AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 30 2018, Vol.359

重合体から得られる能動的偽装 (Active camouflage from a polymer)

ヒトの皮膚は柔らかくて弱いが、怪我を防止するよう組織変形する時には急速に硬くなることがある。 カメレオンの皮膚は、この動物が弛緩状態から緊張状態になった場合、色を変化させることができる。 これらの特性は個々には合成材料で獲得できるが、いろいろな動的応答を組み合わせて制御するのは難しいことがある。 Vatankhah-Varnosfaderani たちは、Aブロックが線状構造を持ち、Bブロックが瓶洗浄ブラシのようなものからなる、ABA型の三元ブロック共重合体を作り出した。 引っ張ると、これらの重合体はヒトの皮膚のように硬くなり色が変化した。 このようにして、この材料に一連の適応特性を与えた。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1509

不斉な酸でオレフィンを攻撃する (Attacking olefins with chiral acids)

少量の酸がさまざまな化学反応を加速することがある。 不斉リン酸誘導体の出現は、2つの鏡像体のうちの1つにだけ生成する方向に化学反応を偏らせるのに有用だった。 しかしながら大抵の場合、この不斉触媒は、カルボニル基のような塩基部位と相互作用するものに限られていた。 Tsuji たちは今回、非対称酸触媒を単純な炭素-炭素二重結合に適応できるよう拡張した。 彼ら特製のイミド二リン酸は、オレフィンへのプロトン付加後の片側面だけの分子内アルコキシ化を成し遂げることを主目的として、オレフィンを配向させるポケットを形成する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • オレフィン:炭素-炭素二重結合を有する鎖状炭化水素化合物。
  • アルコキシ基:アルキル基が酸素原子に結合した構造(RO-)を言う。
Science, this issue p. 1501

睡眠中の再平衡化機構 (Rebalancing mechanisms during sleep)

シナプスは、多くの場合、覚醒中に増強される。 そのため、睡眠中に、恒常性を保つため再調整される必要がある。 徐波睡眠中は、シナプスの抑制が支配的である。 鋭波および漣波の事象は、脳の中で徐波睡眠中に自発的に生じる、一過性の高周波電場振動である。 Norimoto たちは、これらの事象が海馬シナプスの長期抑圧を誘発し、そうして最近獲得した記憶を純化しているかもしれないことを見出した(Draguhn による展望記事参照)。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 1524; see also p. 1461

NK細胞がたどりつくのを助ける (Helping NK cells find their way)

タンパク質のMICAとMICBは腫瘍細胞上に発現することがあり、免疫系に対する「自分を殺して」信号として作用する。 しかし、腫瘍はしばしばこれらのタンパク質を切り離して変装し、その目的に分化したナチュラルキラー(NK)細胞によるガンの認識と破壊を妨害している。 Ferrari de Andradeたちは、MICAとMICBを分解放出する原因部位に対して向けられた抗体を遺伝子操作で作った(CerwenkaとLanierによる展望記事参照)。 この方法は、MICAとMICBを効果的に腫瘍細胞上に錠止めし、そのため、NK細胞は除去のため腫瘍を見つけることができた。 この抗体は、ヒト化マウス・モデルにおけるヒト黒色腫を含む複数の腫瘍マウス・モデルで前臨床での有効性を示した。 さらにこの方法は、NK細胞仲介の腫瘍溶解の後の肺ガン転移を減少させた。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • MICA、MICB:正常細胞にはほとんど発現せず、がん細胞やウイルス感染などで損傷した細胞の表面に発現する膜貫通タンパク質で、NK細胞や多くのT細胞表面に発現するNKG2Dと呼ばれる受容体のリガンドとなる。
Science, this issue p. 1537; see also p. 1460

遺伝的勾配と気候変動 (Genetic clines and climate change)

海洋生物種は海洋学的条件に関連して、顕著な遺伝的多様性を示しているが、種集団全体が一致して応答する程度は良く分かっていない。 Stanley たちは、米国ノースカロライナ州からカナダのラブラドール地方に至るまで、生態が大きく異なる領域固有のタラ、ウミザリガニおよびエビ、そして導入種のカニについての遺伝的勾配を記録している。 5種のすべてが、ノバスコシア州東部を境にして、北部と南部の個体群間に明確な生物地理学的分断を有し、著しく近似した遺伝的勾配を示している。 この遺伝的分断は海洋学的条件、中でも季節的な最低気温が最重要であるが、の急激な勾配とよく合致している。(Uc,MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaq0929 (2018).

