AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 7 2015, Vol.349


瞳孔の向きの利点(The benefits of pupil orientation)

細長い瞳を持った動物は、垂直または水平の瞳孔を有している。一方の向きが 他方よりも、何らかの競争優位をもたらすのかどうか、もしそうであればどのような環境においてなのか、ということは不明である。Banks たちは、垂直方向の瞳孔のスリットの光学系は一般に捕食者を有利にし、一方、水平方向のスリットは被食者を有利にするということを示している。垂直方向のスリットは、対象までの距離や地表に沿った距離を見積もるのに向いている。それは捕食者が被食者に忍び寄るのにうってつけである。対照的に、水平方向のスリットは、地平線上の対象に気付くのに適しており、被食者が近づく捕食者に気付いて、どちらの方向に逃げるかを決定するのに理想的である。(Sk,kh)
(Sci. Adv. 1, el500391)

光遺伝学を用いてニューロンのサイレンシング(Silencing neurons using optogenetics)

緑藻類からのロドプシン光感受性イオンチャネルは、神経回路を制御する強力な手段を与える。ロドプシン・カチオンチャネルはニューロンを効率的に脱分極し、短寿命の電気的膜電位の発火をもたらす。Govorunovaたちは、その逆を行う藻類のチャネルを記述している。即ち、それらは特定のニューロンを過分極したり、或いはサイレンスする(Berndt and Deisserothによる展望記事参照)。これらのカチオンチャネルは、既存の過分極する光活性化チャネルよりも強い光感受性を与え、急速に作用し、そしてアニオンのみを選択的に導く。この方法は、ロドプシン・カチオンチャネルの発現により光感受性ニューロンを作るという広く用いられた技術への理想的な補完技術である。(KU,kh)
Natural light-gated anion channels: A family of microbial rhodopsins for advanced optogenetics (Science, this issue p. 647; see also p. 590)
Metal-free catalytic C-H bond activation and borylation of heteroarenes. (Science, this issue p. 513)

個人的に仮説を検証する(Testing hypotheses privately)

大きなデータ・セットは、既に公式化されたアイデアを検証したり、新たなアイデアを探索するための広大な領域を提供する。残念ながら、同じデータ・セットで双方を行おうとする研究者たちは、検証と探索が異なるデータ・サブセットで行われているとしても、誤った発見をするという危険を負う。差分プライバシーという概念にヒントを得たアイデアに基づき、Dworkたちはこの問題に理論的解決を与えている。データから生まれた発見は個人情報を消したアグリゲート情報に対して検証され、一方個々のデータセットの個人別成分は秘密のままである。このプライバシー保護がまた、統計的推論の妥当性を保証する。(KU,kh,nk)
【訳注】
・差分プライバシー(differential privacy):詳しくは
http://www-al.nii.ac.jp/nlpsympo/SLIDES/2010nlpsympo_Nakagawa.pdf を参照
The reusable holdout: Preserving validity in adaptive data analysis (Science, this issue p. 636)

濡れていても粘着させる(Keeping it sticky when wet)

幾つかの生物学的分子は、水中に沈められた表面でさえ、強く粘着する。例えば、ムール貝の接着は、ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)とリジンのようなカチオン性アミン残基を豊富に持つタンパク質の過剰産生に基づく。ムール貝タンパク質の類似物としてのリジン基とDOPAの対からなる細菌性鉄キレート剤を用いて、Maierたちは、これら二つの官能基が界面接着を相乗的に強めていることを示している(Wilkerによる展望記事参照)。リジンは表面から水和したカチオンを取り除いているようで、かくしてより強い接着のための乾いた小領域を与えている。(KU,kh)
Adaptive synergy between catechol and lysine promotes wet adhesion by surface salt displacement (Science, this issue p. 628; see also p. 582)

気候が大型動物相を絶滅させた(Climate killed off the megafauna)

