AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 25 2014, Vol.345


羽毛は鳥だけのものではなかった?(Feathers, not just for the birds?)

鳥の直接の祖先だと考えられている獣脚類恐竜は、鳥のような羽毛を身に付けていた。しかし、彼らだけが羽毛のある恐竜だったのだろうか。Godefroit たちは、初期的な羽毛と鱗の両方を持つ、初期の新鳥盤類恐竜について述べている。この羽毛を持っていたと思われる非獣脚類恐竜の存在は、羽毛が鳥の祖先特有のものというわけではなく、きわめて広範囲の恐竜が持っていた可能性さえあることを示している。(Sk)
A Jurassic ornithischian dinosaur from Siberia with both feathers and scales (Science, this issue p. 451)

タンパク質を作る上での問題が神経細胞を死に至らしめる(Problems making proteins kills nerve cells)

神経変性は種々の異なる病気と関係している疾患であるが,細胞的根源についてはしばしば不明瞭である。Ishimuraたちは,誕生後まもなく,その脳細胞が急速に死んでいく変異マウスで,生命活動に必須な2つの細胞構成要素の機能が失われてしまっていることを見出している(Darnellによる展望記事参照)。これらの構成要素の1番目は,メッセンジャーRNA (mRNA)上を離れずに停止したリボソームを遊離するタンパク質である。2番目は,mRNAにおいてアルギニンのコードを読むトランスファーRNA (tRNA)である。この tRNAは、主として中枢神経系で発現する。この tRNAが不足すると,アルギニンのコドンの位置でのリボソームの停止が増加し,これが修正されずに放置されると,タンパク質の合成が阻害され,致命的な結果となる。(MY,KU)
Ribosome stalling induced by mutation of a CNS-specific tRNA causes neurodegeneration (Science, this issue p. 455; see also p. 378)

嚢胞性線維症では,2つの薬を使っても、1つの薬効しかない(In CF, two drugs are no better than one)

嚢胞性線維症(CF)は,障害をもたらす肺疾患で,CFTRと呼ばれるタンパク質の変異によって引き起こされる。このタンパク質は,塩素イオンが細胞を出入りする際のチャンネルとして作用している。利用可能な唯一の標的薬であるアイバカフトール(Ivacaftor)は,この疾患で最も一般的な最重症型に対して効果が低い。今回,Cholonたちと Veitたちは,アイバカフトールを新しい薬と併用することで CFの治療法を改善しようとする取り組みが,何故うまくいかなかったのかについて説明している。アイバカフトールは CFTR変異体の活性を向上させるが,それは,CFTRが細胞表面に存在する場合にのみ機能する。開発中の新しい薬は,CFTR変異体を表面に誘導するが,これらの2種の薬を組み合わせた場合,アイバカフトールがまた,CFTRの安定性を弱め,そのため,細胞が,素早くCFTRを細胞膜から排除してしまうために有効性が現れなかったのである。(MY,nk)
Potentiator ivacaftor abrogates pharmacological correction of ΔF508 CFTR in cystic fibrosis (Sci. Transl. Med. 6, 246ra96, 246ra97 (2014))

もう一つの透明マントの作り方(To cast no shadow in a murky medium)

昔から、手品師は鏡と煙を利用して物体を隠す細工を考えてきた。従来から透明マントとして研究されてきたものは、鏡のような光の伝播方向を変える方法で、マクスウェルの方程式に従う負の屈折率を持つ物質を用いている。この材料は、光の屈折率(=√εμ:εは誘電率、μは透磁率の双方が負のため)が負になるようなメタマテリアル(meta-material)という自然界には存在しない人工物である。この材料でマントのように覆ってやると、内部を外部の電磁波から遮蔽しうる。つまり、透明マント(Cloaking)が可能になる。著者たちは、もう一つの方法である、煙のような、視界がぼんやりする方法を用いたメタマテリアル材料を考案した。これはフィックの拡散方程式(Fick's diffusion Law) に従う拡散多重散乱による透明マントである。マレイン樹脂の微粒子でドープされたポリメチルシロキサンを用いたコア-シェル型の構造により、入射した光が遮蔽される。(KU,ok,nk)
Invisibility cloaking in a diffusive light scattering medium (Science, this issue p. 427; see also p. 384)

発生中の皮膚細胞をTGF-βを用いて変える(Changing skin cells in development with TGF-β)

形質転換成長因子-β(Transforming growth factor-β:TGF-β)は、幾つかの細の分割を止め、互いに分離させ、そして遊走を開始させる。上皮間葉転換と呼ばれる、このプロセスは、正常な発生の際に起こり、癌の進行を促進させたりする。D'Souzaたちは皮膚細胞を培養し、このプロセスが進行する際の皮膚細胞のタンパク質の変化を測定した。TGF-βは数千個のタンパク質の変化を引き起こし、その変化は細胞がどれだけ長くTGF-βに曝されていたかに依存して変化した。タンパク質の変化は、細胞行動の変化と相関を持っていた。著者たちは、TGF-βによって影響される相互作用しているタンパク質のネットワークをモデル化し、TGF-βが細胞行動にどのように影響を与えているかを説明できるロードマップを創った。(KU,ok,nk)
Time-resolved dissection of early phosphoproteome and ensuing proteome changes in response to TGF-β (Sci. Signal. 7, rs5 (2014))

