AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 7 2010, Vol.328


生きている色(In Living Color)

化学的プロセスによる生物発光の光は可視スペクトルの全領域を覆っている。生物発光は生命の系統樹において独立に数回進化した。しかしながら、生物発光生物体の大部分は海洋に生息しており、そこではその生物発光が700属を越える種の捕食者からの回避や、連れ合いを引き付けたり、餌を見つけるのに役立っている。Widder(p. 704)は、海洋系における生物発光の進化と分布の理解に有用な最近の進展をレビューしている。(KU,Ej,nk,kj)
Bioluminescence in the Ocean: Origins of Biological, Chemical, and Ecological Diversity
p. 704-708.

近縁者との接触(Kissing Cousins)

ネアンデルタール人は我々人類に最も近い親戚であり、約3万年前の絶滅以前はヨーロッパから南西アジアに広がって生存していた。Greenたち(p.710)は、3人の個体から作成されたネアンデルタール人のゲノムのドラフト配列について報告し、それと現代人類の5名のゲノムと比較している。その結果、ヒト近縁種の古いゲノムが現代人類のDNAから容認可能な低汚染度(acceptably low contamination)でもって再現することができることを示している。古いDNA(ancient DNA)には微生物のDNA(microbial DNA)が混入しうるため、Burbanoたち(p. 723)はターゲット配列捕獲法を開発し、高度の微生物負荷(microbial load) のあるかなり良くない保存標本から、14キロベースのネアンデルタール人DNAを得た。現代人類史の初期におけるポジティブ選択の候補として、多くのゲノム領域や遺伝子が明らかになった。そのゲノムデータは、ネアンデルタール人が現代人の祖先と12万年前頃に交雑したこと、それにより今日の現代人の中にネアンデルタール人のDNAの痕跡を残していることを示唆している。(TO,KU)
A Draft Sequence of the Neandertal Genome
p. 710-722.
Targeted Investigation of the Neandertal Genome by Array-Based Sequence Capture
p. 723-725.

ケンタウロス座Aのガンマ線放射(Centaurus A Gamma-Ray Emissions)

最も近い電波銀河であるケンタウロス座Aは、あらゆる波長について長年研究されている。ケンタウロスAには、この銀河の両側に横たわる電波放射する二つのローブを有している。この電波ローブからの放射は、中心源から非常に広い領域に広がっている。これは太陽の約1億倍の質量を有し、今も物質が落ち込みつつあるブラックホールによってその活動が支えられていると考えられている。フェルミ大面積宇宙望遠鏡 (Fermi Large Area Telescope) を用いて、Abdoたちは(p.725,4月1日号電子版)今回、ケンタウロス座Aの電波ローブから放射されているガンマ線の検知結果について報告している。0.1〜1.0テラ電子ボルト(TeV)のエネルギーを有する電子の放出が行われている領域が電波ローブに存在し、そして電子はその場で加速されているか、または中心天体近傍から効率的に輸送されて来たかである。この電波ローブの圧力は周囲の熱ガスのそれに匹敵するほどであり、この電波ローブがその周囲に影響を及ぼしている可能性を示している。(Uc,KU,Ej,nk)
Fermi Gamma-Ray Imaging of a Radio Galaxy
p. 725-729.

分子性ガラスのパターン形成(Patterning a Molecular Glass)

デバイス製作時におけるリソグラフィーによるパターン形成は、通常分子レジストに光子あるいは電子による重合反応を開始させて形成する。しかしながら、パターン形成は走査プローブ顕微鏡チップ(探針)を使って機械的にハードレジストを取り除くことによって形成されるが、多くの場合解像度が低くなり、また余分な物質が表面に残ってしまう。有機分子の薄膜は弱い相互作用によりガラスを形成し、加熱走査プローブチップにより数十ナノメートルのパターンが形成されることを、Piresたち(p. 732,4月22日号電子版)は見出した。これらのパターンを他の基板へ転写することができ、あるいはこららのパターンを連続的に繰り返して3次元の形状を作ることが出来るであろう。(hk)
Nanoscale Three-Dimensional Patterning of Molecular Resists by Scanning Probes
p. 732-735.

マグマの海の攪拌(Mixing the Magma Ocean)

溶融したケイ酸塩は火山から噴出するマグマの大部分を構成しているが、これらの溶融物が生まれるマントルは大半が固体である。これらの溶融物が存在する高圧、高温条件がそれらの物性を調べることを困難にしている。Karki と Stixrude (p. 740) は強力な計算的手法を用いて、より大量に存在するケイ酸塩溶融物成分の一つの粘性プロフィールを計算した。溶融物への水の添加は大きな無機質粒子が沈降することが可能な程度まで粘度を低下させる。地球はその形成の初期段階ではほぼ全てが液体であったため、このような粘度をもった深いマグマの海が地球の初期の表面の温度をコントロールできたのだろう。(Sk)
Viscosity of MgSiO3 Liquid at Earth’s Mantle Conditions: Implications for an Early Magma Ocean
p. 740-742.

