AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 11 2018, Vol.360

急速にとける雪玉 (A fast-melting snowball)

Marinoan「全球凍結」氷河期はこの惑星の殆どを覆いしつくした。 大気中に十分な二酸化炭素が蓄積して太陽の熱を捉え、ようやく表層は溶けた。 融解は急速に行われたに違いないが、どの程度の急速さであったかは推測の域を出ていなかった。 Myrow たちは南オーストラリアの Elatina層群の潮汐堆積シルト岩に保存されていた漣痕(リップルマーク)を分析し、海水面は融解期の間ほぼ年 30cm、今日の上昇率の約100倍の驚異的な速度で上昇していたに違いないことを究明した。(Uc,kh)

Science, this issue p. 649

細胞シグナル伝達経路の毒物による乗っ取り (Toxic hijack of a cell signaling pathway)

しばしば抗生物質治療後、正常な微生物叢が乱されたときに、病原体Clostridium difficile はヒト結腸にコロニーを形成する。 これは、特に高齢患者での院内感染性下痢の主因である。 Chen たちは、C. difficile の主要毒性因子である毒素B(TcdB)が Gタンパク質共役型受容体である Frizzled(FZD)にどのように結合するのかを示す 2.5Å 分解能の結晶構造の特徴を記述している。 この受容体は、結腸上皮の恒常性を調節する Wntシグナル伝達経路を活性化する。 驚くべきことに、TcdBは FZDを認識するために脂質補因子を用いる。 この補因子は、FZDに結合してシグナル伝達を活性化する Wntリガンドに正常時には付随する脂質を置換する。 Wnt経路の阻害が、C. difficile の病理に関与している可能性が高い。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • Wntシグナル伝達経路:初期発生から形態形成の種々の段階において重要な役割を担っているだけでなく、成人の組織においてもその恒常性維持に不可欠とされるシグナル伝達経路。 分子量約4万の分泌性のタンパク質である Wntリガンドによって活性化される。
Science, this issue p. 664

解剖学的に正しい腫瘍ゲノム解析 (Anatomically correct tumor genomics)

神経膠芽腫は、ヒト脳腫瘍の最も致命的な型である。 この腫瘍型を特徴付けるゲノム異常と遺伝子発現プロファイルは広く研究されてきた。 Puchalski たちは、研究者全般のための無料公開オンライン情報源である Ivy Glioblastoma Atlas(Ivy 神経膠芽腫図表集)を創始した。 生命情報科学者と病理学者の共同努力であるこの図表集は、転写の病変的特徴のような、組織学的に定義された解剖学的腫瘍領域に対する神経膠芽腫の分子的特徴を図化している。 この図表集で同定される関係性は、関連する臨床情報やゲノム情報のデータベースとともに、神経膠芽腫の病変形成、診断および治療についての新たな知見を提供できるかもしれない。(Sh,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 660

振動している分子雲を三次元で観る (A vibrating molecular cloud in three dimensions)

恒星の源である分子雲は、星間塵および星間ガス(ほとんは分子状水素)からなる比較的密度の高い集合体である。 我々は天空上に二次元投影された状態しか観測できないため、分子雲の三次元形態を決定することは困難である。 Tritsis と Tassis は、近傍ハエ座分子雲の遠赤外線観測データを解析して、分子雲が磁気流体波で振動していることを見出した。 振動パターンから分子雲の三次元構造が明らかとなり、はえ座分子雲は、これまでの仮説であったフィラメント形状ではなくシート形状であり、それを真横から見ていることを示している。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 635

淘汰、組換え、及び雑種進化 (Selection, recombination, and hybrid evolution)

雑種形成は進化における重要な力である。 ゲノム全体にわたる雑種形成の影響は理解されていない。 微細規模の遺伝子地図を用いて、Schumer たちは、ツルギメダカ(swordtail fish)の多数の自然形成雑種集団における局所的祖先型を調べた。 各々の親の種で、その子孫のゲノムに対する遺伝物質の寄与の割合が異なる。「マイナー」(表現度が低い)な親からの遺伝子は、より高い組換え率を被り易くかつ潜在的に有害な遺伝子がより少ないゲノム領域で生じる。 ヒト・ゲノム中のネアンデルタール人から受け継いだ部分は、同様のパターンを示す。(KU,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 656

大きなママが魚にとって重要である (Big mamas matter for fish)

