AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 5 2010, Vol.330


自己不適合性を解剖する(Dissecting Self-Incompatibility)

花にとっては受粉するための花粉を自分自身から得ることも可能であるが、花粉側とめしべ側の分子的決定要因が自己不適合性と呼ばれる過程を通じて近親交配を防いでいる。ペチュニアの自家不和合性において、花粉側にある雄性決定要因(Fボックスタンパク質)がめしべの雌性RNA分解酵素決定要因によって認識されると、花粉管はそのリボソームRNAが消化分解されて殺される。もし、雌性が対立形質の多様性のために雄性の相手を認識できなければ、外交配による受精が生じる。しかし、RNA分解酵素遺伝子の多様性は既知のFボックス遺伝子の多様性より大きい。Kubo たち(p. 796; および、Indriolo and Goringによる展望記事参照) の発見によると、ペチュニアにはいくつかの関連Fボックス遺伝子が存在し、その各々は自身の対立形質多様性を保持しており、それ故、潜在的な交配相手の多様性を増やしていることになる。(Ej,hE,nk,kj)
Collaborative Non-Self Recognition System in S-RNase-Based Self-Incompatibility
p. 796-799.

持続的な抑制(Tonic Inhibition)

ニューロンの抑制について最近注目が集まっているが、神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)の持続的放出とその細胞源の詳細をつきとめることは困難であった。Lee たち(p. 790, および、9月23日の電子版参照)は、小脳でのGABAの持続的放出が、小脳のアストロサイトとBergmannグリア細胞の Bestrophin 1 アニオンチャネルを通じて起きることを示した。これらの結果により、グリア細胞がニューロンの持続的抑制に関するGABAの細胞源として機能し得ることが確認され、脳シグナル伝達機構の理解に影響するニューロンとグリア細胞の相互作用のより多くの証拠が得られた。(Ej,hE,KU,nk)
Channel-Mediated Tonic GABA Release from Glia
p. 790-796.

やっぱり二酸化炭素(The Dependable Warmer)

約4000万年前の始新世中期、過渡的な温暖化現象によって、長期に渡って継続していた寒冷気候のトレンドが中断した。その寒冷気候はそれ以前1000万年も進行していたものであった。Bijlたちは (p.819;Pearsonによる展望記事参照)、この温暖化期間における海洋表面温度記録と大気中CO2濃度の記録を再構築した。それによれば、この時期に大量のCO2が大気に放出され、この大気中CO2の上昇に応じて海水温度は約6℃も上昇したと考えられる。(Uc,KU)
Transient Middle Eocene Atmospheric CO2 and Temperature Variations
p. 819-821.

レンズを通して朗らかに(Through a Lens Brightly)

サブミリメートル領域で探知された天文学的な電波源は、一般には、爆発的な星形成が生じている遠方のダストの豊富な銀河であると考えられている。それらの銀河が検出されるのは、ダストが星からの光を吸収し、より長波長の領域で再放射するためである。しかしながら、それらの特性を確かめることは未だ困難である。なぜならば、ダストにより銀河内部の直接観察が妨害され、それにサブミリメートル望遠鏡の空間分解能の低さが組み合わさって、他の波長でより深い研究を行うことが難しいからである。Herschel Space Telescope からのデータを用いて、Negrello たち (p.800) は、天空中の十分に広い領域における最も明るい電波源を探索することにより、ほとんど最大の効率で、重力レンズ効果を示すサブミリメートル放射する銀河を検出することが可能であることを示している。重力レンズは、前景の質量によって天体の光が曲げられるときに起こる。この現象は、見かけの光度を高め、レンズ効果を受ける天体の角度上の大きさを増すものであり、この効果なしではかすか過ぎて検出できないような電波源まで容易に調べることができるようになる。(Wt,nk)
The Detection of a Population of Submillimeter-Bright, Strongly Lensed Galaxies
p. 800-804.

