AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 13 2018, Vol.360

微生物は岩を食べて二酸化炭素を出す(Microbes eat rocks and leave carbon dioxide)

大気の二酸化炭素(CO2)とケイ酸塩岩石との反応は炭素吸収源となり、火山からのCO2の放出を相殺する方向に働く。しかしながら、いくつかのタイプの岩石は岩石由来の有機炭素を含んでおり、その酸化は大気にCO2を加え、ケイ酸塩による減少を相殺する。Hemingwayたちは台湾の中央山脈の急速な浸食からの、微生物がそこで約2/3の岩石由来の有機炭素を酸化していること、そして酸化速度が浸食速度と共に増加していること、の証拠を提示している。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 209

超越性への規模拡大(Scaling up to supremacy)

量子情報科学者たちは、古典的なコンピュータでは不可能な計算を行える量子計算機の構築に近づきつつある。そのようなコンピュータはおよそ 50キュビットを必要とすると推定されているが、既存のアーキテクチャをこの数にスケールアップするのは難しい。Neillらは、キュビット数を5から9に増やすことが、超伝導キュビット装置の出力品質にどのように影響するかを調べている。キュビットの数がさらに増えるにつれて誤りが同じ速度で増加し続けるのであれば、約60キュビットを有し、程よい忠実度の量子コンピュータは、現在の技術でも達成できるのかも知れない。(Wt,ok,kh)

Science, this issue p. 195

森の中にある触媒選択指針(A guide for catalyst choice in the forest)

化学者は往々にして、一連の単純化合物に触媒を応用することによって反応を発見する。医薬品の研究で、これらの反応を微調整してさらなる構造的複雑性化合物の存在も許すようにすることはことは多大の時間を必要とする。Ahnemanたちは、機械学習が助けになることを報告している。彼らは高速処理データ群を用いて、ランダム・フォレスト (多数の決定木) アルゴリズムを訓練して、C-N結合形成の間に、特定のどのパラジウム触媒がイソオキサゾール(N-O結合を有する環状構造物)の変種群を最もよく寛容するかを予測した。この予測は、触媒抑制機構を解析する手引きにも役立った。(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • ランダム・フォレスト:機械学習のアルゴリズムで、分類、回帰、クラスタリングに用いられる。
Science, this issue p. 186

情報交換の遮断による休眠状態(Dormancy by communication shutdown)

樹木は、冬には、芽が鞘で覆われて厳しい条件から保護された状態で、休眠状態に入る。Tylewiczたちは、日が短くなるとともに、ポプラの木では細胞間の情報交換が遮断されることを発見した。ふさがれた原形質連絡が、休眠状態の成長点を成長信号から隔離する。成長促進信号は比較的すばやく断続できるが、閉じられた原形質連絡はそれほどすばやく反応しない。従って、時たまの晴天にもかかわらず、樹木は春まで休眠状態のままである。(Sk,kh)

【訳注】
  • 原形質連絡:多細胞の植物体において、細胞壁を横切って、細胞間の輸送や通信を可能とする細い管
Science, this issue p. 212

ノロウイルス疾患を幇助し扇動する(Aiding and abetting norovirus disease)

ノロウイルスは感染力が高く、普通は、一過性の急性疾患を引き起こす。中には、ノロウイルスが生き残り、炎症性腸疾患を伴う人たちもいる。Wilenたちは、ネズミ・ノロウイルスの細胞指向性を調べている過程で、CD300lf受容体を持つ稀な細胞型の刷子細胞が、ノロウイルスの特異的標的であることを発見した。刷子細胞は、2型サイトカインであるインターロイキン-4とインターロイキン-25に応答して増殖し、その結果、ノロウイルス感染を増幅する。さらに、感染した刷子細胞は、免疫クリアランスに対する抵抗性を示す。この効果は、ヒトが苦しむことがある関連する持続的疾病症状を説明するかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 2型サイトカイン:ヘルパーT細胞の亜群であるTh2細胞が産生するサイトカイン(情報伝達の役割を持つ)であるため2型と呼ばれた。その後Th2細胞以外の特定の免疫細胞も産生することが分かった。
  • 細胞指向性:特定の細胞集団に対して感染性を示すこと。
  • 刷子細胞(tuft cell):ヒトを含む哺乳動物の内胚葉由来の上皮(例えば腸上皮)に散在する特殊な型の細胞。
  • 免疫クリアランス:病原の侵入に対してあるポイントで免疫系が活性化状態に入ること
Science, this issue p. 204

