AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 23 2016, Vol.354

ほら感じた,ほら感じない (Now you feel it, now you don't)

感覚刺激の検知を決定しているのは何だろうか? この問題に取り組むため,Takahashiたちはマウスの研究で,生体内二光子画像法,電気生理学,光遺伝学,行動解析を組み合わせた。脳の体性感覚皮質における錐体神経細胞の尖端樹状突起のカルシウム信号が,マウスのひげの知覚閾値を制御していた。樹状突起のカルシウム信号伝達の大幅低減は知覚検知の閾値を損ない,同一の刺激にもはや気付くことができなかった。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 二光子画像法:生体中の所望の場所に二光子吸収を発生させ,それによる蛍光を取得して画像化する顕微鏡技術。光による生体ダメージが少なく,高解像度で3次元画像を取得できる特徴を持つ
  • 電気生理学:神経,脳,筋肉をはじめとする生体組織や細胞の電気的性質と生理機能との関係を取り扱う学問分野
  • 光遺伝学:光感受性タンパク分子を特定の細胞に発現させ、その細胞機能を光で操作する技術
Science, this issue p. 1587

Rosetta は昇華しつつある表面氷を観測した (Rosetta observes sublimating surface ices)

彗星は、氷と塵埃からできた「汚い雪の玉」であるが、氷は昇華していくらかの塵埃を表面に残すため、彗星は黒っぽい色をしている。67P/Churyumov-Gerasimenko 彗星が太陽に最も近い点を通過した時、Rosetta 宇宙船はそれの近接した画像を与えた(Dello Russo の展望記事を参照のこと)。Filacchione たちは、彗星の核の表面にある小さな斑点が日陰期である冬を脱して現れた時、それらの斑点に、固体CO2(ドライアイス)のスペクトル信号を検出した。どのように CO2 が昇華するかについてモデル化することにより、彼らは、彗星の組成とともに、どのようにして氷がガス状のコマや尾部を生成するのかについての制限を与えている。 Fornasier たちは、彗星の画像を研究し、氷が露出した表面の上に明るい斑点を発見したが、それは氷が昇華するにつれ消失した。彼らはまた、後退していく影の部分から現れる霜も観測した。彗星の表面は、夜明け直後の場所では、顕著に赤みが少なかった。それは、その場所が昼である間に、太陽光によって氷状の物質が除去されたことを示している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1563, p. 1566; see also p. 1536

マヨラナ束縛状態の形状を観る (Watching Majorana bound states form)

マヨラナ束縛状態(MBS)は、トポロジカル量子計算にいつか不可欠となるかもしれない特異な準粒子である。この状態を操るために、物理学者たちは超伝導体に接続された半導体ナノワイヤーを用いてきた。これまで観測された特性の多くは理論予測と合うものであるが、MBSの生成過程を詳細に調べることが期待されている。Dengらは、ナノワイヤの超電導ギャップ内で生じる束縛状態の分光器として働く、片末端に量子ドットを備えたナノワイヤーを作り上げた。この設定を用いて、磁場を変えるとトポロジカルに自明な束縛状態が合体してMBSとなることが観察された。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1557

バクテリオロドプシンのスナップ写真 (Snapshots of bacteriorhodopsin)

バクテリオロドプシンは、光からエネルギー成分を取り入れ、膜電位差に逆らって細胞外にプロトンを輸送する膜タンパク質である。Nangoらは、X線自由電子レーザーでの時間分解連続フェムト秒結晶解析を用い、光活性化後にナノ秒からミリ秒で起こる立体構造変化の13枚の構造的瞬間写真を提供した。これらの変化は、活性部位で始まり、タンパク質の細胞外側に向かって伝播し、そして細胞内の複数のプロトン交換を仲介し、プロトン輸送を実現する。(Sh,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1552

窒化ホウ素触媒 (Boron nitride catalysis)

プロペンは、最も大量に生産される有機化学物質の一つである。プロペンは、主にナフサから作られてきたが、世界的な供給連鎖の変化により不足が生じている。酸素との反応による、天然ガスの一成分であるプロパンからの直接変換は魅力的な代替案であるが、既存の手法では大きな比率で不必要な CO と CO2 になってしまう。Grant たちは、通常は非反応性の物質である窒化ホウ素が、プロペン(77%)とエテン(13%)の生産を触媒する高い選択性を有していることを報告している。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • プロペン、エテン:それぞれプロピレン、エチレンのIUPAC命名法による呼び方
Science, this issue p. 1570

「見えざるもの」の大量移動 (Mass movement of “invisibles”)

我々は、脊椎動物の移動については地球全体で多くの事を知っている。しかしながら、この惑星に住む動物の大部分は無脊椎動物であり、我々は、それらの移動についてはほとんど知らない。Hu たちは、10年間、英国南部にまたがる大型および小型の昆虫の移動を監視した。彼らは、一兆匹以上の昆虫が、毎年この地域を横切って移動していることを見出した。そのような大量の生物量の移動は、それらの昆虫が往復する生態系に大きな影響を与えている。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1584

