AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 12 2016, Vol.351


癌細胞が血管から抜け出るのを助ける(Helping cancer cells exit blood vessels)

転移性癌細胞は,二次部位に定着するために血中に入り込む必要がある.Locard-Pauletたちは,癌細胞を血管内皮細胞とともに共培養した.この組み合わせは癌細胞が血流から抜け出る際の初期に起こる状況を模倣している.受容体 EPHA2は細胞間反発作用の仲介が可能である.生体中において,血管内皮細胞リガンドによる乳癌細胞中の EPHA2 の活性化は,癌細胞の肺への定着が低減することと関係していた.EPHA2の活性化は,肺を標的とする転移性乳癌細胞株においては低下した.試験管内で,この細胞株は血管内皮細胞の単層を通過する速度が通常より大きかった.(MY,nk,kh)

銅の光による軽い接触がC-N結合を作り上げる(Copper's light touch forges C-N bonds)

有機光化学は従来,炭素系化合物が吸収しやすい紫外領域の励起をあてにしていた。過去10年に,可視光を吸収する化合物が有機反応の汎用触媒となることが分かったため,この分野が大きく見直された.しかしながら,大抵,これらの触媒はルテニウムやイリジウムのようなレア・メタルを含んでいた.今回,Kainzたちは、地球上に豊富にある銅により触媒される青色光駆動の C-N結合形成反応を報告している(Greaneyによる展望記事参照).銅中心は,キラル配位子へ配位することで,高度のエナンチオ選択性で塩化アルキルをインドールやカルバゾールに結合させる.(MY,nk,ok,kh)
【訳注】
・キラル配位子:結合の組み換えなしに自らの鏡像と重ね合わすことのできない配位子のこと
・エナンチオ選択性:右旋性または左旋性の立体異性体が優先的に得られる反応の性質
・インドール,カルバゾール:窒素を含有する複素環化合物

ヌクレオソームのユビキチンを取り除くSAGAの物語(The SAGA of removing nucleosomal ubiquitin)

ヒストンの共有結合修飾は,遺伝子調節で決定的な役割を果たしている.ヌクレオソーム中のヒストン H2Bに対する低分子ユビキチン・タンパク質の付加は,活発に転写しているクロマチンの標識である.Morganたちは,ヒストン H2Bからユビキチンを取り除く働きをする SAGAタンパク質複合体のモジュールの結合したヌクレオソームの結晶構造を決定した(Workmanによる展望記事参照).この結晶構造は,脱ユビキチン化モジュールが,転写サイクルの間の複数の時点でユビキチンを取り除くことができることを示唆している.(MY)
【訳注】
・ヌクレオソーム:真核生物に見られるヒストンの周りにDNAが巻き付いた構造
・ヒストン:DNA分子を折り畳んで収納する役割をもつタンパク質.H2Bはその構成タンパク質の1つ
・ユビキチン:標的タンパク質に結合してその機能制御に作用する低分子タンパク質
・SAGAタンパク質複合体:幾つものたんぱく質群からなる巨大タンパク質複合体でヒストンの化学修飾などの機能を持つ
・クロマチン:DNAとヒストンを含むタンパク質の複合体
・ヒストンの共有結合修飾:ヒストンタンパク質を構成するアミノ酸の一部の側鎖が共有結合を介して修飾基と結合すること

ヒトとネアンデルタール人の異種交配の遺産(The legacy of human-Neandertal interbreeding)

アフリカ人以外のヒトは,平均して1.5から4%のゲノムをネアンデルタール人から受け継いだと見積もられている.しかしながら,この遺伝的遺産がどの程度,ヒトの形質に影響を及ぼしているのかは知られていない.Simontiたちは遺伝子型決定データと健康に関する電子データとを比較した.ネアンデルタール人から受け継いだ個々の対立遺伝子は,ヨーロッパ人の子孫における臨床的に関係する表現型と関連付けられた.これらの古代に生じた遺伝的変異は,彼らの皮膚,血液,機能低下の危険度に対して影響を及ぼす医学的状態と関係していた.(MY,KU,nk,kh)

DNAとRNAの合成用材料供給を制御する(Controlling supplies for DNA and RNA synthesis)

mTORC1タンパク質キナーゼ複合体は、同化代謝を調節し、そして成長に必要な前駆物質の代謝量に応じて、 成長を促進する細胞シグナルを協調させる。mTORC1によるシグナル伝達はピリミジン合成を制御する。Ben-Sahraたちは、mTORC1がまた別の機構で機能して、プリン生合成を調節し、こうして RNAと DNAの合成のための前駆物質を生成することを見出した(Ma and Jonesによる展望記事参照)。mTORC1によるシグナル伝達は、転写制御因子 ATF4の蓄積をもたらし、このことはメチレンテトラヒドロ葉酸脱水素酵素 2の生成を増強し、結果として細胞増殖に必要なプリン・ヌクレオチド生成の増加に導く。(KU,nk,ok,kh)