繁殖と体の大きさとの間の理論的関係は、生殖に関与する親の個体数にかかわらず、総質量が生殖力に直接関係していると仮定してきた。 この仮定は、1匹の大きな雌の魚は数匹のより小さな雌で置き換えられるという考えが見て取れる、現在の漁業管理につながる。 しかしながら、この仮定は間違っている。 Barneche たちは、より大きな雌は、より小さな雌の同じ体重相当よりもはるかに生産性が高いことを示している。 大きな雌の価値を無視する漁業管理の実践は、幾つかの魚資源で見られた原因不明の減少の一因かもしれない。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 642

脳-コンピュータ間インタフェースの解読 (Decoding brain-computer interfaces)

脳-コンピュータ・インタフェース(BCI)は、脳の活動を外部からの運動制御に用いて、運動機能が損なわれた人々を助けることができる。 しかしながら、既存の方法は、使用者の多大な訓練と努力を必要とする。 Ganesh たちは、使用者の必要エネルギーを少なくする知覚運動予測誤差解読のための BCI 技術を開発した。 それは、使用者を意識に昇らない程度に刺激して、ある活動について考えるようにして、次いで、使用者がどんな動きを意図しているのかを解読する代わりに、使用者が望む動きが、その弱い刺激が誘起した感覚フィードバックと一致するかどうかを解読する。 12人の健常者が車椅子の向きを変える作業では、このインターフェースは、迅速に(96ミリ秒以内)、かつ、何ら訓練を要しないで、その動きを表した。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaq0183 (2018).

フッ化物を供給する水素結合 (H-bond to deliver fluoride)

単純なフッ化物塩は、理論上は、炭素 -フッ素結合形成のための便利な試薬である。 実際には、それらはしばしばその反応相手を溶解する溶媒に不溶である。 Pupo たちは、フッ化物を水素結合で可溶化する尿素系触媒を開発した。 さらに、そのキラル置換基は、C-F 結合が形成される2つの鏡像生成物のうちの1つの方へ反応を偏らせる。 この方法は、他の塩を用いた非対称付加にも応用できるはずである。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. 638

グルコースと脂肪の統合 (Integrating glucose and fat)

グルコースを過剰に摂取すると太るが、この変換がどのように身体によって仲介されているかは不明である。 解糖は、酸化状態の必須補酵素ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)を介した遺伝子転写と関係する。 Ryu たちは、核と細胞質とで区画分けされた NAD+ の合成と消費が、脂肪細胞の分化中にグルコース代謝と脂肪生成(脂肪促進)転写を統合することを見出した(Trefely と Wellen による展望記事参照)。 共通の基質であるニコチンアミド・モノヌクレオチドに対する NAD+ 前駆体、即ち核の NMNAT-1 と細胞質の NMNAT-2 との間の競合が、脂肪生成遺伝子調節のための核での NAD+ の合成と、代謝に用いられる細胞質での NAD+ 合成との間のバランスを調節する。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. eaan5780; see also p. 603

水素イオンは道を見つける (Protons find a path)

アデノシン三リン酸(ATP)合成酵素は、回転エネルギーと化学エネルギーを相互変換する変換器である。 この多サブユニット膜結合複合体の完全な構造を捕獲することは、それらが複数の立体構造をとる力を備えているために妨げられていた。 Srivastava たちはタンパク質工学を用いて、酵母由来ミトコンドリアの ATP合成酵素を単一立体構造に凍結し、膜中の回転 C リングに阻害剤オリゴマイシンが結合している構造を得た。 Hahn たちは、葉緑体の ATP合成酵素が、暗中葉緑体内において酸化条件で誘発されて阻害分子を組み入れていることを示している。 これらの機構が動力を供給される機構は非常に似ている。 即ち、水素イオンはチャネルを通って膜に埋め込まれた C リングへ往復移動され、そこで水素イオンは膜の反対側の別のチャネルを通って出るまでにロータをほぼ全回転近くまでに駆動する(Kane による展望記事参照)。(KU,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaas9699, p. eaat4318; see also p. 600

アジア起源の動物流行病カエルツボカビ (Panzootic chytrid fungus out of Asia)

Batrachochytrium 属のカビ類は、世界中での深刻な両生類個体数低下の原因である。 これらの病原カビの起源は不明であった。O'Hanlon たちは、200以上の分離株群に対するゲノム解析を用いて、カエルの病原であるカエルツボカビの起源をたどり、朝鮮半島の多様性超高発生地に至った(Lips による展望記事参照)。 過去1世紀にわたって、両生類種の取引が加速してきており、そして今や取引される両生類で全てのカエルツボカビ系列の感染が生じている。 つまり、このカビはどこでも見られるようになってきており、そして急速に多様化しつつある。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 621; see also p. 604

中性子はどれほどの間、生きているのだろうか? (How long does a neutron live?)

