AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 27 2015, Vol.350


青への進化経路(Evolutionary routes to blue)

動物の色は,配偶者選択,カムフラージュ,警告,体温調節に不可欠である.色を適切にさせる進化圧は,種間の膨大な変異に導く.幾つかの無脊椎動物が持つ見事な真珠光沢の青は,入射光と干渉する微視的な表面構造により作られる.Hsiungたちは,ほぼ同じ青色が,様々な表面ナノ構造によってタランチュラで少なくとも8回進化したことを見出した.これらのクモの視力は弱いので,青色は性的誇示のためではなさそうである.性選択よりはむしろ自然選択が,未だ未知の何らかの進化圧を通して,クモに働いているらしい.(MY,KU,kh)
(Sci. Adv. 10.1126.sciadv.1500709 (2015))

腸内微生物が免疫療法に影響を与える(Gut microbes affect immunotherapy)

抗腫瘍 T細胞応答の解放は、新世代の癌治療法の到来を告げるものだった。これらの治療法は患者の中で劇的な腫瘍縮小を引き起こす人もいたが、多くの患者には、理由は定かではないが何等の恩恵もない。何でこのようなことが起こるのかを調べるために、マウスを用いた2編の論文が出ている。腸微生物相の特定のメンバーが、このタイプの免疫療法の有効性に影響を与えている (Snyderたちによる展望記事参照)。Vetizouたちは、細胞障害性 Tリンパ球抗原遮断への最適応答には、特定のバクテロイデス種を必要とすることを見出した。同じように、Sivanたちは、ビフィズス菌種がプログラム細胞死リガンド1を標的とする抗体治療の有効性を高めることを発見した。(KU,kh)
Anticancer immunotherapy by CTLA-4 blockade relies on the gut microbiota (Science, this issue, p. 1079; see also p. 1031)
Commensal Bifidobacterium promotes antitumor immunity and facilitates anti-PD-L1 efficacy (Science, this issue, p. 1084; see also p. 1031)

いかに草食動物は生態系に影響を与えるのか(How herbivores affect ecosystems)

火事や洪水等の非生物的力は、生態系の構造や機能に強力な影響力を持っている。植物を食べる動物もまた、自然体系に強い影響力を持っているが、その影響力を評価することはより難しい。Hempsonたちは、草食動物が、アフリカ全体の植生にどのように影響を与えているかを調査した(Gillによる展望記事参照)。異なる種類の草食動物から影響を受けている四つの生態系が分析から明らかになる。それらの動物は、森林地帯のカモシカ類、乾燥地帯のガゼル類、多種多様なサバンナの動物相、そして象のような大食動物により特徴づけられ、それらは生態系を形作るという点において火事や洪水の影響力と同等の影響力を有してきた。(Uc,KU,nk,kh)
A continent-wide assessment of the form and intensity of large mammal herbivory in Africa (Science, this issue p. 1056; see also p. 1036)

最早,塩漬けにはしておけない?(Salted away no longer?)

岩塩鉱床は流体に対して不浸透性と考えられていて,このため,核廃棄物貯蔵所の候補となっている.Ghanbarzadehたちは,メキシコ湾の岩塩鉱床の中に,石油やその他の炭化水素が浸透しているものがあることを見つけた.もし、これらの岩塩ドームが周囲の環境から完全に隔離されないなら,それらは深地層の廃棄物保管場所には適さないことになるだろう.(MY,nk,kh)
Deformation-assisted fluid percolation in rock salt (Science, this issue p. 1069)

ブタゲノムのウイルス的浄化(Virally cleansing the pig genome)

ブタからの移植は、移植用ヒト臓器不足への解決の一つになりうるかも知れない。不幸なことに、ブタ内在性レトロウイルス (PERV)がブタに非常に多く存在し、ヒトに感染して、疾病を引き起こす危険がある。L. Yangたちは、ブタの細胞ゲノム中に CRISPR-Casを組み込み、そこでは Cas9 編集酵素の連続的誘発が、単一 PERV逆転写酵素の遺伝子総てに変異をもたらした。これが、PERVの総てのコピーの複製、ウイルス感染、及びヒト細胞への感染を防止した。(KU,kh)
【訳注】
・CRISPR-Cas9:DNAを切断して、ゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入する遺伝子改変技術
Genome-wide inactivation of porcine endogenous retroviruses (PERVs) (Science, this issue p. 1101)

