AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 20 2018, Vol.360

大型動物相の喪失(Megafaunal loss)

今日では、人間活動がより大型の動物をより大きな絶滅の危機にさらしていることは、よく知られている。しかしながら、最大の種をそのように標的化することは、目新しいことではない。Smithたちは、生態系からの大型哺乳類種の偏った喪失が、更新世以降のヒト族の移動で生じてきた人間の影響の痕跡であることを示している。もし現在の傾向が続くと、陸生哺乳類の体の大きさは、過去4500万年の中でも類を見ない小ささになるであろう。大型動物相の哺乳類は生態系の構造に大きな影響を有しており、そのため、その喪失は特に悪影響を及ぼすかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ヒト族(hominin):ヒト科(Hominidae)のうちオランウータン、ゴリラを除いて、遺伝的に近い、チンパンジー、ボノボおよびヒトをひとつにした、比較的新しく設けられた分類
Science, this issue p. 310

激しく酸化的だった古原生代(A strongly oxidizing Paleoproterozoic era)

20億年前、海洋の硫酸塩濃度は、現代の3分の1程度で、現代の海洋-大気系の20%以上に相当する酸化能力を構成していた。Blattlerたちは、同様の堆積物の中で、これまでに発見された最古の物よりも10億年以上古い、珍しい蒸発岩層序を分析することによってこれを見出した。この定量的結果は、どちらかといえばより定性的な情報のみしか入手できなかった時代に対して、大酸化イベントという23億年前の初期地球の応答の大きさと年代決定に制約を与えるものである。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 320

一過的指示が移動の変化をもたらす(Transient instruction changes migration)

大脳新皮質は脳内深層から表面層へと相次いで移動する神経細胞により構築される。Ohtaka-Maruyamaたちは、多極性神経細胞が移動する過程で遭遇する一神経細胞層が、移動神経細胞に表現型と方向を変えるよう指示することを見出した(SchinderとLanuzaによる展望記事参照)。これらのサブプレート神経細胞は未成熟移動細胞と一過的なグルタミン酸作動性シナプスを形成する。この結果、移動多極性神経細胞が双極性となり、方向づけられ、最終移動での速度が高まる。(MY,kj)

【訳注】
  • サブプレート神経細胞:6層構成からなる哺乳類の大脳皮質中で、新皮質と呼ばれる表面3層の最下層に位置するサブプレート層を構成する神経細胞。大脳新皮質発生の過程で最初に作られる。さらに上層である皮質板や辺縁帯は、大脳皮質最深層の脳室帯で産生された神経細胞が細胞移動によりサブプレート層を乗り越えて形成される。
  • 多極性神経細胞:ここでは、脳室帯で産生された新生神経細胞が脳表面に向かって移動する過程で、脳室帯外側の脳室下帯中で多極性の形態に変化したものを言っている。この多極性細胞は、方向性の定まらない運動を続ける。
Science, this issue p. 313; see also p. 265

遺伝性の多様性が自閉症に寄与する(Inherited variation contributes to autism)

自閉症スペクトラム障害(ASD)に関係する遺伝子多様体のおよそ4分の1は、タンパク質コード遺伝子内の新規の変異に起因している。Brandlerたちは、ゲノムの非コード領域内の変化が自閉症と関係しているかについて究明したいと思った。彼らは、自閉症に侵された子供を少なくとも1人持つ約2600の家族に対して、全ゲノム配列決定を適用した。ADSの子供は、父親から非コード領域内に遺伝性の構造的多様体を持ってい。複数の家族では、幾つかの特定遺伝子に対する調節領域が壊されていて、これは、自閉症になる危険性の構成要素として遺伝性の非コード領域多様性が含まれるという考えを支持する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 調節領域:タンパク質コード遺伝子の転写を制御するプロモーターとエンハンサーと呼ばれるゲノム領域上の転写調節因子が結合する部位こと。
  • 遺伝子多様体 (genetic variant): 日本人類遺伝学会の整理による用語で, 変異 (mutation) によらずに多様になっている遺伝子を言う.
Science, this issue p. 327

稀な疾患に対する革新的取組み(An innovative approach for a rare disease)

