AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 2 2018, Vol.359

季節に合わせて衣替え (Changing coats with the season)

哺乳類と鳥類の多くの種は、迷彩を容易にするため、夏の茶色から冬の白色の毛に生え替わる。 Mills たちは、ノウサギ、イタチ、およびキツネを含む 8 つの種にわたって、季節的な毛の色の変化の傾向を地球全体で地図化した。 彼らは、個体が白色、茶色、および白色と茶色両方の冬毛に生え替わる地域を見つけ出した。 より高緯度では、個体数のより多くの割合が、白色に生え替わった。 季節的な毛の交換が最も定まらない(茶色と白色のどちらにも生え替わる)地域は、温暖化する気候に対しての許容力を備えているかもしれない。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1033

結核診断のためのトレハロース法 (A trehalose tool for tuberculosis)

結核は世界中各地における一番の致死的感染菌である。 薬剤耐性および多剤耐性結核菌が広まっていることは、より迅速で特効のあるな診断を必要としている。 Kamariza たちは、結核菌の外膜を構成する糖であるトレハロースを基にした変色色素を設計した。 この色素は数分以内で生きた細菌を染色し、疎水性のマイコバクテリア膜に取り込まれると、蛍光を発した。 熱不活性化細菌は蛍光を発せず、薬物で処理された細菌は蛍光を減少させた。 このトレハロースに基づいた色素は、試料洗浄を必要とせず、また背景蛍光が非常に弱いので、資源が限られた環境で代謝的に活性な結核菌を迅速に検出するのに特に有用となる可能性がある。(ST,ok,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 10, eaam6310 (2018).

泥岩は植物の手を借りる (Mudrocks get a vegetative assist)

粘板岩や頁岩のような泥岩は、約 5 億年前より古い層序ではほとんど見つからない。 McMahon と Davies は、このどこにでもある岩石型の起源を見極めるのに役立つ、過去 35億年にわたる泥岩形成の大規模なデータベースを作り上げた(Fischer による展望記事参照)。 泥岩は、深く根をはる陸生植物が出現するのと同時に出現していた。 植物と堆積岩の間の相互作用により、海洋に放出される堆積物の浸食速度と化学的性質の変化が、5億年前頃に生じたと推定される。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1022; see also p. 994

活動中の調節 DNAを追跡する (Tracking regulatory DNA in action)

エンハンサーおよびプロモーターなどのシス調節 DNA要素は、転写調節に非常に重要である。 生細胞の核内でのこれらの要素の転写活性とそれらの移動性との間の関係については、ほとんど知られていない。 Gu たちは、不活性 Cas9をガイドする複数の RNAを送達してこれらの要素を標識付けする方法を開発した。 幹細胞分化期間中のそれらの動きの定量的測定により、DNA座位の移動性の増加が転写活性化と相関することが明らかになった。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • シス調節要素:移動(トランス)する転写因子が標的を認識して結合する手がかりとして、その遺伝子の近く(DNAまたはRNAの同一分子内、シス)に存在する要素。
Science, this issue p. 1050

酸味の背後にある水素イオン・チャネル (The proton channel behind sour taste)

細胞膜にイオン・チャネルを形成する多くのたんぱく質が報告されてきたが、真核細胞の中へ選択的に水素イオンを伝導するタンパク質は一切特定されていない。 Tu たちは、遺伝子検査を用いて、マウスの味覚受容体細胞から、そのようなたんぱく質をコードする候補遺伝子を特定した(Montell による展望記事参照)。 彼らは、既知のタンパク質であるオトペトリンを特定し、培養ヒト細胞で発現させた場合、それが水素イオン透過性を与えることを示した。 彼らの結果は、ヒトや他の生物において、オトペトリンが、酸っぱい(酸)味の感覚認識機能を果たしているかもしれないことを示してる。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • イオン・チャネル:細胞の生体膜にある、受動的にイオンを透過させる膜貫通タンパク質。
Science, this issue p. 1047; see also p. 991

天文学を進歩させる、暇な計算機が一緒になって (Advancing astronomy, one screen saver at a time)

現代天文学の主要な課題の1つは、収集した圧倒的な量のデータから重要な結果を発見することである。 Clark たちは、Einstein@Home プロジェクトに参加している数万人のボランティアのコンピュータを用いて、Fermi Large Area Telescope のデータを探索した。 彼らの目標は、電波領域では不活発なガンマ線ミリ秒パルサー(MSP)を発見することだった。 今回の調査に提供された一万年以上の CPU時間により、二つの孤立した MSPの発見につながった。 これには、電波観測ではこれまで検出されていなかった回転駆動型 MSPが含まれている。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao7228 (2018).

