AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 23 2018, Vol.359

より良い早期警報システムの構築 (Building better early warning systems)

地震の早期警報システムは、破壊的な地震事象の前に、避難に間に合うよう公衆に警報を出す設計になっている。 典型的には、地震に関連する最小閾値の地震動が感知されたときにそれは始動される。 しかし、この地震動が地震計に到達するのに必要な時間は、地震源からの距離に依存する。 Minsonたちは、低レベルの地震動でこのようなシステムを始動させることは、強い地震動が感知されるまで待つよりも実質的に素早い警報を与えることを見出した。 これらの結果は、高危険度地域における地震災害に対し、より良く対応するための基盤を提供する。(Wt,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaq0504 (2018).

経路を開けたままにしておく (Keeping the channels open)

イモチ病菌がイネの細胞に入り込む時、イネの原形質膜は無傷で留まるため、イネ細胞はその後も生存しうる。 侵入後に菌は、植物の細胞間経路である原形質連絡を通じて隣接細胞に移動する。 Sakulkooたちは化学遺伝学的手法を用いて、イモチ病菌におけるただ1つのMAP(分裂促進因子活性化タンパク質)キナーゼであるPmk1を選択的に阻害した。 Pmk1の阻害は、イモチ病菌をイネ細胞中に閉じ込めた。 Pmk1は、宿主免疫の抑制に関与する一式のエフェクター遺伝子の発現を調節し、イモチ病菌が原形質連絡の通過能力を操るのを可能にしていた。 同時にPmk1は菌糸収縮を調節して、宿主の新たな細胞への菌移動をも可能にしていた。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ:活性化されると、転写因子などの基質をリン酸化し、これによる細胞内シグナル伝達で、細胞の増殖,分化,死,ストレス応答など多くの細胞機能が生じる。
  • エフェクター:タンパク質(特に酵素)に選択的に結合してその機能を促進または阻害する小分子。
Science, this issue p. 1399

メタボリック症候群、腸からの漏出、感染 (Metabolic syndrome, leaky guts, and infection)

メタボリック症候群は往々にして肥満と高血糖を伴い、また、腸障壁無漏出性の崩壊と全身感染症の危険性上昇と関係する。 Thaiss たちは、サルモネラ属の類似菌であるシトロバクター・ローデンチウムに全身感染したマウスもまた高血糖を示すことを見つけた。 腸障壁無漏出性の崩壊に関わる糖輸送担体GLUT2を欠失させると、化学物質誘発性の上皮透過性への感度が変わり、病原体の侵入からマウスを守った。 著者たちはまたヒトにおいて、糖化ヘモグロビン(高血糖の指標)と病原体認識受容体リガンドの血清中濃度との間の相関を見つけた。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • シトロバクター・ローデンチウム(Citrobacter rodentium):ヒトにおける病原性大腸菌感染に対するマウス・モデルで使われる細菌。
  • 糖化ヘモグロビン:HbA1cとして表記されるヘモグロビンで、ヘモグロビンのβ鎖のN末端に糖が結合したもの。
  • 病原体認識受容体リガンド:ここでは病原性物質の認識機能を持つToll様受容体やNOD様受容体に認識される物質のことを指している。
Science, this issue p. 1376

脳発達中のゲノム可塑性 (Genomic plasticity during brain development)

マウスのゲノムは、多くの転移可能なレトロトランスポゾンを含んでいる。 Bedrosianたちは、発達過程のマウス海馬DNAを分析した(SongとGleesonによる展望記事参照)。 彼らは、マウスの子供が生を得てからの最初の数週間における母性的養育の量が、L1レトロトランスポゾンの複製数に影響することを発見した。 脳がまださかんに発達している過程で、母性的養育の体験がこのように、これらのマウスの子供のDNAに「記録」された。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • レトロトランスポゾン:転移因子(ゲノム上を転移できるDNA因子)のうち、DNA因子をRNAに転写してから逆転写酵素でDNAにしてゲノムの別の場所に挿入する(DNA因子が増幅される)型のもの。DNA因子を切り取ってゲノムの別の場所に挿入する型のものを、トランスポゾンと呼ぶ。
Science, this issue p. 1395; see also p. 1330