シャルコー・マリー・トゥース病2A型(CMT2A)は、稀な遺伝性の神経変性疾患である。この病気に冒された人たちは、重篤な進行性筋力低下、運動障害、それに末梢神経障害の症状が現れる。ミトフシン2(MFN2)をコードする遺伝子の異常は、CMT2Aを引き起こすことが知られているが、この病気は依然として治療不能である。Rochaたちは、この病気に寄与する特異的なMFN2のアミノ酸残基を同定し、一群のMFN2用作動薬を開発した。この小分子群は、マウスの坐骨神経でミトコンドリアの融合と活動を回復させた。それらはミトコンドリア輸送に関係する他の病気にもまた有効であるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • ミトフシン2:ミトコンドリア膜に存在するタンパク質でミトコンドリア同士の融合に関与する。
  • ミトコンドリアの融合:正常なミトコンドリアはミトコンドリア同士の融合と分裂を繰り返し、内部の成分を交換しあう。これによりミトコンドリア自体の品質を均一に保っていると考えられている。
  • ミトコンドリア輸送:神経細胞において、核の存在する細胞体から、樹状突起や軸索の末端へとミトコンドリアが運ばれること。
Science, this issue p. 336

伸びる権利を保留する(Reserving the right to stretch)

伸縮自在のアンテナ、あるいは、ある種の蜘蛛の糸は、はるかに長い距離まで伸縮する素材の蓄えがあるので、見かけの長さを超えて伸びることができる。Grandgeorgeたちは、二つの成分比を様々に変えたブロック共重合体を電界紡糸することによって、不織繊維の膜を作製した。彼らは、彼らは、液体をこれらの膜に注入して見かけの表面積を変えずに繊維同士を留め、組み合わせた膜が引き伸ばされたとき、この材料は留めがはずれ、膜表面に沿って滑ることができた。その結果、破損することなく伸ばすことができた。(Wt,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 296

卵巣ガンの早期発見(Earlier detection of ovarian cancer)

卵巣ガンは、米国における女性のガン関連死亡原因の第5位を占める。これは一部には、卵巣ガンと診断されるのが往々にして末期のせいによる。早期発見の場合には生存率は劇的に向上し、そのため、事前検出のための新しい方法がぜひとも必要とされる。Williamsたちは、カーボン・ナノチューブに基づくセンサーを開発した。このセンサーは米国食品医薬品局が認めた卵巣ガンの生体標識であるHE4を光学的に検出する。ガンを持つ生きているマウスへ 植え込まれると、素子における個々のナノチューブからの異なる波長応答が、迅速に何度も卵巣ガンを持たない対照群から、卵巣がんを持つマウスを区別した。これは、卵巣ガン患者由来の試料を用いた検査の場合も同様であった。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • HE4: ヒト精巣上体蛋白4(human epididymis protein 4)のことで、卵巣ガン患者の血清中に高濃度で検出される。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaq1090 (2018)

可干渉性が再び現れる(Recurring coherence)

有限孤立系は十分に長い間進展すると、その初期状態にほぼ近い状態に戻るはずである。大きな系に対して、「十分に長い間」は大抵の場合、実現不可能なほど長い時間となる。Rauerらは、それぞれ数千個の原子からなる二つの一次元超流動の系において初期状態の再現を観測するためのちょうどいい条件を見出した。その二つの超流動流体は、初期状態では量子力学的位相が互いにかみ合うほどに結合されていたが、その後それぞれが独立に時間進展することを許された。脱結合後、筆者らは、それらの位相が2度以上可干渉性を取り戻すことを観測した。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 307

酵母における三遺伝子相互作用がバイオプロセスをつなぐ(Trigenic interactions in yeast link bioprocesses)

細胞の遺伝子型-表現型の状況を解明するには、遺伝子間の相互作用を理解する必要がある。二遺伝子のタンパク質-タンパク質相互作用のネットワークに基づいて、Kuzminたちは合成遺伝子配列を用いることで酵母の三遺伝子状況を作った(Walhoutによる展望記事参照)。三重変異体の解析は、三遺伝子関連を有する遺伝子の大部分が同じ生物学的プロセス内で機能することを示した。これらは、二遺伝子相互作用の状況で同定されたネットワーク上に収束した。全体的な影響は二遺伝子相互作用よりも三遺伝子相互作用においてより弱かったが、三遺伝子相互作用は細胞内の生物学的過程を結びつける傾向がより強かった。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaao1729; see also p. 269

