AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 26 2018, Vol.359

プラスチックに包まれたサンゴ (Corals wrapped in plastic)

サンゴ礁は極めて重要な漁場と沿岸防御を提供しており、それらは、プラスチック廃棄物の有害な影響からの保護を緊急に必要としている。 Lamb たちは、アジア-太平洋地域で 159 のサンゴ礁を調査した。 数十億のプラスチック製品がサンゴ礁にからみついていた。 そこのサンゴ種が尖るほど、プラスチックをさらにひっかけやすくなる。 いったんサンゴがプラスチックで覆われると、病気の可能性は 20 倍に増加した。プラスチックの残骸は、日光不足、毒素放出、酸素欠乏によってサンゴにストレスを与え、結果として病原体に侵襲の足場を与える。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 460

ER 中への新しい方法 (A new way into the ER)

膜に埋め込まれたタンパク質は、形態、物理的特性、および位置に関して非常に多様である。 この多様性は、タンパク質の効率的な膜挿入のために複数の経路を必要とする。 Guna たちは、広範に進化的に保存されたタンパク質複合体が、小胞体(ER)膜中への膜タンパク質の部分集合の挿入を担っていることを見出した(Fry と Clemons Jr. による展望記事参照)。 この ER 膜タンパク質複合体(EMC)は、従来知られている経路ではその形態と疎水性のために他の挿入因子による効率的な認識を妨げられていた膜貫通ドメインの挿入を可能にしている。 この発見は、EMC の消失が、ER ストレスおよびタンパク質輸送の変化を引き起こす理由を説明するのに役立つ。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ER ストレス:正常な高次構造に折りたたまれなかったタンパク質が小胞体に蓄積して細胞にストレスを与えること。
Science, this issue p. 470; see also p. 390

原子のペアリングのチューニング (Tuning the atomic pairing)

低温の原子気体は極度に柔軟な系である。 すなわち、フェルミオン原子間の相互作用を調整する能力が、例えば強相互作用ユニタリー状況を介して、弱相互作用するフェルミンから弱相互作用するボゾンへの低温原子気体の移行を引き起こすことがある。 Murthy たちは、二次元に限定されたフェルミオンの気体中でこの移行を研究した。 原子対の形成は、以前考えられていたよりも、ユニタリー状況中のはるかに高い温度で起こった。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 452

湿度駆動の二層式マイクロボット (Bilayer microbot powered by humidity)

松かさを含め、多くの植物の種子が、湿度変化に応じて開いたり閉じたりする。 Shin たちは、これらの吸湿膨張性の種子に触発されて、"hygrobot"を作製した。 この hygrobot は、環境湿度に応答するフィルムとそれに張り付いた応答性のないフィルムから構成されていた。 湿度が上昇すると、応答層内の整列したナノファイバーが膨潤し、二層構造を屈曲させた。 湿度を下げると、湿度応答層を縮ませ、ロボットを真っ直ぐにさせた。 摩擦係数が非対称である脚部は、湿った表面上で、屈曲を方向性をもった運動に変換した。(Wt,ok,kh)

Sci. Robot. 3, eaar2629 (2018).

超微細エアロゾル粒子と共に (Up with ultrafine aerosol particles)

超微細なエアロゾル粒子(直径 50 ナノメートル以下)は雲の形成に影響を与えるには小さすぎると考えられてきた。 Fan たちはこれは事実ではないことを示している。 彼らは、本来ならほとんど汚染のないアマゾンの大気へと運ばれた都市汚染の影響を研究した。 そのような微小粒子の周りで水滴が凝縮成長すると潜熱を放出し、その結果大気の対流を強める。 このように、人為起源の超微細エアロゾル粒子は、従来信じられていたよりも雲の形成過程に重要な影響を及ぼしているかもしれない。(Uc,MY,kj)

Science, this issue p. 411

遺伝的異型が養育環境を提供する (Genetic variants provide a nurturing environment)

親の遺伝的異型は、たとえその子供がこの対立遺伝子を持たずとも、子孫の適性に影響する可能性がある。 この間接効果は「遺伝的養育(genetic nurture)」といわれる。 Kong たちは、学歴についての全ゲノム関連解析のデータを用いて、親に対する非伝達型対立遺伝子だけを考慮したポリジェニック・スコア(polygenic score)を計算した(Koellinger と Harden による展望記事参照)。 この知見は、遺伝的養育が結局のところ、その集団の中の遺伝的変異によるもので、また、親が自分の子供のために作り出す環境を通して伝えられることを示唆する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ポリジェニック・スコア:注目している対象に対し、個々の効果の高い遺伝子座変異に注目するのではなく、効果の水準を緩く設定して、複数の遺伝子座変異について、対照群と比べて効果を持つ変異とその数を調べ数値化したもの。 ゲノム解析がなされ、注目している対象に対して多数の遺伝子座変異が関係しているところに用いられる。
Science, this issue p. 424; see also p. 386

