AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 29 2013, Vol.339


ミツバチだけではできなかった(Honeybees Can't Do It Alone)

食用作物の大部分は、実をつけるために受粉の担い手となるミツバチによる受粉を必要としており、野生化した、あるいは飼育したミツバチの集団が作物管理の必須の要素になっている(Tylianakis による展望記事参照,2月28日号電子版)。Garibaldiたちは(p.1608,2月28日号電子版 )、今回、今回、そのようなミツバチ以外の野生の花粉媒介者もまた、作物系において極めて重大な役割を果たしていることを示している。世界中で栽培される40以上の重要な作物において、野生の受粉媒介者は、ミツバチによる受粉より2倍の実りをもたらすような受粉効率の向上を果たしていた。Burkle たちは(p. 1611, 2月28日号電子版)、植物-花粉媒介者の相互作用のネットワークに関して、利用可能な最も詳細で古いデータの一つを利用し、気候変動と景観の変化をともなって120年以上経過した後の、植物-花粉媒介者の相互作用に関するデータを再収集した。その歴史的なデータは、アメリカ、イリノイ州、Carlinville 近郊で、1800年代後半に、どの植物と受粉媒介者が互いに相互作用していたかということだけでなく、植物とそれらの受粉昆虫についての季節生物学に関する、Charles Robertson によって収集された観察結果からなっている。彼らは同様の植物-花粉媒介者のデータを収集するため、1970年代初期と2009年、2010年に、多くの地点を再訪したが、ミツバチの花粉媒介者としての役割は時とともに減少して、個々の植物種への訪れる割合が低下し、訪問する植物を限定する性向も減少していた。(Sk,ok,nk)
Wild Pollinators Enhance Fruit Set of Crops Regardless of Honey Bee Abundance
Plant-Pollinator Interactions over 120 Years: Loss of Species, Co-Occurrence, and Function

遠隔作用(Action at a Distance)

シエラネバダの降雪により、カリフォルニアに降雨としてもたらされる水の大部分がまかなわれる。降雪量に影響を及ぼす因子が何かを知ることは、このように、将来の水の利用可能性がどのように変化するかという点を予測するに当たって、極めて大切である。エアロゾルは雲の形成プロセスや降雨に重要な影響を有している。Creameanたちは(p.1572,2月28日号電子版)、サハラのような遠隔地からもたらされる塵や生物起源のエアロゾルが、シエラネバダにおける氷核の形成や氷核-誘発の降雨を促進させることを発見し、そして、アフリカやアジアというような遠方の地からの塵や生物由来の物質が、米国西部全体への降雨にいかに影響を及ぼすかを示している。(Uc,nk)
Dust and Biological Aerosols from the Sahara and Asia Influence Precipitation in the Western U.S.

銅にスポットライトを(Copper in the Spotlight)

元素銅は、原理的にはプロピレンオキサイドの工業的な合成に対する有効な触媒となるはずである。しかしながら,実際には,大量生産の条件では表面酸化がすぐ起こり,反応選択性が実用限界以下まで低下してしまう。今回,Marimuthuたちにより,反応の間,可視光で銅を照射すると表面プラズモン共鳴が励起され,これにより銅表面の酸化物被覆が低減して、反応選択性が回復されることが示された(p. 1590)。(MY)
Tuning Selectivity in Propylene Epoxidation by Plasmon Mediated Photo-Switching of Cu Oxidation State

最終的な切断を行う(Making the Final Cut)

二つの娘細胞の最終的な分離である器官脱離は、長い間、細胞質分裂において重要でないステップであると、単に娘細胞間の架橋結合を切断するに十分に強くその細胞を引っ張ることによってトリガーされると考えられていた。しかしながら、過去10年に渡る研究から、この見解に疑問が出されてきた。架橋結合の切断の欠損により、結合した細胞の大きなネットワークの形成や、或いは二核性細胞に導く。Lafaurie-Janvore たち (p. 1625) は、分裂終了細胞が架橋結合に作用する力が、器官脱離に重要な役割を果たしていることを示している。驚くことに、その架橋結合における張力の増加により器官脱離が抑制され、一方張力の減少が器官脱離を誘発する。これは、娘細胞が周囲の細胞やマトリックスとしっかりと結合していることを、お互いに脱離する前に保証する検知メカニズムとなっているのであろう。(KU,nk)
ESCRT-III Assembly and Cytokinetic Abscission Are Induced by Tension Release in the Intercellular Bridge

