AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 9 2018, Vol.359

海馬の神経発生を知る窓(A window on hippocampal neurogenesis)

学習と記憶という海馬の機能の鍵となるのは、成人の脳への新たな神経細胞の追加である。Pilzたちは、マウスの海馬の個々の前駆細胞を標識化し、次の2か月間、生体内でそれらを監視した(Gotz による展望記事参照)。その結果は、前駆細胞が歯状回の成熟細胞を生み出している間の、発生の進行を明らかにした。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 歯状回:広義の海馬組織(海馬台、海馬、歯状回、脳梁灰白層からなる)の一部
Science, this issue p. 658; see also p. 639

複数の遺伝子が精神病を通じて重複している(Genes overlap across psychiatric disease)

多くのゲノム・ワイド研究は、一連の神経精神性障害に関連する遺伝子を調べている。 しかしながら、これらの疾患の遺伝的基礎がどの程度異なっているのか、或いは重複しているかは不明である。Gandalたちは、5つの主要な精神障害を含むトランスクリプトーム研究のメタ解析を実施し、そして患者と非患者を比較して共発現遺伝子要素を同定した。このことから、彼らは、いくつかの精神障害が全体的な遺伝子発現パターンを共有していることを見いだした。神経精神性障害における多遺伝子形質におけるこの重複は、より良い診断と治療を可能にするかも知れない。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 693

LARKSタンパク質領域の相互作用(Interactions of LARKS protein domains)

1500を越えるヒトタンパク質には、長く不規則な「低複雑」配列と呼ばれる、一般的な20種類のアミノ酸のうちのほんの数種だけから成る糸状物質が含まれる。これらの低複雑性領域の機能は不明であった。Hughesたちは原子レベルの分解能構造を報告しており、その構造は、そのような2つの領域の短い部分が、捩じれたβシートのペアを形成することで互いに弱く結合できることを示唆している。芳香族アミノ酸の側鎖はこれらの相互作用を安定化するので、その相互作用する形態は、低複雑性で、芳香族の豊富な捩じれ部分(low-complexity, aromatic-rich, kinked segment)という英語の頭文字を取って、LARKSと呼ばれる。生物細胞のうちの非膜系小器官に関連する多くのタンパク質は、複数のLARKSを収容する低複雑性領域を含んでいる。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 698

恐ろしいPUMAを追い払えば安全になる(Safer without PUMA)

胃腸毒性は、化学療法と放射線治療による副作用の主要原因である。それは生活の質を下げ、ガン治療の用量を制限することがある。腫瘍抑制因子p53は、化学療法が誘発する腸細胞死で主要な役割を担っているが、p53を抑制することは、その損失がガン増殖を一層ひどくするかもしれないため、安全とは言えない。Leibowitzたちは、p53の下流側のエフェクターであるPUMAを抑制することで、その有害機能だけを阻止した。PUMAの小分子阻害剤は、マウスとヒトの結腸の類臓器で腸細胞を保護したが、ガン細胞を保護しなかった。このため、この取り組みはガン患者の腸保護に対する実行可能な方法を提供するかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 腫瘍抑制因子:細胞増殖を抑制するタンパク質。この不足や異常が、無制御な細胞増殖と腫瘍成長へと至らせることがある。
  • エフェクター:タンパク質に選択的に結合してその機能を促進または阻害する小分子。
  • 類臓器:特定の器官の細胞を三次元的に培養して作られた小型の臓器のこと
Sci. Transl. Med. 10, eaam7610 (2018).

一つ一つ、しだいに超放射に積み上がる(Building up to superradiance, one by one)

自然放出を変化させるほどの近距離に放射源同士を近づけると、超放射という量子現象が観測される。しかしながら、原子集団内において、放射源の位置と状態を制御することは技術的に容易ではない。Kimらは、空間的相関関係を時間的相関関係に置き換えることで超放射を実現出来ることを示している (Meschedeによる展望記事参照)。彼らは、高品質の光共振器中に互いに干渉するよう調整された原子を落下させた。そしてその原子を一つずつ落としていくと、共振器内の光子の数が超放射的に増えていくことを見出した。本手法は、非古典的な状態の光を作り出す多用途に使える基盤技術を提供する。(NK,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 超放射:同時に励起された多数の原子が一斉に量子を放出する現象で、量子放出までの時間が自然放射よりも短くなるとともに、放射強度は高くなる。
Science, this issue p. 662; see also p. 641

mRNAの不安定化による心臓の保護(Protecting the heart by destabilizing mRNA)