個人向けに最適化されたエグゾスーツ (Individually optimized exosuit)

通常のスーツのように、装着可能なエグゾスーツは個人向けに特注することが可能である。 Ding たちは、8人の成人男性志願者で、腰の伸展運動の補助装置を試験した。 この装置は、歩行に必要なエネルギーを減少させた。 そして、著者らの設計により、着用する各人に合わせて補助機能を調整した。 彼らは、すばやく最適設定を見つけることの可能なベイズ演算法を応用した。 最適化により、歩行の代謝費用は 17.4% 減少し、現行の装置より 60% 以上改善された。 参加者によって最適設定値は異なり、個人毎に調整する補助方式の方が万人向けの装置を一式作るより優れていることを示唆した。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エグゾスーツ:装着可能型ロボットの一種。
Sci. Robot. 3, eaar5438 (2018).

移動しないようニトレンを誘導する (Guiding nitrenes away from a migration)

窒素は、通常1つ以上の相手と3つの結合でその電子を共有する。 単結合の窒素、すなわちニトレンは非常に反応性で、普通は不活性な C-H 結合中に挿入することができる。 しかし、ニトレンがカルボニル中心の隣に生じると、C-H 結合の代わりに反対側の C-C 結合と反応する傾向がある。 Hong たちは理論を指針にして、この再配列を阻害するイリジウム触媒を設計し、結果としてニトレンを C-H 挿入に向かわせ、種々の有用なラクタム環を形成した。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1016

自然環境における病毒性の強化 (Ratcheting up wild virulence)

ワクチン予防接種が不十分であると、時には、ますます有毒な病原体を選び出してしまうことがある。 Fleming-Davies たちは、自然の系ではどうなっているのか検討した。 米国ではメキシコ・マシコ個体群が、Mycoplasma gallisepticum がもたらす病毒性が強まった伝染病に見舞われている。 この病原体は病毒性のより低い病原体を排除する不完全免疫を誘導し、より病毒性の高い病原体株に対する部分的抵抗力を付与する。 メキシコ・マシコにおいては、この部分免疫の応答が、より病毒性の低い病原体との競争を排除する。 宿主の部分免疫はまた、もっと病毒性の高い病原体の複製を妨げるため、いくらかの鳥の生き残りが十分可能になる。 これが病毒性がますます進んだ病原体型の伝染を可能にする。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • メキシコ・マシコ:北米大陸に生息するアトリ科の鳥。
Science, this issue p. 1030

SciSci の詳しい理由 (The whys and wherefores of SciSci)

科学の科学(SciSci)は、学際的な研究方法に基づいている。 そこでは、大規模なデータ群を駆使して、研究課題の選択からキャリアーパスの軌跡、そして、ある分野内での進歩まで、科学を行うことの基礎となるメカニズムを研究する。 概説記事で Fortunato たちは、この研究の根底をなす意図は、影響力を持つ研究の萌芽期をより深く理解することで、各々の科学者の成功する力を向上させ、それで科学全体の見通しを向上させる制度と政策を展開できることであると解説している。(Wt,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaao0185

神経活動の選択と形成の仕方 (How to select and shape neural activity)

私たちが新しい技能あるいは仕事を学ぶとき、私たちの動作は強化され、形作られる。 学習は、ある神経活動パターンが動作制御に関連した脳領域に脳内報酬を与えることで、その神経活動パターンが繰り返されるために生じる。しかし、この強化はどのように作用するのか? Athalye たちは自己刺激型の閉ループモデルを開発した。そこでは目標とする運動皮質活動パターンが生じると、光遺伝学的にドーパミン作動性神経細胞が刺激されるようになっている。 訓練とともにマウスは、自己刺激を引き起こす特定の神経活動パターンに再入することを学び、これが目標とするパターンにより近づくよう彼らの神経活動を形成した。(KU,MY,nk)

【訳注】
  • 光遺伝学:光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法を用いて特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術。
Science, this issue p. 1024

細菌ゲノムの防御兵器庫地図 (Maps of defense arsenals in microbial genomes)