スブチラーゼによるホルモン前駆体の加工 (Prohormone processing by subtilases)

結実期に入った花は器官脱離と呼ばれる制御過程で花弁を落とすことになる。Schardonたちはモデル植物シロイヌナズナで,花器官脱離を制御するペプチドホルモンの産生を解析した。彼らは,タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)阻害剤を組織特異的に発現させて,植物中でペプチドホルモン産生に必要なホルモン前駆体転換酵素として働くサブチリシン様プロテアーゼを特定した。(MY,nk,kj)

【訳注】
  • スブチラーゼ:セリン基を触媒基として持つタンパク質分解酵素(セリン・プロテアーゼ)の一種。セリン・プロテアーゼはアミノ酸配列や立体構造の類似性からサブチリシン様セリン・プロテアーゼ とキモトリプシン様セリン・プロテアーゼの2種があり,スブチラーゼは前者に属する
  • ホルモン前駆体転換酵素:ホルモン効果のほとんどないホルモン前駆体をホルモンに転換する酵素
  • サブチリシン:枯草菌あるいはその近縁菌種起源のセリン・プロテアーゼ
Science, this issue p. 1594

留まるのか去るのかの均衡 (A balance between staying and leaving)

骨髄からの好中球の分離は,好中球を骨髄中に留めるか、あるいは組織へと補充するように働く,2つの対抗ケモカイン間の均衡により決定される。両方のケモカインは,グアノシン三リン酸に対する低分子分解酵素Racを活性化する。Campaたちは,活性Racが定常値に戻る時間が,好中球がどの程度の間骨髄に留まるのかを決めていることを見出した。Rac阻害剤を欠いたマウスは,対照マウスよりも骨髄中の好中球がより多く,また,好中球の循環量がより少なかった。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ケモカイン:マクロファージ、内皮細胞、T細胞などから産生され,白血球の遊走に関わるタンパク質
Sci. Signal. 9, ra124 (2016).

処方どおりの薬の組み合わせ (Combining drugs as the doctor ordered)

ガン免疫療法はますます多くのガンに使用されている。しかし化学療法は依然として主力のガン治療であり、(局所法と全身法の)2つのアプローチを組み合わせた良い方法を見つけるのは難しいかもしれない。 Mathios らは、膠芽腫のマウス・モデルで、免疫チェックポイント阻害療法の前後での局所的と全身的の化学療法の有効性を系統的に評価した。 局所化学療法は、チェックポイント阻害療法と組み合わせて特に効果的であったが、全身化学療法の場合は免疫系に与える損害が大きく、組み合わせは役に立たなかった。(Sh,MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 膠芽腫:脳腫瘍の一種。非常に未分化で増殖能が高い
  • 免疫チェックポイント阻害:ガン細胞にはガン細胞を攻撃するキラーT細胞の活性を下げる免疫チェックポイントという仕組みがある。この免疫チェックポイントを阻害して免疫力を高める療法
Sci. Transl. Med. 8, 370ra180 (2016).

精密医療の力を解放する (Unleashing the power of precision medicine)

精密医療は、発病性の遺伝的変異に基づいて危険度を特定し患者を治療する能力の見込みがある。二つの研究が、5万人を超える人のエクソーム解析結果と、その人たちの電子健康記録とを組み合わせた。 Deweyらは、調査対象者の3.5%近くの人が臨床治療が可能な遺伝的変異を持つことを見出した。これらの変異体の多くは、心血管の健康に影響を与える可能性のある血中脂質濃度に影響していた。 Abul-Husnらはこれらの知見を拡張して、自分たちが診ている患者集団の中で、心血管疾患の危険度因子である家族性高コレステロール血症の遺伝学および治療法を研究した。遺伝子スクリーニングは、処置が増加することから恩恵を受けることができる、発病の危険のある患者を特定するのに役立った。(Sh,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エクソーム解析:全ゲノム解析に対し、タンパク質合成の情報を持つエクソン配列のみを網羅的に解析する手法
Science, this issue p. 10.1126/science.aaf6814, p. 10.1126/science.aaf7000

どのようにして毛や汗腺を増やすか (How to grow hair or sweat glands)

体が熱くなりすぎた時に,喘いだり,日陰や水を求める必要のある哺乳類とは異なり,ヒトは猛暑に耐えるよう自己冷却することができる。我々がマラソンを走ることを可能にする汗腺は,この優れた業(わざ)に役立っている。Luたちは,マウスの背中の毛や発汗性の足の発生期における皮膚附属器の多様性を調べた(LaiとChuongによる展望記事参照)。彼らはまた,体の同じ領域で体毛と汗腺の両方を作る能力があるヒトの皮膚を調べた。上皮・間充織相互作用は,発生の特定の時期に働くさまざまなシグナル伝達経路と共に,環境への順応に向けて異なる皮膚附属器を作るのに極めて重要である。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • 上皮・間充織相互作用:発生中の器官における,その器官を作る上皮組織と間充織との間の相互作用。この相互作用により器官の形態形成・細胞分化が規定される
Science, this issue p. 10.1126/science.aah6102; see also p. 1533

