AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 16 2014, Vol.344


大気から(Out of the Air)

大気中の気体状の前駆物質から新しい粒子が形成されるプロセスは、大気の化学過程と気候にとって重要なものであるが、それは複雑でほとんど判っていない。これまでの実験室での研究では、自然界では起こるに違いない粒子生成速度の再現が困難であった。Riccobonoたち (p. 717)は、CERNの実験槽CLOUD (Cosmics Leaving Outdoor Droplets chamber) を用いて、現実的な大気環境を再現した。自然界で典型的な濃度の硫酸と酸化された有機物の蒸気は、下層大気で観測されるものと類似した速度の粒子の核生成を引き起こすした(Wt,KU,nk)
Oxidation Products of Biogenic Emissions Contribute to Nucleation of Atmospheric Particles

キラルな発光を制御する(Controlling Chiral Light Emission)

円偏光は表示、通信、および計測など多くの応用分野で重要な役割を果たしている。そのため、コンパクトで容易に制御可能な偏光源を作る技術は重要であり、二セレン化タングステンのようなジカルコゲナイド材料がそのような光源への道を提供してくれるかもしれない。Zhangたちは(p. 725, 4月17日号電子版; Zaumseil による展望記事参照)、WSe2による電気二重層トランジスタ構造を作り、イオン液体ゲートを用いてキャリア密度を制御した。印加する電場と注入電荷の極性を反転させることにより、射出光の偏光を切り替える電気的な制御が達成された。(Sk,nk)
Electrically Switchable Chiral Light-Emitting Transistor

リサイクル可能な熱硬化性ポリマー(Recyclable Thermoset Polymers)

熱硬化性ポリマーは,機械的強度や耐久性に優れているため,炭素繊維を囲むマトリックス材のような複合材料の用途に利用されている。熱による重合反応は、通常不可逆であり、このため,構成モノマーをリサイクルしたり,複合体の一部を除去して、修復することは困難である。今回,Garciaたちは (p. 732;Longによる展望記事参照),パラホルムアルデヒドとビスアニリンの縮合により生成されるポリマー群について説明している。これらのポリマー群は,硬質の熱硬化性ポリマーを形成することが可能で,また,酸素をさらに含有させた場合,自己治癒性のゲルとなる。強酸で処理することで,ビスアニリンモノマーの回収か可能となった。(MY,KU)
Recyclable, Strong Thermosets and Organogels via Paraformaldehyde Condensation with Diamines

.自分の藪から離れず(Stick to the Bush)

個体群の新しい種への分岐を促すその根底にある遺伝子変化は,予測が出来,繰り返すことができるのであろうか? Soria-Carrascoたちは (p. 738),ナナフシ(stick insect)の1種であるTimema cristinaeの個体群を,その選好宿主植物から代替宿主植物へ移し替えた時の,一世代後に観察される遺伝子変化を調べた。分岐した遺伝子領域は比較的狭く、多くの遺伝子座は片方の個体群だけで分岐を示していた。しかしながら,平行分岐を示した遺伝子座の数は,偶然性から予測されるものより多かった。このようにして,選択は,遺伝子の平行変化を通した表現型の平行進化が促されている可能性がある。(MY,nk)
Stick Insect Genomes Reveal Natural Selection’s Role in Parallel Speciation

骨形成の基礎(Fundamentals of Bone Formation)

in vitro(試験管内)のモデルは,組織工学やドラッグデリバリーの研究の方向を決めるのに役立つが,in vitroの実験の結果がどの程度,in vivo(生体内)での結果を再現しているのかについては,モデルのロバスト性に依存している。細胞外基質や骨のような複合組織に対して,このことは原子的スケールおよび構造的レベルの双方において,組織の化学的構成化が一致することを意味している。Chowたちは (p. 742)核磁気共鳴 (NMR)分光法を用いて,これらの2つの大きさのスケールでサンプルを分析した。先ず始めに,NMR信号を高めるために同位体量を高めたマウスを作った。次に,これらのマウスからのサンプルを用いて,発生中の骨の細胞外基質,および,胎児の骨が成長する過程での石灰化の前線を調べた。(MY,KU,nk)
NMR Spectroscopy of Native and in Vitro Tissues Implicates PolyADP Ribose in Biomineralization

アメリカン・ビューティー(American Beauty)

