AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 3 2015, Vol.348


若い星は成長して焦点を絞り込む(Young stars grow up and narrow their focus)

星は、円盤から渦状の物質を集めて成長すると考えられている。もし、これが真実ならば、角運動量のバランスを保つため、ガスは円盤の回転軸に沿って高速に流出するはずである。Carrasco-Gonzalez たちは、ほんの18年の間に、このような流出の始まりの「前」と「後」の段階を垣間見たらしい(Hoare による展望記事を参照のこと)。大質量の原始星である W75N(B)-VLA2 を電波で監視していると、等方的に吹き出す風から向きの揃った放出流へと遷移したことが明らかとなった。これは、大質量星が形成される時、なにが起きるのかに対して重要な洞察を与えるものである。(Wt,ok,nk)
Observing the onset of outflow collimation in a massive protostar (Science, this issue p. 114; see also p. 44)

いつ、そして何を学ぶべきかを学習する(Learning when and what to learn)

乳児たちは学習するためのきっかけとして、「意外さ」を利用している。StahlとFeigensonは、物体が意外なやり方で振る舞った時に、どのように赤ん坊が反応するかを研究した(Schulzによる展望記事参照)。見かけは硬く重量がありそうな物体が、壁をすり抜けたり、或いはテーブルの端を通り越しても落ちなかったりするのを見た赤ん坊は、熱心にその物体を見つめた。このような奇妙な物体を探る機会が与えられると、赤ん坊は(まるでそれらの固体性を確かめるかのように)床にたたきつけたり、或いは(まるでそれらの重量を確認するかのように)床に落としたりして、調べていた。(Uc,KU,kh,nk)
Observing the unexpected enhances infants' learning and exploration (Science, this issue p. 91; see also p. 42)

ミトリボソームの全容を高分解能で(The whole mitoribosome at high resolution)

ミトコンドリアは,原始真核細胞中に棲みついた原核細胞の子孫と考えられている.ミトコンドリアは、酸化的リン酸化に関与する幾つかの遺伝子を保持している.これらの遺伝子を翻訳するため,ミトコンドリアは,高度に異なったミトコンドリアリボソーム,すなわち,ミトリボソームを保持している.Amuntsたちは低温電子顕微鏡を用いて,哺乳類ミトリボソームの完全な高分解能構造を決定した.ミトリボソームは,mRNAに対する独自の結合チャンネルを有している.この発見は,アミノグリコシド系抗生物質が意図せずしてミトリボソーム を阻害してしまうのはどうしてか,また,どうやってミトリボソームの変異が病気につながるのかを説明している.(MY,KU,kh,nk)
The structure of the human mitochondrial ribosome (Science, this issue p. 95)

健康のためにカンジダを遺伝子操作する(CRISPRing Candida for health's sake)

カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)は、免疫無防備状態の人の死因のかなりを占め、そして院内感染における主要な健康上の懸念事項である。手軽な分子遺伝学的手段の欠如が、この病原体のより深い理解に対する主要な障壁であった。Vyasたちは、カンジダにおける正確な遺伝子操作を可能にするCRISPR(クリスパー)系を開発した。彼らの方法は、この病原体の生物学をより理解し、そして標的とされる薬物療法の開発のためのカンジダ・ゲノムを操作する我々の能力を飛躍的に増大させるものであろう。(KU,kh,nk)
【訳注】
・CRISPR(クリスパー):ファージ等の外来性遺伝子に対する細菌の防御機構に関係する染色体領域
・カンジダ・アルビカンス(Candida albicans):酵母に類似した不完全な菌類で、真菌症の一つ。健康な人には何も起こらない日和見感染症
A Candida albicans CRISPR system permits genetic engineering of essential genes and gene families(Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1500248 (2015))

化石のそっくりさん分子を作る(Making a molecular fossil lookalike)

原子は一般にコンパクトなものである。しかし、原子核の周りを回る電子のうちの一つに、かろうじてそのまま原子核に繋ぎ留めておけるギリギリのエネルギーを追加すると、はるかに大きなリュードベリ原子になる。Boothたちは、さらに珍しい種類のものを作り出した。それは、通常のセシウム原子が同じ元素のリュードベリ原子内に潜り込んで結合した巨大な分子である。その分子は、「三葉虫」と名付けられた。なぜなら、その電子密度が視覚的にこの絶滅した海洋生物の化石に似ているためである。(Sk,kh,nk)
【訳注】
・リュードベリ原子:一つの電子が大きな主量子数の軌道に励起された状態にある原子、いわば膨張した原子。リドベルグ原子とも言う。
Production of trilobite Rydberg molecule dimers with kilo-Debye permanent electric dipole moments (Science, this issue p. 99)

暴走する防御系から守る(Protecting against runaway defense systems)

RNA干渉は、ウイルスや導入遺伝子のような、侵入する遺伝因子から細胞を守っている。しかし、侵入してくる RNAは攻撃に曝されるが、正常な内在性の RNAを何が保護しているのだろうか? Zhangたちは、小さな植物シロイヌナズナにおいて、正にこれを行っている監視システムを同定した:正常なトランスクリプトームを保存し、侵入による転写物に集中した攻撃を維持している。(KU)
【訳注】
・トランスクリプトーム(transcriptome):DNAからの転写によって産生されるRNAの全体
Suppression of endogenous gene silencing by bidirectional cytoplasmic RNA decay in Arabidopsis (Science, this issue p. 120)

