AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 1 2016, Vol.352


敏感な氷床 (Sensitive ice sheets)

何故に、南極の氷床は3,400万年前に成長し始めたのか、そして現在の我々とどう関係しているのだろうか? Galeottiたちは、南極大陸の沖合から得られた海洋堆積物のコアを調査した(LearとLuntによる展望記事参照)。その氷床は大気 CO2濃度が約600ppm以下に減少するまで、成長し始めることはなかった。実際に、その氷床は CO2濃度が高くなると不安定になった。現在の大気 CO2濃度が上昇し続けると、不安定な南極の氷床に戻ることによって、危険な海水面上昇を増加させる可能性がある。(Uc,KU,nk,ok)

無細胞のDNAと脂肪組織の炎症 (Cell-free DNA and adipose tissue inflammation)

肥満は,慢性炎症とそれに続くインスリン抵抗性(2型糖尿病)を誘発することがあるが,どのようにしてこれが起こるのかは難問であった.Nishimotoたちは。変性脂肪細胞が、その脂肪組織にマクロファージを引きつける DNA(無細胞のDNA,あるいはcfDNAとして知られる)を遊離し、結果として炎症を引き起こしたり、悪化させたりすることを見出した.Toll様受容体9は cfDNAを認識することに関与していた.この受容体の遺伝的欠失は,脂肪細胞組織内でのマクロファージの蓄積とインスリン抵抗性をともに減少させた.このため,この受容体は,肥満関連病気の治療標的となるかもしれない.(MY,KU,kh)
【訳注】
・インスリン抵抗性:体内でインスリンが正常に働かなくなり,糖代謝が不全となった状態のこと
・無細胞のDNA:血液や尿等に存在する,細胞外に遊離放出されたDNA断片のこと
・マクロファージ:異物貪食能力の高い白血球の一種
・Toll様受容体9(TLR9):ウイルスや細菌由来の外来DNAを認識する受容体で,細胞内の細胞内小器官の膜に存在する

酸素の少ない空気を吸って丈夫に育つ (Thriving on a breath of low oxygen)

ミトコンドリア病は衰弱性疾患で,ほとんど治療不能である.多くは,細胞エネルギーを生み出すミトコンドリア呼吸鎖を損なう遺伝的変異が原因である.この病気は全ての組織に同じように影響するわけではないので,細胞がミトコンドリアの不具合に対処するのを助けることができる内在性の機構が存在すると考えられている.Jainたちは,酸素が限られている場合に細胞が順応する機構である低酸素応答を,ミトコンドリア機能不全に対する強力な抑制因子として同定した(Shoubridgeによる展望記事参照).ミトコンドリア病である Leigh脳症に対するマウスモデルは,低酸素環境で育てられると,症状が少なくなり,寿命の劇的な伸びを示した.(MY.nk,kh,ok)
【訳注】
・呼吸鎖:ミトコンドリア内でエネルギー物質であるATPが生み出される一連の過程のこと

冷蔵庫サイズの箱での薬の製造 (Drug manufacturing in a fridge-sized box)

日用化学品は連続法で製造される傾向がある.しかしながら,医薬品は,1つにはその分子構造の複雑さのため,いまだ1 回分づつ製造されている.今回,Adamoたちは,およそ家庭用冷蔵庫の大きさで,連続流れの条件で医薬品を合成・精製できる装置を提供している(Martinによる展望記事参照).統合された一式のモジュールは,累積すると1日に数百から数千の薬剤量を,水薬の形で作りだすことが可能である.(MY,nk,kh,ok)

炎症中の長鎖の非翻訳RNA (Long noncoding RNAs in inflammation)

長鎖の非翻訳RNA(lncRNAs)は,遺伝子発現の重要な調整因子であることを示唆する証拠が増えている.Castellanos-Rubioたちは,マクロファージ内で炎症性遺伝子発現を抑制する lncRNAの1種である, lnc13を特定した(Huarteによる展望記事参照).lnc13はクロマチン接近可能性を制御するタンパク質と相互作用する.マクロファージを細菌由来の細胞壁成分で刺激すると,lnc13の発現が低くなり,幾つかの炎症性遺伝子の発現が増大した.セリアック病の人たちから得られた腸組織中で lnc13の量が低いことは,lnc13がまた,免疫疾患の発症に重要な役割を果たしているかもしれないことを暗示している.(MY)
【訳注】
・マクロファージ:異物貪食能力の高い白血球の一種
・クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン(真核細胞の核内にあるDNAがヒストンに巻き付いて形成された複合体)上の標的領域と結合できる可能性のこと
・セリアック病:グルテンの摂取が原因で自らの小腸を傷つける自己免疫疾患

魚の争いに勝つ方法 (How to win a fish fight)