微細構造定数を精緻化する(Refining the fine-structure constant)

微細構造定数αは、無次元定数で、荷電素粒子間の電磁相互作用の強さを表す。四つの基礎定数に関係する、αの正確な決定は、素粒子物理の標準模型の検証を可能にする。Parkerらはセシウム原子雲を用いた物質波干渉分光法により、これまでで最も精密なαの測定を行った。1PPB(10億分の1)以上の精度でαの値を決定することは、量子電磁気学と標準模型の正確さの検証に対して独立した方法を提供する。また、ダーク・マターを説明する為に必要な所謂「ダーク・セクター」の探索をも可能にするかもしれない。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 191

作用中に捉えられたRNAエキソソーム(The RNA exosome captured in action)

主要なRNA分解装置であるRNAエキソソームは、リボソームRNA(rRNA)前駆体を処理して、タンパク質合成装置であるリボソームに直接に結合する。低温電子顕微鏡を用いて、Schullerたちは、RNAエキソソームとの複合体において未処理のrRNAを有する酵母から前駆体であるリボソーム・大サブユニットの構造を調べた。得られた構造は、過渡的に相互作用する2つの分子機械の概略を表現しており、RNAエキソソームが純正な生理学的基質にどのように作用し、そしてリボソーム成熟の間に大きなサブユニットをどのように構築するかを説明する。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 219

昆虫の鱗粉の初期の進化(Early evolution of insect scales)

生物は、その表面の微小構造を用いて、著しい光学的効果を生み出している。チョウとガの翅の鱗粉は、昆虫によって生み出される最も多様な物理色のいくつかを示しているが、それらが昔から光子的構造を備えていたのかどうかは分かっていない。Zhangたちは化石証拠を用いて、これらの昆虫が、これまで考えられてきたよりも少なくとも1億3000万年早くから、色を生み出す構造を持っていたことを立証した。彼らは、ジュラ紀のLepidopteraと白亜紀中期のTarachopteraの翅の鱗粉の超微細構造を決定した。さらに彼らは、光学モデルを用いて、これらの形質が生み出したであろう色を再現した。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • mphiesmenoptera(飾翅上目)が、Lepidoptera(鱗翅目;チョウ目)、Trichoptera(毛翅目;トビケラ目)、Tarachoptera(2017に新規追加された目)の三つの目からなる
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700988 (2018).

細胞の歴史をそのDNAに書き込む(Writing a cell's history in its DNA)

細胞に生じた出来事を記録することは、細胞の来歴と刺激への反応に対する理解を促進できるかもしれない。しかしながら、細胞内記憶装置の構築は困難な課題である。TangとLiuはCas9ヌクレアーゼと塩基エディターを用いて、細胞への刺激の大きさ・持続時間・順序を、ゲノムと染色体外の両方のDNA内容における安定な変化として記録した(HoとBennettによる展望記事参照)。 複数の刺激、すなわち、抗生物質、栄養素、ウイルス、および光への曝露、ならびにWntシグナル伝達についての記録が、生きた細菌およびヒト細胞で成し遂げられた。記録された記憶は、複数のサイクルにわたって消去および再記録をすることができた。(ST,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 塩基エディター:生細胞のゲノム中の1つのDNA塩基の原子を再配列して、別の塩基に類似させるようにプログラムできるタンパク質装置のことをいう https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/pr-highlights/122401
  • Wntシグナル伝達:後生動物の生物学のほぼすべてに関与する主要なシグナル伝達経路の一つで、正常な胚発生、 組織恒常性、再生を調節し、その経路は進化を通じて高度に保存されている
Science, this issue p. eaap8992; see also p. 150

mitoCPRはミトコンドリアから障害を取り除く(The mitoCPR unclogs mitochondria)

