AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 4 2013, Vol.342


海綿動物のポンプ(Sponge Pump)

「ダーウィンのパラドックス」は、サンゴ礁のような生産的で多様性のある生態系が、砂漠にも等しい海域においてどのように繁栄しているのか、という問いを投げかけている。De Goeijたちは (p. 108)今回、サンゴ礁に棲みつく海綿動物が溶存有機物(DOM)に関して極めて効率的な再循環経路(recycling pathway)の一部であること、すなわち、海綿動物の細胞の代謝回転がはやいので、サンゴ礁を摂取するモノの餌となるデトリタス(cellular detritus)に、DOMが変換されることを示している。海綿動物の循環を通じたDOMの変換は、全サンゴ礁の生態系に必要な総一次生産率にほぼ等しい。(Uc,KU,ok,kj,nk)
Surviving in a Marine Desert: The Sponge Loop Retains Resources Within Coral Reefs

ガスの分離(Gas Separations)

ガス分離膜をより薄く作ると、通常、ガスはより速く通過できるようになる。しかしながら、薄い膜はガス種の選別能力が劣るであろう。Kimたちは(p.91)、グラフェンとグラフェン酸化物の層状膜の透過性と選択性を調べた。ガス分子は、層間に形成される細孔やチャネルの欠陥を通して拡散する。これらの構造の制御により膜の特性を調整することで、二酸化炭素を他のガスから取り出すことができた。Liたちは(p. 95)、わずか2、3層のグラフェン酸化物からなる1.8 ナノメーター程度の厚さの膜について述べている。層中の小さな欠陥により水素が通過し、水素を二酸化炭素と窒素から分離することができた。(Sk,KU,nk)
Selective Gas Transport Through Few-Layered Graphene and Graphene Oxide Membranes
Ultrathin, Molecular-Sieving Graphene Oxide Membranes for Selective Hydrogen Separation

体内時計をセットし直す(Resetting the Circadian Clock)

体内時計が周囲の明暗周期と同期しない場合に,時差ぼけによる疲れや他の症状が生じる。Yamaguchiたちは (p. 85; Hastingsの展望記事参照),時差ぼけを実験的に模倣した条件のもとで、ペプチドホルモンのバソプレッシンに対する2つの受容体が欠損するよう遺伝子改変されたマウスを研究した結果,視交叉上核 (SCN)--体内時計の制御で知られている脳領域--でシグナル伝達するバソプレッシンが,体外時計への調節の妨げになっていると結論付けた。バソプレッシン受容体の拮抗物質を直接,野生型マウスのSCNに投与すると,時差ぼけの回復が加速された。このことは,時差ぼけ対処用の薬理学的標的として,この経路をさらに調べる価値がありそうなことを示している。(MY,nk)
Mice Genetically Deficient in Vasopressin V1a and V1b Receptors Are Resistant to Jet Lag

かつてそうであったように(Same As It Ever Was)

窒素は、地球大気のおよそ78%を構成しており、地球大気の化学的物理的性質の鍵となる成分である。地球の地質史を通して、窒素がこれほどに豊富であったのかどうかは明らかではない。Martyたち (p. 101, 9月19日付電子版) は、30億年乃至35億年前の水熱過程によって石英に閉じ込められた流体の含有物から、窒素とアルゴンの同位体成分を分析した。当時の大気の窒素分圧と同位体成分は、現在のものと類似していた。このようなことから、太陽が30% も暗かったにもかかわらず、なぜ地球表面に液体の水が存在したのかを説明するには、他の要因が求められている。(Wt)
Nitrogen Isotopic Composition and Density of the Archean Atmosphere

寡黙なキラーを黙らせる(Silencing a Silent Killer)

肥大型心筋症 (HCM)は、若いアスリートたちの突然死の主要な原因である。HCMは心臓の筋節(心臓の動きを維持する収縮性のユニット)の成分をコードしている遺伝子の優性変異によって引き起こされる。βミオシンの重鎖遺伝子における変異による HCMの重篤な症状を示すマウスモデルの研究から、Jiangたち (p. 111)は、筋節の機能障害が変異誘発遺伝子の発現を選択的にサイレンシングすることで抑えられるかどうかを調べた。適切に工夫された RNA干渉カセットをコードしているウイルスベクターを用いて出生後ただちに処置されたマウスは、少なくても6か月の間、心肥大や或いは心筋線維症(HCMの病的徴候)を発生しなかった。(KU,nk)
Allele-Specific Silencing of Mutant Myh6 Transcripts in Mice Suppresses Hypertrophic Cardiomyopathy

攻撃的なRNA(RNA on the Attack)

植物の病原性微生物は、しばしばタンパク質エフェクターを介して作用するが、このエフェクターは植物細胞中に輸送されて重要な細胞機能を破壊する。Weibergたち (p. 118; Baulcombeによる展望記事参照)は、ボトリチス菌のシネレア(the fungus Botrytis cinerea)のスモールRNA (sRNA)が、類似の役割を果たしていることを発見した。トマトやシロイヌナズナの葉への真菌の感染後に、その植物細胞には一揃えの真菌由来のsRNAsが含まれていた。3つの sRNAsが植物自身のアルゴノートタンパク質(Argonaute protein)に結合し、それによって植物の真菌防御遺伝子をサイレンシングしていることが見いだされた。(KU,kj)
Fungal Small RNAs Suppress Plant Immunity by Hijacking Host RNA Interference Pathways