ラジカルで電荷を動かす (Moving charges with radicals)

導電性高分子の基本骨格には多重結合が複数存在している。 化学ドーピングを施して幾つかの電子を取り除くことで、電荷担体が自由に動けるようになる。 これら共役系骨格はまた、高分子を剛直にし加工しにくくすることがある。 Jooたちは、高い導電性を示す酸化還元活性な非共役ラジカル高分子を合成した(Lutkenhausによる展望記事参照)。 この高分子はガラス転移温度が低く、電子が移動する分子間通路網の形成を可能にしている。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • 共役二重結合:炭素原子鎖が単結合と二重結合を交互に有するとき、この二重結合を共役二重結合という。
Science, this issue p. 1391; see also p. 1334

局所タンパク質合成の局所的制御 (Local control of localized protein synthesis)

局所タンパク質合成は、神経軸索の遠く離れた位置での、損傷応答および増殖決定に対する時空間的精度を提供している。 Terenzioたちは、この過程が、主要制御因子であるmTORをコードする、既存軸索mRNAの局所的翻訳により制御されていることを示している(Riccio による展望記事参照)。 mTORは、軸索の損傷部位で、自分自身の合成と新しく作られるタンパク質の合成の多く、との両者を制御する。 それにより、損傷した神経細胞のその後の生存と増殖を決定している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 局所タンパク質合成:樹状突起や軸索のような細胞体から離れた場所でのタンパク質合成。
  • mTOR:mechanistic target of rapamycin の略で、細胞外の栄養状態や細胞内エネルギー等の情報を感知して、細胞成長・増殖へ結びつける上で中心的な役割を担うリン酸化酵素。
Science, this issue p. 1416; see also p. 1331

単なる折りたたみ以上のもの (More than just simple folding)

折り紙は、二次元の用紙を折って複雑な三次元体へと変えるものである。 しかしながら、いくつかの形状は、普通の折り方では作り出せない。 Faberたちは、ハサミムシの羽を研究して、 それが折り紙では不可能な方法で折りたため、その形状を飛行に向くよう変更できることを確認した。 著者たちは、変形と剛性変化が可能な膜を用いることにより、この能力を複製した。 予め伸長させることにより、受動的自己折りたたみ挙動を示す、エネルギー的に双安定な折り紙様式が作り出された。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1386

ガンに備えては、身体全体で考え、局所的に行動せよ (For cancer, think globally, act locally)

ガン治療における全身免疫療法は、必ずしも腫瘍に特異的に作用するわけではなく免疫系全体を刺激するので、大きな副作用が生じる可能性がある。 ガン治療の昔からある中心的な処置方法である外科手術は、腫瘍切除部位の免疫反応を一時的に抑制してしまうという欠点がある。 両方の懸念に対処するために、Parkたちは、自然免疫の刺激剤を徐々に放出するハイドロゲル担体を設計した。 彼らは、マウスの腫瘍摘出部位にこれらの担体を埋め込んだ。 このやりかたは、全身または局所的に注射された免疫療法よりも安全で効果的であった。(ST,nk,kj,kh)

Sci. Transl. Med. 10, eaar1916 (2018).

転移性細胞のための代替経路 (An alternate route for metastatic cells)

転位性腫瘍細胞は、血液循環あるいはリンパ系を通して移動することで遠隔臓器に達すると考えられている。 今回マウス・モデルに対する2つの研究が、腫瘍細胞伝播のための混成経路を示唆している。 PereiraたちとBrownたちは、 それぞれ異なる方法でリンパ節内の腫瘍細胞の運命を追跡した。 彼らは、腫瘍細胞がリンパ節中の局部血管に侵入し、血液循環に入ることでリンパ節を脱し、その後、肺での定着に進む可能性を見つけた。 この伝播経路がガン患者で実際に生じるのかどうかは知られていない。 しかし、この答えは、罹患したリンパ節をガンの場合に措置する方法を変える可能性がある。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1403, p. 1408

ケイ素がホスフィンへの湿式経路を切り開く (Silicon clears a wet path to phosphines)