耐摩耗性添加剤の追加的な説明(Additive explanation for anti-wear)

オイルへの添加物は、すべり界面で薄膜を形成させることにより、エンジンの摩耗を保護するために不可欠なものである。ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZDDP)は,エンジン摩耗を低減するため,何十年もの間用いられてきた.現在,ZDDPの代替品を見つけだそうとする強力な誘因が存在する:その分解物が触媒コンバータの寿命を短くするのである.Gosvamiたちは,ZDDPが,高圧下あるいは高温下で,どうやって耐摩耗性の薄膜を生成するのかを正確に調べた(Schwarzによる展望記事参照).このメカニズムを理解することが,より高性能で,より効果の高い添加剤の開発に役立つであろう.(MY,ok,nk)
Mechanisms of antiwear tribofilm growth revealed in situ by single-asperity sliding contacts (Science, this issue p. 102; see also p. 40)

エボラウイルス流行の変化と進化(Evolution in the Ebola virus outbreak)

西アフリカにおける2013-2015年のエボラウイルスの大流行で,急速な変異が警戒すべき新たなウイルス特徴を生み出したであろうか? Hoenenたちは,流行から9か月経過したマリでの症例で得られた分離株の配列を決定した.ヌクレオチドの置換速度は,過去の中央アフリカでの流行で見積もられた置換速度と一致していた.これに対して,流行初期の配列データの分析は,急速な変異を示した.今回のより新しい調査結果は,診断法,ワクチン,その他の治療介入が,これからも有効であるとの確実性を示している.それでもやはり,警戒を怠ってはならない.わずかの変異で,他のRNAウイルスの生物学的特性が劇的に変わりうるのである.(MY,KU,ok,kh)
Mutation rate and genotype variation of Ebola virus from Mali case sequences (Science, this issue p. 117)

変異が多いほど効き目が良い(More mutations predict better efficacy)

癌免疫療法が著しい成功を示してはいるが、多くの患者には治療効果がない。Rizviらは、免疫療法を受けている非小細胞肺癌患者の腫瘍を研究した。二つの独立したコホート(母集団)において、治療効果は、腫瘍の変異数の多さと関連していた。ある一人の患者において、腫瘍特異的 T細胞反応は、腫瘍縮小と同時に進行していた。(hk,KU,ok,kh)
Mutational landscape determines sensitivity to PD-1 blockade in non-small cell lung cancer (Science, this issue p. 124)

魅惑的な磁石の素性を調べる(Probing the nature of an exotic magnet)

磁性相互作用を示す材料は、そのエネルギー状態を最小化するために、低温で規則的な構造をとることが知られている。しかし、磁性が乱されると(例えば、結晶格子の配置がエネルギーを最小化する仕方で形成されれば)、極低温であっても整列した状態にならない可能性がある。Hirschberger等は熱輸送測定を用いて、このような系の一つ、パイロクロア化合物(pyrochlore compound)であるTb2Ti2O7の励起を研究した。極低温における熱伝導度は不規則な金属のものに似ていた:電気的絶縁性の透明材料における興味深い知見である。(NK,KU,ok)
Large thermal Hall conductivity of neutral spin excitations in a frustrated quantum magnet (Science, this issue p. 106)

効率的な熱電性を絞り出す(Squeezing out efficient thermoelectrics)

熱電材料は、廃熱を電力に変換する可能性を秘めている。課題は、さほど高価でない高効率の材料を開発することである。Kimたちは、安価な熱電性の開発に対する道筋を提案している。彼らは、圧縮時に余分な液体を急速に絞り出すことにより、テルル化ビスマス試料における効率の劇的な改善を示した。この方法は、導電率の低下を避ける方法で、粒界転位を取り入れている。それにより、良い熱電材料になる。スケールアップとより安価な材料への適用の可能性により、この発見は熱電性への魅力的な道筋を示している。(Sk,kh)
Dense dislocation arrays embedded in grain boundaries for high-performance bulk thermoelectrics (Science, this issue p. 109)

miRNAの制御下における発現の変動(Expressing variability under miRNA control)

マイクロRNA(miRNA)は、翻訳を抑制し、mRNAの分解を増加させることで遺伝子発現を抑えている。Schmiedelたちは単一細胞レポーター実験と数学的モデル化を用いて、miRNAが発現だけでなく、標的遺伝子の発現の変動をも減少させていることを示した(Hoffman and Pilpelによる展望記事参照)。コンビナトリアルターゲッティングの原理(Combinatorial targeting principles)から、miRNA遺伝子標的のほとんどに対して変動の減少が確認された。このように、miRNAは発生の際の遺伝子発現の精度や、或いは細胞の恒常性に対する安全装置を提供している可能性がある。(KU,nk)
MicroRNA control of protein expression noise (Science, this issue p. 128; see also p. 41)

