AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science May 10 2013, Vol.340


泡形成をシミュレーションする(Simulating Foam Formation)

泡は、石鹸の泡という姿でキッチンの流し場で、あるいは、急速に注がれたビール上部の泡として、簡単に作りだされる。Saye と Sethian (p.720; Weaire による展望記事を参照のこと) は、泡の力学の数学的なシミュレーションについて記述している。そのシミュレーションでは、形成過程を再配置、排水過程、破裂の段階に分解し、次にフラックスの境界条件と関連させることで互いに結合させた。(Wt,nk)
Multiscale Modeling of Membrane Rearrangement, Drainage, and Rupture in Evolving Foams

防御と反撃(Defense and Counter-Defense)

病原体が体内に入り、咳やくしゃみで外に排出されたり、蠕動や粘液も無事に切り抜けて生き延びることが出来た時に、古典的な細胞免疫や抗体応答を開始するはるか前に、宿主が侵入する病原体に行う最初の活動的応答は、病原体と細胞が初めて遭遇したというレベルで生じるであろう。Randow たち(p. 701)は、細胞に入り込む病原体に対する細胞内防御の範囲をレビューし、そして細胞内の区画形成の境界が、どのようにして細胞を征服して意のままにしようとする病原体の試みを挫折させる複数の防御レベルを与えているかを述べている。Baxtたち(p. 697)は、病原性微生物が宿主の抵抗に反撃し、そして複製し、さらなる感染を確実にするようなニッチを確立する、侵入戦術の範囲に関してレビューしている。(KU,kj,nk)
Cellular Self-Defense: How Cell-Autonomous Immunity Protects Against Pathogens
Bacterial Subversion of Host Innate Immune Pathways

もっとよいワクチンを作る(Building Better Vaccines)

ここ2,3年間に,HIV-Iのエンベロープタンパクであるgp120に特異的な,強力かつ広域中和抗体 (bNAbs)が発見されてきた。この情報を活用し,このような抗体生成を誘導するワクチンを設計することがこの研究のゴールとなる(Croweによる展望記事参照)。しかしながら,広範な体細胞高頻度突然変異のため,これらの抗体が結合する抗原決定基(エピトープ)が生殖細胞系列の配列に結合しないことがある。Jardineたちはコンピュータ解析とin vitroスクリーニング試験を用いて、VRC01クラスのbNAbs,およびその生殖細胞系列の前駆体に結合する免疫源を設計した(p. 711, 3月28日発行電子版; 表紙参照)。Georgievたちは,HIVウィルスのエンベロープタンパクの4箇所だけが bNAbsと結合することや,特定のbNAbsを持つ血清が特徴的な中和のパターンを示すことを巧みに利用した (p. 751)。HIV-感染患者からの多クローン血清中に存在する抗体の中和特異性をうまく説明するアルゴリズムが開発された。(MY,KU)
【訳注】HIV;ヒトの免疫細胞に感染して免疫細胞を破壊し,後天性免疫不全症候群を発症させるウイルス 【訳注】HIV-I;HIVの2つの相違体(HIV-1,HIV-2)の1つで,それぞれ独立した祖先から、人間に感染するウイルスに進化したものと考えられている。世界的な感染はHIV-1が原因となっている 【訳注】エンベロープ:HIVなどのウイルス粒子の表面に存在する膜状の構造 【訳注】gp120;ウイルス遺伝子にコードされている膜タンパク質 【訳注】広域中和抗体;HIVウィルス株の作用を阻止する能力を持つ抗体 【訳注】生殖細胞系列;生殖に関与して次世代に遺伝情報を引き渡す配偶子や細胞の総称 【訳注】in vitro試験;体内と同様の人工的な環境で,生体組織を用いて薬物等の反応を検出する試験方法
Delineating Antibody Recognition in Polyclonal Sera from Patterns of HIV-1 Isolate Neutralization
Rational HIV Immunogen Design to Target Specific Germline B Cell Receptors

ファノの位相(A Phase for Fano)

分光測定法において、安定した光源と検出器の間に置かれた試料は、個々の周波数で吸収される光の相対強度に基づいて特性値化される。時間的挙動(光励起状態の緩和)は、吸収帯の形状から間接的に推定することができる。超高速レーザー技術の登場により、ますます洗練された測定を、直接時間領域で行うことが可能となった。Ott たちは(p.716; Lin と Chu による展望記事参照)、ファノ・プロファイルと呼ばれる、時間的な双極子応答の位相変位に基づく非対称のバンド形状を説明する、解析的な枠組みを示した。(Sk)
Lorentz Meets Fano in Spectral Line Shapes: A Universal Phase and Its Laser Control

