AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 6 2017, Vol.355

火山のプルームを聞く (Hearing a volcanic plume)

2016年にアラスカ州Pavlof Volcanoで起きたような遠方の噴火の監視は、困難だがやりがいのある課題である。Feeたちは、Pavlofの噴火中の噴煙の高さは、遠方にある超低周波空振観測点列で検出される音波と火山性微動の振幅の測定から推測可能なことを発見した。監視に音波を使用することは一般的ではないが、遠方の噴火にはよく適している。特に、目視観測や衛星観測がない場合にはそうである。(Wt,MY,nk,FYO,tf,kh)

Science, this issue p. 45

海表面温度の記録群を調和させる (Reconciling sea surface temperature records)

効率的な気象予測、気候モデリング、海洋生態系研究は、海表面温度に対するしっかりした理解から恩恵を受けるはずだ。残念なことに、海表面の測定は様々な方法でなされるため、測定結果は矛盾がしばしばあり、それを利用する下流モデルの信頼性を損なっている。最近になってアメリカ海洋大気庁(NOAA)は、幾つかのデータ集合の中の系統的誤差に気づいて訂正を行った。この訂正は海表面温度が従来考えられていたよりも速い速度で高くなってきたことを意味する。Hausfatherらは、訂正された推定値と、系統的誤差の影響を受けない概ね独立な複数のデータ集合の比較をした。彼らの結果はNOAAの訂正が正しいことを確認し、海表面温度上昇の速度が従来報告されていたよりも確かに大きいことを確認している。(ST,MY,ok,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1601207(2017).

この抗血小板薬は丁度ピッタリだ (This antiplatelet agent is just right)

抗血小板剤は,脳梗塞の危険性が高い患者でその予防によく使用されている。残念ながら,これらの薬によく見られる副作用は,過度の出血である。抗血小板剤の安全域を改善するため,Wongたちは,新しい治療標的,PAR4と呼ばれる血小板受容体を特定した。彼らは低分子薬剤を開発し,その有効性と安全性を動物モデルで評価した。この新しい薬剤は,広く用いられる抗血小板剤であるクロピドグレルと劣らず有効で,治療投与域がそれよりはるかに広かった。(MY,kh)

【訳注】
  • 抗血小板剤:血小板の凝集を阻害することで,血小板が原因することで狭心症,心筋梗塞,脳梗塞など動脈で起こる血栓症を起こりにくくする薬剤
Sci. Transl. Med. 9, eaaf5294 (2017).

脳の構造と機能は連携して成熟する (Brain structure and function mature together)

我々の顔認識能力は、乳児期から成人期にかけて向上する。この向上は、視覚系中の特定の顔選択領域に依存している。Gomezたちは、関連する脳領域を走査しながら、子供たちと大人たちの顔記憶と場所認識を検査した。脳中では、機能的変化と一緒に解剖学的変化が起きていた。高次視覚野の幾つかの領域は著しく発達して成熟したが、他の領域には変化がなかった。このように、顔認識の向上は、脳の構造的変化と機能的変化の相互作用を含んでいる。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 68

ビスマスで理論は行き詰まる (Going cold with Bismuth)

鉛やアルミニウムのような多くの金属元素は、低温で超電導となる。電荷担体密度が非常に低い半金属であるビスマスは、10mKまで下げても非超電導のままである。Prakash たちは、巧妙な磁化測定を行い、純粋な塊状のビスマスが、約 0.5 mK というごく低い温度で超電導状態に遷移することを示した(Behniaによる展望記事参照)。ビスマスは、超電導の標準像にうまく当てはまらないため、この発見を説明するにはさらなる理論的研究が必要である。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 52; see also p. 26

化石ホオズキに光を当てる (Shedding light on fossil lantern fruit)

ナス科の植物(つまりイヌホオズキ類)は最もよく研究された植物の科の1つであるが,それらの植物の進化的起源はこれまで比較的曖昧なままだった。分子系統進化での分岐時期に対する化石による裏付け証拠はないままだった。Wilfたちは,アルゼンチンで得られた5200万年前のホオズキの化石を示し,現生のホオズキ属に属するとしている。これらの化石の発見は,ホオズキの系統の起源がさらに早いことを示唆し,ゴンドワナ超大陸の最終分裂の前に,ナス科が多様化した可能性を示している。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 71

テールの図化で明らかにされた組み換え (Recombination revealed by mapping tails)