分解能革命を続ける(Continuing the resolution revolution)

生きている細胞は、外からの摂動に敏感な、動的で、空間的に複雑な小構造物を含む。そのような摂動を最小限にするために、細胞は、可能な限り穏やかな照明の下で、自然のままの多細胞環境中で撮像されるべきである。 しかしながら、これらの条件下で、三次元の細胞内プロセスを詳細に追跡するのに必要な時空間的分解能を達成することは、やりがいのある課題である。すなわち、試料自体が引き起こす収差は分解能と感度を低下させ、高分解能にするには通常強い刺激を必要とする。Liuらは、非侵襲性格子光シート顕微鏡法に収差を補正する補償光学系を組み合わせて、生体内におけるいろいろな種類の微妙な細胞内事象を調べた。それらには有糸分裂中の細胞小器官の再構築や脊髄発生中の成長円錐の動態などが含まれる。(ST,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaq1392

大規模集積量子光学(Large-scale integrated quantum optics)

光回路をチップ上に形成する能力は、単一光子ともつれ光子の発光源における結合生成と共に、集積量子光学基盤技術の基礎を提供する。Wang たちは、その基盤技術上で展開して非常に大きな量子光学回路構成を製造できる方法を実証している。彼らは、550個以上の量子光学部品と16個の光子源を最先端の単一シリコン・チップ上に集積し、多次元もつれの普遍的な生成、制御、解析を可能にした。この結果は、量子技術の開発に対する、集積量子光学手法の力を示している。(Sk,nk)

Science, this issue p. 285

単一原子層に閉じ込められた光(Light confined to a single atomic layer)

ナノ光量子技術の開発は、その光自身の波長よりもずっと小さな空間次元に光を閉じ込める能力に依存している。しかしながら、一般に、金属プラズモン法では、閉じ込めと損失の間にトレード・オフがある。Alcaraz Iranzoたちは、グラフェンと六方晶系窒化ホウ素(hBN)の単層および 金属棒の配列で構成される、ヘテロ構造を製作した。光は、絶縁するhBNのスペーサが 単一原子だけの層の場合でさえ、金属とグラフェン間で(伝播プラズモンとして)垂直方向に閉じ込められた。そのようなヘテロ構造は、ナノ光量子に対する強力で汎用的な基盤技術を提供するであろう。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 291

小さくて、滑らかで、屈曲可能なダイアモンド(Small, smooth, and bendable diamonds)

もしあなたがダイアモンドを何とか変形させようとすれば、それは通常、それを破壊してしまうことを意味している。ダイアモンドは、非常に高い硬度を有するが弾性変形しない。このことが、いくつかの応用に対してその有用性を制限している。しかしながら、Banerjeeたちは、結局、ダイアモンドのナノ針状結晶が、弾性変形できることを発見した(LLorcaによる展望記事参照)。その鍵はその小さな寸法(300 nm)にあり、それにより非常に滑らかな表面で欠陥の無いダイアモンドが可能になった。その変形は、ダイアモンドに対する理論限界に近く、それは超小型電子技術や薬物送達での応用の可能性を切り開く。(Sk)

Science, this issue p. 300; see also p. 264

ある時間での凍結画像(Images frozen in time)

狭い領域の加熱によって結晶から不純物を除去するために使用されるゾーン精製に見られるように、複数の相を含む凍結過程は一般的である。 しかしながら、それが起こっている際のその過程を視覚化することは困難である。Dedovetsたちは、水中油型エマルションの凍結および油滴と凍結水の先端との相互作用を研究した。凍結前面その場での可視化は、動く試料ホルダ上の試料の共焦点顕微鏡法によって行われた。著者たちは、液滴位置での溶液濃度の影響を追跡し、蛍光標識を用いて液滴界面での溶解前状態を観察した。(KU)

Science, this issue p. 303

短期的傾向が逆転した(A short-term trend reversed)