マラリア原虫が肝臓に感染する方法(How malaria parasites infect the liver)

感染初期に、マラリア原虫は肝臓の肝細胞内に落ち着く。これらの細胞内部で、原虫は、いわゆる寄生体胞を占拠する。Kaushanskyたちは、マラリア原虫が、EphA2受容体を発現する肝細胞内で空胞を好んで作ることを示している。この受容体を低濃度で持つ肝細胞は、マラリア感染を助けることが少なかった。(KU,nk,kh)
Malaria parasites target the hepatocyte receptor EphA2 for successful host infection (Science, this issue p. 1089)

測定不能な富を予測する(Predicting unmeasurable wealth)

発展途上国において、富や所得といった基礎的な経済量のデータを収集することは、費用や時間がかかり、しかも信頼できない。Blumenstockたちは、ルワンダにおける携帯電話の普及を利用して、携帯電話のメタデータ情報を個々の電話加入者の豊かさに対応づけた。彼らはそのモデルを用いて、ルワンダ全体の富を予測し、その予測が、綿密に現地に足を運んで行った住民調査の結果とよく一致することを示した。(Sk)
Predicting poverty and wealth from mobile phone metadata (Science, this issue p. 1073)

より輝くモリブデンの層(Brighter molybdenum layers)

二硫化モリブデン(MoS2)の拘束された層は光ルミネッセンスを示し、オプトエレクトロニクス分野への応用にとって魅力的である。実際には、効率が低く、それはおそらく励起子が再結合して光を放射する前に、欠陥が励起子を捕捉するためであろう。Amaniたちは、単層の MoS2を、非酸化性の有機超酸であるビス(トリフルオロメタン)スルホンイミドで処理することにより、発光効率が 95% 以上に向上することを示した。向上の機構は、イオウの空格子点のような、欠陥の遮蔽に関係している可能性がある。(Sk,KU,nk,kh)
【訳注】
・励起子:半導体又は絶縁体中で電子と正孔の対がクーロン力によって束縛状態となったもの
・超酸:酸解離定数が 100%硫酸より大きい酸性媒体
Near-unity photoluminescence quantum yield in MoS (Science, this issue p. 1065)

反射により電荷分離を観測する(Charge separation viewed in reflection)

半導体に光を照射すると、励起電子が界面を横切って移動する。Y.Yangらは超高速反射分光法を適用して、水からの水素発生に用いられるガリウム・インジウム・リン系化合物においてこのプロセスを調べた (Hansenたちによる展望記事参照)。白金と酸化チタンのコーティングが、励起電子の、それが抜け出てきた正孔からの、電荷分離を促進した。しかしながら、酸化チタンは、分離と逆のプロセスである電子・正孔の再結合の抑制において白金より効果的であった。(NK,KU,nk)
Semiconductor interfacial carrier dynamics via photoinduced electric fields (Science, this issue p. 1061; see also p. 1030)

T細胞の仕事を微調節する(Tweaking T regulatory affairs)

1型糖尿病 (T1D)の患者において、免疫細胞は膵臓のインスリン産生 β細胞を破壊する。結果としての高濃度の血糖への長期的暴露が、器官を損傷し、心臓病や腎不全に導く。1型糖尿病のような自己免疫疾患において、調節性 T細胞 (Treg)が欠損していることが知られている。Bluestoneたちは、1型糖尿病患者においてこれらの細胞を修復し、置換する養子 Treg免疫療法のフェーズ1試行を報告している。培養された Tregは輸注後も長期に生存し、広範囲の Treg表現型を保持した。さらに、この試行は、輸注治療が安全であることを示しており、今後の試行試験において有効性テストへ進むことを支持するものである。(KU,nk,kh)
【訳注】
・養子免疫療法:自分のリンパ球細胞を体外で培養して元に戻す治療方法。
Type 1 diabetes immunotherapy using polyclonal regulatory T cells (Sci. Transl. Med. 7, 315ra189 (2015))

分子振動で可視化する(Imaging with molecular vibrations)

生体分子の振動スペクトルを用いれば、原理的には、マーカーを付与することなく細胞や組織を可視化できるはずである。実際には、画像深度、分解能、データ取得速度を十分なレベルで達成するには、幾つかの技術的問題の克服が必要である。Chengと Xieは、実験室と臨床で使える新出現の生体可視化の方法について論評している。(Wt,KU,nk,kh)
Vibrational spectroscopic imaging of living systems: An emerging platform for biology and medicine (Science, this issue p. 10.1126/science.aaa8870)

