AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science August 23 2013, Vol.341


ステロイド受容体のシグナル伝達(Steroid Receptor Signaling)

植物のブラシノステロイドは、植物生理における多様な経路にシグナルを送る。これらのステロイドホルモンは細胞表面で検知され、そこで受容体の BRASSINOSTEROID INSENSITIVE 1 (BRI1)に結合する。Santiagoたち (p. 889, 8月8日号電子版)は、体細胞性の胚形成受容体であるキナーゼ 1 (SERK1)が BRI1と複合体を形成することを示している。それとともに、これらの受容体キナーゼは、相互作用を安定化する「分子接着剤」として作用するホルモンと一緒になってステロイドの結合部位を形成する。BRI1とSERK1とのホルモン誘発性のヘテロマー形成により、細胞質のシグナルカスケード反応の活性化が生じ、これが植物の増殖と分化をトリガーする。(KU)
Molecular Mechanism for Plant Steroid Receptor Activation by Somatic Embryogenesis Co-Receptor Kinases

ヒ素と住民(Arsenic and Populace)

地下帯水層のヒ素の溶解度は、多くの水文学および地球化学的な因子により支配されている。飲料水を地下水に頼っている農村部においては、特に地下水の汲み上げがヒ素の溶解度を増大させる場合、それに曝されるリスクが公衆衛生上の脅威を引き起こすであろう。地下水からのヒ素に曝されるリスクに着目した影響評価を提供するために、Rodriguez-Lado たちは(p. 866; Michael による展望記事参照)、中国全土にわたる、ヒ素の溶解度を支配する多くの因子を取り込んだ地質統計学的モデルを作成した。リスクのほとんどは、いくつかの地方--新彊、内モンゴル、河南省、山東省、江蘇省--に集中していたが、1リットル当たり10マイクログラム以上のヒ素濃度に曝される全人口は、1900万人以上になるであろう。(Sk)
Groundwater Arsenic Contamination Throughout China

ループを閉じる(Closing the Loop)

多くの研究により、タンパク質のダイナミクスが酵素の機能にとって重要であることが示された。例えば、酵素タンパク質の動きが活性部位を最適化し、そして基質と補助因子の結合を可能にし、かつ生成物の遊離を容易にすることが示されていた。Whittierたち (p. 899)は、二つのチロシンホスファターゼにおいて、切断の速度がループの動きに結びついていることを示している。二つのチロシンホスファターゼは異なる触媒反応速度を持っている。しかしながら、両者において、触媒残基を含むループが、不活性な開いた状態と触媒作用を持つ閉じた状態の間を切り替えている。閉鎖の速度は切断速度に等しく、このことは脱離基チロシンがループ閉鎖と同時にプロトン化されることを示唆している。このように、ループ挙動の調整が触媒作用の サイクルにおいて調節的役割を果たしている。(KU)
Conformational Motions Regulate Phosphoryl Transfer in Related Protein Tyrosine Phosphatases

登って降りなきゃ(Gotta Get Up to Get Down)

Hurst たち (p.868) は、California にある San Andreas 断層に添う尾根の、衛星からの高分解能地形データを検討することにより、丘陵の傾斜の曲率を、どのようにして地殻の隆起と浸食の長期的な速度の推測に用いることができるかを示している。数値モデルでは、隆起事象と形態変化の間に遅れがあることを示しており、これを観測データと結びつけることで、地形情報からその景色が活動状態なのか、あるいは衰退状態にあるかを明らかにしうることを示している。これら基本的な関連は、地震の危険予測を改善したり、他の地球型惑星で収集された地形データを解釈するのに役立つ可能性がある。(Wt)
Hillslopes Record the Growth and Decay of Landscapes

作用するマンガン(Mn at Work)

生物地球化学的循環には、鉄やマンガンのような普通の金属との酸化還元反応を含んでいる。周囲の水の酸素濃度や pH によって、これらの金属--複数の酸化状態が存在する--は電子を受容したり放出したりする。しかしながら、これらの反応においてどんな化学種が支配的なのかを示すことは多くの場合、困難である。Mnの酸化状態に鋭敏な分光光度法を用いて、Madisonたちは(p. 875)、セントローレンス河口の堆積物コアから採取した間隙水中の総マンガン量の90%までが、可溶性の Mn(III) であることを示している。その酸化状態はこれまで、わずかなニッチな環境を除いて、水溶液での酸化還元反応においては重要ではないと従来考えられていたものである。(Sk,KU)
Abundant Porewater Mn(III) Is a Major Component of the Sedimentary Redox System

