AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 31 2013, Vol.340


火星への旅立ち(Going to Mars)

キュリオシティ・ローバー(Curiosity rover) を搭載した火星科学実験探査機( Mars Science Laboratory spacecraft) は、2011年11月に地球から打ち上げられて、2012年8月に火星の Gale クレーターに到着した。Zeitlin たち (p.1080) は、火星への飛行期間中の宇宙船内部における高エネルギー粒子線環境の測定結果を報告している。そして、将来考えられる火星旅行において、宇宙飛行士はこの放射能に被曝して危害を受けだろうとの確証を得ている。Williams たち (p.1068, Jerolmack による展望記事を参照のこと) は、Gale クレーターで堆積作用に基づく礫岩(小石が砂と混ざり岩に変わったもの) が検出されたことを報告している。その岩石が丸くなっていることは、源泉から数km 以上に渡って流水によって運ばれた時に、小石が磨耗した可能性を示唆している。(Wt,tk,nk)
Measurements of Energetic Particle Radiation in Transit to Mars on the Mars Science Laboratory
Martian Fluvial Conglomerates at Gale Crater

もっとよいワクチンを作る(Building Better Vaccines)

ワクチンは感染病から身を守るもっとも有効な手段の1つである。残念ながら,HIV,マラリア,結核のような地球上で最も厄介な病に対するワクチンは,まだ利用できる状態とはなっていない。Koffたちは (1232910),ワクチン開発の最近の進歩と ,何故これらの特定の病気がそのように難題であるのかについてレビューしている。呼吸器合胞体ウイルス (RSV) は,世界全体での乳児や幼児の発病と死亡に対する重大な要因となっている。予防的抗体は,子供には適用可能であるが高リスクであるため,ワクチンが必要とされている。このゴールに向けた可能性のあるステップとして,McLellanたちは,RSVの膜融合前の 融合Fタンパク質に結合した中和抗体(D25)の共晶構造を解明した(p. 1113, 4月25日発行の電子版 )。この融合前のタンパクの構造に関する知見は,ワクチンの設計と治療学のさらなる発展を導く助けとなるはずである。(MY,KU,nk,kj)
Accelerating Next-Generation Vaccine Development for Global Disease Prevention
Structure of RSV Fusion Glycoprotein Trimer Bound to a Prefusion-Specific Neutralizing Antibody

独立したキラルな触媒(Independent Chiral Catalysts)

合成触媒ではそれらの鏡像型を合成することが出来て、それによって反応生成物の鏡像(鏡像異性体)が提供される。しかしながら実際問題として、この汎用性はほとんど、非対称性をもたらす単一の立体中心を持つ生成物の場合に限られている。Krautwald たちは(p.1065; Schindler と Jacobsen による展望記事参照)今回、一組の共にキラルな触媒(イリジウム錯体とアミン)に関して報告しており、これら触媒は協調して炭素-炭素の結合形成を促進するよう作用し、一方炭素-炭素結合のそれぞれの側に対して独立した立体選択性を維持している。(Sk,KU,nk,kj)
Enantio- and Diastereodivergent Dual Catalysis: α-Allylation of Branched Aldehydes

開花への複数の入力(Multiple Inputs to Flowering)

多年生植物は、長期にわたる生育相(vegetative phase)を通して開花を始める前に春化として知られているプロセスを毎年繰り返す必要がある。Bergonziたち(p. 1094) と Zhouたち (p. 1097)は、冬の外気にさらされることや日照時間の変化といった環境情報や、植物の年齢のような生理学情報を、分子シグナルがどのようにして開花を促進するシグナルに翻訳するかを調べた。ハタザオ属 alpinaとタネツケバナ属 flexuosaの双方において、年齢と春化の経路はミクロRNAの miR156と miR172の制御を通して統合されている。(KU,nk)
【訳注】ハタザオ属 alpinaとタネツケバナ属 flexuosa:一年生植物シロイヌナズナの多年生の同類植物
Mechanisms of Age-Dependent Response to Winter Temperature in Perennial Flowering of Arabis alpina
Molecular Basis of Age-Dependent Vernalization in Cardamine flexuosa

これがアリの一生(It's an Ant's Life)

真社会性昆虫(Eusocial insects)は、高度に組織化された社会で生活し、そこでは個々のグループが特定の仕事を実行している。たとえば、卵の世話、巣の清掃、あるいは食料の収集であるが、これらは組織の発達した形態の存在を示しており、より認知的に発達した種から想定できる組織に類似している。Mersch たち(p. 1090, 4月18日号電子版)は個々のアリの動きやお互いのやり取りを追跡し、個々の働きアリの空間的な位置が時間と共に変化することが、彼らの厳密な社会的組織の原因であることを示した。アリは年齢を重ねるにつれて、女王アリの近くにいるナースアリから、コロニー全体を移動する巣の清掃担当、そして最後にはコロニーの境界を出入りする食料収集の担当に成長する。(TO,KU,nk,kj)
Tracking Individuals Shows Spatial Fidelity Is a Key Regulator of Ant Social Organization

グラフェンの強さを保つ(Graphene Staying Strong)

剥離形成されたグラフェンは極めて高い強度を示すが,この方法では材料応用面でごく僅かな量しか製造できない。グラフェンは化学気相成長により,一段と実用的なスケールで作ることができるが,微結晶粒界の存在により明らかに材料強度が低下する。Leeたちは,グラフェンシートを剥がす際の後処理のステップが,粒界の酸化を招き、強度低下を引き起こすことを示している(p. 1073)。これらのステップが回避できれば,気相成長グラフェンは剥離形成グラフェンに匹敵する強度となる。(MY,nk)
High-Strength Chemical-Vapor?Deposited Graphene and Grain Boundaries

