AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 31 2017, Vol.355

寄生原虫の小器官を標的とする低分子 (Small molecules to target parasite organelle)

グリコソームはペルオキシソーム様の小器官で,アフリカ睡眠病,シャーガス病,リーシュマニア症を引き起こす寄生虫が有する解糖酵素を中に詰めている。Dawidowskiたちは,低分子阻害剤を設計し,ペルオキシソーム発生に関与するタンパク質のうちの2つ(PEX5とPEX14)の間の相互作用を遮断した。この2つのタンパク質は,細胞質からのグリコソーム基質タンパク質の移入を可能にする。低分子の偽ペプチド阻害剤は,ヒトのPEX相同体を妨げることなくトリパノソーマ寄生原虫をその代謝の破綻を引き起こすことで殺す。マウスでの予備的な研究で,抗寄生原虫効果が確認された。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ペルオキシソーム:直径0.2~1.5μmの単膜に囲まれた細胞内小器官で,多くの酸化酵素を含み,多様な物質の酸化反応に関わる。
  • アフリカ睡眠病:サハラ以南のアフリカで発生し,ツェツェバエの吸血でトリパソーマ原虫に感染することで発症する。ひどくなると神経疾患を引き起こし,昼間の居眠りや夜間の不眠となり,死に至る場合もある。
  • シャーガス病:中南米で発生し,カメムシ目昆虫のサシガメの吸血でトリパソーマ族の原虫に感染することで発症する。感染者の20~30%程度が心臓合併症や腸管合併症を起こす。
  • リーシュマニア症:熱帯・亜熱帯・南ヨーロッパなど90カ国以上の地方で広く見られ,サシチョウバエ類の吸血でトリパソーマ科原虫に感染することで発症する。
Science, this issue p. 1416

CD28はPD-1遮断のための決定的な標的である (CD28 is a critical target for PD-1 blockade)

PD-1(programmed cell death 1)を標的とする治療は、いくつかの腫瘍治療のための画期的発見であり、PD-1遮断はT細胞の活力を回復させて抗癌性免疫応答の制御を解除する (ClouthierとOhashiによる展望記事参照)。PD-1はT細胞受容体(TCR)を介したシグナル伝達を抑制するということが、広く信じられている。しかしながら、Huiたちはそうではなく、TCRの共刺激受容体であるCD28が、PD-1シグナル伝達の主要な標的であることを見出している。Huiたちとは独立に、Kamphorstたちは、マウスにおいてPD-1治療が効率的にがん細胞を殺し、慢性的ウイルス感染を除去するために、CD28が必要とされることを示している。PD-1治療に応答した肺がん患者はより多くのCD28+T細胞を持っており、このことはCD28により治療応答を予測出来るかもしれないことを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1428, p. 1423; see also p. 1373

土壌をより深く掘り下げて調べる (Digging deeper into soils)

土壌は地球大気より約2倍多い炭素を含み、そのため、気候変動における炭素の流れを理解するためには、その温暖化に対する応答が重要である。過去の研究では、そのような流れを調べるために、土壌を5から20cmの深さまで加熱していた。Hicks Priesたちは、地面を100cmの深さまで加熱した。その深さまで拡張して測定することにより、4°Cの温暖化は、年間土壌呼吸量を34ないし37%だけ増大させることが明らかになった。これは、これまで観測されたよりもかなり多い量である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1420

変わりゆく彗星の表面 (The changing surface of a comet)

2014年から2016年までの間、彗星67P/Churyumov-Gerasimenkoが内部太陽系を通過する際、Rosetta 宇宙船はその調査を行った。El-Maarryたちは、彗星が太陽に最接近する前後に撮影された、表面画像を比較した。断崖の崩壊、移動した大きな岩石、口の開いた亀裂を含め、多くの地質学的な変化が、はっきりと表れていた。これらは、各領域に降り注ぐ太陽光の量のような、季節的要因で引き起こされたように見える。これらの変化を理解することは、彗星の形成と進化を明らかにするのに役立つであろう。(Wt,MY,kh)

