AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 19 2010, Vol.330


記憶を拭い去る(Wiping Out Memories)

恐怖反応の抑制は、対象がまったく安全な時でさえ、突然に逆転(reverse)することがある。これによって、明るい光や大きな音などの恐怖に関連する引き金に対し、不適切なリアクションが引き起こされる。このリアクションのタイプは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を確証しているように見えるが、どういう時の恐怖抑制の訓練がうまく行くか、行かないかは殆ど理解されていない。Clem とHuganir (p. 1108,10月28日号電子版)は、マウスに対する電気生理学と行動訓練を組み合わせた実験を行い、恐怖の条件付けは、感情反応を制御する脳のその部分へのカルシウム透過性AMPA受容体によるシナプス伝達を増加させたことを観測した。この効果は約1週間継続したが、この期間に、もしマウスが条件付け恐怖反応を軽減する訓練を受けたならば、恐怖の記憶を消し去ることができるであろう。死後の脳スライスを調べた結果、AMPA受容体の変異サブユニットを持った遺伝子導入マウス(transgenic mice)を除いて、恐怖で誘発されたシナプスの変化も逆転(reverse)していることが示された。(TO,KU,kj)
Calcium-Permeable AMPA Receptor Dynamics Mediate Fear Memory Erasure
p. 1108-1112.

移動を制御(Regulating Migration)

体のあちこちへの細胞の移動は、癌の進行や感染の確立にとって重要な要素である。移動はケモカインと呼ばれる小さいタンパク質によって促され、或る特殊な機能に対して、細胞の移動はそれぞれの受容体に結合する関連するケモカインによって制御されている。この受容体ファミリーはグアニン(G)タンパク質結合受容体として知られており、この受容体は細胞膜を渡って、ケモカインからの外部信号と内部メカニズムとの間を仲介する。このケモカイン受容体CXCR4は多様な癌や感染とかかわりがある。Wuたちは(p. 1066,10月7日号電子版;Chienたちのレポート参照)、小分子に結合したCXCR4に関して得られた一連の結晶構造について報告している。全ての場合において、同様のホモ二量体構造が観察された。これは、その界面が機能的に関係していることを示している。このような構造を知ることによって、HIV-1ウイルスと同様に、CXCR4と自然のケモカインとの間の相互関係についての示唆を与えられる。(Uc,KU,kj)
Structures of the CXCR4 Chemokine GPCR with Small-Molecule and Cyclic Peptide Antagonists
p. 1066-1071.

移動する炭素(Moving Carbon)

およそ23,000年前の最終氷期極大期の間は、大気と陸域生物圏の両方とも、その工業化社会直前の時代よりもずっと少ない炭素を含有していた。炭素は、きっと深海の中に貯蔵されていたはずであり、退氷期における大気と大地への炭素の移動は、海洋における炭酸塩の化学状態と炭素の同位体組成に影響を与えたに違いない。Yu たち (p.1084) は、深層水の炭酸塩濃度が、最終退氷期の過程でどのように変化したのかを推定している。そして、彼らの結果を 13C/12C のデータと結びつけ、過去17,500年から14,500年の間に深海で開放された炭素は、そのほとんどが CO2として大気中に留まった一方で、過去14,000年から10,000年前の間、かなりの割合が陸域生物圏によって吸収されたことを示している。(Wt,KU)
Loss of Carbon from the Deep Sea Since the Last Glacial Maximum
p. 1084-1087.

量子的つながり(Quantum Connection)

量子力学的もつれ関係にある2つの量子のうち、一方の量子を観測すると遠く離れた他方の量子の状態を知ることができる。この“遠隔作用(action-at-a-distance)”または非局在性は、量子力学の根幹の1つであるハイゼンベルクの不確定性理論に矛盾すると思われるかも知れない。OppenheimとWehnerらは(p.1072)、量子力学においては、非局在性の度合いが実際に不確定性理論により決定されていることを発見した。彼らはこの非局在性と不確定性との予期せぬつながりは、量子力学以外の物理理論にも適応できることも見出している。(NK,nk)
The Uncertainty Principle Determines the Nonlocality of Quantum Mechanics
p. 1072-1074.

液体の流れを正確に追跡する(Finely Tracking Flow)

磁気共鳴画像法(MRI)は、原理的には微細な流路(microfluidic channels)内の流れの挙動を追跡するのに適している。しかしながら、複数の流路では大きな基板に配列しており、MRIのコイルは大き過ぎて全体を包み込み、一本一本の流路を解像するほどの感度を持ってない。Bajaj たち(p. 1078, 10月7日号電子出版、および、Utz and Landersによる展望記事参照) は、次のような画像化手続きを開発した。まず、微細流路チップ中の流体分子のスピンを従来の大きさのコイルでタグ付けし、次に、マイクロ流体装置を置くと、流体がその中において流れを増すことで検知できるもっと高感度で小さなコイルを使って下流の流体の流れを順次解析するのである。(Ej,KU,kj)
Zooming In on Microscopic Flow by Remotely Detected MRI
p. 1078-1081.