陸によるものか、海によるものか(By land or by sea)

陸地の地下水の貯留量は、海面上昇に対してどの程度の影響を及ぼしているのだろう。Reagerたちは、2002年から2014年の間に“Gravity Recovery And Climate Experiment(GRACE)”人工衛星によって行われた重力測定結果を用いて、地下水貯留量の変動量を定量化した。これらのデータを氷河からの質量流出の見積もりと組み合わせることにより、地下水の平均海面変化への大きな影響が明らかになった。正味の地下水の貯留量は増加しており、最大の地域毎の変化は、増加する場合も減少する場合も、気候変動による降雨量の変動に関連していた。このように、地下水の貯留量は、最近の海面上昇の割合を、およそ15%遅らせた。(Sk,nk,kh)

防御への風変わりな経路(An unconventional route to protection)

HIV-1ワクチンに向けての有望な方法の一つは、HIV-1からのタンパク質を発現するよう遺伝子操作されたサイトメガロウイルスを人々に感染させる必要がある。この方法はウイルスを殺す CD8+ T細胞を誘発することで作用し、非ヒト霊長類モデルにおいて強い防御を与える。Hansenたちは、この方法がなぜかくも効果的なのかを突き止めた。通常、主要組織適合性複合体-1a (MHC-Ia)により提示されるペプチド抗原は、CD8+ T細胞を活性化する。しかしながら、ワクチン接種されたサルにおいて、CD8+ T細胞は、そうではなくMHC-E分子により提示されたペプチド抗原に反応した。さらに、MHC-Eは、MHC-Iaよりもはるかに広範囲のペプチドを提示することができた。(KU,nk)

星の成長のしかた(How stars grow)

若い星は、原始惑星系円盤内における中心星へ向けた内向きの物質移動によって次第に成長するとという型にはまった考えが継続していた。Liuたちは、このプロセスがまた、格段に急速な物質降着という激烈な出来事をも含んでいる可能性を示している。このような事象の厳密な理由は、いまだ研究中であるが、原始惑星系円盤の進化に関して浮上しつつある視点は、これまで信じられた以上により動的でカオス的ということだ。(Wt,KU,ok,kh)

温暖化が二酸化炭素量の振れ幅を大きくする(Warming making bigger CO2 swings)

気候変動と北方高緯度地域の植生の動的挙動が合わさった影響は、過去半世紀にわたり大気中の二酸化炭素濃度の季節変動を増幅してきた。Forkelたちは観察とモデル化を組み合わせて、気候温暖化が、陸上生物圏の呼吸による放出よりも光合成による炭素の吸収の方が急速に増加する原因となったことを示した。これは、緯度による変化と同様に、夏と冬による差を増大させた。陸生植物による炭素吸収の生理的限界により、温暖化に対する寒帯の北方や北極におけるこの負のフィードバックは、無制限に続くことはできない。(Sk,nk)

寄生するDNAが進化を助け,そして邪魔する(Parasitic DNAs help and hinder evolution)

転移因子は自身を複製し,また,彼らの宿主ゲノムを跳び回ることのできる寄生DNAである.転移因子は遺伝子機能を破壊したり,ゲノムの進化を促進したりすることもある.Elbarbaryたちは,遺伝子調節や病気における2つのクラスの転移因子(長鎖散在反復配列 (LINE) と短鎖散在反復配列 (SINE))の役割について概説している.およそヒトゲノムの三分の一は LINEと SINEで構成されている.これらは広範囲に重要なゲノムや遺伝子の調節特性に寄与しているのと同時に, 多くのヒトの病気の原因ともなっている.(MY,kh)
【訳注】
・反復配列:ゲノムDNA上に繰り返し出現する塩基配列

積み重ねて谷の寿命を伸ばす(Stacking to prolong valley lifetime)

MoSe2は、グラフェンと同様に2次元ハニカム結晶格子を有しており、その電子構造は2つの「谷」を持っている。それぞれの谷に滞在する電子は区別することが可能であり、潜在的な情報キャリアとして作用する。しかしながら、電子は散乱によって他方の谷に移ってしまうためにその情報を容易に失なう。Riveraらは、MoSe2とWSe2の単層を互いに張り合わせ、円偏光を照射した。光照射が電子と正孔のペアであるエキシトンを生成し、結果として正孔と電子は同じ谷ではあるが異なる層から生じた谷特異的な特性を持つこのエキシトンは、それぞれの単層材料中のエキシトンに比べてはるかに長い寿命を示した。(NK,KU,nk,kh)

自己複製のための遺伝的プログラミング(Genetic programming for self-renewal)