新皮質ニューロンの国勢調査(A census of neocortical neurons)

脳の新皮質の重要性にも関わらず、我々はまだ、その細胞型の多様性と機能的結合を完全には理解していない。Jiangたちは、成熟したマウスの視覚野における1200を越える介在ニューロンと400以上の錐体神経細胞を記録し、標識付けし、分類した。介在ニューロンの主要な15のクラスは、3つの型に分かれた。すべてのニューロンに結合するもの、他の介在ニューロンに結合するもの、錐体神経細胞とシナプスを形成するもの、である。(KF,kh)
Principles of connectivity among morphologically defined cell types in adult neocortex (Science, this issue p. 10.1126/science.aac9462)

タンパク質はリボソーム中で姿勢を正す(Proteins shape up in the ribosome)

タンパク質はアミノ酸の一次元的鎖から成る。その鎖は、機能的になるために複雑な3次元形状へと折り畳まれる必要がある。Holtkampたちは、小さならせん状のタンパク質がリボソームによって合成されていく際に、それがどのようにして折り畳まれていくかを「観察」した。長く伸びているポリペプチドが、折り畳みが始まるリボソーム・トンネル出口から出ていく。当初簡潔だった構造が、ポリペプチドがトンネルから出現するにつれて、本来の3次元構造へと急速に再編成する。(KF,KU,kh)
Cotranslational protein folding on the ribosome monitored in real time (Science, this issue p. 1104)

革新の否定的側面(The downside of innovation)

進化上の革新は,種が新しい適所や環境に入り込むのを可能にする.一般的に,適応形質の出現は多様化をもたらすと考えられている.しかしながら,実際にこの過程に対する支持はまちまちである.魚の第二の顎の進化が,革新がどうして多様性を減少させる例かもしれないことを, McGeeたちは示している (Vermeijによる展望記事参照).第二の顎を持つ魚は,餌となる魚を素早く取り込む能力が低下し,このことが普通の顎を持った魚との競争を不利にしている.そのような競争は,変異の減少やこの形質を持つ系統の絶滅を引き起こすことになるかも知れない,(MY,kh)
A pharyngeal jaw evolutionary innovation facilitated extinction in Lake Victoria cichlid (Science, this issue p. 1077; see also p. 1038)

必須なヒト遺伝子について原点から見直す(Zeroing in on essential human genes)

これまで以上に強力な遺伝子技法が、ヒト細胞の一生に必要とされる遺伝子のリストを定義する助けとなっている。2つの論文が一倍体ヒト細胞に CRISPRゲノム編集システムと遺伝子トラップ法を用いて、必須遺伝子をスクリーニングした (Booneと Andrewsによる展望記事参照)。Wangたちによる複数の細胞系列についての分析は、特定の遺伝子への腫瘍特異的依存性を発見できる可能性を指し示している。Blomenたちは、非必須遺伝子が、別の遺伝子の非存在下で適応のために必要とされる現象を研究している。つまり、強靱にするというよりむしろ複雑にすることが、ヒトの戦略なのである。(KF)
Identification and characterization of essential genes in the human genome (Science, this issue p. 1096; see also p. 1028)
Gene essentiality and synthetic lethality in haploid human cells (Science, this issue p. 1092; see also p. 1028)

抗うつ薬がDNAメチル化を抑制する(Antidepressants suppress DNA methylation)

うつ状態の患者の中には、DNAメチル化を増加させ、シナプス可塑性にとって重要な分泌因子である BDNFをコードする遺伝子の発現を減少させる人がいる。治療前にうつ状態の患者から得た細胞中で、Reinたちは、抗うつ薬であるパロキセチンが、DNAメチル基転移酵素 DNMT1の抑制を介して BDNFの発現を増加させていることを発見した。パロキセチンはヒト血液細胞にも同様の効果を示す。ゆえに、単純な血液検査が、うつ状態の個人向けの治療において助けになる可能性がある。(KF,kh)
Chaperoning epigenetics: FKBP51 decreases the activity of DNMT1 and mediates epigenetic effects of the antidepressant paroxetine (Sci. Signal. 8, ra119 (2015))
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