いつ攻撃を止めて逃げるかは、争っている動物たちがしなければならない重要な決定である。Chouたちは、背側手綱核(dorsal habenula:dHb)と呼ばれるゼブラフィッシュの脳領域における二つの亜核の役割を特徴づけた (Desban and Wyartによる展望記事参照)。外側亜核の抑制は争いに勝つ確率を低下させ、一方内側亜核の抑制は勝利の確率を高めた。このように、これら二つの亜核は、降伏にたいする閾値を拮抗的に制御する。(KU,nk,kh)

酸素からなる白色矮星の発見 (Discovery of an oxygen white dwarf)

大多数の星は、最終的に白色矮星に進化するであろう。この白色矮星は、星のコア由来の残存物質からできた、小さくて高温の極めて高密度の天体である。恒星進化論は、白色矮星のほとんどは、ヘリウム、炭素、あるいは酸素からできているばずであるが、ほんのわずかの水素かヘリウムが表面まで浮かび上がり、下にある組成を隠すと示唆している。Keplerたちは、数千の白色矮星のスペクトルを探査し、酸素が支配的な大気を有し、水素やヘリウムの混入がない星を発見した (Gansickeによる展望記事を参照)。この汚染されていない天体は、長く想定されてきた理論を確証するものであり、恒星進化の重要なテストケースとなろう。(Wt,kh)

マウスの卵母細胞は姉妹細胞の因子を受け取る (Mouse oocytes receive sister cell factors)

身体の中で最大の細胞である、哺乳類の成熟卵母細胞は胚形成をプログラムしたり再プログラムする能力を持っている。発生中のマウスの生殖細胞のうちのほぼ20%のみが、卵母細胞になる。Leiと Spradlingは、小器官とその細胞質が、マウスの胎性卵巣中の姉妹生殖細胞の間の細胞間接続を通って移動し、卵巣予備能を高める卵母細胞の減数分裂休止直前に、卵母細胞の細胞質を濃縮することを示している (Peplingによる展望記事参照)。類似の移動が、多くの無脊椎動物や低級な脊椎動物種の卵形成の際に生じ、おそらく卵母細胞に胚発生をプログラムするための特質を与えている。(KU,nk,kh)

"WNK" して慢性痛を減らす (“WNK”ing away chronic pain)

WNK1は脊髄の後角で見出されたキナーゼで、末梢から脳幹へ痛みの信号を伝達する。WNK1をコードしている遺伝子における HSN2エクソンの変異は神経障害を引き起こし、接触や温度、及び痛みの感覚を失うことになる。Kahleたちは、WNK1のこのもう一つ別のスプライスされた変異体を欠くマウスが、神経因性疼痛の傷誘発性モデルにおいて痛み過敏症を引き起こさないことを見出した。これらのマウスにおける痛みを伝達する神経が、対照マウスのそれと異なり、神経伝達物質 GABAによって抑制された。このように、WNK1依存性のシグナル伝達を抑制する薬剤は、傷誘発性の神経因性疼痛を減らせるかもしれない。(KU,nk)

アポトーシス、壊死、及びピロトーシス (Apoptosis, necrosis, and pyroptosis)

細胞死の経路は沢山あり、或る特定の細胞が、どの道を通ったかを識別することは困難な課題である。Wallachたちは、プログラムされた壊死性細胞死が、どのようにして炎症に寄与しているかに関する今日的な理解を調査している。(KU)
【訳注】
・ピロトーシス:炎症性サイトカイン(カスパーゼ)によって引き起こされるプログラムされた細胞死の一つ

ゴリラのゲノムの改良 (Improving on the gorilla genome)

ヒト以外の霊長類の完全かつ高品位のゲノムにアクセスすることは、ヒトの生物学を理解する助けにもなる。Gordonたちはロング・リード配列決定技術を用いて、我々に近い親戚であるゴリラのゲノム・データを改良した。個々の個体からの配列決定は組立断片化を減少させ、従来見逃されていた遺伝子と非翻訳座位を回復した。追加ゴリラからのショート・リード配列のマップ化は、遺伝的変異を記録する「汎」ゴリラ配列の再構成に役立った。ヒト・ゲノムとの比較によって、長さで1個から数千個の塩基にわたるサイズでの種特異的差異が明らかにされた。そのうちのいくつかは、遺伝子制御に影響しているらしい。(KF,kh)

合成生物学のための回路構成要素をプログラミングする (Programming circuitry for synthetic biology)

合成生物学の技術はより強力になり、研究者たちは、生物学的回路の設計が電子工学における集積回路の設計と同様になる未来を期待している。Nielsenたちは、生きている細胞上の計算回路を設計するプログラミング言語が基本的にはどんなものかを記述している。大腸菌類に発現するプラスミド上に産生された回路は、その遺伝的状況からの慎重な絶縁が必要だったが、何よりもまず指定されたように機能した。この回路は、たとえば、複数の環境シグナルに応答して、細胞機能を調節することができた。こうした戦略は遺伝子工学による、より複雑な回路の開発を促進することができる。(KF,nk,kh)