リブラタス対人間 (Libratus versus humans)

人工知能(AI)を人間のトップ・プレイヤーと競争させると、AI がどこまで進化したかということが実証される。 Brown と Sandholm は、2人用に作り変えた HUNL(head-up no-limit Texas hold'em)と呼ばれるポーカーをプレイするリブラタス(Libratus)という名前の AI を構築し、4人の卓越した人間のプロ・プレーヤーを徹底的に打ち負かした。 3週間以上にわたりリブラタスはその4人のプロ・プレーヤーと HUNL を 12 万回対戦した。 その中では3方面からの手法すなわち、 総合戦略を事前計算しておく、その戦略を実際のゲームに適応する、対戦相手から学習する、を使った。(ST,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • HUNL:テキサスポーカーの一種。
Science, this issue p. 418

ヒトの脳と行動の形成 (Shaping of human brains and behavior)

ヒトの進化の過程で、複雑な認知機能と認知行動がいつ現れたのかについて、見解の一致はほとんどない。 従来の説明は、5万年前までに現生人類の解剖学的構造の変化に伴い、これらの行動が進化したというものである。 他のモデルは、もっと漸進的な出現を仮定している。 Neubauer たちは、初期ホモ・サピエンスの頭蓋標本の頭蓋内鋳型を調べた。 30 万年前の頭の大きさは現生人類の範囲内にあるが、形がより球形に近い脳はわずか約4万年前に現れた。 ホモ・サピエンス系統の始まりの時点における初期の脳発達に不可欠な遺伝子群の定着を示す古い DNA からの証拠と組み合わせて、これらの結果は、行動の現代性がより漸進的に出現したというモデルを支持する。(MY,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao5961 (2018).

放浪の旅の制限 (Restrictions on roaming)

過去1世紀かそこらまで、野生動物の移動は比較的制限されておらず、彼らの往来は生態学的過程に大きく寄与した。 人間が次第に自然の生息地を変えてくるにつれて、自然動物の動きが制限されてきた。 Tucker たちは、50 種以上の野生哺乳動物の GPS 位置を調べた。 概ね、人間の影響が大きな地域では動物の移動はより短くなった。 これは、行動の変化と物理的制約によるらしい。 種自体への影響以外に、そのような変化は、栄養物の移動を制限し、生態学的相互作用を変化させることにより、より広い影響を持っているのかもしれない。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 466

長生きも食べることも (Having your longevity and eating too)

カロリー制限は、健康寿命と生存寿命の最大化に明らかな効果があるが、それはあまり楽しいことではないので、ほとんどの人はこれには固執しない。 Madeo たちは、ポリアミンであるスペルミジンの摂取増が、カロリー制限の健康によい効果の多くを再現するらしいという証拠を総説している。 そして、彼らはその細胞作用を説明している。 それには、オートファジーとタンパク質の脱アセチル化が活発になることが含まれている。 スペルミジンは、小麦胚芽、大豆、ナッツ、何種かの果物と野菜、のような食べ物に見られ、また、細菌叢により作られる。 スペルミジンの摂取増は、ガン、代謝疾患、心臓病、神経変性に対する予防効果がある。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aan2788

1つの犠牲で2つの結合を得る方法 (How to get two bonds for the price of one)

一世紀以上にわたり、我々は、二個の塩化アリールを C-Cl 結合の部位で結合させて、単一の C-C 結合を形成する方法を知っている。 Koga たちは、パラジウム触媒がそれとは違って、アリールの C-Cl 結合を活性化して、その近傍にあるテルフェニル分子骨格中の芳香族 C-H 結合を攻撃することができることを見出した。 この反応はこうして新しい環を生成し、両側の元の環に融合する。 この種の多環式化合物は、その広い範囲の電子非局在化のためにオプトエレクトロニクス研究に特に興味深い。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 435

流動溶媒中での反応選別 (A reaction screen in flowing solvent)

