AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 25 2013, Vol.342


二つとして似た顔はない(No Two Faces Are Alike)

遺伝子破壊は、口蓋裂のような重篤な異形症をもたらすが、個々の顔を独特なものにする顔の形態のわずかな変化は何が原因なのか? マウスの研究により、Attanasioたち (1241006)は、頭蓋面の発生を促す遺伝子の周りの遺伝的エンハンサーの候補を4000以上同定した。個々のマウスの顔を認識する困難さを避けるために、光学的投影断層撮影法を用いて、顔の形態変化と特異的なエンハンサーの機能における変化を関連づけた。(hk,KU)
Fine Tuning of Craniofacial Morphology by Distant-Acting Enhancers

刺してみろ!(Bite Me! )

痛みは実際に不愉快なものであるが、身体への潜在的なダメージを警告するという目的に役立っている。痛みの持つこの防御機能は、なぜ捕食動物が、餌食の防御物である有痛性毒液への耐性をほとんど進化させてこなかったかについて説明されている。しかしながら、バッタマウス(grasshopper mouse)は、動物界で最も痛い刺傷の一つ、即ちサソリ(bark scorpion)の刺し傷に非感受性である。Roweたち (441; Lewinによる展望記事参照)は、バッタマウスがサソリの毒液中にある毒素を用いて、電圧作動性の痛みの伝播をブロックし、一時的に非毒液誘発性の痛みへの感受性を弱める。このように、バッタマウスはサソリの痛みの防御を自分たちの利益になるように利用し、そして必要なときのみに痛みの感受性を弱める。(KU,kj,nk,ok)
Voltage-Gated Sodium Channel in Grasshopper Mice Defends Against Bark Scorpion Toxin

融解寸前(On the Brink of Melting)

鉄の豊富な地球の内部コアはかなりの圧力と温度であるが、そのもとで、実験室系でなされた測定結果と観測された地震データとを比較対照することは挑戦的な課題である。コア材料の計算機シミュレーションは、明らかな違いの帳尻を合わせられる可能性がある。Martorell たち (p.466, 10月10日付電子版) はab initio シミュレーションを用いて、コアの圧力における鉄の弾性を予測した。温度が純鉄の融点に近づくにつれ、鉄は、地震波が顕著に遅くなる点まで弾性が落ちることが予測された。酸素や珪素のような軽元素をわずかに含む内部コアは、それの融点近くでは、測定された地震の速度によく対応していると思われる。(Wt,ok)
Strong Premelting Effect in the Elastic Properties of hcp-Fe Under Inner-Core Conditions

そんなに多くない(Not Very Many)

物理学において、粒子の数が増え統計的性質が問題になり始めると、系の挙動を把握しやすくなることがしばしば起こりうる。しかしながら、対象とする系がどの程度大きくなればそうなりうるのかを突き止めることはコンピューター科学の難題であった。Wenzらは (p. 457)6Li原子の一次元捕捉ガスモデルを用いて、原子数を徐々に増やしながらこの境界について調べた。モデルの簡素化のために、他の同一状態にある原子とは異なる状態にある原子を1つ、「不純物」として導入している。弱い相互作用(Weak interaction)モデルや中間的な相互作用(intermediate interaction)モデルの場合、4つの多数原子で多体問題限界に到達することを明らかにしている。(NK,kj,nk)
From Few to Many: Observing the Formation of a Fermi Sea One Atom at a Time

原初の同位体の異常を説明する(Explaining Anomalous Early Isotopes)

隕石には、太陽系で生成された最古の物質の幾つかを含んでおり、その中に地球上にあるものと同様な組成のケイ酸塩鉱物が存在する。しかし、こうした隕石の酸素同位体の組成には違いがあり、それらの生成がより若い太陽系の物質とは異なる化学的メカニズムを伴っていたことを示唆している。Chakrabortyたち(p. 463)は一連の実験を行い、SiOガスとOHの混合によって、SiO2固体中に最古の隕石中に観測されたものと同様な質量非依存的な同位体分別(mass-independent isotope fractionation)を引き起こすことを発見した。この酸化反応は、太陽系星雲の中にある異常な組成の酸素同位体を持ったケイ酸塩の最初の発生源を提供するであろう。(TO,tk,nk)
Mass-Independent Oxygen Isotopic Partitioning During Gas-Phase SiO2 Formation