リン酸は、リン酸塩岩石を硫酸で処理することによって、肥料のために大規模に生産される。 対照的に、化学触媒、医薬品、および電池用途に使用されるより精巧なリン化合物の合成には、元素リンの労力を要する生成と塩素化を必要とする。 GeesonとCumminsは今回、リン酸が同様に、そのような化合物の実用的供給源であるかもしれないことを示している(Protasiewiczによる展望記事参照)。 彼らは、トリクロロシラン(高純度ケイ素を製造するために商業規模で既に使用されている化合物)による脱水リン酸の処理から誘導されるリン化物塩を単離し分析した。 この塩は、一連のアルキル化リン化合物およびフッ素化リン化合物に対する汎用性のある前駆体であることが判明した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • リン化物塩:リンとそれより陽性な元素との化合物。 アルカリリン化物は反応性が高く加水分解によりホスフィンを生じる。
Science, this issue p. 1383; see also p. 1333

鉄を用いて銅配位子を生成する (Using iron to generate a copper ligand)

多くの微生物酵素は金属依存性であり、微生物は環境から希少金属を獲得する必要がある。 炭素源としてメタンを使用する微生物は、メタンを酸化する銅依存性酵素を有する。 メタノバクチン(Mbn)として知られているペプチドは、窒素含有環および隣接するチオアミドからなる一対の配位子を用いて銅を獲得する。 Kenneyたちは、銅結合基を前駆体ペプチドに付加する生合成機構を記述している。 これには、2つの相同体の複合体を含む。 即ち、二鉄クラスターを含む機能的に未解明なタンパク質ファミリーのメンバーであるMbnBと、それ以上に未解明なMbnCである。 鉄補因子は配位子合成に必要である。 MbnBとMbnC相同体は多くのゲノム中にコードされており、それらがMbn生合成を越える役割を有している可能性を示唆している。(KU)

Science, this issue p. 1411

アミロイドの毒性を突き止める (Pinpointing amyloid's toxicity)

アルツハイマー病患者は、リン酸化タンパク質を構造的に変化させ、アミロイド-β(Aβ)生成を減少させる酵素、ペプチジル-プロリル・シス-トランス異性化酵素Pin1の活性の低下を示す。 アルツハイマー病のマウス・モデルを用いて、Stallingsたちは、Pin1が脱リン酸化酵素カルシニューリンによって脱リン酸化され、不活性化されることを見出した。 カルシニューリンは、Aβ誘発性のCa2+シグナル伝達変化によって刺激される。 このカルシニューリンの阻害剤、FK506は臓器移植拒絶を減少させる免疫抑制剤であるが、これでアルツハイマー病モデルマウスを治療するとシナプス機能不全の基になるAβ誘発性樹状突起棘の喪失が予防された。(KU,MY,kj)

Sci. Signal. 11, eaap8734 (2018).

木材を燃やすのはどれ程環境にやさしいのか? (How green is burning wood?)

再生可能エネルギーの約束を果たすため、欧州連合は石炭より木材をますます多く使用して発電所で発電を行っている。 展望記事においてSchlesingerは、この政策は予期せぬ影響を有していると警告している。 これはとりわけ、毎年何百万トンの木材ペレットがヨーロッパに出荷される米国南東部においてあてはまる。 木材収穫地域が完全に再生できるとしても、木材は単に炭素中立燃料の一つであるに過ぎない。 生産および輸送に使用される炭素の相殺には、収穫後の土地での追加的なバイオナス蓄積が必要となる。 更に、木材燃焼からの炭素排出は今の時点で大気中に入るのに対し、森林成長が大気から炭素を除去するには数十年掛かるのである。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1328

血管疾患の新興の標的 (An emerging target for vascular diseases)

ガンと眼疾患を含むさまざまな病態は、血管の局所的な増加である血管新生過多と関連している。 最近の研究により、血管内皮細胞の活性を促進して新しい血管を形成(血管新生)する代謝の重要性が明らかにされている。 展望記事でLiとCarmelietは、一連のさまざまな病的状態で、血管新生を乱すまたは促進する内皮細胞の代謝経路を標的にする治療機会について考察している。(Sh,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1335