高められた歪み感度(Enhanced Strain Sensitivity)

長さの微小な変化を測定する能力は、巨大スケールの構造力学から光学ピンセットを用いたDNA解析まで、多くの分野で役立っている。最も高感度な歪みセンサーは光学的な干渉を用いたものであり、可視光波長スケールでの微小な変化も検出できる。Gagliardi たちは (P.1081,10月28日号電子版)、光周波数コムを用いてダイオードレーザーの出力を安定化させ、そして光ファイバーセンサーの長さ方向での微小な変化を測定する非常に正確な物差しとして、感度を数桁高めることができることを示した。そのような組み合わせ技術は、高性能センサーの新しい世代を切り開くであろう。(Sk,KU)
【訳注】光周波数コム:モード同期レーザーと呼ばれる超短光パルスレーザーから出力される、広帯域かつ櫛状のスペクトルを持つ光
Probing the Ultimate Limit of Fiber-Optic Strain Sensing
p. 1081-1084.

珪素の漏洩(Silicon Leakage)

珪素はたくさんの海洋生物の主要な構造要素であり、その化学反応は海洋の栄養素の分布によって影響を受けている、。最終氷期以降の栄養素の変化を把握するために、Ellwoodたちは(p.1088,10月21日号電子版)、南洋の大西洋と太平洋領域の深層コア (訳注:ピストンやボーリングで採取された柱状地質試料) で見つかった深海海綿動物の骨格から得た珪素の同位体組成を計測し、現代の海綿動物の骨格の珪素の値と比較した。その結果は、堆積塵からの鉄の富化と関連した栄養素の再分布が、生物体の成長を後押しし、最終氷期の期間に珪素を中緯度地域に輸送したことを示唆している。(Uc,KU)
Glacial Silicic Acid Concentrations in the Southern Ocean
p. 1088-1091.

ドーパミンの受け入れを解明する(Tweaking Dopamine Reception)

ドーパミンはGタンパク質-結合受容体を活性化することでヒト脳の多くの認知的な、かつ情緒的な作用を調節する。受容体のサブタイプの二つを抑制する抗精神病薬は統合失調症の治療に用いられているが、複数の副作用がある。Chien たち (p. 1091;Wuたちによる研究記事参照) は、低分子の阻害剤との複合体における受容体の一つの結晶構造を3.15オングストロームの分解能で解明した。他の受容体サブタイプとの相同モデリングは、潜在的な構造上の差異を明らかにする有望なルートであり、より副作用の少ない選択的な治療薬の設計に役立つであろう。(KU,nk)
Structure of the Human Dopamine D3 Receptor in Complex with a D2/D3 Selective Antagonist
p. 1091-1095.

胚中心の生存(Germinal Center Survival)

体液性免疫応答(Bリンパ球によって分泌される抗体からなる)は、病原体に対する防御に重要である。感染に応じて、Bリンパ球は増殖し、抗体を産生するエフェクター細胞に分化する。感染症が治った後、少数のエフェクター細胞はメモリーB細胞として生き続ける;しかしながら、エフェクターかつメモリーBリンパ球の産生を制御しているその生存シグナルは良く分かっていない。この疑問を調べるために、Vikstromたち(p. 1095,10月7日号電子版) は、マウスにおいてTリンパ球-依存免疫応答中の活性化された抗原特異的なB細胞における生存促進性遺伝子を除去した。彼らは、Mcl1として知られている特異的なプログラム細胞死阻害剤が胚中心B細胞(エフェクター細胞集団)とメモリーB細胞の形成に必要であるが、しかしながらこれらの細胞の維持には必要でないことを見出した。Mcl1の介在するB細胞応答の調節不全はリンパ組織の腫瘍形成のトリガーとなる。(KU,kj)
Mcl-1 Is Essential for Germinal Center Formation and B Cell Memory
p. 1095-1099.