【訳注】
  • 内部太陽系:太陽から4天文単位以内の、岩石質の惑星(地球型惑星:水星、金星、地球、火星)からなる部分。
Science, this issue p. 1392

呼吸の鎮静効果 (The calming effect of breathing)

脳幹における一群の神経細胞の律動的活動が、呼吸を引き起こす。この細胞群は交じり合ってはいるが、明確に区別される神経細胞の下位集団から構成されている。Yackleたちは、この呼吸のリズム発生装置において小さな、分子的に定義される神経細胞の亜集団を見つけた。この亜集団は、一般的覚醒、注意、緊張の概括処理に重要な役割を果たしている脳中枢にその活動状態を直接投射している(SheikbahaeiとSmithによる展望記事参照)。これらの細胞の除去は正常な呼吸に影響を与えなかったが、しかしその動物を異常なほど静かにさせた。呼吸中枢はしたがって、高次脳機能に直接的、かつ劇的な影響を及ぼしている。(KU,MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1411; see also p. 1370

加齢と免疫細胞の変動性 (Aging and variability among immune cells)

免疫系が年齢とともに,どのように,また,なぜ効率が劣ってくるのかはよく分かっていない。Martinez-Jimenezたちは,異なる2種の老齢および幼若マウスに対して,CD4陽性T細胞の単一細胞配列決定を行った。幼若マウスでは,免疫刺激初期過程の遺伝子発現プログラムは,厳密に調節され,種間で一定に保たれていた。しかしながらマウスが老齢になった場合,免疫細胞刺激に応答する経路に関与する遺伝子の発現は,同じように頑強ではなく,細胞間の変動性が増大する結果を示した。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1433

出来る結晶の形を予測する (Predicting the shape of crystals to come)

炭酸塩と二酸化ケイ素を共沈させることで、複雑な三次元形状を創ることができる。この形状は、pHに依存して、花型からトランペット型など多岐にわたる。Kaplanらは、結晶成長形状を解釈するための理論的モデルを開発した。このモデルは、様々な実験条件の下での結晶の成長形状を予測し、形態成長の幾何学的側面をとらえている。(NK,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1395

名前を知ることが協力を促す (Knowing a name promotes cooperation)

人々が名前によって互いに知りあうと、彼らはお互いにもっと協力的になる傾向がある。Wangたちは「囚人のジレンマ」実験の文脈において、匿名の影響について研究した。これらの実験では、二人の人間が互いに裏切りかそれとも協力かの選択肢を有しており、そしてその結果は他方によってなされる選択に依存する。参加者が互いに相手を名前で知っていた場合、協力はよりなされていた。この実験の参加者は、実験前に同じクラスの知り合いであった。このため,例えば同年配、同じ関心、もしくはお互いの事前知識のような要素が協力を促したのかどうか、という点について不明確のままである。(Uc,kh)

Sci Adv. 10.1126/sciadv.1601444 (2017).

HIV絶滅に至る道の地図を作る (Mapping a path to HIV elimination)

サハラ以南のアフリカの約2,500万人がHIVとともに生きている。CoburnらはHIVを絶やす戦略の設計を検討した。彼らは人口の約25%がHIVに感染しているレソトに焦点を当てた。彼らはいくつかの大きなデータ集合を組み合わせ、HIV感染者の全国地理的分布の明示地図を作成した。約20%が都市部に住み、農村部では、ほとんどすべての集落に少なくとも1人のHIV感染者がいる。レソトの人口の空間的な散らばり方は、このように、HIV廃絶を遅らせ、さらには妨げている可能性がある。この状況はサハラ以南のアフリカの農業が主な他の国にも当てはまる可能性がある。(ST,kj,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaag0019 (2017).