CCR4-NOT複合体は、mRNAからポリアデニル酸尾部を除去し、その後mRNAは分解する。Yamaguchiたちは、この複合体が心筋細胞死を防ぐために必要であることを見出した(Dasによるフォーカス記事参照)。この複合体の或る成分を欠くマウスは、心機能不全を有し、心不全で死亡した。これらのマウス由来の心筋細胞は、脱アデニル化されたAtg7 mRNAがより少なく、このことが細胞死関連遺伝子の活性化をもたらした。これらの結果は、様々な疾病の治療のために開発されてきた、Atg7に関わるオートファジー促進剤の心血管に対する副作用の可能性を高めることになる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ポリアデニル酸尾部:真核生物のmRNAの3’末端には普遍的にアデニル酸の連続した配列が存在し、その安定化に寄与している
  • Atg7:細胞成分の分解とそのリサイクルプロセスで重要な役を果たすオートファジー制御因子。ここではAtg7mRNAが分解されないとAtg7がオートファジー関連遺伝子を誘導して心筋細胞死をもたらすことから、Atg7に関わるオートファジー-促進薬剤が心血管を損傷する副作用を指摘している。
  • オートファジー促進薬剤:オートファジーが感染症,神経変性疾患,老化,がん,代謝性疾患,炎症性疾患に対して生体を保護する機能を備えていることで用いるオートファジー制御剤
Sci. Signal. 11, eaan3638; see also eaar6364 (2018).

繊細な材料の結晶学(Crystallography of sensitive materials)

高分解能透過型電子顕微法は、多くの材料の結晶構造を観察するための貴重な手段である。しかしながら、特に結晶軸を見つけ出すために試料を回転させている間の高い線量の必要性は、とりわけ脆弱な材料において、損傷をもたらすことがある。Zhangたちは、最新の直接検出型電子計数カメラを、全電子線量を制限する方法と組み合わせて、金属有機構造体のような繊細な材料を分析した。この手法により、彼らは、金属有機構造体の例であるUiO-66の連結部内側のベンゼン環や、UiO-66結晶における、リガンドの無い(金属の露出した)表面とリガンドで覆われた表面の共存を見ることができた。(Sk,kh)

【訳注】
  • 金属有機構造体:隅石としての金属原子, 連結部, それに有機分子部分からなる, 混成構造の多孔質材料.
  • UiO-66:Zr とテレフタル酸からなる金属有機構造体
  • リガンド:錯体の中で,中心原子に配位しているイオンまたは分子などの総称
Science, this issue p. 675

素早く転回する(Making quick turns)

ハチドリは、すばらしい飛行技能を有することでよく知られている。Dakinたちはコンピュータ画像認識技術による手法を用いて、25種からの 200羽以上のハチドリの詳細な飛行の特質を明らかにした (Wainwrightによる展望記事を参照のこと)。より大きな種は、筋肉量の増加により、敏捷性が強められていた。すべての種において、筋肉は運動の加速性能を規定し、一方、翼形状は、急激な転回や俊敏な回転を容易にしていた。生来の素質と学習した技量を組み合わせることで、種や種の中の個体は、その強味を発揮していた。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 653; see also p. 636

量子エミッタを接続する(Connecting quantum emitters)

システムのトポロジー的特性を利用することにより、ある種の特性が、欠陥に起因する不規則性や散乱に対して、保護されるようにできる。Barikたちは、トポロジカル・フォトニック構造において強い光と物質との相互作用を示している (Amoによる展望記事を参照のこと)。彼らは、トポロジー的には異なる2つのフォトニック領域の境界面に、トポロジカル端状態を作り出した。そして、それらを単一の量子エミッタに結合した。単一光子放出におけるカイラル特性を用いて、互いに反対の偏光特性を有する単一の光子をそれぞれ逆方向に伝播するトポロジカル端状態に注入した。このようなトポロジカルな量子光学界面は、堅牢な集積量子光回路を開発するための強力なプラットフォームを提供できる可能性がある。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 666; see also p. 638

プログラム化された治療法に向かって(Toward programmed therapeutics)

合成生物学の進展は、遺伝子と細胞に対する新規な治療法の開発を可能にしつつある。Kitadaたちはガン免疫療法と幹細胞療法のような分野における最近の成功を総説している。また、現在の取り組みの限界を指摘し、合成生物学を用いてこれらの課題を克服する展望について記述している。これらの治療法の採用の拡大には、細胞挙動全体にわたる精密で状況特有の制御を必要とする。細胞挙動を精巧に制御する遺伝子回路を作製できることで、例えば、病気の生体指標に応じて治療機能を活性化するようプログラム化することできる。(MY,nk)