減数分裂は二倍体の親細胞から半数体の配偶子を発生させる,特殊化した2回の細胞分裂である。相同染色体間での減数分裂組換えが,娘細胞への特有の染色体分配を確かなものにしている。Mimitouたちは酵母で,DNA二重鎖切断端における切除について全ゲノムにわたって調べた。この切除は減数分裂組換えにとって鍵となる一本鎖テールを発生させるが、そこではTel1キナーゼが切除の開始を駆動し、迅速で効率的な切除を可能にするのに、通常はDNAを収納するヌクレオソームが解体される必要があった。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 減数分裂組換え:相同染色体間でDNAの交換が起こり,その結果生じた生殖細胞の染色体が父親と母親からの遺伝子が混ざり合ったものとなること
  • ヌクレオソーム:DNA分子を折り畳んで細胞核内に収納する役割をもつタンパク質であるヒストンの周りにDNAが巻き付いた構造
Science, this issue p. 40

柔軟性を改善するために重合体を閉じ込める (Trapping polymers to improve flexibility)

自由表面上か、あるいは薄層や管の中に閉じ込められた高分子は、バルク(原体)とは異なる特性を示す。閉じ込めにより結晶化を防止することが可能であり、奇妙なことに、時には分子鎖に、挙動に対してより大きな機会を与えることがある。Xuたちは、エラストマー(非常に伸縮性のあるゴム状重合体)の内部に閉じ込められた半導体性重合体が、大きな変形を与えられた場合にも、その導電特性を維持することを見出した(Napolitano による展望記事参照)。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 59; see also p. 24

インタソームに関する高分解能の洞察 (High-resolution insights into the intasome)

HIV-1のようなレンチウイルスの生活環における本質的に重要な段階は、ウイルスDNAが宿主ゲノムに組み込まれ、宿主細胞への永久感染を確立するときである。ウイルスのインテグラーゼ酵素は、この過程を触媒するので、 主要な薬剤標的である。ウイルス組み込みの際に、インテグラーゼはウイルスDNAの末端に結合し、インタソームと呼ばれる高次構造を形成する。PassosたちとBallandras-Colasたちは低温電子顕微法を用いて、HIV-1とヒツジのレンチウイルスであるマエディ・ビスナウイルスの両者からのインタソームの構造を解明した。これらの構造は、インテグラーゼがどのように自己会合して機能的インタソームを作るのかを明らかにし、そしてインタソーム組立に関するこれまでの互いに相容れないモデルの決着に一役買っている。(KU,MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • レンチウイルス:RNAウイルスの中で逆転写酵素を持つレトロウイルス科の一属で、発病までの進行が緩徐(lente)なウイルス群
Science, this issue p. 89, p. 93

次世代の化学製造 (The next era of chemical manufacturing)

化学物質の大量生産は産業革命を起源にしている。しかし、産業総合は、規模の大きい持続性の必要性と社会経済的な課題を招いている。バイオテクノロジーの急速な進歩は、生物学的生産がまもなく実現可能な選択肢となるかもしれないことを示唆している。しかし、生物学的方法で化学物質の大規模生産は可能だろうか? Clomburgらは、反応調整性の高い生体触媒と生産規模のかね合いを含め、生物学的工業生産のこれまでの進展について概説している。例えば、メタンのような炭素数が1の化合物の生物学的転換は、所望の化合物に対するより持続的・分散的な生産に対する試験台として役割を果たしてきている。(NA,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 10.1126/science.aag0804

長鎖非翻訳RNAの極めて焦点を絞った機能 (A very focused function for lncRNAs)

ヒト・ゲノムは、何千もの長い非翻訳RNA(lncRNA)を生成する。非常に少数のlncRNAが機能的であることが示されてきた。LiuらはCRISPR干渉に基づく大規模探索を行い、7つの異なるヒト細胞株における17,000近くのlncRNAの機能を評価した。試験したlncRNAのかなりの数(500近く)が細胞増殖に影響を与え、生物学的機能を示唆した。しかしほとんどの場合、その機能は高度に細胞型に特異的で、しばしばただ1つの細胞型に限定されていた。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • 非翻訳RNA:タンパク質へ翻訳されずに機能するRNA
  • CRISPR干渉:ガイドRNAが標的とする遺伝子領域に改変Cas9タンパク質がとりつくことで,この部分の遺伝子転写を阻止するあるいは活性化する手法。ここではlncRNAへの転写を阻止する方法がとられれいる
Science, this issue p. 10.1126/science.aah7111

密度汎関数計算にて密度はいずこへ? (Whither the density in DFT calculations?)

密度汎関数理論(DFT)の継続的な発展が, 計算的に扱いやすいシミュレーションで分析可能な分子の大きさや複雑さを拡張してきた。新しい汎関数がうまくいったのかの慣習的な測定基準は、計算されたエネルギーの精度であった。Medvedevたちは、これらの汎関数がいかにうまく、一連の中性および陽イオン化した原子の電子密度を計算できるかを検討した(Hammes-Schifferの展望記事参照)。歴史的にはエネルギーと密度の精度は共に向上してきたが、最近の汎関数のなかには電子密度の再現性を犠牲にしたものもある。(NK,MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 49; see also p. 28

セレス表面下の水からなる氷 (Water ice beneath the surface of Ceres)