立体配座の反応性(Reactive Conformations)

ほとんどの分子は,とりわけ,回転配座異性体--単一の共有結合の両側の基の相対的な向きが異なっている構造--の相互変換により,室温ではかなりの柔軟性を示す。Changたちは (p. 98; Heavenによる展望記事参照),異なる配座異性体の反応性を比較できる方法を考案した。配座異性体の相互変換が生じない低温の分子ビーム中で配座異性体の混合体を用意した後,電界を印加して異なるコンフォーマーを互いに引き離した。これにより,その後のトラップされたイオンターゲットとの衝突相互作用が,配座異性体の違いにより,空間的に分割された。(MY,ok)
Specific Chemical Reactivities of Spatially Separated 3-Aminophenol Conformers with Cold Ca+ Ions

引用を獲得する者(Citation Grabbers)

論文引用の傾向に、定量化可能な規則性や予測可能性があるだろうか?何度も引用された論文は、その後もより多くの引用を積み重ねていくことが明らかである。また、最も新規性のある論文でさえ、時間とともにその「現代性」を失っていくことも明らかである。しかしながら、いくつかの論文は、その研究に対する学界の反響と解釈できるような固有の“永続性”を有しているように思われる。Wang たちは(p.127; Evans による展望記事参照)、引用履歴を予測ためのメカニズム・モデルを開発した。このモデルは、その論文がいずれ受けるであろう引用の総数で表わされる論文の最終的な影響力を、初期の引用履歴から予測される単一の測定可能なパラメーターと結びつける。そのモデルは、雑誌の影響力の大きさを左右する因子を同定するために用いられた。(Sk,ok,kj,nk)
Quantifying Long-Term Scientific Impact

重要な個人識別変異を同定する(Identifying Important Identifiers)

個々人はそれぞれのゲノム中に数百万の配列変異を持っている。純化選択(purifying selection)、或いは負の選択の特徴から、これらの変異のどれが機能的に重要なのかを同定するのに役立つはずである。Khuranaたち (1235587)は、14の人種にまたがる1092人からの配列多形性を用いて、選択のパターンを、特に非翻訳調節領域において同定した。非常に強い負の選択下にある非翻訳領域には、いくつかの染色質や基本転写因子 (TFs)、および幾つかのTFファミリーのコアモチーフの結合部位を含んでいた。TF結合部位における正の選択はネットワーク ハブのプロモータにおいて生じている傾向があった。多くの反復性の体細胞の癌変異体は非翻訳調節領域で生じており、結果として癌を促進する変異体の存在が示唆されよう。(KU,kj)
Integrative Annotation of Variants from 1092 Humans: Application to Cancer Genomics

2つあっても1つにまさるとは限らない(Two Are Not Necessarily Better Than One)

遺伝子重複は、遺伝子およびタンパク質ネットワークの進化の、主要な駆動要因の一つである。しかしながら、一つの生物体中にパラロガスな(重複によって生じた)2つの遺伝子コピーを維持するように遺伝子が変化する具体的な例はあまりない。Bakerたちは、出芽酵母におけるパラログ(複製で機能を獲得した遺伝子)である cm1と Arg80(この2つは MADS-box転写制御因子である)の機能的分岐を検討した(p. 104)。真菌の転写制御因子における祖先由来の機能の分配は、新たに形成された遺伝子複製物間の競合的干渉によって影響を受けているようだった。つまり、酵母では遺伝子重複がパラログ間の選択的闘争を産み出していて、それが新規のタンパク質機能の進化を駆動しているらしい。(KF,KU,nk)
Following Gene Duplication, Paralog Interference Constrains Transcriptional Circuit Evolution

電気的中性からみたpH勾配(pH Gradient in Light of Electroneutrality)

植物葉緑体での光合成はプロトン勾配に依存して、光エネルギーをアデノシン三リン酸へと変換する。シロイヌナズナを研究することで、Carrarettoたちは、葉緑体チラコイドの積み重なった膜中のカリウムチャネルである TPK3が、プロトン勾配を持続させる鍵であると同定した(p. 114, 9月5日号電子版; またRochaixの展望記事参照)。チラコイド管腔が光に曝されて酸性化すると、TPK3の活性によって電気的中性がもたらされる。TPK3は、広範囲の強度にわたる光への葉緑体の応答を最適化できた。機能的な TPK3を欠く植物は、弱い光のレベルで育てると正常であったが、光が高レベルになると、植物は成長全般において、またチラコイド組織化において不具合を見せた。(KF,kj)
A Thylakoid-Located Two-Pore K+ Channel Controls Photosynthetic Light Utilization in Plants

ナトリウムの放出(Pumping Out Sodium)

哺乳類細胞は相対的に高濃度のカリウムを含むが、ナトリウムは低濃度である。このバランスは、ATPによって駆動される輸送サイクルにおけるイオンポンプ、Na+,K+ATP分解酵素によって維持されており、このポンプが3つのナトリウムイオンを搬出し、2つのカリウムイオンを移入することになる。カリウムが結合した時のポンプの立体構造は解明されていた。Nyblomたちは今回、Na+が結合した時のポンプの立体構造の高分解能での結晶構造を報告しているが、それは、Na+の結合と関連した立体構造の変化を明らかにしている(p. 123, 9月19日号電子版)。(KF,KU,kj,nk)
Crystal Structure of Na+, K+-ATPase in the Na+-Bound State
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