原子雲の中のかすかなもつれ(Subtle entanglement in an atomic cloud)

量子の世界では、原子同士がもつれ状態を形成すると不確定性が減少し、より正確な物性値を知ることができる。物理学者たちは、この減少した不確定性を利用して、精密測定を行う。 Strobel等は、数百個の極低温ルビジウム原子からなるこれまでになかったもつれ状態を創りだした。この手法は、将来精密測定にもっと有効な状態を提供できると期待されている。(NK,nk)
Fisher information and entanglement of non-Gaussian spin states (Science, this issue p. 424)

油断のならぬ星は光の手品を演ずる(Tricky star plays sleight-of-light)

太陽系外惑星が星からの光に書き込んだ二つの署名と考えられていたものは、結局は偽筆であった可能性がある。星の見かけ運動の視線方向成分が、周期的に我々の方向に向いたり、離れる方向にずれたりする場合に、天文学者はしばしばその原因を星の周りを周回する惑星に星が引っ張られるためとしている。Robertson たちは、Gliese 581 という星の、公開用に保存されているスペクトルを調べて、他の可能性を評価した。この可能性とは、星の表面の磁場活動である。かつて、二つの惑星候補によるものとされていた信号は、そうではなくて、星の黒点と星の回転とが結びついたことによる効果によるものであった。データ解析においては、星の表面活動の効果を補正するよう、惑星ハンターは注意すべきである。(Wt,ok,nk)
Stellar activity masquerading as planets in the habitable zone of the M dwarf Gliese 581 (Science, this issue p. 440)

地震と関係があった廃水処理(Wastewater disposal linked to earthquakes)

地震の発生回数が、新しいタイプの油井やガス井が存在する領域で増加している。その場所では、高圧で排出された水が天然ガスを含む岩石を破砕し、その後には処分する必要のある廃水が残される。Keranenたちは、米国オクラホマで地震が頻発している原因が、おそらく排水廃棄井戸からの流体浸透によることを示している。米国中央部の地震の20%は、4つのガス井が原因となっている可能性がある。大容積のガス井における液体注入が、30km以上離れた箇所の地震の引き金となっていたのだ。(Uc,KU,nk)
Sharp increase in central Oklahoma seismicity since 2008 induced by massive wastewater injection (Science, this issue p. 448)

クラスリンに結合するための、膜によって活性化されるスイッチ(A membrane-activated switch to bind clathrin)

クラスリン媒介エンドサイトーシスは、細胞がクラスリン被覆小胞内の栄養やシグナルを取り込むプロセスであり、非常によく理解されている。Kellyたちは、このプロセスにおいて、予期しない制御の層を明らかにしている。タンパク質 AP2とクラスリンは、エンドサイトーシス性のクラスリン被覆小胞の主要な構成要素である。AP2とクラスリンは AP2内のクラスリン結合モチーフを介して互いに結びついている。著者たちはこのたび、AP2のクラスリン結合モチーフが AP2のコア内部に正常に埋め込まれていることを示している。AP2はクラスリン結合モチーフだけを追い出して、正しい細胞膜とエンドサイトーシス性の積荷とに付随する限りにおいて、クラスリンを補充しているのである。(KF)
【訳注】
・クラスリン:細胞外マトリクスの分子をエンドサイトーシスにより取り込まれる際に形成される、エンドソーム外側を形作る骨格となるタンパク質(Wikiペディアによる) AP2 controls clathrin polymerization with a membrane-activated switch (Science, this issue p. 459)

種間の相互作用に対する構造的アプローチ(A structural approach to species interactions)

生態学的ネットワークの安定性を決定するのは何だろうか? Rohrたちは、ネットワーク構造の役割を強調する、種間の相互作用を研究するための概念的アプローチを発明した(Pawarによる展望記事参照)。植物コミュニティーとそれらの花粉媒介をする種からなる相利共生ネットワークを例に、彼らは、ネットワーク構造が相互作用の持続をいかに決定しているかを示している。自然において観察されたネットワークの構造とアーキテクチャは、本質的に、もっとも安定的な解に対応するものだった。全世界的な変化のもとで生態学的コミュニティーが安定であるかどうかに関する複数の疑問に対して、このアプローチを適用できる可能性がある。(KF,ok,nk)
On the structural stability of mutualistic systems (Science, this issue 10.1126/science.1253497; see also p. 383)

炭素カップリングの明るい見通し(A bright outlook for carbon coupling)