殆どのタイプの分化細胞がするように組織常在性の幹細胞プールから自らを再増殖する代わりに、組織マクロファージは自己更新により自らを維持する。これを可能にするその根底にある遺伝的プログラムは、知られていない。Soucieたちは、ホメオスタシス状態にあるマクロファージにおいて、一対の転写制御因子 (MafBとc-Maf)が、自己複製を調節する遺伝子のエンハンサーに結合して抑制することを報告している。マクロファージは、例えば傷害への応答というような、自分たちの在庫を補充する必要があるとき、マクロファージは自己更新可能なように、MafBと c-Mafの発現を一時的に減らす。平行経路もまた、胚性幹細胞の自己複製を制御するように作用する。(KU,nk,kh)
【訳注】
・エンハンサー:隣接する遺伝子の転写を促進するDNA上の調節領域で、遺伝子調節タンパク質(転写因子)との結合で発現を調節する。

フレキシブル・エレクトロニクスのためのフレキシブル電源(Flexible power for flexible electronics)

フレキシブル・エレクトロニクスにおける挑戦的課題の一つは、デバイスをフレキシブルな電源に接続することである。それらが、現在のマイクロファブリケーション技術と相性がよい方法でプロセス処理できれば、さらに理想的である。Huangたちは、酸化物をコートした Siフィルムの上面に比較的厚い TiC層を堆積した。塩素処理をした後、TiCの大部分は、ただし、すべてではないところが重要だが、多孔質の炭素膜に転換した。この炭素膜は、電気化学的キャパシタになりうるものである。この炭素膜は非常にフレキシブルで、残存する TiCは下地の Si膜との応力緩衝材として作用した。その膜は、支持層を提供する TiCと共に、自由に浮遊する膜を形成して Siから分離することができた。(Wt,KU,nk,ok,kh)

長期の相棒が脱共役される(Long-term partners uncoupled)

海底の堆積物中のメタンを餌とする古細菌は、栄養共生的な関係で硫酸塩還元細菌と密接に共役して生きている。しかしながら、驚いたことに、これらの古細菌は生存したり成長したりするために、必ずしもそれらの相棒細菌を必要としない。Schellerたちは、深海のメタン湧水堆積物を用いた、安定同位体培養の実験を行った(Rotaru と Thamdrup による展望記事参照)。メタン酸化古細菌のいくつかの集団は、活動する細菌による硫酸塩還元と共役する代わりに、一連の可溶性の電子受容体を用いることができた。この脱共役の経路は、メタン酸化古細菌が細胞外に電子輸送し、そして海底の堆積物中に大量に存在する鉄やマンガンの鉱物を呼吸する能力さえ持つかもしれないことを示している。(Sk,kh)
【訳注】
・共役:ここでは、二つのものがセットになって結びついていることの意

空気センサーとしての神経内分泌細胞(Neuroendocrine cells as air sensors)

何リットルもの空気が、毎分肺を通過する。大気環境内のシグナルが体内で処理されて、免疫応答を含めた生理的反応として出力される。Branchfieldたちは、肺神経内分泌細胞 (PNEC)と呼ばれる珍しい気道細胞が、空気中の信号を検知し応答することを示している(Whitsett and Morriseyによる展望記事参照)。マウスの PNECにおける Roundabout遺伝子の失活は、正常な PNECのクラスター形成を妨げ、神経ペプチドの生成増加をもたらし、それが次に免疫応答の増加を誘発した。このように、その数は少ないが、PNEC は環境刺激を受け取り、解釈し、そして応答する、気道壁上の高感度かつ効果的な可変抵抗器(レオスタット)と言える。(KU,nk,kh)
【訳注】
・神経ペプチド:神経伝達物質として、或いは神経伝達を修飾する物質として機能する生理活性ペプチド

後成的記憶の定量解析(Quantitative analysis of epigenetic memory)

後成的修飾による転写制御の定量的、かつ動的な性質を調べるために、Bintuたちは、Chinese hamsterの卵巣細胞中に入れたヒト人工染色体上の転写性レポーター遺伝子を監視した (Keung and Khalilによる展望記事参照)。彼らは微速度顕微法を用いて、単一細胞中でメチル化或いは脱アセチルによる DNAメチル化とヒストン修飾の影響を測定した。サイレンシングは全か無かの確率論的事象であり、それ故転写の段階的調整は、応答細胞数割合の変化から生じた。更に、染色質の制御因子の補充の持続時間が、サイレンスされる細胞の割合を決めた。このように、異なる修飾因子は、後成的記憶に関する異なる特徴を作ることが可能である。(KU,nk,kh)
【訳注】
・(遺伝子)サイレンシング:細胞質での後天的な修飾により遺伝子を制御すること。いわゆる後成的遺伝子修飾。