百日咳問題 (The problem of pertussis)

先進国における最近の百日咳の増大は、その理由に関して議論を呼んできた。 Domenech de Cellès たちは、マサチューセッツ州の発生率データを用いて百日咳伝染のモデルを作った。 彼らは無細胞ワクチンへの切り替えがマサチューセッツ州での大流行に寄与しているという証拠はほとんどないことを見つけた。 そうではなく、完全免疫応答或いは部分免疫応答さえ得られないというワクチン失敗説とは反対に、ワクチン付与免疫が減弱して行き、予防接種率の時代的な欠落と一緒になって百日咳発生の局所的増大の原因となったという考えが、原因を最もよく説明した。 シミュレーションにより、子供たちへの既存の免疫賦活剤の投与が百日咳伝染を止める効果的な方法であることが示唆された。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 無細胞ワクチン:百日咳ワクチンには全細胞ワクチンと無細胞ワクチンの二種類がある。前者は百日咳の全菌体を殺菌して作られたもので1940年代から使用され、後者は何種類かの百日咳タンパク質を精製し不活性化されたもので、前者より副作用が少なく、1990年代から使用された。
Sci. Transl. Med. 10, eaaj1748 (2018).

小さなものをもっと小さなものから振り分ける (Shaking the small from the even smaller)

ミックス・ナッツの缶を穏やかに振動させると、最後は大きなブラジル・ナッツが上面に上がってくる。 Skaug たちは、三次元形状の表面を作り、そこに電界を印加した。 揺動ブラウン運動誘発のための軽い振動と組み合わせ、彼らは100nmより小さい粒子を複雑な経路に沿って誘導することができた。 また、彼らは異なるサイズと形状の粒子を素早く分離することができた。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1505

ISRIBの作用機構 (ISRIB mechanism of action)

げっ歯類においては、ISRIBという名前の中毒作用のある小分子が認知力を高め、外傷性脳損傷後の認知障害を改善する。 ISRIBは、新規タンパク質の合成に必要なeIF2Bと呼ばれるタンパク質複合体を活性化する。 Tsai たちは、低温電子顕微鏡により、ほほ原子分解能で、ISRIBに結合したeIF2Bの可視化について報告している。 生化学研究で、ISRIBが完全活性型eIF2Bの組立を促進する「分子とじ針」であることが明らかになった。 Zyryanova たちはISRIB類似体を使った類似の構造を、ISRIB類似体の結合とタンパク質翻訳に対するその効果についての情報とともに報告している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • eIF2B:eIF2と呼ばれる翻訳開始因子に作用し、その結合型を変換することでeIF2の翻訳開始機能を始動させる。
Science, this issue p. eaaq0939, p. 1533

抵抗は無駄ではない (Resistance is not futile)

真菌性疾患であるツボカビ症は、世界中で両生類に大被害を与えてきた。 この病気は、微生物であるカエルツボカビによって引き起こされ、1990年代の終わりに初めて特定された。 Voyles たちは、10年前に破滅的な両生類の減少が記録された、パナマの保護区域を再訪した(Collins による展望記事参照)。 疫病理論では、流行が病原性の低下をもたらすだろうと予測されたが、彼らはそのような低下を裏付ける証拠を見出せなかった。 それにもかかわらず、両生類の群集は、その大流行後に絶滅したと思われたいくつかの種を含めて、回復の兆しを示しつつある。 宿主の抵抗性が増大したことが、この回復の原因かもしれない。(Sk)

【訳注】
  • ツボカビ症:カエルツボカビが、カエルの体表に寄生・繁殖し、カエルの皮膚呼吸が困難になる病気。
Science, this issue p. 1517; see also p. 1458

窒素のために硫黄が身を引く (Sulfur steps aside for nitrogen)

分子窒素のアンモニアへの酵素的変換には、電子と水素イオンのダンスを必要とする。 このダンスのための舞台はニトロゲナーゼ補因子で、これは鉄と硫黄と炭素の、ホモクエン酸と場合によっては重炭酸の付加物、それに酵素のクラスを定義する第二の金属イオンを伴う、注意深く組み立てられたクラスターである。 この補因子が窒素にどのように結合しているのかという問題は、非常に難解であった。 Sippel たちは、FeV(鉄バナジウム)補因子に結合した、窒素と解釈される軽原子を有するバナジウム・ニトロゲナーゼの高分解能構造を報告している。 硫黄原子はこの構造において補因子から移動し、グルタミン残基の配置変化によって形成された保持部位で静止していることが観察される。 架橋窒素と推定される原子は、プロトン化中間体が還元される際に、中間体を安定化する配置変化したグルタミン側鎖と一緒に、二原子窒素が正対する形でクラスターに結合している可能性を示唆している。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1484