メタマテリアルの作製(Making Metamaterials)

電磁波の伝播を制御することは、通信技術における重要な要求である。しかしながら、その部品は大きくなりがちであり、マイクロエレクトロニクス回路に組み込むことが困難になる。Shitrit たちは(p. 724)、基板表面にパターン形成された金属のナノアンテナアレイを用いることにより、新しい種類のメタマテリアル:反転対称性のない異方性物質を作製した。その物質は偏波を用いたナノフォトニクスへの道を開くかもしれない。(Sk)
Spin-Optical Metamaterial Route to Spin-Controlled Photonics

雲の中の塵(Dust in the Clouds)

硫酸塩エアロゾルは、気候システムに対して最も大きな放射強制力を有している。Harrisたちは(p. 727)、二酸化イオウガスの酸化(主に粗い無機物の塵の表面にある自然な遷移金属イオンによって触媒される)が、雲の内部での硫酸塩産生に関する支配的な経路であることを報告している。大規模な、工業化過程にある国々からの増大する二酸化イオウの放出を鑑みると、気候モデルにこのプロセスを考慮することによって、モデルと観察結果がより精度よく一致するであろう。(Uc,KU)
Enhanced Role of Transition Metal Ion Catalysis During In-Cloud Oxidation of SO2

ペースの設定(Setting the Pace)

一生の間,心臓は周期的に鼓動する。心臓鼓動に高度に特化したペースメーカー細胞がこの心拍のタイミングを制御している。Bressanたちは,トリ発生の初期段階におけるペースメーカー前駆体の胚の位置を特定し,それが心臓へ取り込まれる間ずっとその細胞を追跡した(p. 744, 3月21日発行の電子版)。ペースメーカー系列が確立される事象は,心臓形成の開始に先立って生じ,少なくとも部分的には,Wntシグナル分子のあるクラスにより支配されている。(MY) 【訳注】Wntシグナル;幹細胞の増殖と分化に関与し,遺伝子発現、細胞増殖、細胞運動、細胞極性などを調節する役割を果たす
Early Mesodermal Cues Assign Avian Cardiac Pacemaker Fate Potential in a Tertiary Heart Field

同じであるが、やや異なる(Identical and Still Different)

一緒に育てられた一卵性双生児においてすら、常に個々人の反応の影響を反映して目に見えるような差異が生じる。 Freundたち (p. 756; Bergmann and Frisenによる展望記事参照) は、遺伝的に同一の動物における環境の影響を調べるために近交系のマウスモデルを開発し、そして行動、及び神経発生に関する環境の影響を調べた。(KU)
Emergence of Individuality in Genetically Identical Mice

感染症に対する感染(Infections Against Infection)

細菌ウォルバキアへの感染により、ヤブカ属の蚊がデングウイルスに抵抗性となると同じ方法で、これらの細菌がマラリア寄生虫の生殖を妨害することが暗示されていた。Bianたち(p. 748)は、ハマダラカにウォルバキア感染の継代系を確立したが、それは同時に成長した雌のハマダラカ体内でのマラリア寄生虫の生殖を抑制した。この結果は、マラリア制御への生物学的防御薬剤のモデル開発への希望をもたらすものである。(KU,kj)
【訳注】・細菌ウォルバキア:昆虫やダニ類の細胞に寄生する細菌     ・ハマダラカ:マラリアを媒介する蚊
Wolbachia Invades Anopheles stephensi Populations and Induces Refractoriness to Plasmodium Infection

二十日鼠と市場(Of Mice and Markets)

名前も分からないような小物類は、異議もなく市場で売買されるが、一方道楽品の類はそうではない。ラボ実験で用いるために飼育されたマウスの場合には、需要に対し過剰になることが分かると、その結果として犠牲にされる。FALK と Szechは(p. 707)は、市場の駆け引きが、これら過剰なマウスの維持に対してお金を払おうという実験者本人の意向にもたらす影響を研究した。個々人はマウスを救うためにより多くの金を喜んで払おうとしたが、しかし市場と同じ取引ではその価格を低下させた。(KU,kj,nk)
Morals and Markets

不安定な原子軌道を創造する(Creating Unstable Atomic Orbitals)