互いに競合する力が配向を促進する (Competing forces drive ordering)

液晶の力と美しさは、長距離にわたっての緩く配向するその性質から生じる。この配向は外部場、あるいは設計上の境界条件により、あるいは埋め込まれた物質により微調整可能である。Mundoorたちは、発光性のナノ・ロッドを液晶溶媒中に入れた (Blancによる展望記事参照)。これが、液晶の局所的な静電気相互作用と弾性的配向の間の競合を引き起こした。ナノ・ロッドは、他の環境下では達成できない三斜晶系構造に配向した。著者たちは、外部場を用いてその構造を更に調整した。(KU,nk,ok,kh)

ランタニド元素が白金の働きを励ます (A lanthanide boost for platinum)

酸素還元反応(ORR)の反応速度が比較的遅いため,車の燃料電池には高価な白金を高配合することが必要である.Escudero-Escribanoたちは,ランタニド族元素やアルカリ土類元素との一連の白金合金を研究した.純粋白金を後に残すように合金表面が溶出されると,その表面は、テルビウムでは6倍までも ORR活性を向上させる圧縮応力を発生した.動作条件下でのこれらの合金の安定化に,エンタルピー効果が一役買っていた.(MY,KU,nk)
【訳注】
・エンタルピー効果:結合や相互作用のエネルギーにより,系が安定化する効果

教科書的なSN2化学を越えて (Beyond textbook SN2 chemistry)

最も良く研究された有機反応の一つで、塩素のようなマイナス帯電したイオンは、有機分子中の他の原子或いは原子団を置換する。この SN2反応に関する従来の理解に従うと、反応前後に複合体が形成され、イオンに結合する炭素の立体配置が反応の際に反転する。展望記事において、Xieと Haseは、気相のSN2反応における数多くの他の機構を明らかにした最近の研究に注目している。これらの機構の幾つかにおいて、結果として生じる分子の立体配置は反転しない。どれが主な機構になるかは反応物の性質と反応条件に依存する。一つのSN2反応に対して、28の異なる機構が発見された。(KU,nk)

農業を怒らせてメタン・ガス量を増やす (Getting a rise out of agriculture)

強力かつ重要な温室ガスであるメタンは、1999年から2006年までの謎のプラトー状態を例外として、過去200年にわたって、大気中に途絶えることなく蓄積してきた。Schaeferたちは、その休止の原因を限定するため、過去35年にわたって収集された試料中のメタンの炭素同位体の組成を測定した。化石燃料の燃焼に伴う熱分解性ガスの放出量が低かったことか、あるいは空中の水酸基によるメタン消失の変動が、プラトーの原因であった。熱分解性ガスの放出は引き続いての上昇を再開することはなかった。そうではなく、進行中の上昇は生物からの放出、とりわけ農業、による可能性が高い。(KF,nk,kh)

鳥の個体数は、気候に関連している (Birds populations allied in abundance)

気候変化は、種の個体数を減少させたり、増加させたり、一定のままにすることがある。Stephensたちは、欧州と米国においてよく見られる複数の鳥の種を調査した。2つの地域の間に多くの違いがあるに拘わらず、種が気候変化にどう応答するであろうかについての期待値は、現実に起きた変化を正に予言した。上昇する気温、あるいはそれに付随する効果から利益が得られると予測された種は増加し、一方、ネガティブに影響されると予測された種は減少した。つまり、広く異なる生態学的条件とコミュニティーにわたって、気候変化は個体数を変えると予想される。(KF,KU,nk)

炎症を監視する (Guarding inflammation)

自然免疫系は、感染症に対する保護のために、我々それぞれに遺伝的に組み込まれている。そうした保護的遺伝子中の変異は、制御されない炎症や疾患をもたらすことがある。Mastersたちは、病原体センサーであるピリン(pyrin)の変異によって引き起こされる遺伝性の自己炎症疾患をもつ家族について記述している。この変異はピリン調節を破壊し、病原体がなくても、病原体があるかのように振る舞い、炎症誘発性のインターロイキン-1β産生をもたらす。実際、ある患者でこのインターロイキンを抑制すると、この病気はが解消した。つまり、ピリン調節は、人の破壊的な自己炎症を監視することができる。(KF,nk,kh)

アレルギー応答の抑制 (Dialing down allergic responses)

2型免疫と呼ばれる寄生虫や蠕虫への免疫は、両刃の剣である。これら有害生物を食い止めるのと同じ免疫細胞が、アレルギーや喘息を惹き起こすことがある。Chanたちは、TYRO3と呼ばれる、レセプター型チロシン・キナーゼである酵素が、ヒトやマウスにおける2型免疫を弱めることを発見した。蠕虫への感染やアレルギー性の刺激がT細胞に PROS3を発現させ、それが樹状細胞上の TYRO3に結合し、炎症誘発性のメディエーター産生を抑制した。(KF,kh)
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