樹状突起を癒し去る (Healing away the dendrites)

充放電の繰り返し中のリチウム樹状突起の形成は、樹状突起が電池の電気的短絡を引き起こす可能性があるため、リチウム金属電池の広い利用を制限している。 樹状突起の形成を防止しようとする、多くの策略が用いられてきた。 Li たちは、反対の取り組み方を採用した(Mukhopadhyay と Jangid による展望記事参照)。 彼らは、より高い電流密度で電池を作動させた。 その条件下では、より高い結晶核成長速度のために、樹状突起が形成されると予想されていた。 しかし、これらの条件下では、形成され始めた樹状突起が加熱されて焼きなまされ、消滅に至った。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1513; see also p. 1463

ナノ粒子合成がショックを受ける (Nanoparticle synthesis gets a shock)

ナノ粒子は、触媒やイメージング、エネルギー貯蔵など、広範囲の用途に対して有用である。 Yao たちは、最大8種類の元素を含むナノ粒子を作製する方法を開発した(Skrabalak による展望記事参照)。 この方法は、金属塩被覆のカーボン・ナノファイバーに熱衝撃を与えることと、それに続く急速凍結とに依っている。「カーボサーマル・ショック合成」は、ナノ粒子に対するサイズ選別にも適合させることができる。 著者たちは、アンモニア酸化を触媒する PtPdRhRuCe ナノ粒子の作製に成功した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1489; see also p. 1467

マラリアにおける鉄の支配 (Iron's grip on malaria)

マラリア原虫は、ヒトと哺乳類の宿主と共進化してきた。 この熱帯マラリア原虫は鉄の豊富な赤血球環境に侵入する。 Zhang たちは、鉄輸送体フェロポーチンが成熟した哺乳類赤血球の表面上に存在し続けることを見出した。 ヘモグロビンがその鉄を放出すると、赤血球は酸化的損傷の危機に遭遇する。 このため、フェロポーチンは、この鉄を排出するために重要である。 著者たちはまた、この輸送体が、マラリア原虫から増殖に必要な鉄を奪うことができることをも発見した。 ヒト・フェロポーチン遺伝子のQ248H突然変異は、発生の際にフェロポーチン発現を増強し、マラリアに対する防御を提供しているらしい。 この効果が、アフリカの人々におけるQ248H変異の豊富化を説明するのかも知れない。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1520

病原体が宿主にしがみつく方法 (How a pathogen holds on to its host)

Staphylococcus epidermidisおよびStaphylococcus aureusは、移植組織片と医療機器上にバイオフィルムを形成することがある病原体である。 バイオフィルム形成の中心となるのは、アドヘシンと呼ばれる微生物表面のタンパク質と宿主の細胞外基質の成分との間の非常に密接な相互作用である。 Milles たちは、操舵分子動力学法(steered molecular dynamics)と組み合わせた原子間力顕微鏡法に基づく単分子力分光法を用いて、StaphylococcalのアドへシンSdrGとその標的フィブリノーゲン・ペプチドとの間の結合が 2ナノニュートン以上の力にどのようにして耐えることができるかを調べた(Herman-BausierとDufreneによる展望記事参照)。 このペプチドは、SdrGとペプチド主鎖との間の水素結合を介して深くて硬いポケット内にコイル状構造で閉じ込められている。 引っ張られると、負荷はすべての水素結合に分配され、それ故にその相互作用を壊すためにはすべての結合が同時に切断される必要がある。(KU,kh)

【訳注】
  • Staphylococcus epidermidisおよびStaphylococcus aureus:ブドウ球菌属。
  • 操舵分子動力学:タンパク質を望む自由度に沿って引っ張ることでタンパク質に力を加えその構造を操作してシミュレーションンする方法。 タンパク質の折りたたみ構造や伸長といった構造変化に用いられる。
Science, this issue p. 1527; see also p. 1464