北半球における多数の大型動物種の更新世絶滅の原因は、明らかでない。一連の証拠は、人の狩猟、気候変動、或いは双方の組み合わせを指し示している。古代の DNAと詳細な古気候データを用いて、Cooperたちは、亜間氷期の開始段階での更新世の大型動物相絶滅事象と急激な温暖化事象との間の密接な関連性を報告している。彼らの解析は、気候変動が大型動物相絶滅の鍵となる促進要因であり、人類が及ぼした影響は二次的な役割に留まったという説を強化するものである。(KU,kh,nk)
Abrupt warming events drove Late Pleistocene Holarctic megafaunal turnover (Science, this issue p. 602)

B細胞は速度を必要とする(B cells have a need for speed)

高親和性の抗体は、多くの感染症に対する持続的防御免疫を提供する。このような抗体を産生するには、T細胞型でのヘルプを必要とし、これが抗体産生 B細胞と相互作用する。B細胞が増殖し、その抗体遺伝子を変異させると、T細胞はその高親和性の抗体を産生する細胞を選択する。Gitlinたちは、T細胞ヘルプを受ける B細胞が、複製フォークが進行する速度を増して、細胞周期ををより速く通過することをマウスで示している。このような急激な細胞周期の移行が、高親和性の B細胞に選択優位性を与える。(KU,kh,nk)
【訳注】
・複製フォーク:二重らせんの水素結合が切れてできるY字形形の領域で、そこから新たな複製が進行して2本の娘細胞ができる。
・T細胞ヘルプ:ヘルパーT細胞によるB細胞の抗体産生の刺激を助けること
T cell help controls the speed of the cell cycle in germinal center B cell (Science, this issue p. 643)

実験室にワイル物理が出現する(Weyl physics emerges in the laboratory)

質量を持たず、半整数スピンを持つワイルフェルミオンは、かつてはニュートリノを記述するモデルであると誤って解釈されていた。素粒子としてのワイルフェルミオンの存在はまだ実験的に実証されていない。しかし、いわゆるワイル半金属内の集団励起という形でならワイルフェルミオンは存在するのかも知れない。 これらワイル半金属は、線形的に分散した伝導帯と価電子帯が不連続な「ワイル点」で交差するという特異なバンド構造を有している。Xuらは光電子分光法により、TaAsがワイル半金属としてワイルフェルミオンを発生することを明らかにした。補足研究において、Luらはフォトニック結晶においてワイルフェルミオン系に特徴的な「ワイル点」を検出した。ワイル物理の観測は、特異な物理現象の新たに発見を可能にするであろう。(NK,KU,kh,nk)
Discovery of a Weyl fermion semimetal and topological Fermi arcs (Science, this issue p. 613)
Experimental observation of Weyl points (Science, this issue p. 622)

マウスへの無作為化臨床試験の適用(Randomized clinical trials for mice)

公式の薬剤承認についての 法的に有効な結論を保証するために、臨床治験の設計と分析は非常に厳密である。Lloveraたちは、マウスの前臨床研究に至適基準である無作為化対照臨床試験の判断基準を適用した。彼らは、脳卒中の2つのマウスモデルにおいて、脳への白血球遊走を抑制する CD49dに対する抗体をテストした。彼らの6箇所の研究センターでの無作為化対照臨床試験は、その抗体が、皮質での小さな脳卒中の後で白血球の侵入と梗塞部の大きさの双方を減少させたが、より大きな傷害に関する効果はなかった、ということを明らかにした。(KF,KU,kh)
Results of a preclinical randomized controlled multicenter trial (pRCT): Anti-CD49d treatment for acute brain ischemia (Sci. Transl. Med. 7, 299ra121 (2015))

三角州地域はリスク増大の中心である(Deltas are growing centers of risk)