理論と実験に基づいたデータの両方は、C4植物種(最初の炭素固定の生成物が4炭素分子)が、C3種(最初の生成物が3炭素分子)よりも増加する二酸化炭素濃度からの恩恵はより少ないという概念図式を支持している。これは、それらの異なる光合成の生理機能が大気CO2濃度に違った反応をするからである。Reichたちは、C4と C3の植物種の存在する草原試験地群を利用した20年間のCO2濃化実験においてこのパターンの逆転を証明している (HovendenとNewtonによる展望記事参照)。最初の12年間にわたって、バイオマスは予想されたように、C4の試験地ではなくC3の地でCO2の増加と共に増加した。しかし次の8年の期間において、このパターンは逆転した。即ちバイオマスはC3の試験地ではなくC4の試験地において増加した。したがって、地球規模の変化に対する植物の応答の短期的駆動因子は、最も良く支持されているものでさえ、長期の結果を予測するものではないのかもしれない。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 317; see also p. 263

H3K27M神経膠腫の細胞組成(The cellular composition of H3K27M gliomas)

ヒストンH3におけるリジン27のメチオニンへの突然変異(H3K27M-神経膠腫)を有するびまん性正中神経膠腫は、治療の選択肢がほとんどない悪性タイプの小児がんである。Filbinたちは単一細胞配列決定法を使用して、H3K27M神経膠腫の発癌性プログラム、遺伝的特徴、および細胞階層を研究した。腫瘍は主にオリゴデンドロサイト前駆細胞に似ている細胞から構成され、それに対して分化した悪性細胞はより小さな割合であった。他の神経膠腫と比較して、これらのがんは、その安定した腫瘍増殖能に寄与する異なる発癌性プログラムと幹細胞様プロファイルを有していた。この解析はまた、治療法を開発する上で有用となるかもしれない系統特有の標識を同定した。(KU,kh)

Science, this issue p. 331

解明された転位の第一段階(First steps of translocation elucidated)

膜や分泌タンパク質を合成するリボソームは、シグナル認識粒子(SRP)によって真核細胞中の小胞体(ER)に向けられる。ERに到達すると、SRPはその受容体と相互作用して、そのシグナル配列をタンパク質伝導チャネル、即ちトランスロコンへの移動を促進する。Kobayashiたちは、ER上に形成されるリボソーム複合体を研究した。この複合体において、SRPとER上の受容体は相互作用して、新たに合成されたタンパク質をトランスロコンへ移動させる。観察されたこの組立の構成は、シグナル配列の引き渡しを容易にする構造の安定化においてSRPとその受容体に存在する複数の真核生物特有のタンパク質成分の役割を明らかにしている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • トランスロコン:タンパク質が膜を通過できるようにするために働くチャンネル複合体
Science, this issue p. 323

立体構造の変化それとも協調性?(Conformation changes or cooperativity?)

パーキンはパーキンソン病に関わる、一般的に見られる突然変異したタンパク質、ユビキチン・リガーゼである。パーキンがどう機能するかを理解することは、その病因的役割を理解する上で重要である。展望記事で、ArkinsonとWaldenはパーキンの活性についての最近の構造的な洞察を議論している。これらは、パーキンと同じ群の他のユビキチン・リガーゼが協調的に機能すること、即ちその酵素機能を実行するには2つのタンパク質が必要である、という興味深い提案に導いた。パーキンの構造変化は除外されないけれども、このモデルは、パーキン・タンパクにかかわるパーキンソン病関連の変異の特徴を説明するのに役立つかもしれない。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ユビキチン:76個のアミノ酸からなるタンパク質で、他のタンパク質の修飾に用いられ、さまざまな生命現象に関わる。
Science, this issue p. 267

血管の安定性を回復する(Restoring blood vessel stability)

血管に悪影響を与える広範囲な疾患(粥状動脈硬化から移植片血管障害及び血管奇形にいたる)が、ある共通の原因要素を持っていたとするとどうなるのだろうか? 展望記事で、Schwartzたちは、普通の血管再形成の基本的な性質が、もしそれが長期にわたる、もしくは過剰に 行われると、疾患を促進するのではないかと提案する。彼らはまた、未解明の血管内皮細胞活性化と細胞外基質再形成が複数の病状に共通していることを示唆している。もしこれが事実なら、血管の安定性を回復するための介入が、複数の病状での医療効果を改善する可能性がある。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 粥状動脈硬化:動脈の内側に粥状(アテローム性)の隆起(プラーク)が発生する状態
Science, this issue p. 270