内部太陽系にある準惑星セレスは、岩と氷との混合物からなる地殻を有すると考えられている。Prettyman たちは、Dawn 宇宙船からの中性子およびガンマ線分光を用いて、セレスの表面下に目を凝らして、地下の組成を画像化した。彼らは、準惑星全体にわたる水からなる氷の証拠を発見した。それとともに、赤道の周りよりも極近くに大量の水があることも判った。これらの結果は、他の元素の測定とともに、セレスの組成の理解を助け、その形成モデルを制約するものとなる。(Wt,kh)

Science, this issue p. 55

甘い、でも甘すぎない (Sweet, but not too sweet)

花の蜜を食する花粉媒介者は、選択の余地がある場合、高濃度の糖分を有する花の蜜を好む傾向がある。蜜を生産する植物は、しかしながら、より低濃度の蜜を生産する傾向がある。この選択圧と形質値との間のくいちがいは、長く進化学の矛盾と見なされてきた。Nachevたちは、コスタリカの雨林において、リアルタイムに進化するようにコンピュータでプログラムされた偽花蜜供給装置アレイを用いて、この「矛盾」は実際には花粉媒介者の選択によって駆動されていることを示した(Farrisによる展望記事参照)。花粉媒介者のコウモリは自身の選択を、花の蜜の甘さに対する小さく非線形な感覚の違いに基づいて行っており、このことは総体として甘さの少ない蜜を選択するように働いていた。(Uc,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 75; see also p. 25

チベットへの定住 (The peopling of Tibet)

チベット高原への最初の永続的な人類居住の時期は、農耕がチベットに定着した約3600年前と推測されてきた。Meyerたちはいくつかの年代測定法を用いて、人間の手形や足跡が発見された高高度地点(4270m)における堆積物を分析した。彼らの分析結果は、7400年前おそらくはもっと以前に、この高原に定住があったことを示している。この時期はチベット人の遺伝学的歴史と一致しており、この高原がこの時代には地域的により湿潤な気候であったことにより、農耕時代以前に永住が可能であったことを示している。(Uc,kh)

Science, this issue p. 64

成りすましによってがん薬剤を逃れる (Evading cancer drugs by identity fraud)

前立腺がんの増殖は、アンドロゲンと呼ばれる男性ホルモンで促進される。アンドロゲン受容体 (AR)を標的とする薬剤は、最初は効果があるが、最終的にはほとんどの腫瘍が耐性を持つようになる(KellyとBalkによる展望記事参照)。Muたちは、前立腺がん細胞が、系列特性の変化によりアンドロゲン遮断療法の効果を免れることを見いだした。腫瘍抑制因子TP53とRB1の機能喪失は、前立腺がん細胞の細胞系が、AR依存性の管腔上皮細胞からAR非依存性の基底様細胞へと変化することを促進した。関連した研究でKuたちは、前立腺がんの転移、系列切り換え、そして薬剤耐性が、上に述べた同じ腫瘍抑制因子の同時喪失によりもたされ、かつ後成的調節因子Ezh2の発現増加を伴うことを見出した。Ezh2阻害剤はその系列切り換えを元に戻し、そして実験モデルにおいてアンドロゲン遮断療法への感受性を回復させた。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 84, p. 78; see also p. 29

組織内にある胸腺保護分隊 (In-house thymus protection squad)

骨髄に常在する形質細胞からの循環抗体は、胸腺を感染から保護するのに役立つ。Nuñezらは、ヒトの胸腺に存在する形質細胞が、ウィルスに共通のタンパク質に反応する抗体を産生することを見出した。これらの細胞は、胸腺上皮領域と循環系との間の胸腺周囲血管腔に生息し、病原体侵襲に対して胸腺を強化しているらしい。形質細胞は高齢の個体で維持され、おそらく終生の胸腺保護に寄与している。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 形質細胞:血液細胞の一種でB細胞が変化した最終形態。B細胞は異物を見つけると形質細胞となり、抗体を放出して攻撃する
Sci. Immunol. 1, eaah4447 (2016).

肝臓の脂質生成を破壊する (Breaking down hepatic lipid production)

脂肪肝と呼ばれる状態の肝臓における脂質蓄積は、しばしば肥満といったメタボリック症候群で発生する。脂質の新たな合成は脂質蓄積に寄与し、 Lipin1により抑制される。Shimizuたちは、特定の部位でリン酸化されるLipin1がβ-TRCP1を含むユビキチン・リガーゼ複合体によって分解されることを見出した。β-TRCP1の欠乏した肝細胞はより多くの Lipin1を持ち、そしてトリグリセリド含有量を減少させた。更に、β-TRCP1の欠乏したマウスは食餌誘発性脂肪肝から免れ、この経路を標的とする治療法が脂肪肝を防ぐ可能性を示唆している。(KU,nk,kh)

Sci. Signal. 10, eaah4117 (2016).