフェンのコロナで覆われた発光性ポリフルオレンの芯で構成されるブロック重合体から、ナノ繊維を作製した(Holmes による展望記事参照)。 ポリフルオレンで生じた励起子はポリエチレングリコール層に侵入できないため、200 nm 以上拡散する。 この距離は、ポリエチレングリコールの長さを変化させることにより調整可能である。 これは、もしかすると太陽光発電のような有機素子の開発に利用できるかもしれない特徴である。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • コロナ:ミセル球体の表面のコロナ状の繊維。
Science, this issue p. 897; see also p. 854

RNAと、膜のない細胞小器官 (RNA and membraneless organelles)

液-液相分離によって、細胞内に膜のない区画が形成されることがある(Polymenidou による展望記事参照)。 しかし、これらの細胞凝縮物を無秩序な融合から防ぐのは何だろう? Langdonたちは、RNA結合タンパク質(RBP)である Whi3 を用いて、RNAを構成するさまざまな部分の二次構造が、Whi3 が形成する2つの型の凝縮物の、他と異なる生物物理学的および生物学的特性を決定することを実証した。 FUSと TDP43など幾つかのRBPは、プリオン様ドメインを含み、神経変性疾患に関連している。 これらのRBPは、通常、核内では溶解するが、細胞質では病的な凝集体を形成することがある。 Maharana たちは、局所的なRNA濃度が、さまざまな細胞内位置で明確な相分離挙動を決定することを示した。 核内のより高いRNA濃度は、RBPの相分離を防ぐための緩衝として作用する。 つまり、誤ってRNAが細胞質に局在化したとき、核内の低RNA濃度が凝集のきっかけになる。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • プリオン様ドメイン:タンパク質の構造変化と重合体形成が狂牛病の感染因子であるプリオンのような挙動示す領域。 可溶性正常構造と不溶立体構造をとり、不溶構造が可溶構造の不溶化を促進する。
Science, this issue p. 922, p. 918; see also p. 859

多様な寄生生物が宿主の進化を速める (Multiple parasites speed host evolution)

実質的に全ての生物体には多様な種が寄生しているが、宿主-寄生生物の相互作用についての我々の現状の理解は、種対ごとの相互作用に基づいている。 Betts たちは、宿主に緑膿菌、寄生生物に5種の異なるファージ・ウイルスを用いることで、これに取り組んでいる。 寄生生物の多様性の増大は、宿主の進化速度を速め、宿主集団内でのゲノム進化の高速化および集団間での分岐増大の双方を推進する。 このようにして、異なる寄生生物負荷は異なる進化動態を促し、その結果、さまざまな機構による宿主進化を深く方向付ける。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 緑膿菌:真正細菌の1種で、環境中に広く分布している代表的な常在菌の1つ。
Science, this issue p. 907