中期胞胚変移の制御(Regulating the MBT)

30年以上にわたって、カエルの胚において明確に規定された回数の細胞分裂が、中期胞胚変移(MBT)と呼ばれる重要な発生事象に先行して行なわれることが知られていた。Collartたち (p. 893, 8月1日号電子版)は、MBTの制御に関係するメカニズムを説明している。初期の細胞分裂の際にDNA複製開始因子の量が測られ、これが MBTの際の細胞周期の延長と接合子の転写開始を制御している。(KU,nk)
【訳注】中期胞胚変移(midblastula transition (MBT)):ある種の両生類において12回の卵割後に中期胞胚期に至って認められる胚の生理活性の変化
Titration of Four Replication Factors Is Essential for the Xenopus laevis Midblastula Transition

インゲノールに対する工夫(Ingenol Ingenuity)

ジテルペノイド類のインゲノールは,前癌性の皮膚疾患である日光角化症の治療に近年実用化された局所用薬物の中核構造である。それが生合成されるトウダイグサ属の植物からこの化合物を得ることはかなり非効率であるため,Jorgensenたちは(p. 878, 8月1日発行電子版),比較的単純な構造で安価なモノテルペンキラルな(+)-3-カレンを出発物質とした化学合成法を考案した。合成経路は14のステップからなり--以前の合成経路に比べ,目的物までステップ数は半分以下--,2段階アプローチに依存したものとなっている。この考案は,周辺部の水酸化反応に先立ち,融合した環状骨格の組み立てが先行的に形成されるという推定された生合成経路に触発されている。(MY)
14-Step Synthesis of (+)-Ingenol from (+)-3-Carene

HIVの検出は(c)GASである(HIV Detection Is a (c)GAS)

最も高度に研究されたウイルスの一つであるにもかかわらず、HIVには未だ多くの不明なところがある。例えば、自然免疫反応をどのようにしてトリガーしているのか等々。Gaoたち (p. 903, 8月8日号電子版)は、DNAセンサーであるサイクリックGMP-AMP合成酵素 (cGAS)が HIV感染を検知することを実証している。逆転写HIV DNAはcGASとアンチウイルス性免疫の下流の活性化をトリガーしている。レトロウイルスのサル免疫不全ウイルスやマウスの白血病ウイルスと同様に、cGASの欠乏したマウスやヒトの細胞においてHIVの検出が出来なかった。このことは、cGASがレトロウイルス感染への応答において自然免疫の重要な活性化因子であることを示唆している。(KU)
Cyclic GMP-AMP Synthase Is an Innate Immune Sensor of HIV and Other Retroviruses

神経堤の発生(Neural Crest Development)

脊椎動物の神経堤は、神経管の背側側面から拡がる多分化能細胞の遊走性集団によって特徴付けられている。多くの異なる細胞型や組織がここに起源をもっていて、その中には末梢神経系細胞や副腎髄質細胞、メラニン形成細胞、そしていくつかの骨格細胞が含まれる。神経堤細胞の調節不全は、異所性組織の形成だけでなく、細胞分化と細胞周期における欠陥をもたらすことがあり、これが多様なヒトの病気に帰結する。Takahashiたちは神経堤細胞の正常発生をレビューし、組織の相互作用と機能に影響を与える、この細胞集団と局所環境との重要な結びつきにハイライトを当て、発生上のイベントがうまくいかなくなった際に生じる病変形成を記述している(p. 860)。(KF)
Tissue Interactions in Neural Crest Cell Development and Disease

次世代の遺伝子治療(Next-Generation Gene Therapy)