T細胞がペプチド・コンボを標的にする(T cells target peptide combos)

自己免疫に関する昔からの謎の一つは、自己免疫性 T細胞により標的とされる特異的なタンパク質の正体は何かという問題である。Delongたちは質量分析法を用いて、1型糖尿病のマウスモデルから単離された自己免疫性 T細胞のペプチド標的を解明した。T細胞は、プロ・インシュリンから誘導されるペプチドの、膵臓β細胞中で見出されるタンパク質から誘導される他のペプチドへの共有結合により形成される混成ペプチドを標的にした。1型糖尿病の2人の患者の膵島から単離された T細胞もまた、このような混成ペプチドを認識し、このことは、それらのペプチドが病気の進行に重要な役割を果たしていることを示唆している。(KU,nk,ok,kh)
【訳注】
・プロ・インシュリン:86個のアミノ酸からなるインスリンの前駆物質

細胞酵素の空間的調節(Spatial control of cellular enzymes)

プリン塩基は DNAの構築要素であり、また細胞におけるエネルギー源として利用される ATPの1成分である。プリン生合成に関連する酵素は、プリノソームと呼ばれる動的な細胞組織体中に組織化される。Frenchたちは、プリノソームが、ATPを生成する小器官のミトコンドリアと共存することを見出した(Ma and Jonesによる展望記事参照)。ミトコンドリアの調節不全は、プリノソームの数の増加をもたらした。このことは、プリノソームが ATP 生成に必要なプリン塩基をミトコンドリアに供給し、次に生合成経路でミトコンドリアが提供する ATPをプリノソームが用いるという、相乗作用を示唆している。細胞代謝の主たる制御因子である mTORは、プリノソームとミトコンドリアの結びつきに介在しているらしい。この結びつきは、細胞の代謝需要の変化に対して、プリン塩基と ATPの合成が直ちに対応するようにしたらしい。(KU,nk,kh)

小器官の祖先を見つける(Finding the organelles' ancestors)

細菌や古細菌と異なり、真核細胞は化学エネルギーを作るミトコンドリアという小器官を含んでいる。植物細胞もまた、光合成の部位である色素体を含んでいる。展望記事において、Ballたちは、これらの小器官がどのようにして生じたのかに関する最近の研究に注目する。たぶんミトコンドリアの祖先と思われるものは、古細菌の宿主細胞内で生存することを学習した病原体であった。色素体はより複雑な歴史を持っており、おそらく3つの仲間が関与している。即ち、ミトコンドリアを含む単細胞の真核生物の宿主細胞、シアノバクテリア、そして宿主内で生存するようシアノバクテリアを助けた病原体の3つである。一旦これらの小器官が確立されると、その舞台は、多細胞生命体の進化に組み込まれた。(KU,ok,kh)

アトピー性皮膚炎を何とかする(Bringing atopic dermatitis up to scratch)

標的治療は医療を変革しつつあるが、アトピー性皮膚炎のような複合的な病気は、標的化するのが困難である。今回、Jarrett たちは、二つの原因(皮膚の炎症と保護機能の障害)をアトピー性皮膚炎発症に結びつけるメカニズムを報告している。彼らは、イエダニのアレルゲンであるホスホリパーゼ(PLA2)が、ヒトの皮膚において新たな脂質抗原を誘発することを発見した。その後、これらの抗原は、非古典的 MHCファミリーのメンバーである CD1aにより CD1a限定の T細胞に提示され、これが炎症に寄与する可能性がある。皮膚保護タンパク質であるフィラグリンは、PLA2を抑制し、炎症を抑える。実際、フィラグリン変異を有する人は、ひどいアトピー性皮膚炎を起こす。このように、おそらく保護機能の障害と炎症は結びついており、PLA2がアトピー性皮膚炎治療の標的を提供するかもしれない。(Sk,KU,nk,kh)
【訳注】
・アレルゲン:アレルギー疾患を持っている人の抗体と特異的に反応する抗原
・抗原:生体内に入って、抗体をつくらせる原因となる物質
・MHC:主要組織適合遺伝子複合体の略記で、抗原に結合してT細胞に提示する抗原提示分子

植物の病害応答を改善する(Improving plant disease responses)

植物の耐病性は、病原体に感染した時に気づかせて、タイムリーに防御応答できるような遺伝子に依存している。残念ながら、病原体は、検出を避ける新たな病原性の戦略を進化させることにより、しばしば内在する耐病性の遺伝子を圧倒することがある。Kimたちは、モデル植物であるシロイヌナズナにおける病原体認識系を修正し、認識範囲を拡大した。このやり方は、より持続性のある耐病性を持った作物の開発を可能にし、それにより殺虫剤の使用を減らし、作物の収穫量を増大させるであろう。(Sk)
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