AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 1 2013, Vol.342


デザイナー・ワクチン(Designer Vaccine)

乳幼児にとって,呼吸器合胞体ウイルス(RSウイルス:RSV)疾患は,認可ワクチンがない残された最後の病気の1つである。McLellanたちは(p. 592)構造に基づく取組み方法で,150を越えるRSV融合糖タンパク質の変異体を設計し,それらの抗体反応性を評価し,安定な変異体の結晶構造を決定し,そして病気に対する防御応答性を発現させる能力を評価した。この取組みにより,臨床治験に入っているRSVワクチンの現時点での有力な候補の一つである、RSV融合糖タンパク質の後融合型(postfusion form)より高い防御応答性を発現させる免疫原が得られた。重要なことだが,マウスとサルで高い防御応答性が発現した。(MY,KU,ok,kj)
Structure-Based Design of a Fusion Glycoprotein Vaccine for Respiratory Syncytial Virus

磁気を帯びた かに星雲(Magnetic Crab)

パルサーは、強く磁化した回転する中性子星であるが、45年前に発見されて以来、それらの磁場構造の進化には多くの理論的な推測がなされてきた。しかしながら、観測的な証拠は多くない。Lyne たち (p.598) は、20年以上にわたる高精度な測定を報告している。かに星雲は、知られている中でもっとも若い中性子星のひとつであるが、その測定結果は、かに星雲の中のパルサーの放射パターンには系統的な変化があることを示している。(Wt)
Evolution of the Magnetic Field Structure of the Crab Pulsar

深い加温(Deep Heating)

最近の数十年間に及ぶ海洋の温度記録に見られるように、熱吸収のほとんどは海洋で生じているのに、世間一般には地球温暖化は大気プロセスとしてのみ考えられている。過去の温暖化と寒冷化の期間の間、どのように海洋の表面下の温度が変化したのであろうか? Rosenthalたちは (p. 617)、過去10,000年以上の赤道付近の西太平洋の表面下と中層域の水の質量の温度記録を報告しているが、その結果は、南北の高緯度の海洋の両方で貯蔵された熱量が同じように変化していたことを示している。この発見によって、完新世熱極大期(the Holocene Thermal Maximum)、中世の温暖期(the Medieval Warm Period)、そして小氷期(the Little Ice Age)は地球規模のイベントであったという見解が裏付けられ、そして将来の種々の温暖化シナリオにおける海洋に貯蔵された熱量の役割を評価するための長期的な全体像が示されている。(Uc,KU,ok,kj,nk)
Pacific Ocean Heat Content During the Past 10,000 Years

量子加熱(Quantum Heating)

メゾスコピックなワイヤーは、低温において独特の特性を示す。その電気伝導度は均等な間隔をもった平坦領域を示すことがあるが、それは「量子輸送チャネル」の連続した開口を反映しており、そのそれぞれは限定された量の電荷や熱しか輸送できない。電気伝導度の間隔の大きさが電荷を輸送する粒子の種類に依存するにもかかわらず、熱伝導度に対しては、この「量子」は普遍的である。Jezouin たちは(p. 601, 10月3日号電子版; Sothmann と Flindt による展望記事参照)、その板から熱を散逸させる電気的チャネルの数を変化させながら、小さな金属板を一定の温度に加熱するのに必要な熱量を比較することにより、一つの電気的チャネルを介した熱伝導の量子を測定した。勇気付けられることに、計測結果は理論的予測と一致した。(Sk,kj)
Quantum Limit of Heat Flow Across a Single Electronic Channel

全てのニューロンが同じわけではない(Not All Neurons Are Alike)

年を経るにつれ,細胞の多くは個別の変異を持つようになる。免疫システムでは,ゲノムの再配置により有用な抗体多様性が生じる。今回,McConnellたちは (p. 632; Macosko and McCarrollによる展望記事参照),ヒトニューロンもまた多様化することを示した。死後のヒト前頭皮質組織のニューロンとin vitroでの誘導多能性幹細胞(iPS細胞)の分化して作られるニューロンは,個々の細胞のゲノムに驚くほどの多様性を示していた。前頭皮質の41%までのニューロンには,複製よりは欠失の方がありふれたより--2つと同じものはない--コピー数多型が存在していた。(MY,ok)
Mosaic Copy Number Variation in Human Neurons