ラミンの剪定(Lamin Loppers)

核ラミナは核膜への力学的な安定性を与え、DNA複製等の細胞プロセスの制御に関与している。核ラミナの欠損は早老症や 代謝疾患等の病気に導く。核ラミナの成分の一つであるラミン Aは、複雑な成熟プロセスを経る。キーとなるプレィヤーは内側核膜の亜鉛メタロプロテアーゼ (ZMP)で、このものは二つのタンパク質分解のステップに対応している(Michaelis and Hrycynaによる展望記事参照)。Quigley たち (p. 1604)はヒトZMPSTE24の結晶構造を、Pryor たち (p. 1600)は酵母の相同体であるSte24pの結晶構造を報告している。その構造から、触媒作用のメカニズムに関する洞察と、何故にZMPSTE24の変異が核膜病(laminopathies)を引き起こすのかという洞察が得られる。(KU)
【訳注】早老症(progeria):ラミンの変異によりDNA損傷が増加し、加齢促進状態となって老化をきたす疾患病
The Structural Basis of ZMPSTE24-Dependent Laminopathies
Structure of the Integral Membrane Protein CAAX Protease Ste24p

ヒトと類人猿との平衡選択(Balancing Humans with Apes)

種の間で共有された先祖の多形性は、比較的稀であり、そして種を越えた多形性に関する研究は、平衡選択(balancing selection)に対して知られる数箇所の遺伝子領域(region)のみに焦点が当たっていた。Lefflerたち(p. 1578, 2月14日号電子版)は、ヒトと高等霊長類のゲノムワイドスキャンを実施して、チンパンジーとヒトとの間で共有された多形性を見つけた。多くの特定された変異体(variants)は、病原体への反応あるいは防御に関わる遺伝子と関係しており、この広範な平衡選択は、病原体と宿主との間で今も続いている攻撃・防御の競争を反映していることを示唆している。(TO,KU)
【訳注】平衡選択(balancing selection):相反する二つの力のバランスによって複数の対立遺伝子が平衡状態を保つタイプの自然淘汰
Multiple Instances of Ancient Balancing Selection Shared Between Humans and Chimpanzees

ベータでの結合(Beta Bonding)

カルボニル化合物は,炭素‐酸素が二重結合した部位を有していて,合成化学および生化学領域において最も反応性の高い分子の1つである。酸素と直接結合している炭素は求電子性が高いため,この炭素の隣にある炭素(α炭素)は容易に脱プロトン化し,更なる変化に至る。これに対し,結合鎖に沿ってもう1つ離れた位置にある炭素(β炭素)は,相対的に不活性となる傾向を持つ。今回,Pirnot たちにより,アミンと光活性金属錯体からなる二元触媒系ではカルボニル化合物のβ炭素が活性化され,アリール化合物との結合が起こることが示された(p. 1593)。(MY)
Photoredox Activation for the Direct β-Arylation of Ketones and Aldehydes

つぎはぎだらけの極冠(Patchy Polar Cap)

極地方の電離圏において高密度になった斑点状のプラズマ(または、極冠パッチ:polar cap patches)は、磁気圏嵐の際に無線通信や高緯度地方の衛星の位置決定を攪乱する。Q.-H. Zhang たち (p. 1597) は、GPS衛星と高周波レーダーネットワークからのデータとを用いて、太陽からの強いコロナ物質の放出による磁気圏嵐を解析し、極冠全体にわたる斑点状のイオン化状態の進化とその運動を追跡した。太陽の擾乱に対応して局所化された昼側の流れにより、昼側の極冠中に斑点は蓄積され、成長した。そして、斑点間の隙間は、磁気圏の尾部の部分における磁気再結合の作用によって制御されていた。(Wt,nk)
Direct Observations of the Evolution of Polar Cap Ionization Patches

妖精? いいえ、シロアリよ!(Fairies? No, Termites!)

