AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 4 2015, Vol.350


渡り鳥に対する保護は不十分(Not enough protection for migrating birds)

移動を行う動物は異なる幾つかの地域を通過する.これらの各々の地域は,それらの動物の生活環における異なる構成要素に寄与している.Rungeたちは,地球規模の繁殖地域や越冬地域で渡り鳥が受ける保護の程度について調べた.渡りの地域全体で適切な保護を受けている渡り鳥は,極めて低い割合である.世界の渡り鳥群の半分以上が減少しつつあることを考えると,これらの結果は,渡りの生活環全体で渡り鳥を保護するために私たちが行動しなければならない緊急性を強調するものである.(MY)
Protected areas and global conservation of migratory birds. Science, this issue p. 1255

太陽面爆発における電子の加速(Electron acceleration in solar flares)

太陽面爆発中に生じる磁力線再結合は太陽大気中にエネルギーを放出し、その内のいくらかはプラズマ中の粒子の加速に変換される。Chenたちは、電波と紫外光による太陽面爆発の観測を併用し、電子が相対論的速度に加速される末端衝撃波面の領域を同定した。彼らは、この結果を磁気流体力学のシミュレーションで確認した。太陽面爆発の裏にあるメカニズムに関するこの進歩した知見は、太陽風や宇宙天気に関する我々の理解を高めてくれる。(Sk,nk)
【訳注】
・末端衝撃波面:太陽風の速度が低下して亜音速になり、衝撃波を発生する地点。ここでは、爆発で吹き出たガスが太陽表面の磁力線に巻き付いて運動が止められるために生じる高密度かつ高温度の領域を意味する。
Particle acceleration by a solar flare termination shock. Science, this issue p. 1238

空洞内部での迅速な脱離(Faster elimination inside a cavity)

金属は分子の結合を組み替える名人である.金属は2つの原子をこじ開けて離し,次にそれぞれを違う相手と組み合わせる.しかしながら、時々そのような原子が金属上で動けなくなり,すると,新たな相手と一緒になった生成物は金属から解放されない.Kaphanたちは,この脱離過程を加速させる方策を設計した (Yanと Fujitaによる展望記事参照).空洞のある超分子カプセルが金や白金の複合体を捕捉し,金属に結合したメチル基の炭素原子の間で迅速な結合形成を誘発した.この方策を一般化すると,現在は脱離速度が遅いために停滞している幅広い化学変換に対して,道を拓くことができるかもしれない.(MY,kh)
【訳注】
・超分子:二つ以上の分子がさまざまな相互作用で集まって作られ、 個々の構成分子では得られない機能を発揮する分子のこと
A supramolecular microenvironment strategy for transition metal catalysis. Science, this issue p. 1235; see also p. 1165

気候変動とノース人の移住パターン(Climate change and Norse migration patterns)

中世の温暖期 (〜950-1250 CE)の条件は,ヨーロッパからグリーンランドや北米へとノース人の西に向かっての拡大を可能にしたとされてきた.その後の小氷期(〜1300-1850 CE)が、結局のところ西部北大西洋から彼らを撤退させた.Youngたちは,バフィン島および西部グリーンランドの山岳氷河の氷堆石(モレーン)に関する年代データを報告している.彼らの研究は,中世の温暖期の期間に東部北大西洋では寒冷な気候が支配的であったことを示唆している.これは、気候変動だけがグリーンランドからのノース人の後退をもたらしたという考えに疑問を投げ掛けるものである.(MY,KU,ok,kh,nk)
【訳注】
・ノース人:8〜11世紀に古ノルド語を話した人々の集団で,スカンジナビア(特にノルウェー)を本拠地とし,西はカナダやグリーンランド,東はウクライナからエストニアまで進出した
・バフィン島:カナダ北東部の北極海にあり,世界で5番目の大きさの島
・氷堆石:氷河の流動によってできた岩屑などの堆積物
Glacier maxima in Baffin Bay during the Medieval Warm Period coeval with Norse settlement. Sci.Adv.10.1126.sciadv.1500806 (2015)

嗅神経細胞の成熟(Maturation of olfactory neurons)