エッジに沿ったより良い接触(Better Contact Along the Edge)

グラフェンに対する電気的接触は、通常、その平らな面に金属を接触させることによってなされるが、金属に対して強く結合する部位はほとんど存在しない。Wang たちは(p. 614)、グラフェンを六方晶系の窒化ホウ素シートで包み込、グラフェンの縁に沿って金属接触を行った。そこでは、結合軌道がむき出しになっている。その結果生じるヘテロ接合は、理論的なフォノン散乱の限界に近い室温でのキャリア移動度を含む、高い電気的性能を有していた。(Sk,kj)
One-Dimensional Electrical Contact to a Two-Dimensional Material

大草原の回復(Prairie Redux)

米国中西部において、トールグラス大草原(Tallgrass prairie)が、かっての分布地域の多くで消滅している。しかし、共同墓地や自然保護区内に保存されている残存種(relicts)によって、以前の大草原の土壌と今日の農業土壌との機能的な比較が可能になる。Fiererたち(p. 621; ScholesとScholesによる展望記事参照)は、気候条件全般を代表する地域からのそれにふさわしい土壌サンプルを取得し、そしてゲノム解析と環境データの組み合わせをモデル化して、過去の歴史的な大草原の土壌生物相を蘇らせた。その結果、大草原を機能化する際の最も重要な細菌として、栄養物質を固定するベルコミクロビアを同定した。(TO,KU,ok,nk)
Reconstructing the Microbial Diversity and Function of Pre-Agricultural Tallgrass Prairie Soils in the United States

第一防御(First Defense)

細菌感染に対する防御で、植物はFLS2として知られる細胞表面レセプターを持っており、そのレセプターが細菌フラジェリンの断片と結合して防御反応を引き起こす。Y. Sunたち (p. 624, 10月10日号電子版) は、FLS2とその共受容体 BAK1、及びフラジェリン断片 flg22との間の結合を支配する構造的な詳細について調べた。構築された複合体は、植物の自然免疫反応を活性化させるシグナルを発信する。(TO,KU)
Structural Basis for flg22-Induced Activation of the Arabidopsis FLS2-BAK1 Immune Complex

良き傷跡(The Good Scar)

我々は、傷跡を悪しきものとして、そして中枢神経系においては、回復の逆効果となる悪因としてみなしがちである。Sabelstromたち (p. 637)はマウスを使った研究で、常在性幹細胞が脊髄損傷後の組織ダメージの増加を妨げていることを見出した。常在性幹細胞によって生成された星状細胞(astrocytes)が存在しないと、脊髄障害からの回復は通常よりも劣っていた。幾分直観に反するが、グリアの瘢痕(glial scarring)は、脊髄損傷を制限し、残っている細胞を支えているようだ。(TO,KU)
Resident Neural Stem Cells Restrict Tissue Damage and Neuronal Loss After Spinal Cord Injury in Mice

網膜の回路を組む(Wiring the Retina)

網膜中の星形アマクリン細胞は光の明滅に応答して、運動を検出する。L. O. Sunたちは、マウスの網膜において、いかに細胞回路が発生して、運動検出の基礎を形成するかを解析した(1241974)。セマフォリン 6Aおよびその受容体であるプレキシン A2の発現パターンが、星形アマクリン細胞の形状と反応性を定めていた。セマフォリン6Aの発現は、特定の細胞だけに限定されていて、異なる形態と逆の機能をもつ、2つの星形アマクリン細胞のクラスを産み出していたのである。(KF)
On and Off Retinal Circuit Assembly by Divergent Molecular Mechanisms

晩餐の時間!(Dinner Time!)