Science, this issue p. eaad1067

コレステロールを寄せ付けない(Keeping cholesterol at bay)

組織修復の衰えは加齢の普遍的特徴である。多発性硬化症の病変における髄鞘再生の不全は、慢性的進行性の疾患および身体障害の一因となる。この原因の理解と再生不全の防止は再生医療の重要な目標である。Cantuti-Castelvetriたちは、髄鞘再生が生じるのに必要な自己制限的炎症応答が、老齢マウスの中枢神経系(CNS)で機能不十分であることを報告している(ChenとPopkoによる展望記事参照)。コレステロール成分の多い髄鞘残骸が食細胞の排出能力を圧倒し、遊離コレステロールの結晶への転移をもたらし、それによってリソソーム破裂とインフラマソームによる刺激を誘発した。このため、ヒトの粥状動脈硬化の病変でコレステロール除去を促進するよう開発されている薬は、CNSの再生医療にも適しているかもしれない。(MY,kj)

【訳注】
  • 髄鞘:神経細胞の軸索の表面をおおう円筒状の被膜。コレステロールに富むため絶縁性で、軸索の神経パルスの伝わりを高速にする機能がある。
  • インフラマソーム:細胞内の異物等による危険信号により炎症応答を活性化するタンパク質複合体。
  • 粥状動脈硬化:比較的太い動脈で起こる動脈硬化。
Science, this issue p. 684; see also p. 635

有糸分裂染色体形成の追跡(Tracking mitotic chromosome formation)

有糸分裂の際に、細胞がDNAを非常に緻密な、棒状染色体に詰め込む方法は、1世紀を越えて細胞生物学者たちを魅了してきた。Gibcusたちは、細胞周期中に、間期クロマチンから有糸分裂染色体への構造転移の軌道を分単位で描写した。有糸分裂染色体はらせん状の階段構造で組織化され、その中でクロマチンの輪が中心に位置するらせん状の足場から放射状に伸びている。分子機械のコンデンシンIとIIは、これらのプロセスにおいて異なる役割を果たしている。コンデンシンⅡはらせん状の巻きに必須であり、一方コンデンシンⅠは個々のらせん回転内部でその組織化を調節している。(KU,ok)

Science, this issue p. eaao6135

脳の奥深くを刺激する(Stimulating deep inside the brain)

非侵襲性の脳深部刺激法は、神経科学と神経工学における重要な目標である。光遺伝学では、通常、脳内に挿入する青色レーザーを用いる必要がある。Chenたちは、脳の外部からの近赤外光を青色光の局所発光に変換する、特殊化したナノ粒子を用いた(Feliu たちによる展望記事参照)。彼らは、これらのナノ粒子をマウスの脳の腹側被蓋野中に注入し、ドーパミン作動性ニューロン中に発現させたチャネルロドプシンを、頭蓋骨の外側数ミリメートルの距離で発生させた近赤外光で活性化させた。この手法は、離れた場所からの近赤外光で、ドーパミン放出の急速な増大を引き起こすことを可能にした。この方法は、また、恐怖条件付けの間に歯状回における恐怖の記憶を引き起こすのにも、成功裏に用いられた。(Sk)

【訳注】
  • 光遺伝学:光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法を用いて特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術
  • チャネルロドプシン:緑藻植物由来の色素たんぱく質で、青色の光が当たると外部からナトリウムイオンを取り込む作用があり、光遺伝学の研究において、特定の神経細胞を刺激する光スイッチとしての利用が試みられている
  • 恐怖条件付け:通常、恐怖を引き起こすことがないレベルの光や音(条件刺激)と恐怖を起こす電気刺激や痛みなどを組み合わせて与えることにより、条件刺激のみの提示で恐怖反応を引き起こす学習反応
Science, this issue p. 679; see also p. 633

レーザ増幅器を励起する(Seeding a laser amplifier)

フェムト秒レーザー・パルスの増幅には、レーザー発振媒体すなわち非線形結晶が必要である。レーザー発振媒体の化学的性質または非線形結晶における運動量保存規則への固着が、増幅されるパルスの周波数と帯域幅を制限する。Vampaたちは、フェムト秒の近赤外パルスで励起されたレーザー結晶における変調の不安定性を励起した。これは、最高1テラワット/平方センチメートルの強度の広帯域および短レーザーパルスの高利得増幅のための方法を提供した。この方法は、不純物添加と位相整合に関連する制約を回避し、広範囲のガラスと結晶に適用されることが期待される。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 673

SRPが本当に必要なのはいつですか?(When do you really need SRP?)