ウイルスやプラスミドのような外部侵入者の攻撃を乗り越えるため、細菌と古細菌は、通常、そのゲノム中の「防御アイランド」に集中して存在する免疫系で応戦する。 Doron たちはこの特質を利用して、細菌の防御系を体系的に地図化した(Kim による展望記事参照)。 候補となった免疫系は、その後実験的にその免疫活動に対する確認がなされた。 制限修飾系と CRISPR系のようなよく知られた防御兵器庫のように、今回追加された免疫系は、いまや機構面の調査を必要としていて、将来、有用な分子的道具へと遺伝子操作される可能性がある。(MY,kh)

【訳注】
  • アイランド:遺伝子の水平伝播(個体間や生物種間においておこる遺伝子の取り込み)により遺伝子の出入りがあるゲノム領域で、他とは塩基組成が異なる領域。
  • 制限修飾系:自身のゲノムの特定配列を修飾酵素でメチル化し、メチル化されていない外来遺伝子を制限酵素で切断する細菌が持つ自己防御系。
  • CRISPR系:侵入者の DNA の一部を自身の CRISPRと呼ばれるゲノム領域に取り込み、再感染時に、取り込んだ DNAをもとに外来 DNAを認識し、核酸分解酵素で切断する細菌が持つ自己防御系。
Science, this issue p. eaar4120; see also p. 993

フォトニック・トポロジーを探求する (Exploring photonic topology)

トポロジカル散乱効果は、欠陥に対する安定性が高いことから様々な電子材料および光学材料系で研究が進められている(Özdemir の展望記事参照)。 Yang たちは、三次元ワイル系の理想的な光学類似物質を設計・作製した。 伝達波の角度分解測定により、同じエネルギー準位の4つのワイル点とともに、そのエキゾチックなトポロジカル系に由来する特徴的ならせん弧が明らかにされた。 Zhou たちは、トポロジカルに保護されたバルク・フェルミ弧の形成を理論的に提案するとともに、実験的にそれを実証した。 彼らは、その弧の形成が、対をなす2つの特異点(系の利得と損失とが釣り合う点)の持つトポロジカル的性質に起因するとした。 フォトニック結晶は、トポロジカル電子系のエキゾチックな特性を研究するのに強力な研究基盤を提供する可能性があり、また光と物質の相互作用におけるトポロジカルな特性を活用する光学素子の開発にも用いられるかもしれない。(NK,MY,kj)

【訳注】
  • ワイル系:ワイル粒子を内包した新種の物質として理論的に提案されている材料。
  • フェルミ弧:ワイル半金属の表面では、「フェルミ弧」という、開いた形状の電子状態が発現することが理論的に予測されている。
Science, this issue p. 1013, p. 1009; see also p. 995

設計による膜タンパク質低重合体 (Membrane protein oligomers by design)

近年、可溶性タンパク質の設計は、人工酵素および大きなタンパク質籠のような成功を成し遂げた。 膜タンパク質はかなりの設計上の課題が存在するが、ここでもまた亜鉛輸送四量体の設計を含む進歩があった。 Lu たちは、低重合体中に最大8つまでの膜貫通領域を持つ安定な膜貫通の単量体、ホモ二量体、三量体、および四量体の設計に関して報告している。 設計されたタンパク質は、狙った低重合体形成状態をとり、予想された細胞膜に位置し、その設計された二量体と四量体の結晶構造は設計原型を反映していた。(KU,kh)

Science, this issue p. 1042

蠕虫への免疫を切るスイッチ (An off switch for helminth immunity)

2 型自然リンパ球(ILC2)は蠕虫、ウイルス、アレルギー源への応答に関与している。 Moriyama たちは、ILC2が神経系と相互作用して蠕虫への免疫を調節していることを見つけた。 小腸由来の ILC2 は、β2-アドレナリン作動性受容体(β2AR)を発現した。 この受容体は普通、神経伝達物質であるエピネフリンと相互作用する。 マウスでβ2ARを不活性化すると、蠕虫負荷の低減と、ILC2、好酸球それに 2 型サイトカインの産生増大をもたらした。 逆に、蠕虫に感染したマウスをβ2ARの作動薬で処置すると、蠕虫負荷が増大し、ILC2増殖が低下した。 このため、β2ARは、ILC2が駆動する防御免疫を負に調節する。(MY,ok)

【訳注】
  • 蠕虫(ぜんちゅう):体が細長くて軟らかく脚をもたない多細胞動物一般に対する用語で、ここでは腸の寄生虫を指している。
Science, this issue p. 1056

サイトカイン-受容体対を遺伝子操作で作る (Engineering cytokine-receptor pairs)

