AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 21 2017, Vol.356

特徴を失う (Losing its character)

北極海の東部ユーラシア海盆は、大西洋からは北極の向こう側にあるのだが、気候が温暖になるにつれ、そのより大きな隣接する西部ユーラシア海盆に似てきている。Polyakovたちは、この地域がまた、垂直混合の増加、海洋熱の放出、海氷の減少とともに層状化が弱まった状態に向かって進展していることを示している。これらの変化は、北極海系の他の地球物理学的および生物地球化学的な様相に大きな影響を及ぼす可能性があり、根本的に新しい北極の気候状態の前兆である。(Wt,kj,nk)

Science, this issue p. 285

慢性創傷中のケモカインを捕捉する (Capturing chemokines in chronic wounds)

治りが悪く慢性化した創傷では,ケモカインによる創傷初期の炎症誘発性シグナル伝達がずっと続いている。Lohmannたちは,ケモカインに結び付き,隔離することのできるグリコサミノグリカンであるヘパリンを基にした合成ヒドロゲル創傷被覆材を設計した。このヒドロゲルは,下腿慢性静脈潰瘍の分泌液中の単球走化性タンパク質-1やインターロイキン8のような炎症性ケモカインをぬぐい取り,好中球や単球の遊走を阻止する。このヘパリン・ヒドロゲルは,FDA認可のヒドロゲルPromogranよりもより効果的に,糖尿病マウスの皮膚創傷の治癒と血管新生を改善し,炎症を低減した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ケモカイン:細胞間の情報伝達を媒介するサイトカインの一つで,炎症部で大量に産生され,血管内から炎症組織内への白血球(好中球や単球が含まれる)の遊走をもたらす。
  • グリコサミノグリカン:動物の結合組織を中心にあらゆる組織に存在する多糖で強い保水力を持つ。皮膚では真皮中の基質に特に多く含まれる。
  • ヒドロゲル:水を多量に保持するゲル。
  • 糖尿病マウスの皮膚創傷:糖尿病では,末梢性神経炎や血管症により足潰瘍が生じる。
Sci. Transl. Med. 9, eaai9044 (2017).

タイプIa超新星の多重像 (Multiple images of a type Ia supernova)

一般相対性理論は、十分に大質量の天体が、その傍を通過する光の経路を曲げることを示している。この効果は重力レンズ効果として知られている。Goobarたちは、前面にある銀河による強い重力レンズ効果を示す超新星を同定した。その銀河は、超新星を大きく拡大し、その光を4つの別々の像に分離させている。さらに、その超新星は、レンズ効果のモデルに拘束を与えるのに用いることが可能な信頼できる特性を有するタイプIaと言う、十分に研究された種類のものである。この 明確に区別できる天体は、宇宙論に関する測定を可能とし、また、前景の銀河の質量分布を調べることに使用できるであろう。(Wt,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 291

メタンの低温反応 (Low-temperature methane reactions)

メタンは価値のより高い工業製品を作ることができる原料である。メタンの強いC-H結合は不均一系触媒によって活性化されうるが、しかしその温度は多くの場合、反応を選択的に制御することが困難となるほどに高い。Liangらは、超高真空条件下で化学式どおりのIrO2(110)に吸着されたメタンが、露出したイリジウム原子と反応して、150Kという低い温度でC-H結合を切断することを示している。加熱すると、表面上の切断片は表面酸素ときれいに反応して、二酸化炭素、一酸化炭素、および水を形成する。(ST,KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 299

嫌気性腸内細菌が病原体侵入に対して防御する (Gut anaerobes protect against pathogen invasion)

腸内感染は幼齢の動物にとってありふれた問題である。1つの解釈は,防御的腸内細菌相が幼児では十分に確立していないことである。 腸内細菌相が病原菌に対してどのように防御するのかについては不明である。Kimたちは,クロストリジウムとして知られている偏性嫌気性の芽胞形成菌群のメンバーが,下痢を引き起こす病原菌から新生児マウスを守ることを見つけた。防御効果は,その代謝産物であるコハク酸塩の入った飲み水をマウスに与えることで高められた。コハク酸塩は,新生児の腸に対するクラスターIVとXIVaに属するクロストリジウムの定着に有利に働き,同時に食中毒性サルモネラのネズミチフス菌を排除する。(MY,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • クロストリジウム属:偏性嫌気性(酸素の存在下では生育できない性質)で芽胞を形成するグラム陽性の桿菌(ウィキペディアによる)
  • 芽胞形成菌:生育環境が悪くなると芽胞を作って耐える細菌で,枯草菌や炭疽菌などのバチルス属と,破傷風菌,ボツリヌス菌,ウェルシュ菌のようなクロストリジウム属の細菌がある。
Science, this issue p. 315

安全な嫌気性代謝 (Safe anaerobic metabolism)