現代有機化学では,不飽和炭素(即ち,既に二重結合に関与している炭素)間の結合生成は,クロスカップリング触媒を用いることで直接的に行われる。しかしながら,出発炭素中心の1つ,または2つが飽和(全くの一重結合)している場合,この作法では幾つかの問題に直面する。TellisたちとZuoたちは,ニッケルクロスカップリング触媒に第2の光触媒を併用することで,飽和および不飽和試薬の選択的カップリングが達成できることを,独立に見出した(Lloyd-JonesとBallによる展望記事参照)。この方法は,光触媒から飽和炭素への一電子移動に依存しており,そのため,既存の作法で使われている二電子機構よりは,その反応性をさらに効果的に高められるのである。(MY)
Single-electron transmetalation in organoboron cross-coupling by photoredox/nickel dual catalysis (Science, this issue p. 433; see also p. 381)
Merging photoredox with nickel catalysis: Coupling of α-carboxyl sp3-carbons with aryl halides (Science, this issue p. 437; see also p. 381)

量子コンピュータをどのように性能評価するか(How to benchmark a quantum computer)

ある種の計算に関しては、量子コンピュータは古典的なコンピュータよりはるかに高速に演算を行う可能性を示している。しかし、どのようにして量子的な速度向上を定義し、測定するかは議論の的となっている。Ronnow たちは、古典的な演算素子と量子的な演算素子の間の演算能力の差を、正しく評価する方法について述べている。彼らは色々なタイプの量子的速度向上を定義し、特定の種類の問題を解くように設計された量子演算素子について考察した。(Sk,nk)
Defining and detecting quantum speedup (Science, this issue p. 420)

光による光の制御に向けて(Toward the control of light with light)

光ファイバーは、通信分野の基本となる通信回線を形成し、世界中の膨大な量のデータを運んでいる。Nissimらは、ファイバーのコア内の小さなゆらぎが、光子間に相互作用をもたらすことを示している。相互作用の強さは、異なる長さのファイバーを注意深くその特性を把握し、そして結び合わせることによって制御することができる。光子間の相互作用が増強され、結果として強い信号ビームがほんのわずかな数の光子でスイッチオフ可能になり、光ゲート法による光制御が可能となった。 (hk,KU)
Ultrafast optical control by few photons in engineered fiber (Science, this issue p. 417)

量子シミュレータの特性評価(Characterization of a quantum simulator)

極低温ガスは、固体物質のような、より複雑な系の挙動をシミュレートするのに用いられる。Senkoたちは、そのようなシミュレータの特性確認に用いることができる核磁気共鳴に類似の方法を開発した。彼らは、磁気作用をシミュレートするための、相互作用するトラップされたイオン配列においてその方法を実証した。変調された磁場は、系の異なる配置間のイオン配列の転移を共鳴により増幅した。著者らは、変調周波数を変化させ、それぞれの配置でのエネルギーを測定し、効率的な相互作用をマップ化した。(Sk)
Coherent imaging spectroscopy of a quantum many-body spin system (Science, this issue p. 430)

気候が共謀して大きな変化を作る(Climates conspire together to make big changes)

北太平洋と北大西洋の地域的気候は、最終退氷期の時期に同期性と非同期性の間を行き来しており、それに対応して地球の他の領域に多少とも強烈な影響を与えていたことを、研究者たちは発見した。気候系は高度に非線形的であり、このことはある所の小さな変化が他の所で遥かに大きな変化をもたらし得ることを意味している。このタイプの挙動は、特に氷期から間氷期への条件に移行する際に顕著であり、その時期には気候は広範囲で、多様な時間と共に変わる作用によって影響され、かつかなり不安定である。Praetorius と Mixは、過去18,000年に渡る北太平洋の気候記録を報告している。より局所的な高緯度の太平洋と大西洋の地域の気候が、同時に変わった時に、より地球規模での大きな、急激な気候の揺らぎが生じた。(KU,nk)
Synchronization of North Pacific and Greenland climates preceded abrupt deglacial warming (Science, this issue p. 444)

トロポモジュリンに適切な場所を見つけさせる(Making tropomodulin find the right point)

アクチン線維は、細胞骨格の主要成分の1つである。アクチン線維は、トロポミオシンによって被覆されたときに電子顕微鏡下で見える姿から、矢じり端(P端:poinnted end)と反矢じり端(B端:barbed end)と呼ばれる特徴的な極性をもつ構造をとっている。Raoたちは、アクチン線維のP端にだけ結合して、それを覆う(キャップをかぶせる)タンパク質の結晶構造を記述している。そのタンパク質、トロポモジュリンは、いくつかのアクチンサブユニットと一組のトロポミオシン分子に結合し、それが、低親和性の相互作用をいくつか結びつけて、フィラメントへの高親和性の特異的なキャップを産生している。(KF,KU)
Mechanism of actin filament pointed-end capping by tropomodulin (Science, this issue p. 463)
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