種分布の推移による影響 (Consequences of shifting species distributions)

気候変動は、地球規模で、植物と動物の種の分布推移を引き起こしつつある。これらの分布推移は新たな生態系に至りつつあり、さらに生態学的群集の変化が人間社会に影響するであろう。Peclたちは、これらの現在および将来への影響を再調査し、持続可能な開発目標に対するその影響を評価している。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaai9214

顔形成の後成学 (The epigenetics of face-making)

どうして、私たちの耳たぶは耳についていて顎についていないのか? 顔の構造の多様な部分は、移動する神経堤細胞からから生じている。この細胞は似たものから始まるが、結局、大きく異なる顔の構造を形成することになる。しかしながら、ある構造に運命付けられた神経堤細胞も、別経路に切り替えられて違う構造に成長することができる。Minouxらは、神経堤細胞が予め用意されたパターンの平衡クロマチン状態を共有しており、それが細胞の移動前に確立され、移動の際に保持されることを見出した。移動する細胞がその最終的な位置に近づき、局所的なパターン信号と相互作用すると、それぞれ別の展開プログラムが解除されるのである。(NA,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 神経堤細胞:脊椎動物の発生初期段階に生じる細胞集団で、ここから、末梢神経系の神経細胞や支持細胞の大部分、色素細胞、内分泌細胞、平滑筋、頭部骨格といった多様な細胞種が分化する。
  • 平衡クロマチン状態:遺伝子活性および遺伝子抑制に関係するヒストン修飾が同時に存在すること。これにより、幹細胞状態が分化に進みやすくなると考えられている。
Science, this issue p. eaal2913

腫瘍の微小環境の影響 (Effects of the tumor microenvironment)

IDH遺伝子の変異コピーを持つ神経膠腫脳腫瘍は、二つの主要な種類に分割することができる。しかしながら、この二つの種類の発生と両者間の差異はさほど解明されていない。Venteicherたちは、全ゲノム配列決定および一般公開のデータを、神経膠腫患者の組織試料における単一細胞 RNA配列決定データと結びつけて考察した。彼らは、神経膠腫亜型間で共有されている共通の系列プログラムを確認した。これは、二つの神経膠腫種類間で観察されたその差異が、系列特異的な遺伝的変化とその腫瘍の微小環境から生じていることを示唆している。(KU)

【訳注】
  • 神経膠腫(glioma):グリア細胞に由来する悪性の脳腫瘍。
  • IDH遺伝子:isocitrate dehydrogenase遺伝子。
  • 系列プログラム: 原細胞をある系列細胞に分化させるために働く遺伝的プログラム。
Science, this issue p. eaai8478

大部分の火星の大気が失われてきた (Most of Mars' atmosphere has been lost)

火星は、主に二酸化炭素からなる薄い大気を有している。惑星表面に残された証拠は、火星はかつては暖かく湿潤であったことを示しており、それは昔は濃い大気であったことを示唆している。Jakoskyたちは、大気の様々な高さでアルゴン同位体の存在度を測定した。重い同位体よりも軽いもののほうが宇宙に容易に放出されるので、火星形成後、大気中アルゴンのおよそ66%が宇宙へと失われてきたことが分かる。火星大気の歴史を理解することは、いかに、そして、なぜ火星の気候が変化したのかの説明に役立つであろう。そして、地球での類似過程の研究に情報を与えるであろう。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1408

ベンゼンをC-H結合の包丁にする (Turning benzene into a C–H bond cleaver)

強い結合を切断する最良の方法を化学者に尋ねると,彼らはもっと強い結合を作れと言うだろう。Shaoたちはこの原理を応用し,より強い結合,Si-F結合を使って炭素-水素結合を切断した。彼らはフッ素置換基とシリコン置換基が隣接したベンゼン環を作った。その後彼らは,やや過剰の活性化シリコンをカルボランと対に用いて,前記フッ素を切り離して陽イオン様のアリール中間体を生成する触媒サイクルを始動した。この中間体はその後,メタンを含むアルカンの,概して不活性なC-H結合に切り込むことができる。アルキル化された環状物はそれに結合しているシリコンの遊離に進み,その結果,触媒サイクルの過程が維持される。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • カルボラン:ホウ素原子と炭素原子を正多面体の各頂点に含む分子群のこと。ここではカルボラン酸アニオンとして、フッ素引き抜き活性の強いシリリウムカチオンR3Si+を安定化するのに用いている。
Science, this issue p. 1403

シアノバクテリアにおける光合成の進化 (Photosynthesis evolution in Cyanobacteria)