寿命が宇宙年齢よりも長い陽子とは異なり、自由中性子は約15分の寿命で崩壊する。 中性子の正確な寿命を測定することは、驚くほどに巧妙な手段を要するものである。 それらを容器に入れ、それらの崩壊を監視することは、誤差につながる可能性がある。 なぜならば、容器の壁との相互作用のために一部の中性子が失われるためである。 Pattie たちは、この問題を克服するために、超低温の偏極中性子が磁場によって空中浮揚したトラップ中で寿命を測定し、トラップ壁との相互作用を排除した(Mumm による展望記事参照)。 この中性子寿命のより正確な決定は、ビッグバン後に最初の核がどのように形成されたかを理解する助けとなるだろう。(Wt,MY,nk)

【訳注】
  • 偏極中性子:磁気的な性質(スピンの向き)を揃えた中性子。
Science, this issue p. 627; see also p. 605

メタマテリアルに掌性という取っ手を付ける (Giving a hand to metamaterials)

オーセチック材料は普通ではない様式で膨張する。すなわち、引っ張られる方向に対して垂直に膨張する。 Lipton たちは、掌性も有するオーセチック材料の1種を作った。 この材料は、剪断力がかかると、右左のどちらかに曲がる。 基礎となる型を球および円柱へと敷き詰めることで、剛直あるいは柔軟な構造を作ることができる。 このようにして、中空管を元に線形作動装置および4つの自由度を持つ作動装置を作ることができる。 これはさまざまな工学応用と医学応用に対して有用であるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • メタマテリアル:構造設計により、自然界にはない振る舞いをとるようになった材料や物質構成のこと。
Science, this issue p. 632

オスにして、また元に戻す (Making males and back again)

温度依存性の性決定は、多くの爬虫類種で生じる。 後成的機構が作用していると推定されるが、今までのところ、特定されてきていない。 Ge たちは、アカミミガメにおいて、後成的修飾因子であるヒストン脱メチル化酵素KDM6Bが、主要なオス遺伝子のプロモーターに結合してオス発生を活性化することを示している(Georges と Holleley による展望記事参照)。 KDM6B発現をノックダウンすると、オスと決まっていた胚がメスに変化する。(MY,kh)

【訳注】
  • ヒストン脱メチル化酵素:ヒストン・タンパク質のメチル化されたアミノ基部位を脱メチル化する酵素。
  • プロモーター:各遺伝子の上流にあり、RNAポリメラーゼが特異的に結合して転写を始めるDNA上の領域。
  • ノックダウン:遺伝子の作用を大きく減退させること。
Science, this issue p. 645; see also p. 601

費用と効果を均衡させる (Balancing costs and performance)

新規な対象が、既に知られているもののもう一つの例なのか、何か別の種類のものなのかの結論を下すことは、解決容易な問題である。 広範囲な領域にわたる人間行動の実験的な図化が、般化勾配と刺激間距離の間の指数関数的関係を確立してきた。 今回 Sims は、この関係が情報の最適符号化の適用費用を考慮することで導出できること示している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 般化勾配:縦軸を反応率、横軸を刺激の量や価値の程度とするグラフは、強化した特定の刺激を頂点にして、刺激の類似度が低くなるほど次第に反応率が減少する曲線になる。 この曲線のことを言う。
Science, this issue p. 652

誘発地震を防ぐ方法を知る (Knowing how to prevent induced earthquakes)

世界中から、ガス抽出および排水注入のような、地表下の人間の活動が地震を引き起こす可能性があることを示す証拠が増えている。 Candela たちは展望記事で、その根底にある機構の幾つかを説明している。 米国オクラホマ州の排水注入およびオランダのグローニンゲンでのガス抽出は、地震の原因となったことで悪名高い。 詳細なメカニズムは2つの状況で異なるが、断層と高応力のような地殻内に前から存在する状態は、誘発地震が起こるかどうかに重要な役割を果たす。 このため、地下状態に関する知識は、誘導地震に脆弱な場所を避けるのに決定的に重要である。(Wt,MY)

Science, this issue p. 598