細胞外面になる予定のタンパク質は、合成中にシグナル認識粒子(SRP)によって小胞体(ER)表面へと補充される。古典的な見解は、SRPがタンパク質起始部でシグナル配列を認識することを示唆している。Costaたちは酵母の研究から、切断可能なシグナル・ペプチドを有する多くのタンパク質が、SRP非存在下において合成中に効率的に標的にされることを見出した。対照的に、内部に標的化シグナルを有するタンパク質は、いつもSRPに依存し、その非存在下における異常ミトコンドリアからの標的化の影響を受け易かった。これらの研究は、分泌経路での正確で効率的なタンパク質標的化を確かにするときの、SRPの完全な生理学的役割を確立する。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • 小胞体:タンパク質合成や脂質代謝、細胞内物質輸送などの機能をもつ、細胞質内に網目状に連なる膜性の袋状細胞小器官
  • シグナル・ペプチド:細胞質内で合成されたタンパク質の輸送や局在化を指示する構造であるタンパク質分子にある短いペプチド配列。
Science, this issue p. 689

室内で吸っている空気のことを我々は知っているのだろうか?(Do we know the air we breathe indoors?)

多くの人々は、自分の生活のほとんどを室内で過ごしているが、空気汚染の研究は室外の空気に集中する傾向がある。展望記事において、GligorovskiとAbbattは、例えばタバコの煙や料理用コンロの使用や洗剤の使用等によって、室内生活環境で発生する反応現象の理解に関する最近の進展に光を当てている。単に人が部屋に存在するだけで、空気の化学的性質は変化する。このような反応によって、人は、健康への良く知られていない影響を持つ驚くほど大量の化学物質に曝されている。(Uc,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 632

膵臓の中でくつろぐ(At home in the pancreas)

1型糖尿病(T1D)は、膵島細胞を標的とする自己反応性CD8陽性T細胞の濃縮と関連している。Culinaたちは、健康な個体とT1D患者において、亜鉛トランスポーター8186-194(ZnT8186-194)と他の膵島抗原決定基に反応する膵島反応性CD8陽性T細胞を研究した。これらの抗原決定基は、同等の機能と類似した頻度、および両グループにわたる末梢循環におけるナイーブな表現型を示した。対照的に、ZnT8186-194反応性CD8陽性T細胞は、健常対照群のものと比較してT1D患者の膵臓中に濃縮され、共生細菌バクテロイデス・スターコリス(Bacteroides stercoris)由来の抗原決定基に交差反応性を示した。したがって、不完全な中枢性免疫寛容は、末梢におけるこれらの膵島反応性CD8陽性T細胞の生存を可能にし、膵島における炎症誘発の条件は、T1D進行に寄与するかもしれない。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • 抗原決定基:抗体が認識して結合する抗原の特定の構造単位で、6~10個のアミノ酸や5~8個の単糖の配列から成る。
  • バクテロイデス・スターコリス:グラム陰性偏性嫌気性非芽胞形成桿菌であるバクテロイデス属の一菌種。
  • 中枢性免疫寛容:自己抗原に反応するリンパ球を不活性化し除去するプロセスのうち一次リンパ組織(胸腺、骨髄)でT細胞・B細胞の成熟過程で行われているもの。
Sci. Immunol. 3, eaao4013 (2018).

発話を統合するための脳の律動(A brain rhythm for speech integration)

発話による意思疎通は、言語処理を構成する聴覚面と運動面の間の協調が必要である。AssaneoとPoeppelは、さまざまな速度で作り出された発話を人が聞いている間の脳活動の周期変動を測定した。聴覚野と運動性言語野をまたぐ神経活動の同期は、人間語を通じて作り出される平均的な音節速度に相当する周波数である4.5Hzで選択的に高まった。ニューラル・ネットワークによる模擬実験がこの結果の妥当性を検証し、発話パターンについての感覚符号と運動符号を結合する周期変動機構を明らかにした。(MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao3842 (2018).

ナノ粒子を思い通りに積み上げる(Programmed nanoparticle stacking)

高分子でできた細孔の鋳型は、ナノ粒子の組付け順を制御して正確に規定された堆積物とし、超格子を作り出すことができる。Linたちは、金ナノ粒子上のDNA鎖を用いて、粒子間距離を制御した。DNA鎖は、より強い塩基対を形成するより強固なリボース基を使った改変型アデニンを含んでいた。3つの異なる型の金ナノ粒子の積み重ねの高さは、種々の溶媒で変化させることが可能であり、溶媒は次に積み重ねの光学応答を変化させた。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 669