ハダカデバネズミは、低酸素条件の地下深くで、大きな群れを作って暮らしている。Parkたちは、これらの動物たちが、果糖の嫌気性解糖系へと作り直された経路を利用して、酸素欠乏による細胞組織の損傷を避けることを発見した(StorzとMcClellandによる展望記事参照)。これらの結果は、この奇妙な群居するげっ歯類が、地下生活のために達成しなければならなかった順応に関しての洞察を提供している。それらはまた、医療行為、特に低酸素から組織を守る方法の理解にとっても意味がある。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 307; see also p. 248

先祖伝来の遺産効果 (Ancestral legacy effects)

環境変化は、成体動物とその子孫の生活様式、繁殖成功度、寿命に, 何世代にもわたって決定的な影響を及ぼすことがある。Klosinたちは、線虫の一種 Caenorhabditis elegansにおいて、高温への暴露が、内因的に抑制され、時々“がらくた”DNAと呼ばれる遺伝子コピーの発現を引き起こすことを示した。この影響は、線虫の10世代以上にわたって持続した。その染色質の変化は転写開始前の初期胚で生じており、卵子と精子を通して受け継がれた。(Sk,KU,nk,kh)

【訳注】
  • Caenorhabditis elegans(カエノラブディティス・エレガンス):通称シー・エレガンスと呼ばれ、実験材料として非常に優れた性質をもつことから、実験用生物として広く利用されている。多細胞生物として最初に全ゲノム配列が解読された生物でもある。
Science, this issue p. 320

筋細胞の融合をミクロに操縦する (Micromanaging muscle cell fusion)

成体の骨格筋は、筋繊維と呼ばれる長い、多核細胞を特徴とする。筋前駆細胞、即ち筋芽細胞は分化し、胚形成の際に融合すると、筋線維が生じる。 この融合プロセスは十分には理解されていない。 細胞培養とマウス・モデルの研究から、Biたちは、筋芽細胞の融合を促進する84アミノ酸ペプチドを解析した。 Myomixerと呼ばれるこの小さなペプチドは、Myomakerと呼ばれる融合膜タンパク質と物理的に相互作用し、その活性を刺激する。 特に、Myomaker-Myomixerの対は、また線維芽細胞のような非筋細胞の融合を促進することができる。(KU)

Science, this issue p. 323

がんへの常在性記憶免疫応答 (Resident memory responses to cancer)

白斑を持つ黒色腫患者は、良好な結果をもたらす可能性がより高いと思われているが、それがどうしてかは知られていない。 Malikたちは、黒色腫抗原に特異的な皮膚における組織常在型記憶T(TRM)細胞が、白斑に感染した皮膚に保持されていることを報告している。その細胞はリンパ区画とは無関係に存続かつ機能し、このことは白斑病巣がTRM細胞に対する適所を提供していることを示唆している。 さらに、TRM細胞は、色素沈着した皮膚においてさえ、腫瘍への持続性のある記憶免疫応答を与える。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 白斑(vitiligo):色素が失われて白い斑点ができる皮膚病
Sci. Immunol. 2, eaam6346 (2017).

一滴の血液の中には何が? (What's in a drop of blood?)

血液は、多数の免疫系成分を含む多くの型の細胞を含んでいる。 免疫細胞は、以前は標識に基づく分析で特徴づけられていたが、今日分類は細胞が発現する遺伝子に依存している。 Villaniたちは、 単一細胞レベルでのディープ・シーケンス法と不偏クラスタ—分析法を用いて、6つの樹状細胞と4つの単球集団を明確に分類した。中でも、この精緻な解析により、以前には未知の、T細胞を強力に活性化する可能性を持つ樹状細胞集団が同定された。さらに, 細胞培養がさまざまな細胞集団内の可能な分化始原細胞が明らかになった。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ディープ・シーケンス法: ゲノムの塩基配列に関して, 高速でありながら必要な精度で遺伝子情報を得る技術.
Science, this issue p. eaah4573

アセチル化が微小管を強く保つ (Acetylation keeps microtubules strong)

細胞は,細胞内輸送や押し潰されを防ぐのに微小管を必要とする。Xuたちは,生きた繊維芽細胞内での微小管破損を調べ,微小管がアセチル化されていないと,長命のはずの微小管は座屈後に頻繁に断裂することを見出した。アセチル化は微小管を機械的により安定にし,微小管の原繊維間の滑りを容易にし,そして微小管の格子をさらに塑性的にする。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • 微小管:細胞中に存在する直径約 25 nm の管状の構造体。チューブリンと呼ばれるタンパク質から構成され,2種のチューブリンからなる二量体が,部分では二次元格子状に配列し,全体では繊維状につながった原繊維(プロトフィラメント)が13本程度,中空糸を形成するように連なった構造をとる。
Science, this issue p. 328

乳房の幹細胞ニッチに対する二重義務 (Double duty for mammary stem cell niche)