「妖精の環(fairy circle)(菌糸体が何年もの間、地下成長を行った結果周辺に残された菌類の環)」とは、それがなければほとんど不毛なアフリカ南西海岸地帯の砂漠地帯に成長した、多年生植生によってできた環状のものである。この「妖精の環」の生成と維持を説明するために、多くの仮説が提案されてきた。この現象の物理的かつ生物学的な要素とその分布について集めた長期間のデータを用いて、Juergensは、それらの環が、間欠性の雨の後に生じた植生を除去する砂地のシロアリ(sand termite)の行動によって生み出されたことを発見した(p. 1618)。いったん形成されると、環は水を集め、それによって環の縁に沿った多年生植生の成長を維持し、長期にわたるシロアリの持続的な活動を可能にするのである。(KF,nk)
The Biological Underpinnings of Namib Desert Fairy Circles

磁気トポロジー(Magnetic Topology)

トポロジカル絶縁体は、その特異な性質をそのバンド構造の特性に負っており、そして化学ドーピングによって我々はトポロジカルに自明な物質と非自明な物質の間の転移を誘発させることができる。J. Zhang たち (p. 1582)はさらに進めて、分子線エピタキシー法で成長させ、磁性クロムをドーピングしたBii2(SexTe1-x)3の薄膜において、セレンとテルルの比を変えることにより、同時に磁気量子相転移をも観測した。密度汎関数計算と同様に光電子放出と輸送の実験は、トポロジカル遷移が磁性を誘発することを示している。(hk)
Topology-Driven Magnetic Quantum Phase Transition in Topological Insulators

R型代謝産物に注力する(Focusing on the Right Metabolite)

急性白血病や脳腫瘍を含む多様なヒト癌は、イソクエン酸脱水素酵素 1または 2 (IDH1, IDH2)をコードする遺伝子における変異をもち、それが、2-ヒドロキシグルタル酸(2HG)と呼ばれる代謝産物の過剰産生の原因となっている。Losmanたちは、2HGの(S-鏡像異性体ではなく)R-鏡像異性体が細胞の形質転換を行なうこと、また、R-2HGが、EglNプロリル水酸化酵素を修飾するタンパク質への影響を介して、少なくとも部分的に形質転換を仲介していること、を明らかにした(p. 1621, 2月7日号電子版)。重要なことに、R-2HGによるその形質転換活性は可逆的であり、これは、R-2HG 産生の抑制、あるいはEglNプロリル水酸化酵素の抑制に焦点を合わせた治療戦略は、さらなる研究の値打ちがあることを示唆するものである。(KF,nk)
R)-2-Hydroxyglutarate Is Sufficient to Promote Leukemogenesis and Its Effects Are Reversible

森の菌類(Forest Fungi)

亜寒帯森林は、地球上でもっとも主要な生物群系の1つであり、ヨーロッパ、アジア、アメリカの亜寒帯性の北方高緯度を支配している。亜寒帯森林の土壌は、世界的な炭素サイクルの純シンク(貯蔵庫)として機能しており、これまで、このシンクにある有機物は、主に、植物性残存物の形で蓄積していると考えられてきた。Clemmensenたちはこのたび、スエーデンの亜寒帯森林におおわれた島々に貯えられた炭素の大部分が、実際には植物の残存物ではなく、むしろ菌根の菌糸体に由来することを明らかにした(p. 1615; またTresederとHoldenによる展望記事参照) 。生化学的研究と配列決定研究によって、炭素の隔離は菌根の真菌コミュニティーにおける機能および系統発生上の変化によって制御されていることが示された。この結果は、世界的な炭素サイクルにおける亜寒帯森林の役割のモデルにおいてもきちん考慮される必要があるだろう。(KF)
Roots and Associated Fungi Drive Long-Term Carbon Sequestration in Boreal Forest

電子に思い悩む(Fretting About Electrons)

FRET法(蛍光共鳴エネルギー移動)は、タンパク質のような巨大分子の構造動力学の観測に広く用いられている、この手法は、本質的にドナー発色体を光励起し、続いて対象構造体の別の部位に存在しているアクセプター発色体へのエネルギー移動の過程を観測するものである。Consai等は(p.1586、2月7日号電子版;Winklerの展望記事参照)洗練されたブロードバンド時間分解紫外線分光を用いて、ミオグロビン中の励起されたトリプトファン残基が、エネルギー移動ではなく電子移動により緩和することを明らかにしている。エネルギー移動と電子移動過程の違いを見極めるこは通常容易ではないが、FRERをミオグロビンのような分子系や他の類似した系にも適応できることを示唆している。(NK)
Ultrafast Tryptophan-to-Heme Electron Transfer in Myoglobins Revealed by UV 2D Spectroscopy
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