人口増加や都市化、海面上昇は、三角州地域の住民のリスクを増大させている。これらの住民の住民が持つ将来回復力や適応潜在力は、多くの社会経済的、あるいは、地球物理的な要因に依存する。Tesslerたちは地球の48箇所の三角州地域を調査して、地域の脆弱性の変化を評価した(Temmermanによる展望記事を参照)。高い国内総生産を有する国の幾つかの三角州地域は、費用の掛かる基幹施設の保全を遂行可能なので、これらの変化に対して最初はより大きな回復力を示すだろう。しかしながら、すべての三角州地域に対して長期的な投資を伴わなければ、短期的な政策は持続性のないものになるであろう。(Wt,KU,kh,nk)
Profiling risk and sustainability in coastal deltas of the world (Science, this issue p. 638; see also p. 588)

神経変性のパラダイムが収束する(Converging paradigms in neurodegeneration)

パーキンソン病とアルツハイマー病は、人口の高齢化に伴い有病率の増加している進行性の神経変性疾患である。最近の証拠は、これら病気の病理に関与する分子機構のいくつかが、ウシ海綿状脳症(狂牛病)などの感染性プリオン病に見られるそれと類似性があることを示唆している。Goedertは、種々の病理学的タンパク質凝集体の伝播が、どのように神経変性疾患に関与しているのかをレビューしている。(KF,kh)
Alzheimer' and Parkinson' diseases: The prion concept in relation to assembled Aβ, tau, and αsynuclein (Science, this issue p. 601)

電子の収穫を改善する(Improving electron harvesting)

小さな金属のナノ構造は、「熱い電子」を半導体に移送することが可能な表面プラズモンを生じることにより、光から電子を生成する。しかしながら、この過程の効率は電子・電子散乱のため多くの場合は低い。Wuたちは、強く結合した半導体のアクセプター内の電子をプラズモンが直接励起することを可能にする道筋を実証した(Kaleによる展望記事参照)。(Kaleによる展望記事参照)。末端に金のナノ粒子を有するセレン化カドミウムのナノロッドは、界面の電子移動により、24%超の量子効率で、プラズモンを強く減衰させた。(Sk,nk)
【訳注】
・プラズモン:金属中の自由電子が集団的に振動して擬似的な粒子として振る舞っている状態
Efficient hot-electron transfer by a plasmon-induced interfacial charge-transfer transition (Science, this issue p. 632; see also p. 587)
          

RORCの驚いた免疫ゆがみ(A surprising immune twist for RORC)

免疫系は、宿主を最適に保護するため、細胞やそれらが分泌する分子などの種々の兵士からなる軍団を必要とする。そうでないと、ちょっとした感染症が、慢性になったり、死をもたらすことすらある。Markleたちは、転写制御因子 RORγと RORγTをコードする RORCにおける機能欠失型変異をもつ7人を発見したと報告している。これらの個人は、サイトカイン・インターロイキン17を産生する免疫細胞を欠き、慢性的カンジダ症に罹っていた。 RORCを欠く個人はまた、マイコバクテリウムへの免疫低下を示したが、これはおそらく、サイトカイン・インターフェロンγの産生の減少によるものである。この分子の産生にRORCが必要なことはこれまで知られていなかった。(KF,kh,nk)
Impairment of immunity to Candida and Mycobacterium in humans with bi-allelic RORC mutations (Science, this issue p. 606)

ローマ時代のコンクリートをカルデラに結びつける(Cementing Roman concrete to a caldera)

古代のコンクリートは火山地質学とは無関係に思われる。しかしながら、Vanorioと Kanitpanyacharoenは、イタリアのナポリ近くの カンピ・フレグレイ・カルデラのキャップロック岩石とこの地域がその産地として知られていたローマンコンクリートとの間の類似性を見つけた。両方の素材は似たような一連の化学反応を必要とし、それが繊維状の鉱物を撚りあわせた微細構造に起因する高強度を与える。天然岩石のこの高強度は、爆発せずに高速に隆起した期間を耐えたカルデラの抵抗力を説明する。カルデラに住んでいるローマー人(そこは今日ポッツオリの町がある)は、この伝説的材料を作るために自然を模倣しようと試みていた可能性がある。(KU,kh,nk)
【訳注】
・キャップロック岩石:石油,ガス,高温熱水等の地表への湧出を阻止する不浸透性岩石(帽子岩ともいう)
Rock physics of fibrous rocks akin to Roman concrete explains uplifts at Campi Flegrei Caldera (Science, this issue p. 617)

筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症の仕組みの驚き(Mechanistic surprise in ALS-FTD)

筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症 (ALS-FTD)の原因となるミスフォールド・タンパク質の治療標的を同定することに強い努力が向けられてきた。Lingたちは、タンパク質症の主要な犯人である TDP-43が、非保存の潜在性エクソンのスプライシング抑制因子として働いていると明らかにしている。そのエクソンはしばしばメッセンジャーRNA翻訳を妨害し、ナンセンス変異依存RNA分解を促進する。細胞中で TDP-43が枯渇すると、非保存の潜在性エクソンの集合が標的 RNAへとスプライスされ、細胞機能にとって決定的な、対応タンパク質の下方制御がもたらされる。潜在性エクソンの抑圧は、TDP-43のない細胞の細胞死を防いだ。ALS-FTDの症例の脳は、潜在性エクソンのスプライシングの失敗の証拠を示したが、その領域での失敗が TDP-43タンパク症の根底にあるらしい。(KF,kh,nk)
TDP-43 repression of nonconserved cryptic exons is compromised in ALS-FTD (Science, this issue p. 650)

より良い接触を(Making better contacts)

トランジスタ制作において鍵となる問題は、半導体ゲート材料への優れた電気的接触を作ることである。二次元の物質における一つの方法は、六角形状に充填された半導体相を歪んだ八面体状に充填された金属相へ転換する、相転移を介して行うやり方である。Choたちは、モリブデン・テルル化合物(MoTe2)をレーザー加熱すると、その転換が Te空格子点の形成を介して達成されることを示している。この相転移は、トランジスタの機能の改善にとって必要な低抵抗を維持しつつ、電荷キャリアの移動度を改善する。(KF,KU,kh)
Phase patterning for ohmic homojunction contact in MoTe2 (Science, this issue p. 625)

セマフォリンの信号が腫瘍転移をガイドする(Semaphorin signals guide metastases)

転移性の膵臓管腺癌(PDAC)の患者の腫瘍は、新たな血管の増殖を導くセマフォリン3Dの濃度上昇を含む。Foleyたちは、タンパク質アネキシン A2が、PDACの遺伝的マウスモデル由来の腫瘍細胞からのセマフォリンの遊離を増加させ、それら細胞中での移動を促進することを発見した。PDAC細胞中のアネキシン A2ノックダウンは、これらの細胞がマウスに注入され たときに,、肝臓や肺にコロニー形成する能力を減殺した。アネキシン A2のこうした転移向上効果は、腫瘍の血管新生における変化を含んでいなかった。(KF,KU)
【訳注】
・ノックダウン:遺伝子を完全に破壊するノックアウトと異なり、遺伝子の作用を大きく減退させること
Semaphorin 3D autocrine signaling mediates the metastatic role of annexin A2 in pancreatic cancer (Sci. Signal. 8, ra77 (2015))

ディープウォーター・ホライズンの教訓(Lessons from Deepwater Horizon)

ディープウォーター・ホライズン掘削装置の爆発と沈没は、過去最大の海洋石油流出事故を引き起こした。2010年のほぼ3か月の間、石油とガスがメキシコ湾内に溢れ出た。以前の流出事故とは対照的に、石油とガスの多くは深海プルームを形成した。しかしながら、Joyeは、油井から噴出した石油とガスの量と最終的な運命の双方について、いかに正確なデータが不足しているかを説明している。深海の石油とガスの探査が世界中で続けられているため、生態学的基本データや油井からの日々の流量測定の実施は、最優先されるべきである。(Sk,kh)
【訳注】
・プルーム:雲のような汚染濃度の高い部分
Deepwater Horizon, 5 years on (Science, this issue p. 592)
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