医薬品の製造を担当している化学者は、最近、連続フロー技術の効率性という長所を探求してきている。 Perera たちは今回、フロー装置がまた、創薬プロセスのより早い段階で反応の最適化をも促進できることを示している。 彼らは、高速液体クロマトグラフィー・システムを改造して、多種多様な溶媒、配位子、および塩基の組み合わせを選別し、炭素-炭素結合の形成を最適化した。 触媒と反応物質からなる一定分量の原液をキャリアー溶媒流中に注入したことが、著者たちに主溶媒を効率的に変え、生成物単離のための最適条件での反応を規模拡大することを可能とした。(KU,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 429

ナノ規模の不斉な谷・光子界面 (Nanoscale chiral valley-photon interface)

ある種の材料のバンド構造内のさまざまなバレーの占有を、情報のコード化に利用できる。 その情報は概して、放出光子の不斉、すなわち偏光によりコードされる。 Gong たちは、プラズモン特性を示す銀ナノ・ワイヤと、遷移金属ジカルコゲン化合物である WS2 の薄片を組み合わせて、数十ナノメートルの距離で固体状態スピンを光学情報へ移すナノ・フォトニクス基盤を作った。 ナノ・ワイヤからの光放出の方向は、光と WS2 層のスピン-軌道相互作用に強く依存した。 そのように高効率の界面は、バレートロニクスを実用的なオン・チップ技術へと展開するのに有用であることが分かるだろう。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • バレートロニクス(valleytronics):複数バレーをもつ半導体(第一ブリアンゾーンの内部に複数のバレーを持つ半導体)のバレー自由度(荷電子/伝導帯上の極大/極小点)に対する制御技術。
Science, this issue p. 443

さらに延性の高いマグネシウムへの枠組み (A framework for more ductile magnesium)

延性マグネシウム合金の開発は、この合金を車両や他の応用での減量化に使うカギを握っている。 Wu たちは、未処理マグネシウム合金において延性の基本的機構を究明することにより、この課題に取り組んだ。 希薄な量の特定溶質がある種の延性改良機構(交差すべり機構)を強化し、脆性破壊を引き起こす機構に打ち勝った。 このことから、著者たちは、考え得る非常の多くのマグネシウム合金組成を事前に選別する際に役立つであろう理論を展開した。(MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 447

必須の量子部品を作る (Building an essential quantum component)

投げ掛けられたどんな計算タスクでも取り扱える類の万能量子コンピュータを実現するため初期段階で必須なことは、2つの量子ビットに対して動作する、いわゆるCNOTゲート(制御NOTゲート)を実証することである。 Zajac たちは、シリコン量子ドット中の電子スピン量子ビットを用いて優れた CNOT ゲートを作り上げた。 本実現は、現行の半導体を基盤とする電子工学と互換性があるため特に魅力的である(Schreiber と Bluhm による展望記事参照)。 筆者たちは、本手法の可能性を示すために、このゲートを用いてベル状態といわれる量子もつれ状態を作り出した。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • ベル状態:"ベルの不等式" から名前を取った、量子もつれの最も単純な例に当たる概念。 2個の量子ビットの間のもつれの結果として、一方の量子値の測定が直ちに他方の値を決定する。
Science, this issue p. 439; see also p. 393

出アフリカを果たした最も初期の現生人類 (Earliest modern humans out of Africa)

最近の古人類学の研究は、現生人類が早くも 12 万年前の後期更新世の初期に、アフリカから移動したことを示唆してきた。 今回、Hershkovitz たちは、初期現生人類がそれよりも 5 万 5 千年以上前に、すでにアフリカ外にいたことを示唆している(Stringer と Galway-Witham による展望記事参照)。 イスラエルのカルメル山での堆積物の発掘の際、彼らは、ほとんど完全な歯列を持つ口の部分、つまり左半上顎の化石を見つけた。 ここの堆積物は、大量の動物化石とともに、一連のはっきりとした炉床と豊かな石器を主とする遺物群を含んでいる。 このヒト化石の分析、および遺跡とこの化石そのものの年代測定は、これらの化石に対して、少なくとも 17 万 7 千年前のものの可能性を示している。 これは、この化石をアフリカ外で発見されたホモ・サピエンス系統群の最も古い一員にするものである。(MY,kh)

Science, this issue p. 456; see also p. 389

ニューロン集団は鍵となる単位です (The neuronal population is the key unit)

同じ刺激の反復提示に対するニューロン対群の応答は、典型的には相互に関連するが、一方、同一のニューロン集団は多くの機能を行うことができる。 これは、関連する計算単位が単一のニューロンではなく、完全な集団活動の部分空間であることを示唆している。 この考えを調べるために、Ni たちは、サルにおけるニューロン集団の活動と行動成績との関係を測定した。彼らは、注意、随伴する刺激の知覚を改善する、と知覚学習、これはよく訓練された刺激の知覚を改善する、を研究した。 この2つの過程は、異なる時間尺度で動作し、通常、異なる知覚課題を用いて研究される。 ここでは、同じ行動試行と同じニューロン集団における注意と学習の取扱い実験により、ニューロンの集団活動に次元性があり、行動に対して最も重要であることを明らかにした。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 463