現代の臨床研究に関わる学問分野のうち、遺伝子治療の領域ほど、高い期待をかけられている分野は少ない。しかしながら、遺伝子治療を病院での治療に合うようにすることはチャレンジングなことであって、それは治療性のある遺伝子が患者では不十分なレベルでしか発現しなかったり、遺伝子を運ぶベクターが、白血病を引き起こす近くの癌原遺伝子に組み込まれたりするせいだった (Vermaによる展望記事参照のこと)。Biffiたち (1233158, 7月11日号電子版)と Aiutiたち(1233151, 7月11日号電子版)は、神経変性疾患である異染性白質ジストロフィー (MLD)である3人の患者と、免疫不全障害であるウィスコット・オールドリッチ症候群 (WAS)である3人の患者、それぞれに対しての遺伝子治療の試行において、双方の最前線での進歩を報告している。最適化されたレンチウイルスベクターを用いて、機能する MLD遺伝子あるいは WAS遺伝子を生体外で患者の造血幹細胞 (HSC)へ導入し、次にその導入した細胞を患者の体内に戻した。そして 患者たちは、2年間経過観察された。双方の実験で、患者たちは、導入された HSCの安定した生着と、機能する MLDあるいは WASの遺伝子の高い発現レベルを示した。勇気づけられることに、レンチウイルスベクターが近くの癌原遺伝子に組み込まれた証拠は何もなく、またこの遺伝子治療処置はほとんどの患者で病状悪化を食い止めたのである。有効性と安定性のさらかる確認には、より長期の追跡調査が必要である。(KF,kj)
Lentiviral Hematopoietic Stem Cell Gene Therapy Benefits Metachromatic Leukodystrophy
Lentiviral Hematopoietic Stem Cell Gene Therapy in Patients with Wiskott-Aldrich Syndrome

分子リンカーをマッピングする(Mapping Molecular Linkers)

金属-有機構造体の化合物では、金属原子あるいはそのクラスターの無機中心は二座配位の有機分子を介してつなげられる。多くの場合、同種の有機分子が配位するが、近年異なる官能基を有する有機分子をリンカーとして用いる合成法が開発され、特定の分子を合成できるようになった。Kong等は (p. 882、7月25日号電子版)、固体核磁気共鳴と分子シミュレーションを駆使してリンカ—の分布(ランダム、混合、クラスター)を分析している。(NK,kj)
Mapping of Functional Groups in Metal-Organic Frameworks

結晶形成(Making Crystals)

無秩序な溶液から結晶成長の起点となる核が形成する移行過程の初期段階は謎のままである。最近の研究から,秩序性を有する安定なクラスターの形成が,最初の核形成前に出現することが示唆された。Wallaceたちは(p. 885; MyersonとTroutによる展望記事参照),分子動力学を用いてこれらのクラスターのポテンシャル構造と挙動を調べ,また,格子気体シミュレーションを用いて核形成に先立つクラスター集団の集団での挙動を検討した。液-液相分離のプロセスが観察され、それによって一方の相でイオン濃度が高くなり、核形成の前駆体となる。(MY,KU)
Microscopic Evidence for Liquid-Liquid Separation in Supersaturated CaCO3 Solutions

ジストロフィーを解明する(Dissecting Dystrophies)

αジストログリカンにおける欠陥は、多様な先天性筋ジストロフィーをもたらし、αジストログリカンの細胞外基質(ECM)への結合は、特異的なO-連結糖構造の形成に依存している。ECMに結合するαジストログリカンの能力の根底にある分子機構を理解するためのこれまでの努力により、αジストログリカン上のリン酸化されたO-マンノシル三糖の同定と、リガンド結合モチーフの形成にこの残基の添加が必須であることの実証とがもたらされた。しかしながら、リン酸化されたO-マンノシルグリカンの産生をもたらす生合成経路は、描写されるに至っていない。Yoshida-Moriguchiたちは、ジストログリカンに関連する障害を引き起こすと最近分かった3つの遺伝子の機能を解明し、関連する変異を有する患者の病理の根底にあるリン酸化されたO-マンノシルグリカンの産生における欠陥を説明している(p. 896, 8月8日号電子版)。(KF,kj)
SGK196 Is a Glycosylation-Specific O-Mannose Kinase Required for Dystroglycan Function

深部のヨーロッパ史(European History at Depth)

流れの方向の結果としての鉱物粒子の優先的配向によって、地球内部を通過する地震波は、その速度と方向に基づいて偏りを与えられる。ZhuとTrompは (p. 871, 8月8日号電子版)地震波のトモグラフィーを用いて、ヨーロッパ大陸と北大西洋下のこの異方性--様々な時間的、かつ空間的スケールに渡る幾つかの地殻構造イベントの産物である--についてマッピングした。作成されたモデルは、この領域におけるプレートの動きと良く対応しており、そして測地学的測定と比較すると、この異方性の特徴の多くは今日のひずみ速度と一致している。しかしながら、東ヨーロッパ下部のいくつかの特徴は、3億5千年以上前に生じた地殻構造イベントの名残であるらしい。(Uc,KU,nk)
Mapping Tectonic Deformation in the Crust and Upper Mantle Beneath Europe and the North Atlantic Ocean
[インデックス] [前の号] [次の号]