揮発性物質と植生(Volatiles Versus Vegetation)

植物は地球における高い反応性を有する有機揮発性化合物(VOCs)の発生源であると同時に貯蔵所として機能している。多くのモデルでは、これらの化合物の取り込みや分解をオゾンのようなほとんど非反応性ガスとして扱っている。Karl たち(p. 816, および、10月21号の電子版参照)の研究では、VOCsがもっと反応性を有するであろうとして扱っている。落葉性の生態系の範囲を代表する6か所の観察地域をモニタリングして、いくつかの酸化VOCsでは沈降量が大きいことが分かった。実験室での燻蒸実験(fumigation experiment)による確認の結果、葉はこれらの化合物を酸化することができ、そして酵素解毒作用や或いはストレス応答機構をとおしてこのような酸化反応を行っている。大気中でのVOCの流れの収支は、地球全体では、特に熱帯地方の汚染地域では、植物が大量のVOCsを取りこんでいるらしい。(Ej,hE,KU,nk)
Efficient Atmospheric Cleansing of Oxidized Organic Trace Gases by Vegetation
p. 816-819.

曲げたり、伸ばしたり(Bend It, Stretch It)

刺激により屈伸を制御するために使われる物質 (例えば、幾つかの人工筋肉システムに見られる物質のような) は、長距離秩序を必要とし、そこでは局所的な化学トリガーが長距離の屈伸の挙動につながる。Hosonoたち(p. 808)は一軸方向に伸ばされたテフロンシート間に挟まれたポリメタクリレートのサンドイッチが3次元秩序に発展しているのを観測した。ホットプレスにより、ポリマーブラシの主鎖はフィルム面に垂直に整列し、一方アゾベンゼングループを含む側鎖はテフロンシートの延伸方向に水平に配列した。いつかのアゾベンゼングループでは、紫外光と可視光の交互の照射によりその複合体を可逆的に曲げたり伸ばしたりする。(hk,KU)
Large-Area Three-Dimensional Molecular Ordering of a Polymer Brush by One-Step Processing
p. 808-811.

腸幹細胞の置換(Gut Stem Cell Replacement)

腸細胞の代謝回転は著しく速く、そして腸の絨毛の間に存在する陰か(crypt)中の幹細胞に依る。その代表的な見解は、幹細胞の分裂が幹細胞の特徴を保持する一つの娘細胞を持つた非対称性にあると言うことである;しかしながら、このような幹細胞代謝回転のパターンが常に適用するわけではない。長期の系列追跡により、Lopez-Garciaたち (p. 822,9月23日号電子版) は、幹細胞の損失が隣接する細胞の増殖によって償われていることを示した。幹細胞損失の割合は細胞分裂の割合に等しく、このことは対称性の細胞分裂が腸の幹細胞における規則であることを示しており、更にクローンの確率論的な拡大、収縮、及び消滅が起こっていることを示唆している。(KU)
Intestinal Stem Cell Replacement Follows a Pattern of Neutral Drift
p. 822-825.

適応性を維持する(Keeping Fit)

変異は有害であったり、中性であったり、或いは利点があったりする。生物の適応性に関する或る新たな変異の相対的な影響を理解することは、複雑な病から生物保存にいたる多くの系にとって重要である。Lindたち(p. 825)はネズミチフス菌を用いて、適応性における二つのリボソームタンパク質のランダムな変異の影響を研究した。変異の殆どは、同義的であれ非同義的であれ、相当な適応コストを必要とし、かくして点変異の殆どは中性か致死的かのいずれかであるという支配的なドグマを覆すものであり、そしてその変異がメッセンジャーRNAの構造や/または安定性に影響を及ぼすことを示している。(KU,kj)
Mutational Robustness of Ribosomal Protein Genes
p. 825-827.