ミツバチは野生の花粉媒介者に圧力をかける (Honey bees put pressure on wild pollinators)

ミツバチと他の花粉媒介者は農業にとって不可欠である。 したがって、花粉媒介者数の減少は、科学者、政策立案者、および公衆に警報を発している。 展望記事で、Geldmann と González-Varo は、すべての花粉媒介者が農薬の使用などのストレス要因に直面しているが、飼育ミツバチの大集団自体が、野生の花粉媒介者に圧力をかけている可能性を主張している。 したがって、保全活動において飼育ミツバチと野生の花粉媒介者を一緒にしないことが重要である。 沢山の花を咲かす植物が開花していない時期、つまりミツバチが野生花粉媒介者と最も直接的に競合する時期には、より良いミツバチの管理が特に重要である。(KU,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 392

HIV を標示するインテグリン (Indicative integrins in HIV)

腸は HIV 感染での主要なウイルス貯蔵槽であると考えられている。 非ヒト霊長類における研究は、T 細胞上のα4β7インテグリンを標的にすることが、実行可能な治療法であり得ることを示唆している。 Sivro たちは今回、複数のアフリカ人の統計群における HIV 感染を調べることによって、これらの知見をヒトに拡張している。 HIV 感染前にα4β7が発現した循環系 T 細胞の比率が高い人では、HIV 感染が増加し、設定点でのウイルス負荷が増加し、そして CD4 陽性 T 細胞減少速度も増加するという関連が見られた。 したがって、インテグリンを標的とすることは、HIV の拡散の減少に役立つ可能性がある。(Sh,MY,kj,nk)

【訳注】
  • インテグリン:細胞内にある細胞骨格と細胞外にある細胞外基質をつなぐ細胞表面に存在する分子。α4β7インテグリンは循環系 T 細胞のサブセットに発現し、消化管の血管やリンパ節に特異的に存在する細胞接着分子に結合することで炎症反応を起こす。
Sci. Transl. Med. 10, eaam6354 (2018).

細胞障害性に託す (Committing to cytotoxicity)

細胞障害性 CD4 陽性 T 細胞(CD4-CTL)は、デング熱ウイルス感染症を含む慢性ウイルス感染症の患者で、最初に同定された。 Patil たちは、CD4-CTL 細胞を生じる前駆体を同定するために、ヒト血液由来の個々の CD4 陽性 T 細胞の T 細胞受容体の配列を決定した。 CD4-CTL 細胞は顕著なクローン増殖を経ており、CD4-CTL 前駆細胞はインターロイキン- 7 受容体の高発現によって特徴付けられた。 これらの知見は、慢性ウイルス感染の前後関係を考慮した改善されたワクチン設計を容易にするはずである。(Sh,kj,nk)

【訳注】
  • クローン増殖:T 細胞の増殖反応の一つで、外界から侵入してきた異物に対して反応することにより起こる増殖。 外来抗原(異物)特異的な T 細胞の数を増やすことで効率的に異物を除去できる。
Sci. Immunol. 3, eaan8664 (2018).

二つの狼瘡症状と闘うための薬 (A drug to fight two lupus symptoms)

受容体 TLR9 は、狼瘡などの自己 DNA の誤った認識を特徴とする自己免疫疾患に関与している。 Perego たちは、抗炎症の効果がある FDA(アメリカ食品医薬品局)認可の抗高血圧薬であるグアナベンズがコレステロール代謝を変化させるので、TLR9 が十分に活性化される場所であるエンドソームにまで到達しないことを見出した。 グアナベンズ治療は、狼瘡のマウス・モデルにおける症状の重篤度を減少させた。 多くの狼瘡患者は、高血圧にも罹っているため、グアナベンズと関連化合物は二重の利点を有する可能性がある。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 狼瘡:膠原病の一つで代表的な自己免疫性疾患。 全身性紅斑性狼瘡と円板状紅斑性狼瘡に大別される。
  • エンドソーム:細胞が細胞外の物質を取り込む過程の一つであるエンドサイトーシスによって細胞内に形成される小胞で、細胞外物質を形質膜が取り囲み、陥入させて細胞内に取り込むことにより形成される。
Sci. Signal. 10, eaam8104 (2018).