今日のアメリカ原住民の祖先は、ベーリング海を渡ってきた東アジア人の移動に遡る。しかしながら、更新世後期のアメリカ原住民の骨格の中には、ほかの、より地理的に遠方の人集団により類似した表現型の特徴を示すものがある。Chattersたち (p. 750)は、1万2千年〜1万3千年前頃の年代を示す、比較的ありふれた、現存するアメリカ原住民ミトコンドリア DNAハプロタイプを持った、東ユカタン半島からの古いアメリカ人の表現型を有する骨格について述べている。その古いアメリカ人の表現型は、アメリカ原住民集団の中で独自に進化したのであろう。(KU)
Late Pleistocene Human Skeleton and mtDNA Link Paleoamericans and Modern Native Americans

南極の崩壊(Antarctic Collapse)

西南極氷床(WAIS)は、海洋温暖化による崩壊に対して特に脆い状態になっている。西南極のスウェイツ氷河は、海水上昇に寄与する最大の WAIS領域の一つであり、長年の間潜在的に不安定であると考えられていた。Joughinたちは (p. 735)、その最近の形状と挙動に関する数値モデルと観測結果を結合させ、スウェイツ氷河の安定性について調査を行った。この氷河はすでに崩壊の初期ステージに突入しており、急速で不可逆的に進行する崩壊が次の200〜1000年の間で発生しそうである。(Uc,KU)
Marine Ice Sheet Collapse Potentially Under Way for the Thwaites Glacier Basin, West Antarctica

ウイルスによる増強されたイオウの酸化(Virus-Enhanced Sulfur Oxidation)

微生物のウイルスが、どのようにして地表下の微生物のコミュニティーに影響を与えているのだろうか? Anantharamanたち (p. 757, 5月1日号電子版)は、熱水噴出口で何処にでも見出される海洋の無機栄養生物と彼らのウイルスとの間の相互作用を調べた。豊富に存在する海洋の化学合成的なイオウ酸化性細菌に感染する、ウイルス中のイオウ酸化に関する遺伝子がイオウの酸化を高め、それによって生物地球化学的なイオウのサイクルに影響を及ぼしている。(KU)
Sulfur Oxidation Genes in Diverse Deep-Sea Viruses

においと精子(Scents and Sperm)

精子がメスの生殖器系にいったん入ると、精子は何とかして遠方の、時には隠れた場所にいる卵子を見つけようとする。McKnightたち (p. 754)は、線虫が外部環境中のフェロモンに依存して、この仕事を幾分か困難にさせていることを示している。メスの感覚神経によって検知されたフェロモンは、卵巣のプロスタグランジン(これは精子に位置情報を提供する)の合成を調節する。このように、精子自身が直接露顕されなくても、環境要因が間接的に精子の機能に影響を与える。(KU)
Neurosensory Perception of Environmental Cues Modulates Sperm Motility Critical for Fertilization

リグニンをめぐる状況(The Lignin Landscape)

リグニンは、木質植物や樹木に強い剛性をもたらす化合的複合ポリマーである。人類は伝統的に、木製構築物に剛性をもたせるようにそれらを活かすか、熱やときにはエネルギーを生み出すために燃やすかしてきた。セルロース系のバイオマスをエタノールなどの液体燃料へと転換する、バイオマス活用の主要な方法の出現によって、研究者たちはいまや、関連するリグニン残存物をより多様で価値ある産物へと形質転換する方法を探求している。Ragauskasたちは、この分野における最近の発展をレビューしている(10.1126/science.1246843)。それは、資源であるリグニンの性質を調整する遺伝子工学アプローチから、バイオマス活用の際のリグニンの抽出と、高性能のプラスチックや多様なバルクおよびファインケミカルへのその転換に向けた化学的プロセシング技術に至る広い範囲に及ぶものである。(KF,KU)
Lignin Valorization: Improving Lignin Processing in the Biorefinery

ホルモンのメッセージ(The Hormone's Message)

成長ホルモンの受容体は、よく研究されたサイトカイン受容体ファミリーの代表であり、それを介して、細胞表面でのホルモン分子の結合が細胞内の生化学的シグナルへと転換される。Brooksたちは、結晶構造や生物物理学的測定、修飾された受容体を用いた細胞生物学的実験、そして分子動力学とモデリングの組み合わせを用いて、ホルモン分子が結合したという情報を、受容体が実際にどのように伝達しているかを解き明かした(10.1126/science.1249783; またWellsとKossiakoffによる展望記事参照)。この結果が示唆することは、受容体が不活性な二量体複合体中に存在し、その複合体中で関連する2つの JAK2タンパク質キナーゼ分子が互いの活性化を抑えあっているということである。成長ホルモンの結合は、受容体中の構造変化を引き起こし、それが、受容体の細胞内領域をお互いから引き離す。その結果、JAK2分子の抑制が解放され、それぞれがお互いに活性化可能となり、結果としてホルモンへの細胞応答が開始されるのである。(KF,KU,nk)
Mechanism of Activation of Protein Kinase JAK2 by the Growth Hormone Receptor