影響を与える(Making an Impact)

科学論文の影響において、既存知識の型破りな組み合わせが、どれほど大きな役割を果たしているだろうか?この問いを調べるために、Uzziたち (p. 468)は、最も大きな学術文献データベース、ウェブ・オブ・サイエンスの50年間に渡る1790万の研究論文を調査した。科学的研究では通常、極めて当たり前の、よく馴染みのある知識の混じりあったものを利用している。最も影響のある論文とは最大の新奇さを持っている論文ではなく、さもなければ以前の研究のありきたりな組み合わせに終わったものと新奇なアイデアを結びつけた論文である。(TO,KU,kj,nk,ok)
Atypical Combinations and Scientific Impact

変幻自在な界面活性剤(Dynamic Surfactants)

界面活性剤は,油と水のような混じり合わない2つの液体の間に,安定な界面を形成するために用いられ,これにより,一方の液滴が他の液相に取り込まれる。Cuiたちは(p.460),親水性のナノ粒子と機能性親油性分子の会合に基づく界面活性剤を作った。これらは,油水界面で自己組織化して複合界面活性剤となる。ひとたび吸着すると,ナノ粒子はその場所にとどまり,界面で蓄積して詰め込み状態(jam)となる傾向を示す。滴が変形した場合には,さらに多くの活性剤が界面に集まり,色々な形の滴が生成するようになる。(MY,kj)
Stabilizing Liquid Drops in Nonequilibrium Shapes by the Interfacial Jamming of Nanoparticles

規範に従う(Conform to the Norm)

人間の社会においては,罰への脅威によりメンバー間で容認される行動規範を遵守することが常に強調されてきた。規範を強化する行動を支え、社会的な罰則の脅威に対して適切に応答する行動を作り出す神経プロセスが、人間の脳で発達したのではないかという考えが提案されている。しかしながら,人間において,制裁誘導型の規範遵守の基となっている神経回路網については限られた証拠しかない。Ruffたちは (p. 482, 10月10日発行電子版)脳への非侵襲的刺激を用いることで,右前頭前野の活動性や興奮性が変質すると、個々の規範の中身や予想される制裁に対する認識度を変えないままで、規範への順守性に影響を及ぼすことを見出した。右前頭前野の活動性や興奮性は,非社会的なものに比べ,社会的な背景を持つ状況での方が,ずっと大きな変化を示した。(MY,nk,ok)
Changing Social Norm Compliance with Noninvasive Brain Stimulation

腸を保護するもの(Guardian of the Gut)

腸は大量の共生細菌や外来性の食物抗原に絶えず曝されているのであるが、炎症性免疫応答というような不適切な対応を引き起こさずに、それらを受け入れている。大腸において、この免疫寛容は腸内環境と大腸本体との間の物理的な分離によって生じていると考えられており、この分離は分泌されているムチンタンパク質、MUC2から構築される連続した粘膜層による。しかしながら、小腸において、この粘膜層は多孔性であり、免疫調節の付加的な層を必要とする。Shan たち (447, 9月26日号電子版; Belkaid and Graingerによる展望記事参照)は、小腸において、MUC2が常在性の樹状細胞中の転写制御因子を活性化し、それによって炎症反応をおこなう樹状細胞の能力を選択的にブロックすることで免疫寛容に積極的な役割を果たしていることを報告している。この研究は、MUC2が免疫寛容の中心的メディエーターであり、腸内やおそらく身体の他の粘膜表面での恒常性を維持していることを示している。(KU,nk)
Mucus Enhances Gut Homeostasis and Oral Tolerance by Delivering Immunoregulatory Signals

トポロジカルなレプリカ(Topological Replicas)