非遺伝的変異がウイルスの進化を促進する (Nongenetic variation drives viral evolution)

バクテリオファージλは、特徴がはっきりしたやりかたで様々な膜タンパク質を利用することで細菌に感染するウイルスである。 Petrie たちは、遺伝子配列に差のない同質遺伝子タンパク質の変異的折り畳み高次構造の進化が、感染にさらなる宿主受容体を利用するλの能力にどのように寄与したのかを示している。 タンパク質は2つの形状をとることができるので、この遺伝子型は2つの表現型をもつことができる。 このため自然淘汰はこの非遺伝的異質性に作用することができ、表現型の異質性、進化の発展性、およびタンパク質の安定性を結びつけているのかもしれない。(ST,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1542

神経免疫細胞のクロストーク (Neuro-immune cell cross-talk)

組織恒常性の明らかになりつつある機構は、ニューロンと免疫細胞間のクロストークを含んでいる。 展望記事で Veiga-Fernandes と Artis は、特に腸と肺の上皮のような関門組織においてニューロン細胞と免疫細胞が、どのように組織全体の免疫応答を共同で調整することができるかについて議論している。 彼らは、どのようにニューロン細胞がこれらの部位で免疫細胞を調節するかを述べ、免疫細胞が続いて、神経細胞を調節できるのかを問うている。 さらに著者たちは、慢性炎症、ガンおよびメタボリック・シンドロームを含む疾患に対するこのクロストークの関わりを説明している。(Sh,MY)

【訳注】
  • クロストーク:ある信号伝達経路が情報を伝えるときに、他の信号伝達経路と影響しあうこと。 複数の経路が連携して細胞機能の調節を行う。
Science, this issue p. 1465

発ガン性キナーゼによって指令する (Messaging by oncogenic kinase)

ガン細胞は、非ガン化細胞と他のガン化細胞に信号を送り、増殖に適した環境を生成する。 Zhangたちは、より短いイソ体とは異なり、成長促進キナーゼS6K1の最長イソ体が、HIV TATタンパク質が細胞から放出されて周囲の細胞に入ることを可能にするものと同じように、6個のアルギニンからなる繰り返し単位を持つことに気づいた。 培養された乳ガンまたは非形質転換細胞では、この長いS6K1イソ体の培地への添加がS6K1標的のリン酸化だけでなく、細胞の大きさと移動を増した。 このS6K1イソ体をマウスに注射すると、乳ガン細胞異種移植片の増殖と転移が増加した。(Sh,kh)

【訳注】
  • イソ体:基本的な機能に関連するアミノ酸残基は共通しているが、他の部分のアミノ酸配列は異なるタンパク質。
  • 異種移植:異なる種由来の組織を移植すること。 ガン研究では、ヒト由来のガン細胞・組織を免疫不全マウスに移植し、生体内の環境を再現した実験系として用いることがある。
Sci. Signal. 11, eaao1052 (2018).

浸潤の抑制 (Infiltration inhibition)

1型糖尿病(T1D)は、島特異的自己反応性細胞傷害性CD8陽性T細胞(CTL)の膵島中への浸潤と関連している。 このプロセスは、膵島の破壊とインスリン生成の喪失をもたらす。 膵島におけるCTLの大部分は非島特異的であり、T1Dへのそれらの寄与はあまり良く理解されていない。 Christoffersson たちは、これら「傍観者」CTLの蓄積が、島特異的CTLの活性と増殖の低下と関連していることを観察した。 膵島内における非島特異的CTLの過多は、島特異的CTLの自己抗原への接近を減少させ、結果として無応答状態に導いた。 CTLによる同様の形態の非特異的抑制が、ウイルス性髄膜炎モデルにおいて観察された。(KU,nk,kj,kh)

Sci. Immunol. 3, eaam6533 (2018).

ほら見えるでしょう、でも今度は見えない (Now you see it, now you don't)

熱視覚カメラは、赤外線波長の光を検出することで温度の違いを検出する。 被覆により実効温度を動的に調整できるようになれば、赤外検出から物体を隠すことができるかもしれない。 Xu たちは、さまざまな屈折率の材料を交互に重ねた多層膜からなる基本的なブラッグ反射器から検討を始めた。 著者たちは初めはうねった形状だが、電気刺激により平坦化する構造を設計した。 この変化により赤外線反射率が変わり、このようにして、赤外線輪郭像内で観察される物体の実効温度が変化した。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1495