分離の程度(Degrees of Separation)

膜に埋め込まれたタンパク質は、細胞とその環境との間のコミュニケーションにおける興味をそそるポイントであるが、膜におけるその局在性が研究を困難にしている。Jonesたちは、膜タンパク質と、従来特徴が明らかにされていない多くのタンパク質を含む、膜に付随するシグナル伝達機構とが関わっている数千もの相互作用をカタログ化するアプローチを発見した(p. 711)。モデル植物のシロイヌナズナに焦点を合わせると、同定された相互作用のいくつかが重要なシグナル伝達鎖中にあった欠け落ちを埋め、同定された他の相互作用は謎の未知タンパク質の機能を指し示している。(KF,nk)
Border Control?A Membrane-Linked Interactome of Arabidopsis

スピンスパイラルをほどく(Untwisting the Spin Spiral)

原子同士の発散的相互作用の為に普遍的な熱力学的挙動を示すユニタリ極限中の極低温フェルミガスは、相互作用の強い物質系の最良の実験台である。同領域中の輸送特性は特に興味深いものであり、輸送係数は2次元と3次元で異なることが確認されている。Bardon等 (p. 722)は、3次元フェルミガスの消磁挙動について報告している。まず一方向に分極しており相互作用はないフェルミガスを用意し、その後磁場勾配により螺旋スピンを発生させた。その後の緩和過程中に拡散係数を測定し、原子同士の相互作用が強まっていくことを明らかにしている。(NK)
Transverse Demagnetization Dynamics of a Unitary Fermi Gas

結晶成長(Crystal Growth)

結晶類の成長の主要な二つの道筋は、既存の核に対する一分子毎の付着か、前もって形成された準安定な前駆物質の付加によるのかどちらかである。しかし、これらのメカニズムは相互に排他的でなければならないのだろうか。Lupulescu と Rimerは(p. 729; Dandekar と Doherty による展望記事参照)、in situでの原子間力顕微鏡技術を開発し、温度(25°から300°C)とアルカリ度(pH 13 以下)の極端な条件下での材料の結晶化を調べた。ゼオライトの一種であるシリカライト-1 の成長には、準安定な前駆物質と分子1個ずつ付着の両者が含まれていた。(Sk)
In Situ Imaging of Silicalite-1 Surface Growth Reveals the Mechanism of Crystallization

狩猟民と農耕民(Hunters and Farmers)

欧州の新石器時代には、狩猟採集民の生活様式から農耕への移行がみられた。従来の遺伝子解析では、狩猟採集民が移入してきた農耕民によって置き換えられたことが示唆されていた。Skoglundたちは、中石器時代のスウェーデン人1人と新石器時代のスウェーデン人9人の配列決定を行ない、狩猟採集民から農耕民への移行を検討した(p. 747, 4月24日号電子版)。狩猟採集民と農耕民の間には、かなりの程度の遺伝的分化が観察された。狩猟採集民内の遺伝的多様性は農耕民より低く、狩猟採集民から農耕民への遺伝子流動はみられたが、その逆はなかった。(KF,nk)
Genomic Diversity and Admixture Differs for Stone-Age Scandinavian Foragers and Farmers

シグナル伝達の動力学(Signaling Dynamics)

転写制御因子 NF-κBを活性化するシグナル経路は、免疫系の細胞において鍵となる調節経路であるが、その動的性質はいまだに解明されていない。B細胞では、単細胞応答の解析から、B細胞受容体を刺激すると、その刺激に対する「デジタル的」な全か無かの細胞の応答が引き起こされることが明らかになっている。Shinoharaたちは数学的モデル化と実験の組み合わせで、系のこの性質が、その受容体への応答において活性化されたシグナル伝達成分中のポジティブ・フィードバックループの存在からもたらされることを示している(p. 760)。変異したシグナル伝達成分を発現する細胞の研究は、観察された閾値応答を提供するキーとなるリン酸化イベントを浮き上がらせ、動的応答の閾値やその他の側面を修飾する可能性のある潜在的な分子修飾を同定した。(KF)
Positive Feedback Within a Kinase Signaling Complex Functions as a Switch Mechanism for NF-κB Activation
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