ミトコンドリア中へのタンパク質の取り込みは、細胞の生存に不可欠である。ミトコンドリア・タンパク質の取り込みが損なわれる時に、細胞がどのように応答するかはほとんど分かっていない。WeidbergとAmonは、ミトコンドリアの取り込みストレスに際して、酵母細胞がmitoCPRとして知られている応答を開始することを示した。ミトコンドリア・タンパク質の取り込みが損なわれて、未取り込み前駆体がミトコンドリアの表面上に蓄積したときに、mitoCPRは活性化された。mitoCPRは、取り込みチャネルから溜まったタンパク質を除去することによって、ミトコンドリアの機能を回復させた。これはCis1の発現を誘発することによって行われ、そのCis1はATP分解酵素Msp1を取り込みチャネルに集め、未取り込み前駆体を除いてプロテアソーム分解に処した。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. eaan4146

数百万の親族の定量分析(Quantitative analysis of millions of relatives)

家系図に記録されているようなヒトの血縁関係は、多数の医学的および生物学的パラメータの遺伝的特性を解明することができる。Kaplanisたちは、不特定多数の人々の系図が載せられたウェブサイトに公表されている 8千6百万個の人物紹介を収集し、それらを用いてヒトの寿命と移住のパターンの遺伝的構造を調べた(Lussierと Keinanによる展望記事を参照のこと)。遺伝的特性の様々なモデルは、寿命が主に相加的遺伝的効果に起因しており、それに加えて、顕性遺伝の効果が副次的に作用していることを示唆していた。そのデータは、また、各個人の間の関連性は、人類の輸送機関の進歩よりも、文化の変容によるもののほうが大きいことを示唆していた。(Wt,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 171; see also p. 153

あるトポロジカル超伝導体(A topological superconductor)

トポロジカル量子計算機への有望な道筋のひとつに、マヨナラ束縛状態(MBSs)と呼ばれるエキゾチック準粒子がある。MBSsは慎重なナノ加工を必要とするヘテロ構造において観測されてきたが、そのような系の複雑さが、さらなる進歩を厄介にしている。Zhangたちは、外部磁場により誘発される渦構造の中心部をのぞき込むことにより、MBSs がより簡単な方法で観察しうる、トポロジカル超伝導体を発見した。角度分解光電子分光を用いて、研究者たちは、鉄系超伝導体 FeTe0.55Se0.45 の表面が、トポロジカル超伝導の条件を満足することを見出した。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • エキゾチック粒子:物理的な直観に反するような性質を持つ理論上の粒子
Science, this issue p. 182

マウスの脳における単一細胞型の解明(Identifying single-cell types in the mouse brain)

単一細胞ゲノム技術の技術の最近の進歩は、単一細胞レベルでの遺伝子発現プロファイル作成を容易に実行できるが、その方法の多くは処理能力に制限がある。Rosenbergたちは、split-pool ligation-based transcriptome sequencing、即ちSPLIT-seqと呼ばれる方法について記述しており、この方法はコンビナトリアル・バーコード法を用いて、個々の細胞の物理的分離を必要とせずに単一細胞転写物のプロファイル作成をするす。著者たちはこの方法を用いて、生後2日目と11日目のマウスの脳と脊髄からの100,000以上の単一細胞転写物のプロファイル作成をした。Allen研究所の脳地図から得られるRNA発現に関するin situハイブリダイゼーションのデータとの比較は、これらのトランスクリプトームを空間的マッピングと関連づけ、そこから発生系統を解明することができた。(KU,ok,,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 遺伝子発現プロファイル: ある個体の器官、組織、細胞ごとに調べられた遺伝子発現の全体的な様子で、理想的には全遺伝子の発現量として表現される。
  • コンビナトリアル・バーコード法:複数の化合物要素を組み合わせて多数の化合物候補をつくり、この中の有効な化合物だけを、反応容器ごと、混合(ミックス)と分割(スプリット)操作を繰り返して探索する方法。
  • Allen研究所:マイクロソフトの共同設立者の一人、ポール・アレンが寄付して設立された脳科学研究所。
  •  
  • in situハイブリダイゼーション:スライドグラス上に固着させた組織片や細胞に標識した特定のRNAプローブを加えて特定の配列を持つ核酸を検出する方法。
Science, this issue p. 176