インターロイキン- 2(IL-2)は重要なサイトカインで、T細胞による腫瘍とウイルス感染細胞の破壊を助ける。 IL-2は、治療用に非常に有望であるが、毒性副作用と、免疫応答の活性化と抑制の両方を行うその能力によって制限される。 Sockolosky たちは、遺伝子操作で人工的な IL-2-受容体対を作ることで、IL-2に基づく免疫療法を改良することに着手した(Mackall による展望記事参照)。 遺伝子操作で作られた複合体は IL-2シグナルを伝達したが、対の相手とだけ相互作用し、内在性の IL-2/IL-2Rとは相互作用しなかった。 IL-2でマウスを治療すると、遺伝子操作された T細胞の能力が向上し、明瞭な副作用なしに腫瘍を拒絶した。 この種の取り組みは、サイトカインに基づく幾つかの免疫療法に付随する毒性を緩和する方法を提供するかもしれない。(MY,kh)

Science, this issue p. 1037; see also p. 990

生態系の回復力を強化する (Fostering the resilience of ecosystems)

何が環境変化に対して生態系を回復性のあるものにするのであろうか? この問いに対する答えは、気候変動と他のストレス要因が世界中で生態系に影響を与えるにつれて、ますます重要となっている。 しかし Willis たちが展望記事で説明しているように、回復力のある生態系を見極めて、それらの回復力の背後にある要因を決定することは、困難かもしれない。 著者たちは熱帯の生態系に焦点を当て、回復力に寄与するたくさんの生物的・非生物的要因について概説し、回復力の強化に狙いを定めた将来の研究と保存に対する指針を与える近年の研究に光を当てている。 Darling と Cote はサンゴ礁の生態系が、その回復力の向上に焦点を当てた保存の取り組みと技術的な介入を通じて保護できるのかのどうかを議論している。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 988, p. 986

デクチン-1 はアレルギー反応を制限する (Dectin-1 limits allergic responses)

パターン認識受容体(PRR)の異常活性化は、自己免疫疾患とアレルギー疾患において炎症を引き起こす。 Gour たちは、チリダニとエビ由来の無脊椎動物トロポミオシンをデクチン-1 のリガンドとして同定した。 デクチン-1 は、抗真菌性免疫応答において真菌のβ-グルカンを認識する PRRである。 デクチン- 1 の無脊椎動物トロポミオシンへの協働が 2 型炎症を制限し、そしてデクチン- 1 欠損マウスは、アレルギー性気管支炎をより起こしやすい傾向にある。 さらにアレルギー性個体において、デクチン-1 の発現が抑制された。 このようにデクチン-1 は、アレルギー反応を制限する上で重要である。(Sh)

【訳注】
  • パターン認識受容体:生殖細胞からすでに遺伝子に組み込まれており、Toll様受容体,RIG-I様受容体,NOD様受容体や AIM2様受容体などがある。 感染や組織損傷の際に生じる PAMPs (pathogen-associated molecular patterns)や DAMPs (damage-associated molecular patterns)を認識し、I 型インターフェロンや炎症性サイトカインやケモカインの発現など、遺伝子発現誘導プログラムを活性化する。
  • トロポミオシン:アクチンの働きを調節する繊維状のアクチン結合タンパク質で、無脊椎動物トロポミオシンは主要なアレルゲンと考えられている。
  • リガンド:ホルモンや神経伝達物質など、細胞表面に存在する特定の受容体に特異的に結合する物質。
Sci. Immunol. 3, eaam9841 (2018).

結腸内の炎症を追跡する (Tracking inflammation in the colon)

炎症性腸疾患の一形態である潰瘍性大腸炎の治療選択肢は限られている。 Lyons たちは、大腸炎マウス・モデル一匹ごとの、遺伝子発現とタンパク質レベルおよびタンパク質リン酸化を追跡した。 データ群の計算解析は、トランスクリプトミクス測定とプロテオミクス測定間の食い違いを同定し、リン酸化酵素 Pak1が結腸炎症を媒介することを予測した。 Pak1の薬理学的阻害剤を用いたマウスの治療は病を寛解させ、それは疾患病因の理解へのプロテオミクス測定の重要性を強調する。(Sh,MY)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:特定の状況下において細胞中に存在する全ての mRNA(またはその一次転写産物)を解析する研究手法。
  • プロテオミクス:タンパク質の構造や機能を総合的に解析する研究手法。本研究では全タンパク質質量分析(MS)とリンタンパク質 MS測定を行い、タンパク質リン酸化の経時的な追跡を行っている。
Sci. Signal. 11, eaan3580 (2018).