ボーア原子軌道の特徴はその安定性にあり、時間に依存しない性質を有している。一方、高電荷を有する原子核の場合、電子は相対論的ディラック方程式によって記述され、その挙動は時間に依存し、核内部にらせん降下し、そして核から遠く離れた場所で陽電子にカップリングする電子を持っている。グラフェン中では、荷電キャリアは質量ゼロであり、相対論的ディラック方程式によって記述され、また「原子崩壊(atomic collapse)」状態を示すであろう。Wangらは(p.734、3月7日号電子版) 、走査型トンネル顕微鏡を用いた原子操作によりカルシウム二量体の高度に電荷を有するクラスターを形成した。クラスターのサイズと電荷を増加させると、原子崩壊共鳴が発生することを、走査型ンネル分光により観測された。(NK,KU)
Observing Atomic Collapse Resonances in Artificial Nuclei on Graphene

進化を通じた転写制御(bZIPping Through Evolution)

塩基性ロイシンジッパー(bZIP)転写制御因子は多くの種で発見されていて、DNAに結合して転写に影響する複合体を形成する。Reinkeたちは、5つの後生動物と2つの単細胞種内およびそれらの間での、3000を超えるbZIPの相互作用を解析した(p. 730)。その結果、時間をかけて蓄積されるbZIP相互作用ネットワーク内にある差異が明らかになり、特異的アミノ酸残基の変化に関連する結合特異性の変化と相互作用における可塑性が同定された。(KF)
Networks of bZIP Protein-Protein Interactions Diversified Over a Billion Years of Evolution

同期を保つ(Keeping in Synch)

哺乳類の時計とは違うけれど、ラン藻の概日時計は、それらの時計がいかに機能しているかを理解するのに価値のあるモデルである。ラン藻の時計の中心には、翻訳後制御 (PTR)回路があり、そこで、時計タンパク質 KaiCのリン酸化が、周期的に変動している。この回路は、リズムを生み出すのに明らかに十分であるが、哺乳類で機能しているものにより似た転写性-翻訳 (TTR)フィードバックループに結合している。このTTRループは、少なくともある種の条件下では不要である。このTTR回路の役割を理解するため、Tengたちは、遺伝子工学によって、増殖する細胞集団内での個々の細胞の概日性行動がモニターできるように、ラン藻を作り変えた(p. 737)。遺伝子工学によってTTR機構を欠くようにされた細胞は、リズム性の時計を備えてはいたが、時間の経過につれて集団内の他の細胞と同期する、ということはできなかった。この実験結果と数学的モデルとを合わせることで、TTR機構は、細胞が、同期のための外部手がかりなしの状況で、お互いにリズムを合わせることを可能にするのに重要であることが示された。(KF)
Robust Circadian Oscillations in Growing Cyanobacteria Require Transcriptional Feedback

Wrightたちは正しかったか?(Getting It Wright?)

2004年、2000種を超える植物種の6つの葉の形質を比較したWrightたちの論文は、形質を葉の質量で正規化すると、形質に関する種間の変化は多次元空間内の一本の軸に乗ることを示した。この「葉の経済スペクトラム」は、世界的炭素周期における植物の役割の理解を導くことに影響してきた。Osnasたちはこのたび、Wrightたちの主要な知見は、まず第一に、データが正規化された方法の数学的帰結であったことを示している(p. 741, 3月28日日号電子版)。同じデータの解析から、形質は主として、葉の質量ではなく葉の面積に比例していることが示唆される。正規化によってもたらされた相関を抜きに、形質間の関係を解析する方法を用いると、葉の形質間に多次元的相関のあることが明らかになった。これらの関係は、葉に含まれる窒素量が光合成と呼吸の速度に対してあまり影響しないことを示唆しており、世界的変動についての現在のモデルに対して、重要な意味をもたらすものである。(KF,kj,nk)
Global Leaf Trait Relationships: Mass, Area, and the Leaf Economics Spectrum

驚くべき樹状突起の精度(Dendritic Precision Strikes)

興奮性シナプス入力の影響は、樹状突起棘の生物物理的性質から、高度に区画化されていると考えられている。個々の抑制性シナプスは、しかしながら、より拡大された領域中での樹状突起の統合に影響していると考えられている。シナプス後錐体細胞樹状突起において、樹状突起をターゲットとしたγ-アミノ絡酸によって仲介される介在ニューロンの光遺伝学的刺激と、2光子カルシウムイメージングとを組み合わせることで、Chiuたちは、後者の見方に挑戦している(p. 759)。その知見が示唆するのは、抑制性シナプスの効果は、そのシナプスが脊椎頭部に局在化している限り、興奮性シナプスと同様に区画化されている可能性があるということであった。(KF,nk)
Compartmentalization of GABAergic Inhibition by Dendritic Spines
[インデックス] [前の号] [次の号]