鳥と種子(The Birds and the Seeds)

局所的な消滅により生態系から生物種が失われる時、生態的な相互作用のパターンが変化する。Galetti たち(p. 1086)は、ブラジルにおける熱帯林群落の大きな果実を食べる鳥の消滅によって、どのようにヤシの種子のサイズの縮小に影響及ぼしているかを示している。大西洋岸雨林の広いエリアにおいて、大きな種子を撒き散らす鳥(オオハシ科、ホウカンチョウ科、カザリドリ科)が消滅した7つの地域と、彼らがまだ普通に生息する15の地域を含んだ、22のヤシの群落の中で計測された9000以上の種子から成るデータセットがまとめられた。(TO,KU,nk)
Functional Extinction of Birds Drives Rapid Evolutionary Changes in Seed Size

鉄条網、渦、ジッパー(Hedgehogs, Whirls, and Zippers)

トポロジカル秩序を持つ物質はある一定の温度と磁界の範囲で、スキルミオンと呼ばれる電子スピンの渦の格子が発生することが知られている。Mildeたちは(p. 1076)、変動磁場によってスキルミオン格子を崩壊する様子を表面磁場構造画像法により研究した。磁気力顕微鏡観察により、表面でのスキルミオンの対融合が起きていることが明らかとなった。さらに、バルク中では、磁気単極がゆらいでいる鉄条網型スピン構造が特徴的であって、対応するスキルミオン線同士をファスナー型に融合させていた。(NK,KU,nk,kj)
Unwinding of a Skyrmion Lattice by Magnetic Monopoles

変化する環境での選択(Choice in Changing Environments)

人間を含めた動物は通常、絶対的と言うより相対的な見地から周囲の世界を判断する傾向にある。例えば、特定のものや報酬の価値は、自分が過去に受けた報酬や他の人が受けた別の報酬との比較に基づいて決められるのが普通である。このような対比効果は、我々の行動に良くも悪くも影響をあたえる。McNamaraたちは (p. 1084)最適化モデルを用いて、対比効果が環境の不安定性や予測不可能性に対する適応応答として進化する可能性があることを示している。(Uc,KU,nk,kj)
An Adaptive Response to Uncertainty Generates Positive and Negative Contrast Effects

mTORC1を制限する(Limiting mTORC1)

mTORC1 タンパク質キナーゼ複合体は、代謝を細胞増殖に結び付ける重要な機能をもっているが、その機能は、癌や糖尿病などのよくある病気で暴走してしまう。Bar-Peled たちは、細胞がアミノ酸を奪われたときにmTORC1によるシグナル伝達を拒絶するのを助ける、調節性成分を発見した(p. 1100; またShawによる展望記事参照)。その成分の、タンパク質の2つの複合体、GATOR1と GATOR2は、mTORC1の活性と細胞分布に対して逆の効果を示す。GATOR1 複合体の成分は、mTORC1をネガティブに制御し、腫瘍の抑制因子として機能するらしい。GATOR1機能を失った癌は、mTORC1の活性を制限しようとする治療法に特に効果があるだろう。(KF,KU,nk,kj)
A Tumor Suppressor Complex with GAP Activity for the Rag GTPases That Signal Amino Acid Sufficiency to mTORC1

動原体によるターゲッティング(Kinetochore Targeting)

染色体は、細胞分裂時に正確に分離されなければならない。これは染色体のセントロメアにある動原体への紡錘体微小管の付着によって促進される。セントロメアはヒストンH3バリアントCenH3 (ヒトではCENP-A) によって標識され、CENP-Cが内側動原体の一部を形成している。Katoたちは、構造生物学や生化学、突然変異誘発を用いて、いくつかの異なった相互作用を介してCENP-CがCENP-Aを認識していることを明らかにした(p. 1110)。CENP-Cの中心領域はヒストンH2A/H2Bの酸性パッチと密に接触し、高度に保存された「CENP-Cモチーフ」がその酸性パッチ双方を感知し、それ以外では非保存のCenH3テイルの疎水性を認識して、動原体によるセントロメアターゲッティングの機構を支えているのである。(KF,kj)
A Conserved Mechanism for Centromeric Nucleosome Recognition by Centromere Protein CENP-C

ビタミンEの欠乏(Vitamin E Out)

家族性ビタミンE欠乏症は、α-トコフェロール輸送タンパク質 (α-TTP)遺伝子の変異によって引き起こされる。Konoたち(p. 1106, 4月18日号電子版;Mesmin and Antonnyによる展望記事参照)は、α-TTPの自然変異を調べた。α-TTPはホスファチジルイノシトールポリリン酸 (PIP)、特に PI(4,5)P2に結合し、そして病気に関連するミスセンス変異体は、 α-トコフェロールとは結合するが、PIPとは結合しない。α-TTP-PIP複合体のx-線結晶構造から、PIP結合がα-トコフェロール-結合ポケットのふたを開け、α-トコフェロールの遊離を容易にしていることが示唆された。このように、ターゲット膜でのα-TTPへのPIP結合は、ターゲット膜の脂質二重層へのα-TTPの疎水性ポケットにおけるα-トコフェロールの遊離を促進し、このことは脂質輸送タンパク質からターゲット膜への脂質輸送に関するメカニズムを与えるものである。(KU,kj)
【訳注】
・ビタミンE欠乏症:不妊症や筋委縮症を引き起こす
・トコフェロール:ビタミンEの別称
・ミスセンス変異:塩基置換により活性の変化したタンパク質が合成される
Impaired α-TTP-PIPs Interaction Underlies Familial Vitamin E Deficiency
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