臭気の検知は、化学的香りを感知する嗅上皮のニューロンに依存する。個々のニューロンは一つの受容体によって特殊化する。Hanchateたちは、この1対1の関係が考えられているほど単純ではないことを示している。新しいニューロンが嗅上皮を補充するために発生する際、それらは最初、嗅覚受容体のかなり多くのさまざまな対立遺伝子を発現する。次に、個々のニューロンが成熟するにつれて、それらは単一の受容体を発現して特殊化する。(KU,kh)
Single-cell transcriptomics reveals receptor transformations during olfactory neurogenesis. Science, this issue p. 1251

心臓と脳の両方を危険にさらす(Putting both heart and brain at risk)

理由は定かではないが、先天性心疾患 (CHD)の新生児は、神経発達上の機能障碍を持つ危険が高い。Homsyたちは、1200人の CHD患者とその親たちのエクソーム配列解析を行い、自然に生じている(新規な)変異を同定した。CHDと神経発達障碍の双方を持った患者は、はるかに大きな負荷となる有害な新規の変異を、心臓と脳の発生において似たような役割を持つ遺伝子中でとりわけ持っていた。このように、CHD患者たちの臨床での遺伝子型同定は、神経発達上の機能障碍を持つ危険が最大にある人々を同定するのを助け、監視と初期介入を可能にするかも知れない。(KU,kh)
【訳注】
・エクソーム配列解析:RNAとして残る配列に相当するDNA領域である、エクソン領域のみの配列を解析する技術
De novo mutations in congenital heart disease with neurodevelopmental and other congenital anomalies. Science, this issue p. 1262

平等な土俵に向けて(Toward a level playing field?)

無料の学習教材は社会的に恵まれない人々のために役立ち、富裕層と貧困層との間のギャップを埋められるだろうか? Hansenと Reichは、社会経済的地位 (SES)とハーバード大とMITから提供されている無料の大規模公開オンライン講座 (MOOCs)の登録・修了との関係を分析した。低SES出身の学生は、高SESの学生よりも MOOCに登録して修了書を取得することがより少なかった。このように、無料のオンライン学習のチャンスはたくさん存在するが、それらが「平等な土俵を作る」と仮定することは危険である。(Uc,KU,ok,kh)
Democratizing education? Examining access and usage patterns in massive open online courses. Science, this issue p. 1245

地域ごとの処方が全地球規模の影響を及ぼす(Local decisions with global consequences)

人類は、既に持続可能な地球規模での水のフットプリント、即ち淡水の利用と供給との間のバランスを越えたと、いくつかの評価結果が示唆している。その状況は、我々が理解する以上に持続不可能になっているのかもしれない。Jaramilloと Destouniは、100個の大きな河川流域の1901年に遡る水気候的データを解析した。局所的水利用の影響をより綿密に勘定すると、地球規模の水循環において、それらがこれまで考えられてきた以上に大きな影響を及ぼすことが判った。例えば、地上水の流れの局所的調節と拡大した地域灌漑が、地球規模での蒸発散速度を増加させた。(KU,kh,nk)
Local flow regulation and irrigation raise global human water consumption and footprint. Science, this issue p. 1248

阻害剤とノックアウトとは同じではない(When inhibitors don't mimic knockouts)

リンパ球のTヘルパー2 (TH2)サブセットは、喘息の発病に関わるサイトカインを遊離するが、これはキナーゼ ITKを必要とするプロセスである。ITKをノックアウトしたマウスは、気道炎症に対して抵抗性があり、これは、ITK阻害剤が人間の喘息を治療するのに使える可能性を示唆する。しかし、Sunたちは、ITK特異的な阻害剤が、喘息のマウス・モデルにおいて、病状を悪化させることを発見した。それらマウスの気道には、TH2リンパ球から遊離される典型的なレベルよりも高レベルのサイトカインと、より多くの T細胞が存在した。つまり、喘息患者における ITK活性を標的にすることは、病気をさらに悪くする可能性がある。(KF,kh)
Inhibition of the kinase ITK in a mouse model of asthma reduces cell death and fails to inhibit the inflammatory response. Sci. Signal. 8, ra122 (2015).