腫瘍ワクチン接種の成功(Tumor Vaccination Success)

腫瘍-特異的な抗原を持つたワクチン接種は、免疫系を利用しようと試みられた幾つかの治療の一つである。しかし、残念ながら、この方法は、恐らく腫瘍微小環境の免疫抑制性の性質のために成功しなかった。Kramanたち(p. 827;Schreiber and Rowleyによる展望記事参照)は、マウスにおいて腫瘍間質細胞集団の2%を構成する間葉系起源の免疫抑制細胞を同定した。その細胞は線維芽細胞活性化タンパク質-αの発現によって同定された。マウスにおいて肺や脾臓の癌におけるこれらの細胞の除去により、腫瘍に対する上首尾の治療上のワクチン接種が可能となったが、この接種は順応性の免疫系と、サイトカイン・インターフェロン-γ及び腫瘍壊死因子-αに依存していた。これらの発見は、複数の細胞型が免疫抑制性の腫瘍微小環境に寄与していることを明らかにし、そして治療上の癌ワクチン設計への情報を与えるであろう。(KU,Ej)
Suppression of Antitumor Immunity by Stromal Cells Expressing Fibroblast Activation Protein-α
p. 827-830.

妨害する微生物をブロックする(Blocking Interfering Microbes)

イリノテカンは広く使用されている抗癌性のプロドラッグ(pro-drug)であり、肝臓内で活性型に転換する。しかし、腸内に入ると、通常は良性の微生物叢がイリノテカンを毒性型に転換し、急速に分裂している腫瘍細胞を殺すのと同じ様に、急速に分裂している腸の上皮細胞をも殺してしまい、結果として下痢を引き起こす。Wallaceたち(p. 831;Patel and Kaufmannによる展望記事参照)は高処理スクリーニング法を用いて、微生物細菌を殺すことなく、又哺乳類のオルソロガス酵素に影響を与えることなく、悪さをする細菌の酵素であるβ-グルクロニターゼを標的とする阻害剤を同定した。結晶構造は選択性に関する分子的基盤を明白にし、そしてin vivoでの研究から、阻害剤がイリノテカン-誘発性の毒素からマウスを保護していることを示している。(KU,nk)
Alleviating Cancer Drug Toxicity by Inhibiting a Bacterial Enzyme
p. 831-835.

ミクログリアの原始的起源(Primitive Origins for Microglia)

ミクログリアは中枢神経系の常在性マクロファージであり、神経変性や脳の炎症性疾患に関わっている。その他の組織のマクロファージ集団の発生上の起源ははっきりと明らかにされているが、ミクログリアの起源についてはいまだに議論の余地がある。Ginhouxたちは生体内での系列追跡研究を用いて、ミクログリアがマウスの発生初期に生じ、卵黄嚢中の原始的マクロファージに由来していることを明らかにしている(p. 841、10月21日号電子版)。これは、その他の単核性貪食細胞系の細胞が、後になって別の前駆体集団から発生するのとは対照的である。(KF)
Fate Mapping Analysis Reveals That Adult Microglia Derive from Primitive Macrophages
p. 841-845.

顔に合わせて調整されている(Tuned for Faces)

マカクサルの脳の側頭葉には、顔選択性皮質の6つパッチが含まれている。この知見はシステム神経科学者たちに、なぜそんなに多くがあって、何をやっているのか、という問いを引き起こすこととなった。FreiwaldとTsaoは、単一ユニットレコーディング法でそれらパッチのうち4つを標的にして、マカクの異なった顔選択性パッチがそれぞれ独立した機能をもっていることを発見した(p. 845; またConnorによる展望記事参照のこと)。最初の処理を行う領域はパッチ個々で「見え」が最も鋭敏に調整され、誰であるか(identity)については、最もゆるい調整しかしない。中間レベルの領域は、誰であるかに対してより敏感に調整されていて、さらに最上位の段階は、見えに全くよらないで、誰であるかについて強く調整されていた。こうした結果は、対象認識の計算モデルや脳の機能的組織、さらには処理の階層を通じていかに表象が転換されるか、に対する基礎的な洞察を与えてくれる。(KF,kj)
Functional Compartmentalization and Viewpoint Generalization Within the Macaque Face-Processing System
p. 845-851.