コートの色を変えるアブラムシ(Turncoat Aphids)

アブラムシの色はその色を身につけたアブラムシの運命に重要な結果をもたらす:カブトムシは赤色のアブラムシを好んで食べ、寄生のスズメバチは緑のものを攻撃する。もし、アブラムシが色を変えて、捕食者の裏をかくことが出来たら、どういうことが生じるのだろうか?Tsutidaたち (p. 1102) は、エンドウマメのアブラムシの中には、内部共生体としてアブラムシと共生し、そして赤色アブラムシを緑色に変換するこれまで未知の細菌種によりこのようなことするものがあることを見出した。この細菌は宿主の生合成に干渉し(それ自身は大昔の進化の過程で菌類から借用したものであるが)、アブラムシの幼虫が成熟するにつれて青-緑の色素産生を刺激し、赤色の若虫を緑色の成虫に変える。このような色の変換に関する生態学的結果は更にテストされる必要があるが、他の研究では異なる食用植物、温度耐性、及び捕食者回避に関する順応への応答において、内部共生体の介在するアブラムシの挙動に関する多様な影響が示された。(KU,nk,kj)
Symbiotic Bacterium Modifies Aphid Body Color
p. 1102-1104.

Piggybacで癌遺伝子を(Piggybacking on Cancer Genes)

トランスポゾンは、DNAの移動性セグメントで、重要な遺伝子の中あるいは傍に挿入されて、遺伝子機能を破壊する変異の原因となりうるものである。Radたちは、Piggybacと呼ばれる、もともとは蛾由来の変異原性トランスポゾンを、マウスにおける癌の原因となる遺伝子発見用のツールに適用した(p. 1104、10月14日号電子版)。マウスにおけるPiggybacの動員は、白血病や固形腫瘍の発生に付随していた。多くの事例で、原因である変異は、Piggybac組込み部位のマッピングによって同定されたが、それまで癌に関わっているとされていなかった遺伝子内にあった。(KF)
PiggyBac Transposon Mutagenesis: A Tool for Cancer Gene Discovery in Mice
p. 1104-1107.

配向カラム(Orientation Columns)

脳の視覚野では、鉛直線に応答するニューロンもあれば、水平線に応答するものもあり、その中間のものもある。ニューロンのそうした配向は、同様の応答を反映するカラムとして組織化される傾向があり、それらカラムは応答範囲を表わす風車のような形に組織化されている。Kaschubeたちは、多様な有胎盤性哺乳類における配向カラムの組織化の様子を調べ、組織化の原則の類似性を発見した(p. 1113、11月4日号電子版; またMillerによる展望記事参照のこと)。(KF)
(p. 1113, published online 4 November; see the Perspective by Miller)
p. 1113-.

共通するテーマ(Common Themes)

植物と動物の双方とも、自分自身の組織と、侵入してくる病原体の細胞や組織とを区別できる必要がある。植物、動物の違いを超えて、自然免疫反応の進化に組み込まれるようになったいくつかのパターン認識システムが存在している。RonaldとBeutlerは、最近の研究成果を統合して、動物免疫学と植物の病理学とに共有されうる特徴に関する洞察を示している(p. 1061)。(KF)
Plant and Animal Sensors of Conserved Microbial Signatures
p. 1061-1064.

タンパク質間の電子移動を高速化(Speeding Electron Transfer Between Proteins)

光合成タンパク質に観察される電子移動速度に比べ、ミオグロビンやチトクロムb5のような大きな生体分子間の電子移動速度は極めて遅い。Xiong たち(p. 1075) は、ミオグロビンの結合表面の酸性アミノ酸残基をリジンに変化させることによって構造分布が変化し、その結果、ミオグロビン中の亜鉛ポルフィリンからチトクロムb5のヘム鉄への高速な電子移動が可能となることを示している。この観察された速度は、光合成の電荷分離の初期段階で観察された速度と同等のオーダーの範囲内であり、反応性タンパク質の設計に興味を持つ科学者たちにとって貴重なデータとなるであろう。(Ej,KU)
Faster Interprotein Electron Transfer in a [Myoglobin, b5] Complex with a Redesigned Interface
p. 1075-1078.

増殖制御の理論(Theory of Growth Control)

細菌培養における増殖の定量的研究は50年以上にわたってなされてきたが、細胞増殖と遺伝子発現の関係は明確になっていない。Scottたちは、細胞あたりの質量が、増殖速度がリニアに増えるにつれて指数関数的に増加すること、またリボソームの存在量が、翻訳の速度(rate of translation)に依存して成長速度とともにリニアに増加することを明らかにした(p. 1099; またLermanとPalssonによる展望記事参照のこと)。ゆえに、増殖に関与する生物学的過程のシステム特性は、その基礎についての分子的理解なしでも導出でき、生物工学的手続きの設計のための基本的な性質を確立するために用いることができるのである。(KF,kj)
Interdependence of Cell Growth and Gene Expression: Origins and Consequences
p. 1099-1102.

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