腫瘍に対する生まれつきの殺し屋(Natural born killers for tumors)

癌の免疫療法は、腫瘍を殺すために、普通 CD8+T細胞という細胞傷害性リンパ球を活性化することによって働く。しかし、対腫瘍の武器庫から新たな武器を取り出せれば、その治療は強化されるだろう。Dengたちはこのたび、別のリンパ球型であるナチュラルキラー(NK)細胞もまた、腫瘍を殺すことができると報告している(SteinleとCerwenkaによる展望記事参照)。マウスの腫瘍は NK細胞表面上の NKG2Dと呼ばれるタンパク質に結合する MULT1というタンパク質を分泌している。これが NK細胞を活性化し、そしてそれらに腫瘍細胞を殺すようシグナル伝達する。腫瘍を持ったマウスに可溶性の MULT1を投与すると、その NK細胞が腫瘍を排除するように働くのである。(KF,kh,nk)
A shed NKG2D ligand that promotes natural killer cell activation and tumor rejection (Science, this issue p. 136; see also p. 45)

人新世の始まりを規定すべきだろうか?(Should we define the start of the Anthropocene?)

人間の活動は,科学者たちが「人新世(Anthropocene)」という用語を造り出して、我々が生きている時代を記述するほどに地球表面での環境作用に影響を与えている.しかし,人新世はいつ始まったのだろうか? Ruddimanたちは展望記事で,1945年の最初の原爆実験の痕跡のような,地質学的記録の"ゴールデンスパイク【訳注】"に基づいて,特定の開始時期を定義する試みに異議を唱えている.人新世をそのような最近に始まったとしてしまうことは,何万年も前の大型動物の絶滅や,創成期の農業が及ぼした影響のような,より以前の人間の影響を見過ごしてしまう危険を冒すことになるのである.(MY,kh,nk)
【訳注】
・ゴールデンスパイク:各地質時代を区切る境界が世界で最もよく観察できる地点として国際地質科学連合で認定されたポイントに打たれる標識
Defining the epoch we live in (Science, this issue p. 38)

共有結合性ヒストン修飾の継承(Inheritance of a covalent histone modification)

ゲノムDNAはすべての遺伝情報の貯蔵所であり、それは染色質中にパッケージされている。染色質はまた、DNAをパッケージするヒストンに付加された共有結合性標識の形をとった調節性情報の貯蔵所でもある。その標識は、組織特異的また臓器特異的な遺伝子発現パターンを決定していて、これは、同一性を維持するために娘細胞に伝達されなければいけない。RagunathanたちとAudergonたちは、分裂酵母において、染色質標識が、遺伝情報のように、多くの細胞世代にわたって受け継がれうることを明らかにしている。この標識は、DNA配列や DNAメチル化、あるいは RNA干渉とは独立に継承される。つまり、ヒストン標識は、真に後成的な遺伝情報を構成しているのである。(KF,nk)
Epigenetic inheritance uncoupled from sequence-specific recruitment (Science, this issue 10.1126/science.1258699; see also p. 132)

抑制因子への逆襲(Turning the tables on an inhibitor)

機能欠失型の変異は、一般に、多様な癌における腫瘍抑制因子 PTEN中に検出される。PTENは、細胞遊走を促進するタンパク質である PREX2によって抑制される。Menseたちは、この抑制が相互性のものであることを発見した。脂質の脱リン酸酵素としての活性とは独立に、PTENは PREX2の活性を抑制していた。癌に付随する変異をもった PREX2型は、PTENによって抑制されず、PTENの脂質ホスファターゼ活性を減少し、癌細胞の侵襲を増強した。ヒト腫瘍の解析によって、PREX2変異とPTENの発現の高さとの相関が明らかにされ、これは腫瘍がPTENによって抑制されない PREX2変異を選択していることを示唆するものである。(KF)
【訳注】
・PTEN(Phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10):多彩な生物活性の発現に寄与するホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PtdIns(3,4,5)P3)の脱リン酸化反応を触媒する酵素であり、腫瘍抑制因子として同定されている。
PTEN inhibits PREX2-catalyzed activation of RAC1 to restrain tumor cell invasion (Sci. Signal. 8, ra32 (2015))

サイトメガロウイルスは若年層での免疫応答を増強する(CMV boosts immune response in the young)

サイトメガロウイルス(CMV)は長らく、スリーパーエージェント(sleeper agent)であると考えられてきた。つまり、ほとんどの人では潜伏形態をとっているが、免疫抑制された人の中で活性化すると危険になるのである。Furmanたちは、若く健康な人における CMV感染の効果をより詳細に調べた。高齢の人たちでは CMV 感染によりインフルエンザワクチンへの応答が低下するのとは対照的に、若年成人では CMV 感染はインフルエンザワクチンへの応答を強化した。この有利な効果はまた、マウスにおいても見られた。つまり潜伏性のCMV感染は、宿主にとって有利であり、これが世界中での CMV感染の広がりを説明するものであろう。(KF,KU)
An EphB-Abl signaling pathway is associated with intestinal tumor initiation and growth (Sci. Transl. Med. 7, 281ra44 (2015))
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