AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 26 2013, Vol.340


土星の隕石衝突(Saturn's Meteoroid Crash)

2009年の土星が公転軌道上の分点を通過する際、すなわち太陽が土星のリングを真横から照らすのでリング面からの反射光が殆どない時に探査機カッシーニが撮影した写真には、リング面の上方に位置し真横から太陽に照らされたダスト雲が明るい縞状(streaks)のパターンとして映っている。同様な縞は、2005年と2012年にもカッシーニがCリングを近距離で観測した際に検知されていた。Tiscarenoたち(p. 460)は、それぞれで観測された縞模様の原因は、リング上への隕石状天体の衝突が原因となって最近に破壊された物質が帯状に伸びて衝突したためであると推測し、それにより土星への隕石状天体の流入率を導いた。(TO,ok,nk)
Observations of Ejecta Clouds Produced by Impacts onto Saturn’s Rings

鉄を溶かすに十分熱い(Hot Enough to Melt Iron)

地球の核は流体の外核と固体の内核とに分けられ、両方とも極端な高圧下にあり、鉄を主成分としている。これら2つの領域間の境界は、 330 GPa.での鉄の融点によってほぼ決定づけられ、そしてこれが次に熱の移動や地磁気形成に対し影響を与える。Anzelliniたち(p. 464, Feiによる展望記事参照)は、レーザ-加熱によるダイアモンド アンビル セル(diamond anvil cell)中で鉄を加圧し、そして200 GPa.まで圧力を高めながら、時間分解X線解析装置を用いてその構造とテクスチャを追跡した。その融解曲線は、コア-マントル境界における大きな熱流(heat flux)と部分的融解の可能性を示唆している。(TO,KU,nk)
Melting of Iron at Earth’s Inner Core Boundary Based on Fast X-ray Diffraction

二重に見える(Double Vision)

バテライト(Vaterite:ファーテル石)は、最も不安定な炭酸カルシウムの無水結晶である。地質中にはほとんど見られないが、重要な生物学的前駆体であり、ある種の生物の殻中に微量成分として存在している。バテライトの結晶構造は長い間、実験的に観測される回折点をすべて説明できるモデルがないままであった。Kabalah-Amitai たちは(p. 454)、バテライトには2種類の結晶構造が共存しており、それが擬似単結晶を形成していることを示している。(Sk,ok,nk)
Vaterite Crystals Contain Two Interspersed Crystal Structures

初期のマヤ遺跡(Early Mayan Architects)

低地のマヤ文明は紀元前900年頃を皮切りとして、大規模なピラミッドを築き始めた。これらの文明の文化的な起源は、特にメキシコ湾に沿った初期のオルメカ文化との関わりは明確ではなかった。 Inomataたちは(p.467;表紙参照;Pringleによるニュース記事参照)、グアテマラにある初期マヤ文明の都市セイバル遺跡の発掘の結果と、広範囲の放射性炭素年代測定について詳述している。この遺跡によって、低地やオルメカ地方で見られるよりも前に、初期の広場とピラミッド建造が開始されていたことが示されており、マヤ文化が発展した際に、太平洋沿岸にまで至るより広範囲な文化的交流があったことが示唆されている。(Uc,ok,bb,nk) Early Ceremonial Constructions at Ceibal, Guatemala, and the Origins of Lowland Maya Civilization

パーキンがパーキングするところ(Where Parkin Parks)

損傷したミトコンドリアが,マイトファジー(mitophagy)として知られているプロセスで細胞から取り除かれる。この品質管理機構の喪失はパーキンソン病に対する一因となっている。損傷したミトコンドリアが膜の脱分極を失うと,タンパク質キナーゼであるピンク1(PINK1)がミトコンドリア表面に蓄積され,パーキン(Parkin)を補充し、マイトファジーが誘導される。ChenとDornたちは,このプロセスにおける別の成分である mitofusin 2について述べている(p.471)。それによれば,どうやら mitofusin 2は損傷ミトコンドリア表面でパーキンの受容体として機能しているらしい。(MY,KU)
【訳注】
・パーキン:基質タンパク(分解を受けるタンパク質)をユビキチン化(「死」の引導をわたすと考えられている分子を結合させること)し、プロテアソームで分解し、処理する酵素の1つ
・マイトファジー:機能低下したミトコンドリアを適切に分解する機構
・脱分極:膜が持っているマイナス電位が0またはプラスに変化すること
・タンパク質キナーゼ:タンパク質分子にリン酸基を付加する酵素
PINK1-Phosphorylated Mitofusin 2 Is a Parkin Receptor for Culling Damaged Mitochondria

ウイルスと先天性障害(Viruses and Congenital Disorders)