心臓ミトコンドリアの心変わり(A change of heart (mitochondria))

ミトコンドリアは、細胞プロセスを促進する必須のエネルギー源であり、心筋細胞において特に重要である (GottliebとBernsteinによる展望記事参照)。出生後、器官や組織での酸素と栄養の利用能力はは変化する。これが、代謝の変化を引き起こす。Gongたちは、出生直後のマウスの心筋ミトコンドリアにおける発生上の遷移を調べた。ミトコンドリアは、出生後の最初の3週間で心筋細胞中でマイトファジーを介して大幅に置換された。心筋細胞に特異的なパーキン仲介マイトファジーの抑制によるこの代謝回転の妨害は、正常な代謝の遷移を妨げ、心不全を引き起こした。つまり心臓は品質管理過程を受け入れて、出生後の主要な発生上の遷移を促進している。Waiたちは、マウスの心筋細胞におけるミトコンドリアの分裂と融合の役割を検討した。そうしたプロセスの破壊は、拡張型心筋症の一種による「中年」死をもたらした。心筋症を発生するよう運命づけられたマウスは、心臓の代謝を変化させる高脂肪食を摂ることによって病気から守られた。(KF,KU,kh,nk)
【訳注】
・マイトファジー:自己のミトコンドリアを貪食する細胞現象
・パーキン:ユビキチン・リガーゼ活性を有するタンパク質で、ミトコンドリア中のさまざまなタンパク質をユビキチン化する。
Parkin-mediated mitophagy directs perinatal cardiac metabolic maturation in mice. Science, this issue p. 10.1126
Imbalanced OPA1 processing and mitochondrial fragmentation cause heart failure in mice. science.aad 2459, p. 10.1126/science.aad0116

より輝くペロブスカイトの LED(Brighter perovskite LEDs)

ハロゲン化鉛メチルアンモニウムのような有機・無機ハイブリッドのペロブスカイトは、低コストの発光ダイオード(LED)の発光材料として魅力的である。これは、多くの無機ナノ材料と異なり、それらが非常に高い色純度を有しているからである。Choたちは、これらの材料の主な弱点である、低発光効率に対処するために二つの変更を加えた。彼らは、遊離金属鉛の無いナノ粒子の材料を作った。それは励起子を閉じ込め、励起子の消滅を回避するのに役立った。このペロブスカイトLEDは、リン光性の有機LEDと同程度の電流効率を有する。(Sk,kh)
【訳注】
・励起子:半導体又は絶縁体中で電子と正孔の対がクーロン力によって束縛状態となったもの
Overcoming the electroluminescence efficiency limitations of perovskite light-emitting diodes. Science, this issue p. 1222

短い波長がより短い波長を生み出す(Short wavelengths birth shorter ones)

最短のレーザーパルス---アト秒で測定される持続時間を持つ---は、高次高調波発生(HHG)と呼ばれる方法によって生じる。基本的に、より長い「駆動」パルスがパチンコとして働くガス状の原子から電子を引っぱり出し、それが跳ね返る時に、より短い波長で光が生じる。たいていの HHGは、駆動パルスとして、可視光と赤外光の境界付近の光を用いて行われてきた。Popmintchevたちは、代わりに紫外光の駆動パルスを用いた。それは、予想外に高い効率を示す結果をもたらした。これらの結果は、技術的な応用だけでなく原子・分子動力学の基礎的な研究に対しても、より一般的に効率的なX-線パルス生成手段の前兆となるかもしれない。(Sk,kh,nk)
【訳注】
・アト:10の-18乗
Ultraviolet surprise: Efficient soft x-ray high-harmonic generation in multiply ionized plasmas. Science, this issue p. 1225

相互作用と超格子の混合(Mixing interactions and superlattices)

外部磁場に曝された二次元系電子のエネルギーは、いわゆるランダウ準位中へと分かれていく。最高品質の試料中では、電子の相互作用が分数量子ホール(FQH)状態に導く。しかし次に、このような系が超格子ポテンシャル中に置かれた時に、脆弱な FQH状態が引き続き存在するかどうかは、明らかでない。この疑問に答えるために、Wangらは二層の六方晶窒化ボロンの間にグラフェンを挟み込んだ。超格子上での輸送測定により、なにがしかの FQH状態が確かに存在していることが示された。さらに、電子相互作用と超格子ポテンシャルとの間の相互作用が、付加的な、変則的な状態を作った。(NK,KU,kh,nk)
Evidence for a fractional fractal quantum Hall effect in graphene superlattices. Science, this issue p. 1231

事象の地平線近傍の磁場(Magnetic fields near the event horizon)