オリゴサッカリルトランスフェラーゼの詳細像(A close-up view of oligosaccharyltransferase)

分泌タンパク質および膜タンパク質の多くは、N-グリコシル化による糖鎖の取付けを通じて修飾される。そのような修飾は、タンパク質の正しい折り畳み・行先選別・機能、に必要とされる。哺乳類の細胞中で、N-グリコシル化はオリゴサッカリルトランスフェラーゼ(OST)複合体により、その部分単位であるSTT3を介して触媒される。OSTは、リボソームおよびSec61タンパク質転位チャネルと複合体を形成する。Braungerたちは、哺乳類OSTの初期的な分子モデルを作るために、低温電子顕微鏡の方法を組み合わせて、哺乳類のリボソーム-Sec61-OST複合体を可視化した。(MY,kh)

【訳注】
  • オリゴサッカリルトランスフェラーゼ:小胞体膜に存在し、新生タンパク質のアスパラギン残基へのオリゴ糖の転移を触媒する酵素。
  • Sec61タンパク質転位チャネル:リボソームが新生中のタンパク質鎖を小胞体内へ通過させる小胞体膜チャネル。
Science, this issue p. 215

急速な突然変異による自己抗体の贖罪(Autoantibody redemption through rapid mutations)

抗体は、良く理解されていない機構によって、外来エピトープを近縁の自己抗原から区別する。マウスにおいて、Burnettたちは、ある割合のB細胞が、類似外来抗原と自己抗原に交差反応し得ることを見出した(KaraとNussenzweigによる展望記事参照)。自己抗原での免疫試験は、アネルギー(すなわち免疫応答の欠如)をもたらし、それは高密度の外来抗原への曝露によって逆転した。自己親和性を減少させるた突然変異は迅速に選択される一方、外来反応性を増強する表現型が現れる上位の突然変異の選択はより長く掛かった。従って、減少した自己反応性は結果として免疫付与に対する障害になるのではなく、外来免疫原に対するもっと高い親和力をもたらした。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • エピトープ:抗原性を示す分子で、抗体と結合する抗原性を持つ部分
  • 交差反応:免疫抗原と類似の構造をもつ抗原で、対応しない抗体に対して生じる反応
  • アネルギー:アレルギーに対し、抗体を産生する細胞に欠陥があって、抗原抗体反応を起こさない状態
Science, this issue p. 223; see also p. 152

エアロゾルを一掃することの気候への影響(Climate effects of aerosol cleanup)

人間活動により放出される多くのエアロゾルは、気候の寒冷化効果を有しており、さらに降水量の傾向も変化させているかもしれない。展望記事において、Samsetは、地域の水準でこれらの影響の大きさに光を当てている。世界的には、エアロゾルは、気温への温室効果ガス放出の影響を弱めてきた。降水量への影響もまたかなり大きかったが、より変化しやすいものであった。健康へのエアロゾル放出の負の影響のため、それらを低減する努力は加速しているが、これは世界の多くの地域における将来の温暖化と降水量の傾向に対して重要な意味を持っている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 148

グラフェンのナノ孔を合成する(Synthesizing graphene nanopores)

グラフェン中のナノ規模細孔は、グラフェンの電子的性質を、トランジスタ分野の応用に一層好ましいものにすることができ、また、分子分離に対しても有用であるかもしれない。Morenoたちはウルマン反応を用いて、金表面上に二臭素置換ジフェニル-ビアントラセンを重合した(Sinitskiiによる展望記事参照)。生じた重合体の脱水素環化(cyclodehydrogenation)で、グラフェンのナノ・リボンが生成し、これらの構造に対するクロスカップリングで、約1nmの大きさの孔を有するナノ多孔性グラフェン・シートが創製された。走査トンネル顕微鏡により、1電子ボルトのエネルギー・ギャップを有する半導体バンドとナノ孔により作られた局在化状態が同時に存在する電子構造が明らかとなった。(MY)

【訳注】
  • ウルマン反応:芳香族ハロゲン化合物を銅の存在下で加熱してカップリングさせ、芳香族基を2個有するビアリール化合物を得る反応。
Science, this issue p. 199; see also p. 154