α-ジストログリカン O-結合糖鎖形成(グリコシル化)に関与する遺伝子の変異により、先天性疾患であるウォーカー・ワールブルグ症候群 (Walker-Warburg syndrome:WWS)と関係する翻訳後修飾が生じる。この細胞修飾はまた、細胞がラッサ熱ウイルスに感染(Lassa virus infection)しやすくなるのにも必要とされる。Jaeたち(p. 479, 3月21日号電子版)は、ラッサ熱ウイルス感染症に影響を与えるO-糖鎖形成に関与する遺伝子をスクリーニングし、そして糖鎖形成に関与する候補遺伝子を同定した。WWSを示す異なる家系の人々は、そのような遺伝子スクリーニングで同定された遺伝子中に独特の変異を有していた。このように、包括的な進歩した遺伝子スクリーニングは、複雑な病気の遺伝子的全体像を明瞭に描き出すのに用いることができる。(KU,ok,nk,ch)
【訳注】ウォーカー・ワールブルグ症候群:先天的な筋ジストロフィー
Deciphering the Glycosylome of Dystroglycanopathies Using Haploid Screens for Lassa Virus Entry

動物の文化(Animal Culture)

文化的な情報の伝達は、ある個体がより多くの経験をもった他の個体から学習する際や、多くの個体が特定の行動様式をローカルな基準として受け入れるようになる場合に生じる。そのような情報伝達は、ひじょうに社会的もしくは長生きする種で予想される。人では、学習の接点や学習時間はできるだけ引き延ばされ、このことは観察されている(de Waal による展望記事参照)。個々のザトウクジラの数万回の観察を含む長期間のデータセットにネットワークベースの拡散分析を用いて、Allen たちは(p. 485)、1980年に一頭の個体で初めて出現して以来、社会的な伝達を介して革新的な摂食行動が広まったことを示した。この「ロブテイル」捕食は、30年以上にわたり仲間の個体の間で受け継がれてきた。一方、Van de Waal たちは(p. 483)、サバンナモンキーについての制御された実験的アプローチを用いて、それぞれの個体が社会的集団の中で、より経験豊かな個体から何を食べればよいかを学習していることを示した。若い動物が年上の動物を観察して学習するだけでなく、移り住んできたオスも自分たちの食の好みを新しいグループのそれに切り替えた。(Sk,KU,ok,nk,ch)
Network-Based Diffusion Analysis Reveals Cultural Transmission of Lobtail Feeding in Humpback Whales
Potent Social Learning and Conformity Shape a Wild Primate’s Foraging Decisions

日光がドパミンを支配する(Daylight Determines Dopamine)

適切な神経伝達物質の発現は神経回路の機能にとって必須である。ニューロンは環境変化に対処するために伝達物質の表現型を変えることができるのだろうか? Dulcisたち(p. 449, Birren and Marderによる展望記事参照)は、夏冬の日照時間をまねた異なる光周期で、成長したラットに浴びさせた。神経伝達物質の発現は、視床下部においてコルチコトロピン放出因子(corticotropin-releasing factor)の遊離を制御するドパミンとソマトスタチンの間で切り替わった。伝達物質のスイッチングは転写レベルで生じており、そしてシナプス後受容体の変化が伴っていた。(KU,ok,ch)
【訳注】
・コルチコトロピン(corticotropin):副腎皮質刺激ホルモン。朝に高く夜に低い日内リズムを示す。
・ソマトスタチン(somatostatin):growth hormone release-inhibiting hormoneと同義で、視床下部より単離されたアミノ酸14個のポリペプチド
Neurotransmitter Switching in the Adult Brain Regulates Behavior

パルサーは重力をテストする(Pulsar Tests Gravity)

大質量中性子星は、極めて高密度のため、重力の試験に用いることができる。Antoniadis たち (p.448) は、中性子星に付随する白色矮星の分光計測をもとに、ミリ秒周期のパルサーを太陽より2倍重い中性子星によるものと同定した。観測された連星系の軌道周期の縮小は、一般相対論によって予言されたものと一致しており、この結果はこれまで未検証であった強い重力場における現象に関して別理論による予想を退けるものである。この連星系は、一風変わった特性の組み合わせを有しており、われわれの恒星の進化に関する理解を深める問題を提供している。(Wt,nk)
A Massive Pulsar in a Compact Relativistic Binary

銅はどのようにクリックするか(How Copper Clicks)