弱い相互作用をするグラフェン(Weakly Interacting Graphene)

グラフェンの多くの異常な性質は、その電子のディラック分散 (電子の運動量とエネルギー間の直線関係) の結果である。単純に、この分散はグラフェン中の電子が相互の静電気的相互作用に強く影響されるという結論を導く。それにもかかわらず、強い相互作用に対する実験的証拠はほとんどない。Reed たちは(p. 805) 、動きやすい電荷担体の存在によりどの程度その電場が弱められるかを見積もるために、(緩やかに結合したグラフェン層からなる)グラファイトの非弾性X線散乱スペクトルを用いることにより、この矛盾を解決した。つまり、1ナノメータを超える距離では減衰が強く、グラフェンが想定より弱くしか相互作用していないことを示唆している。(Sk)
The Effective Fine-Structure Constant of Freestanding Graphene Measured in Graphite
p. 805-808.

崩れた対称性(Broken Symmetries)

二層グラフェンは、特異なスピン規則性を持った強磁性を示す量子ホール状態を発現すると期待されている。Weitzらは(p.812、10月14日の電子版)、高品質の空中に吊らされた2層グラフェンの導電性を調べた。彼らは垂直電界を印加し、キャリア密度の低い状態で出現する異なる対称性の崩れた状態間の転移を実現し、同時に秩序変数を推定した。これらの状態は磁場が無い場合も、また対称性を崩す磁場がある場合にも現れたという。彼らは印加磁場と電場が無い場合であっても、2層グラフェンはエネルギーギャップを示すことを発見した。この結果は電子-電子相互作用がバンド構造に寄与していることを示している。(NK,KU)
Broken-Symmetry States in Doubly Gated Suspended Bilayer Graphene
p. 812-816.

おあつらえ向きの高次構造(A Likely Conformation)

タンパク質合成のいくつかの段階で、グアノシン三リン酸加水分解酵素(GTPases)がリボソームと相互作用し、GTP加水分解が合成の進行と並行して行われる。Voorheesたちは、GTPaseである伸長因子Tuの3.2オングストローム分解能での構造を決定した(p. 835)。Tuはアミノアシル転移RNA(tRNA)をリボソームに運ぶ。このGTPaseとtRNAはリボソームに結合し、或るGTP類似体によって活性な高次構造に留め置かれる。この酵素の活性化には、高次構造におけるささいな変化しか必要とせず、触媒作用のあるヒスチジンを加水分解のための正しい位置へと移動させることを、この構造は明らかにした。同様の機構が、その他の翻訳性GTPaseの活性化にもあてはまるらしい。(KF,KU)
The Mechanism for Activation of GTP Hydrolysis on the Ribosome
p. 835-838.

イントロンを蹴り出す(Kicking Out Introns)

真核生物の多くの遺伝子は、適切な遺伝子機能のためにメッセンジャーRNAから除去されなければいけないイントロンを含んでいる。ヒトは1遺伝子あたり平均8つのイントロンをもっているが、一方で出芽酵母やカンジダ・アルビカンスの遺伝子の90%は、イントロンをまったく含んでいない。イントロンがいかにして遺伝子から失われたかを理解するために、Mitrovichたちは、酵母類の非タンパク質翻訳領域遺伝子を比較して、カンジダ・アルビカンスにおける小さな核小体RNA(snoRNA)の遺伝子がイントロン的であることを発見した(p. 838)。対照的に出芽酵母においては、snoRNAは無修飾のRNAから処理されて生じており、これはsnoRNA関連のイントロンの大量損失が酵母類の種の共通の祖先において生じていたことを示唆している。イントロンはスプライス部位の変性を介して失われたらしく、それに伴う連結したエクソンのコンパクションは、いくつかのsnoRNAの入れ子になったスプライシングに帰結することになる。(KF)
Evolution of Yeast Noncoding RNAs Reveals an Alternative Mechanism for Widespread Intron Loss
p. 838-841.

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