いつどのようにして、シアノバクテリアが光合成を通じて酸素を作り出す能力を進化させたのかは、ほとんど分かっていない。Sooたちは、シアノバクテリアと他の関連細菌の系統のゲノムを調査した。これらの原核生物の系統学的関連は、好気呼吸の進化が複数回生じたらしいことを示唆している。このことは、現生の光合成機構が、明らかに遺伝子水平伝播と二種類の光合成機構の融合を通じて発生したという証拠に加えて、進化史における光合成の起源が比較的遅かったことを支持している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1436

結核菌はサーチュインによる死に顔を向けている (Mtb faces sirtuin death)

薬剤耐性の象徴である結核菌(Mtb)と戦うためには、新しい治療法が必要である。今回Chengらは、Mtbの感染が、活動性疾患を持つ動物モデルと患者の骨髄細胞のサーチュイン1、すなわちNAD+(酸化ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)依存性脱アセチル化酵素、を減少させることを報告している。サーチュイン1の活性化は、Mtbの細胞内成長を阻害し、持続性の炎症反応も阻害し、その結果、肺の病状を軽くした。さらにサーチュイン1の活性化は、第一選択の抗結核薬の有効性を高めた。これらの効果は、ある程度骨髄性細胞の改変が原因である可能性がある。なぜなら、骨髄性細胞に特異的なサーチュイン1を欠損したマウスは、野生型対照群に較べ、炎症の増加と感染に対する高い感受性の両方を有していたからである。このようにサーチュイン1は、Mtbに対する宿主を対象にした療法の標的になるかもしれない。(Sh,MY,kj,nk,kh)

Sci. Immunol. 2, eaaj1789 (2017).

危機的状況にあるオオコウモリ (Flying foxes in peril)

多くの熱帯の島々で見られるフルーツ・コウモリの一つの仲間である島オオコウモリは、ますます、狩猟や生息地の破壊による脅威にさらされている。展望記事において、Vincenot たちは、これらの種が果たしている重要な生態学的役割に注目している。例えば、モーリシャス島で最後まで生き残っているオオコウモリの種群は、この島における固有の植物相の生存のカギを握っている。それでも、オオコウモリは広く害獣と見なされており、果実生産者との戦いが淘汰を招いてきた。著者らは、これら生態系の要となる種のさらなる減少を避けるため、法律の改善、より厳格な実施、そして非致死性の「オオコウモリにやさしい」栽培果実防護方法の使用を呼びかけている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1368

ビタミンCはミクログリアの活性化を防ぐ (Vitamin C prevents microglia activation)

ビタミンCの還元型であるアスコルビン酸塩濃度の変化は、神経機能を変化させ、神経変性障害と関連付けられる。組織損傷または病原体に応答するミクログリアの活性化も、神経変性障害に寄与する。Portugalらは、ナトリウム-ビタミンC共輸送体2(SVCT2)によるビタミンC摂取が低下すると、原始的なげっ歯類およびヒト・ミクログリアの活性化を引き起こすことを示した。アスコルビン酸の服用によって、またはSVCT2を不能にするインターナりゼーション(包み込み)を阻止したとき、ミクログリアの活性化は抑制された。このことは、ミクログリアが反応性になるのを防ぐためにアスコルビン酸が使えることを示唆している。(Sh,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ミクログリア:グリア細胞の一種で、脳内の免疫防御を担っている。
Sci. Signal. 10, eaal2005 (2017).

支持された金イオン (Supported gold ions)

アセチレンへの塩化水素付加用の塩化第二水銀触媒は,重要な重合体原料である塩化水素を生成する。しかしながら,より環境にやさしい触媒である,炭素上に支持された金が,今日,塩化第二水銀を置き換え可能である。Maltaたちは,作用中のこの触媒に対するX線分光学的測定と計算モデル化を用いて,この活性化学種が,単一部位に共存するAu+とAu3+であることを示している。これらの化学種は,同類の酸化還元対を介して反応する単一の金属原子を備えた可溶性触媒の類似体である。(MY,kh)

Science, this issue p. 1399