銅触媒によるアジドとアルキンのカップリング反応は,その効率性と多用途性から「クリック反応(click reaction)」と呼ばれてきた。しかしながら,広範に用いられているにもかかわらず,その反応機構はやや不明確であった。反応速度や同位元素ラベル化による一連の研究を通して,末端がアルキンである場合(一方の末端が水素原子でキャップさている),アジドに対する個々の分子の反応の活性化において2つの等価な銅分子が関与していることを、Worrellたちが示している(p.457, 4月4日号電子版)。驚くべきことに,この反応はまた,中間体を経由して進行するらしく、そこでは2つの銅中心が最初にアルキンの異なる部位に配位するにもかかわらず,これらが等価となり、また機能的に交換可能な状態となる。(MY,KU)
【訳注】
・アジド:-N3 原子団を持つ化合物の総称
 ・アルキン:分子内に炭素間三重結合(アセチレン結合)を1個だけ持つ鎖式炭化水素の総称
 ・カップリング反応:二つの分子を結合させて一つの分子にする化学反応
Direct Evidence of a Dinuclear Copper Intermediate in Cu(I)-Catalyzed Azide-Alkyne Cycloadditions

分泌タンパク質の追跡(Tracking Secreted Proteins)

細胞に分泌されるタンパク質は、組織内での情報の流れを提供するもので、それゆえ特別の興味を惹く。しかしながら、分泌タンパク質を手順よく検出するのは、それらが、他の成分も豊富に含む複雑なタンパク質の混合物中にごく少量存在するものであるため、難しい。Meissnerたちは、培養されたマウスのマクロファージから、炎症を引き起こす際に応答する分泌タンパク質をスクリーニングする方法を開発した(p. 475)。混入するタンパク質の量は、血清の追加なしに細胞を培養することで減少し、そしてその後、高感度の質量分析技術を用いて、約800もの異なるタンパク質の分泌物を検出し、数量化した。その分泌物は、シグナル伝達アダプタータンパク質、MyD88かTRIF、あるいはその双方を欠く細胞からのものと比較された。ある種のタンパク質の分泌は冗長的に制御されており、アダプターの一方がなくても分泌されたが、その他のものは遊離のために双方のシグナルが必要だった。ある種の抗炎症性タンパク質は、双方のアダプタータンパク質からの相乗的シグナルへの応答として遅れて遊離されたが、それはおそらく、過剰な炎症を防ぐためのフェイルセーフ(二重安全な)機構としてである。(KF,KU,ok)
Direct Proteomic Quantification of the Secretome of Activated Immune Cells

バランスをとる作用(Balancing Act)

生活環(life cycle)は、季節性の、年間を通じて変動する環境と気候のイベントによって強く影響される。そうした生物季節学的タイミングは、気候の変化につれて移り変わるが、複数の種がコミュニティー内に存在しており、そしてすべての種がいっせいに移り変わるわけではない。Reedたちは、ヨーロッパのシジュウカラに関する長期データを用いて、生物季節学的ミスマッチのもたらすネガティブな結果がいかにして弱められるているかを明らかにした(p. 488)。ミスマッチによってもたらされる食物利用可能性の減少に対する個々の主体の適応度の低さは、競合が減ることによってバランスをとられていた。つまり、全体として、集団の個体数は柔軟性があり、減少しなかったのである。(KF,KU)
Population Growth in a Wild Bird Is Buffered Against Phenological Mismatch

タンパク質1つとプローブ2つ(One Protein, Two Probes)

X線回折を用いて巨大分子を構造解析する際の中心的課題は、高エネルギー放射によってサンプルが観測中に損傷することである。近年、従来のX線回折手法には耐えうることができなかった脆弱な小さなタンパク質の結晶構造を、強力な加速器から発生する超高速パルスX線レーザーを用いて解明する手法が取り入れられている。Kernらは(p.491、2月14日号電子版)この手法と同時にX線発光分光法とを用いて、結晶構造と共に電子状態を合わせて解析できる手法を開発し、光化学系II結晶内の酸素発生複合体における金属の酸化状態を、周囲のタンパク質構造を同時に検証しながら解析することができた。(NK,KU)
Simultaneous Femtosecond X-ray Spectroscopy and Diffraction of Photosystem II at Room Temperature

違う名前の羽(A Wing by Another Name?)

第二胸節と第三胸節にある、羽とそれが変化してできたものは、現代の昆虫において唯一知られている背側付属器を示す。しかしながら、非羽節(第二胸節と第三胸節以外の節)における羽相同体の存在が、化石昆虫から示唆されている。Ohdeたちは、コメノゴミムシダマシ(mealworm beetle)における第一胸節および蛹の背外側成長物上の体壁の部分を、変化した羽の対として同定した(p. 495, 3月14日号電子版)。それらの器官は羽へと形質転換し得るものであり、したがって重要な羽発生機構を共有するものである。(KF,ok,nk)
Insect Morphological Diversification Through the Modification of Wing Serial Homologs
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