周期的な摂動が、固体中の電子と強く共役する場合、本来の電子準位の複製物が一定のエネルギーで生じることが予想される。いわゆる、フロケ・ブロッホ状態(Floquet-Bloch states)と呼ばれるものである。そのような条件は、固体に強い光を照射することで作り出せるが、その現象の観測は困難である。Wang たちは(p.453)時間・角度分解光電子分光法を用いて、Bi2Se3を光励起し、そして様々な遅延時間でのその分散を観測している。複製物の出現によって引き起こされる新たなエネルギー準位の交差で生じると予測されるギャップと共に、複製物は予想されたエネルギーシフトの位置で見られた。Bi2Se3はトポロジカルな絶縁体であるため、円偏光によって引き起こされる時間反転対称性の破れは、ディラックポイントにおけるエネルギーギャップを生じさせる。このことは、そのような物質中の電子状態を操作するための興味深い道筋を指し示している。(Sk,KU,kj,nk,ok)
Observation of Floquet-Bloch States on the Surface of a Topological Insulator

ヒドロゲナーゼを作る(Piecing Together Hydrogenase)

微生物のヒドロゲナーゼ酵素(HydG)は一般に、鉄を触媒に使って、水素イオンと電子からの水素の可逆的形成を行なう。その効率にとってキーであるのは、一酸化炭素やシアン化物などの一連の鉄に配位するリガンドである。Kuchenreutherたちは、HydGのマチュラーゼ酵素がいかにしてアミノ酸のチロシンを分解して、二鉄クラスのヒドロゲナーゼの構築に必要なこれらの二原子リガンドを誘導するかを検討した(p. 472)。第一段階では、フェノールの側鎖の OH置換基からの水素原子の引き抜き反応が関与している。電子常磁体共鳴分光分析によって、ラジカル中間体の存在が明らかになり、それに引き続いて側鎖をα-炭素につなぎとめているその結合の不均一開裂反応(heterolysis)が生じている。側鎖がこのように分解されると、残されたデヒドログリシンは、COおよびCN-へと分解するであろう。(KF,KU)
A Radical Intermediate in Tyrosine Scission to the CO and CN? Ligands of FeFe Hydrogenase

冗長さを活用する(Exploiting Redundancy)

遺伝暗号は冗長である---複数のコドンが同じアミノ酸をコードしている。遺伝子内でのいわゆる同義のコドンの変化は、それにもかかわらず、タンパク質発現に実質的に影響している。これは、他の因子のなかでも、とくにメッセンジャーRNAの5'末端の構造の変化に起因するとされてきた。Goodmanたちは、137個の大腸菌遺伝子のN末端配列の1万4千個の変異体の合成ライブラリーの発現を構築、測定し、予想外なことに、希少なコドンがありふれたコドンに比べて、タンパク質発現の増加により大きな影響を与えていることを明らかにした(p. 475, 9月26日号電子版)。翻訳開始の下流での拡大したRNA構造が、コドン利用による発現の差の主たる決定要因であるらしかった。(KF,kj)
Causes and Effects of N-Terminal Codon Bias in Bacterial Genes

農業もしくは漁業(Farming or Fishing) 

現代ヨーロッパ人の大部分は、東方から移住してきて、中石器時代の狩猟-採集民にとってかわった農耕民がその起源だという証拠が積みあがってきつつある。Bollonginoたちは (p. 479, 10月10日号電子版)、ドイツの Blatterhohle埋葬地の新石器時代のヒト骨格から得られた古代DNAおよび安定同位体のデータ解析結果について報告している。この解析によって、新石器時代の農耕民集団と同時代に近接して住んでいた淡水魚を食する狩猟-採集民集団の存在が明らかになった。狩猟-採集民の女性は農耕民と混血していたかもしれないという証拠がある一方、集団間の結婚や文化的な境界は、2000年を越えて持続していた可能性もある。つまり、中石器時代から新石器時代への移行は、急激な移行というよりも、新石器時代における異なる遺伝的起源や文化を有する集団の、複雑な共存のパターンだった。(Uc,KU,bb)
2000 Years of Parallel Societies in Stone Age Central Europe
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