生体時計により、生物は摂食や活動、休息の周期を予測可能となり、その結果ミトコンドリア中の代謝酵素が必要なときに準備するように仕向ける。Peekたちは、概日時計の生化学的要素がミトコンドリアの代謝のそうした制御に結び付いている仕組みを記述している(1243417, 9月19日号電子版; またReyとReddyによる展望記事参照)。その時計は、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (NAD+)の合成に必要な律速酵素をコードする遺伝子の、リズム性の転写を制御している。ミトコンドリア中の NAD+の濃度が、脱アセチル化酵素 SIRT3の活性を決定し、次にこのSIRT3が、鍵となる代謝酵素のアセチル化と活性とを制御しているのである。NAD+はまた、時計機能に影響を与えることで、結局、酸化的代謝の制御が、エネルギー消費の毎日の周期と協調している多用途の役割を担っているらしい。(KF)
Circadian Clock NAD+ Cycle Drives Mitochondrial Oxidative Metabolism in Mice

情報物理学(Information Physics)

生物学や他の学問分野で出現する多変量モデルでは、しばしば少数のパラメータに対してだけ感受性が大きく、残りのパラメータの変化に対しては左右されない:情報理論からのアプローチがこの二つのパラメータのグループ間を区分けするのに用いられる。一方、物理学においては、大きなスケールでの振る舞いを理解するために短かい距離と時間スケールでの詳しい情報を知る必要はない。この階層構造は、以前から認識され、繰り込み群(renormalization group:RG)のアプローチ内ではっきりとした形にされていた。Machtaたち (p. 604)は、フィッシャー情報マトリックスに基づいた情報-理論アプローチを用いて二つのスケール間の関係を調査し、時間と距離スケールが、それぞれ徐々に粗視化(coarsened)される際の、二つの普通に用いられている物理モデル(一次元の拡散と磁性体のイジング模型)を解析した。RGの直観と一致して、予期された“明確な(stiff)”パラメータが現れた。(hk,KU)
Parameter Space Compression Underlies Emergent Theories and Predictive Models

水素結合をイメージング化する(Imaging Hydrogen Bonds)

探針末端がCO分子で修飾された原子間力顕微鏡により,吸着分子の結合をさらに高解像化することが可能となった。Zhangたちは(p. 611, 9月26日発行電子版),この手法を密度関数理論計算と組み合わせて,低温条件下で銅の(111)表面に吸着した8-ヒドロキシキノリンの分子間に形成された水素結合の結びつきをイメージング化し,解析できることを示している。室温では,銅表面上の分子が脱水素化して表面の銅原子に配位する結果,異なった立体配置を持つ結合となることが示された。(MY)
Real-Space Identification of Intermolecular Bonding with Atomic Force Microscopy

開花を止める冷たい抑圧(Chilly Repression Stalls Flowering)

寒い春には、日照時間が気温とは関係なく伸びていくにせよ、温かい春よりも、開花が遅れがちになる。 Leeたちはこのたび、この開花の遅れが緩慢になった代謝による単純な結果ではなく、制御されたプロセスであることを示している(p. 628, 9月12日号電子版; またNilssonによる展望記事参照のこと)。モデル植物のシロイヌナズナにおいては、制御因子である SHORT VEGETATIVE PHASE (SVP)をコードする遺伝子の転写は気温に左右されないが、SVPタンパク質の安定性は高温になると減少していく。その調節性パートナーである FLOWERING LOCUS M (FLM)-βは、低い温度でβが形成するのを好むFLMをコードする遺伝子転写物の、選択的スプライシングによる産物である。SVPとFLM-βとは開花を抑圧する複合体を形成する。低い温度では抑圧的な複合体がより多く出現し、開花が遅れることになる。温度がより高くなると、SVPが分解して FLM-βが産生されなくなり、抑圧的な複合体の量が減り、これによって開花が促進されるのである。(KF,ok)
Regulation of Temperature-Responsive Flowering by MADS-Box Transcription Factor Repressors

多数の猫をコヒーレントに制御する(Coherently Controlling Large Cats)

超伝導回路に基づく量子情報の制御と操作は、スケールアップの可能性から魅力的な手法と考えられている。Vlastakisらは(p. 607, 9月26日号電子版; Leekによる展望記事参照)、空洞共振器に格納された超伝導キュービットと数百のフォトンとの量子もつれを生成・制御することに成功したが、そこでは任意のサイズと位相のマイクロ波共振器中に多数のシュレーディンガーの猫状態のオンデマンドな生成において決定論的手法を用いている。キュービットを多数のシュレーディンガーの猫状態に変換する技術の出現により、将来の量子に基づく技術においてより堅牢な量子源を提供することになるであろう。(NK,KU,kj)
Deterministically Encoding Quantum Information Using 100-Photon Schrodinger Cat States
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