幹細胞ニッチは、組織と器官の維持および再生のために幹細胞の活性を調節する、複雑な局所的シグナル伝達の微小環境である。 局所的に応答するだけでなく、思春期に、乳腺幹細胞ニッチはまた、全身性のホルモン・シグナルにも応答する。 Zhaoたちは、Hedgehogシグナル伝達の転写エフェクターである Gli2が、そのニッチ・シグナル伝達プログラムに協調し、そして乳腺全体で乳房のホルモン・エストロゲンと成長ホルモンに対する受容体の発現を活性化することを発見した(Robertsonによる展望記事参照)。 疾病は幹細胞の欠陥だけでなく、微小環境の調節不全からも生じるのかもしれない。(KU,kj)

【訳注】
  • Hedgehogシグナル:細胞外分泌タンパク質Hedgehogを介したシグナル伝達経路で、細胞内でこのシグナルに応答するタンパク質の一つがGli2で遺伝子の転写を調節する。
Science, this issue p. eaal3485; see also p. 250

ナノ材料の形質転換を実時間で見る (Watching nanomaterials transform in time)

ナノ粒子の化学的形質転換の実時間解析は、通常、少数の粒子を対象とした電子顕微法で行われる。この唯一の欠点は、電子ビームによる干渉である。Sunたちは、小角および広角X-線散乱と、分子動力学の模擬実験を用いることにより、溶液中の鉄ナノ粒子の酸化を時間追跡した(CadavidとCabotによる展望記事参照)。これらの方法は、ナノ粒子中に空洞が形成され、ナノ粒子内外へ物質が拡散し、そして最終的には空洞同士が合体することを明らかにした。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 303; see also p. 245

非対称に受け継がれる薬物排出機構(Drug efflux machinery inherited asymmetrically)

バクテリア細胞の分裂において、細胞壁成分の非対称な分配が母細胞とその子供の間で起こる。バクテリア細胞の増殖集団における排出機構の非対称な分配は、抗生物質耐性の不均一性に帰結する。それによる結果の一つは、抗生物質濃度が低い時には、より古い細胞が若い細胞よりも長生きする傾向があるということである。微小流体装置により分裂細胞を捕獲、測定して、Bergmillerらは、大腸菌の主要な多種薬剤排出ポンプである AcrAB−TolCが、より古い細胞の極に集まっていることを示した(Barrettらの展望を参照)。細胞分裂が進み娘細胞が老化するにつれて、娘細胞もまた徐々に極に排出ポンプを蓄積する。(NA,KU,kj,nk,kh)

人間、それは圧倒する力? (Humans—an overwhelming force?)

人間活動は今日、地球の表面プロセスを形作る支配的な力となっている。小論において、Foleyは我々の惑星に対する人間の影響を理解し、その影響が深刻な環境へのダメージをもたらす限界点を詳述するための努力について調査している。地球が過去10,000年に遭遇した地球的境界から始めて、自然の生態系から導き出される考え方を足場として、彼は地球境界内で生きるための枠組みを提案している。人間とは異なり、生態系は資源をそれが再生されるよりも早く消費することなく、太陽を利用してほぼすべてのプロセスを動かし、環境によって同化されるよりも早く廃棄物を作らない。(Uc,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 地球的境界: プラネタリー・バウンダリーとも呼ばれる. 人類の活動がある閾値または転換点を通過してしまった後には取り返しがつかない「不可逆的かつ急激な環境変化」の危険性があるものを定義する地球システムにおけるフレームワークの中心的概念.
Science, this issue p. 251

喘息を対象とした転写因子阻害薬 (A transcription factor drug for asthma)

喘息患者では、喘息患者では、肺に多すぎるほどの杯細胞が分化し、炎症シグナルに応答して過剰に粘液を産生する。 イエダニ・アレルゲンに感作されたマウスで、Sunらは、気道の杯細胞の分化に重要な転写因子であるFOXM1の活性を阻害する、RCM-1と呼ばれる小分子の特性を明らかにした。 RCM-1はまた、気道過敏症と気道炎症をも防ぎ、これらマウスの肺機能を改善した。 この分子は、粘液分泌過多に関連する他の慢性肺障害に適用できるかも知れない。(Sh,kj,kh)

Sci. Signal. 10, eaai8583 (2017).

電子対称性の非線形な覗き見 (A nonlinear peek into electronic symmetry)

電子間の強力な相互作用が幾つかの材料において、その材料に基礎の結晶格子よりも低い対称性の立体配置をとらせることがある。このような電子ネマチック相は一般的に反転対称性を示すことが知られているが、理論科学者は強いスピン-軌道結合を示す金属材料ではその反転対称性が失われると予測していた。Harterらは、Cd2Re2O7化合物における電子秩序の対称性について探求した。この材料における既知のある構造転移が、反転対称性を破壊する別の、以前には隠れていた電子秩序の結果であるということを、彼らは見いだした。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 295; see also p. 246