天文学者は、長い間、ブラックホールの事象の地平線を確認しようとしてきた。この事象の地平とは、何者も逃げ出すことのできないブラックホール周囲の境界である。Johnsonたちは精巧な干渉計技術を用いて、世界中のミリ波領域の望遠鏡からのデータを結びつけた。彼らは、Sgr A* の事象の地平からほんの少し外側の領域の偏光を測定した。この Sgr A* は、我々の天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールである。この偏光の存在は、ブラックホールの周りの降着円盤のなかに秩序だった磁場が発生している特徴である。この結果は、どのようにブラックホールがガスを降着し、その周囲に向けて物質のジェットを放射しているかを説明するのに役立つものである。(Wt,ok,kh)
Resolved magnetic-field structure and variability near the event horizon of Sagittarius A*. Science, this issue p. 1242

幅広い発現と限定された発現(Broad versus restricted expression)

ショウジョウバエの色覚には、光受容器の下位集合毎に、異なる波長感受性をもつ光感知ロドプシンの限定された発現を必要とする。しかし、すべての光受容器は、視覚シグナルを伝達、増幅する因子を発現する。Risterたちは、高度に調節可能なある調節性モチーフによって、異なる発現パターンが決定されることを発見した。広範囲に発現する遺伝子は、そのモチーフの回文構造的変異体を持っている。空間的に制限されたロドプシン遺伝子は、回文構造の対称性を変えるとともに下位型特異的な発現にとって重要な、単一塩基対の変化を示す。ハエの光受容器における相異なる遺伝子発現制御についてのこれらの知見は、ニューロンの下位型の多様性の進化に関する示唆を与える。(KF,KU,kh)
Single-base pair differences in a shared motif determine differential Rhodopsin expression . Science, this issue p. 1258

人々よ、気候変動に対して共に立とう(Individuals, together against climate change)

個人の行動は、危険な気候変動を防ぐことで何らかの役割を果たすことができるのだろうか? 展望記事で、O'Brienは、気候変動に対処するために必要なその変化の速さと大きさが非常に大きく、それらは政府や既存の公的機関に任せることができない、と主張している。個人は、このような変質への対応者として見過ごされる傾向にあった。しかし、個人とネットワークの外見上小さな行動が、広範囲の地球規模の影響を与えることができる。個人は、習慣や現状を維持する深く根付いた観念に挑戦可能である。変化することで、個人の行動が、技術的なそして政策的な進展と並んで、気候変動を有効に和らげる重要な一部となりえる。(KU,kh,nk)
Political agency: The key to tackling climate change. Science, this issue p. 1170

インフルエンザ・ワクチンをしつこく追いかける(Stalking a flu vaccine)

普遍的に効くインフルエンザ・ワクチンとは、シジフォス的試みであった。季節毎のワクチンとしては成功するにもかかわらず、新たに変異したインフルエンザ系統に出逢うたびに、免疫系は初めからやり直さないといけない。Andrewsたちは、大流行した2009年の H1N1ワクチンへの B細胞の応答について、徹底的に、時間を追って、調べた。既存抗体の力価が低い人たちは、より保存された赤血球凝集素(HA)の柄領域を標的とする幅広い反応性の応答を行うようであった。一方、既存抗体を高レベルでもつ人は、より可変性の HA頭部を標的とすることによって応答した。既存の頭部の抗体は免疫優性であり、柄への明瞭なアクセスを妨げた。これらデータが示唆するのは、患者のウイルスへの曝露の履歴が、普遍的インフルエンザ・ワクチンを設計する際に重要だということである。(KF,KU,kh,nk)
【訳注】
・シジフォス的試み:果てしなき徒労
Immune history profoundly affects broadly protective B cell responses to influenza. Sci. Transl. Med. 7, 316ra192 (2015).

道よ道よ、どこにでも(Roads, roads everywhere)

過去一世紀にわたり、拡大を続ける道路ネットワークが、我々の惑星地球全体に拡がった。展望記事で、Haddadは、このネットワークの環境的インパクトを考察している。道路は、人々が新たにアクセス可能になった土地を農業や住宅のために開拓するので、しばしば土地利用の変化をもたらす。道路はまた、生態系を断片化し、乗り物との衝突による、幅広い野生生物の損失の原因となる。道路計画と建設は、道路の最悪の影響から野生動物を保護することを助けることができる。たとえば、野生動物用通路の建設などによって。しかし、そうした手段では、伸び行く世界的な道路ネットワークに伴う、生息地の断片化や土地利用変化を防ぐには十分ではない。(KF,ok,kh,nk)
Corridors for people, corridors for nature. Science, this issue p. 1166
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