形成された環境で量子ビットの寿命を延ばす (Extending qubit lifetime through a shaped environment)

量子ビット (Qbit)は、量子計算において情報を符号化し処理する、量子の二準位系である。孤立させておくと、量子ビットは安定でありうる。しかしながら、実用的な設定では、量子ビットは配置され、互いに相互作用しなければならない。そのような環境は、一般に脱干渉可能性の原因とみなされ、量子ビットの情報符号化を維持する能力に有害な影響を与える。Gustavsson たちは、超電導量子ビットの干渉可能時間を実質的に増大させることが可能な「環境形成」の源として、パルス列を用いた。(Sk,kh)

【訳注】
  • 脱干渉可能性: 量子ビットの基礎である量子力学的干渉可能性が壊れて情報が失われること
Science, this issue p. 1573

パリ協定の海洋での恩恵 (Marine benefits of the Paris Agreement)

最近の世界的協定を守って、気温上昇を産業化前の水準から 1.5°から 2°C に制限することは、陸上の生態系全体に恩恵をもたらすであろう。しかし、海洋生態系についてはどうだろう? Cheung たちは、漁獲高と種の入れ替わりという、漁業の持続可能性に関する二つの主要な尺度についての気温上昇の影響をモデル化した(Fulton による展望記事参照)。気温上昇を 1.5°C に制限することは、実質的に漁獲高の潜在力を改善し、捕獲される種の入れ替わりを減少させる。これらの結果は、この重要な目標にかなうさらなる裏付けになっている。(Sk,kj)

Science, this issue p. 1591; see also p. 1530

量子光学的循環器 (A quantum optical circulator)

循環器は、単純な規約に従って信号の経路を定める、3ないし4端子の受動的な素子である。端子に昇順で番号が付けられているとすると、端子1、2、3、4から循環器に入った信号は、それぞれ、端子2、3、4、1から出てくる。Scheucher たちは、単一原子の内部量子状態を用いることにより作動する、集積光学循環器を実証した(Munro と Nemoto による展望記事参照)。さらに、その経路設定は、原子のスピンをひっくり返すことにより、逆にすることができる。そのような集積光学素子は、拡張可能な集積光学回路における量子情報の経路制御と処理にとって、重要かもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1577; see also p. 1532

充填規則を厳密に調べる (Probing packing rules)

特定の配位子で被覆された金ナノ粒子の結晶は,格子への充填がどのように起こるのかを明らかにすることができる。Zengたちは,246の原子からなる金のコアが80の4-メチル・ベンゼン・チオール配位子で囲まれたナノ粒子を合成した。ほぼ球状のこれらのナノ粒子は立方配置へとは充填せず,その代わり対称性のより低い単斜構造を形成した。層ごとにキラル性が逆になって重なるキラルな配列の設定を含む充填を, 階層をなす粒子間配位子相互作用が制御している。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1580

ジカ熱ウイルス酵素に対する閉じた立体構造 (A closed conformation for Zika virus enzyme)

最近のジカウイルスの流行は,抗ウイルス薬の必要性に光を当てた。重要な薬物標的の1つは,このウイルスが持つ,ウイルス複製に必須な酵素のNS2B-NS3タンパク質分解酵素である。Zhangたちは,この酵素の高分解能結晶組織を,酵素単独の場合と,酵素の活性部位にペプチドが逆向きに結合した場合とで報告している。これらの構造は,このタンパク質分解酵素が他のフラビウイルスとは異なり,NS2BがNS3とかみ合い,基質結合場所が空となった閉じた立体構造を取ることを明らかにしている。さらに,基質が結合しても酵素の立体構造は大きくは変わらなかった。(MY,kh)

Science, this issue p. 1597

危なっかしい均衡 (A precarious balance)

すべての海盆は、数百メートルの深さにほとんど酸素のない領域を有している。これらの酸素極小層は大きくなりつつあり、多くの沿岸領域もまた、河川からの栄養物流入の増加のため、酸素が欠乏している。Watson は展望記事の中で、地質学的な過去において、重大な環境上の危機が、全海洋に海洋生物に悲惨な結末を伴う,酸素欠乏状態を引き起こしてきたことを説明している。海洋全てが影響を受けるには、現在の変調が千年の間続く必要があるだろう。しかし局所的には、今日の増大しつつある死の領域がすでに動物には致命的となっている。(Wt,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1529