塵から塵へ(Dust to Dust)

惑星間のダスト粒子は、太陽系のもっとも太古の物質をサンプリングしたものと考えられている。それらは重水素が豊富であることから、星々の誕生の場である星間分子雲の中で形成され、太陽系の誕生に先行するものであると考えられている。Duprat たち (p.742; Nittler による展望記事を参照のこと) は、南極の雪から収集された、二つの大きな惑星間ダストについて述べている。その粒子は、地球上の10倍から30倍も重水素が過剰な有機物質の層を含んでいる。その有機物質は、太陽系の降着円盤内で形成されたものと類似の結晶性ケイ酸塩に付随していることから、それらの粒子自体は、太陽系の原始惑星円盤内で形成されたものと予想される。これは、全ての重水素過剰の有機物質は、星間空間に起源を有するという考えとは相容れないものである。(Wt,nk)
Extreme Deuterium Excesses in Ultracarbonaceous Micrometeorites from Central Antarctic Snow
p. 742-745.

エレクトロマイグレーションの初期ステップ(Elementary Steps in Electromigration)

ナノスケールの金属ワイヤーにおいて、電流による電子の運動量が原子の動きにバイアスをかけ、いわゆるエレクトロマイグレーション効果で構造を変化させるが、その微視的な詳細については複雑である。Tao たち (p. 736)は、走査型電子トンネル顕微鏡によるその場観察を利用して、単結晶銀(111)面上の2〜50ナノメートル半径の単原子アイランドの電流-バイアスによる変位に関する熱励起欠陥の影響を調べた。このアイランドは電流方向の逆方向に動き、その動く速度は半径に逆比例する。及ぼす力は電子流と同方向であり、アイランドのエッジでの原子欠陥部位に作用する。ところが、C60のような電子保持吸着部材を緩やかに加えると、境界原子への力は1/10に減少し、ステップの形状を変化させる。この散乱部位の低配位が、大きな力の原因と思われる。(Ej,KU)
Visualizing the Electron Scattering Force in Nanostructures
p. 736-740.

危険なデングウイルスへの挑発(Dengerous Dengue Privocation)

デングウイルスに関する問題の一つは、1回目の感染が次の感染を防御しないということである;2回目の感染がデング出血熱の重篤な免疫病理をもたらす。Dejnirattisaiたち(p.745)は、デングウイルスに対して特異的な一連の単クローン抗体を作った。この抗体は主に、デングウイルス構造の前駆体膜タンパク質(prM)を狙い、そしてその殆どは4つのデング血清型の総てと交差反応する。これらの抗体はデングウイルスを完全に中和することが出来ず、その代わりに広範囲の抗体濃度において免疫応答を促進した。ウイルスの産生、及びウイルス粒子の組み立ての間で、prMの成熟は往々にして不完全であり、結果として宿主の自然免疫応答の大部分はウイルス粒子上の可変性の数で存在する或る成分を認識する。このように、その抗体応答は完全な中和をもたらす物ではなく、むしろ抗体に対する受容体を持つような細胞のウイルス感染を促進している。(KU)
Cross-Reacting Antibodies Enhance Dengue Virus Infection in Humans
p. 745-748.

免疫反応に耐える腫瘍(Tolerating Tumors)

腫瘍の増殖がうまくいくかどうかは、その腫瘍の、免疫系によって検出されることを避ける能力に依存している。ケモカイン受容体CCR7を発現するヒトの癌には、腫瘍転移および予後不良がつきものであるが、これは、CCR7-依存的シグナル伝達によって免疫に耐えうる腫瘍微小環境がもたらされている可能性のあることを示唆している。Shieldsたちは、その腫瘍がCCR7リガンドであるCCL21をいろいろな量発現しうるマウスのメラノーマモデルを研究した(p. 749、3月25日号電子版; また、ZindlとChaplinによる展望記事参照のこと)。CCL21を発現する腫瘍は、より攻撃的な増殖を示し、炎症促進性ではなく抑制性の白血球を惹きつけた。さらに、その腫瘍の微小環境は免疫抑制性サイトカインに富み、リンパ節様の特色を示した。こうした特色はCCL21を少量しか発現しない腫瘍には見られないかった。つまり、腫瘍のCCL21発現は、腫瘍増殖とその伝播を許す、免疫に耐えうる腫瘍微小環境を促進するのである。(KF,kj)
Induction of Lymphoidlike Stroma and Immune Escape by Tumors That Express the Chemokine CCL21
p. 749-752.

尾っぽのトリック(A Trick of the Tail)

シナプス小胞タンパク質であるシナプトタグミン1(Syt1)は、神経伝達物質放出のためのCa2+依存性のメインスイッチである。膜貫通領域を欠くように切り詰められたSyt1の試験管内での研究で、Syt1が融合の引き金になる仕組みのベールが取り払われた。しかしながら、膜アンカーのある完全な長さのSyt1を用いた試験管内でのアプローチでは、Ca2+によってトリガーされた膜融合が再現できないだけでなく、小胞融合すら抑制されてしまうこともあった。対照的に、膜アンカーはSytファミリー全体にわたって保存されてきていて、これは、膜アンカーが決定的に重要な機能的役割を担っていることを示唆するものである。このたび、単一小胞融合アッセイを用いて、H.-K. Leeたちは、100ミリ秒スケールの生理的速度でCa2+による小胞融合を引き起こすのに、膜アンカーが実際に必須であることを示している(p. 760)。(KF,KU,kj)
Dynamic Ca2+-Dependent Stimulation of Vesicle Fusion by Membrane-Anchored Synaptotagmin 1
p. 760-763.

老化の問題(Age-Old Problem)

寿命が伸びるに従い、加齢に伴う認知力低下の問題が増加している。これは感情的にも経済的にも深刻な負担を引き起こしている。しかしながら、加齢に関する記憶障害の根底にあるメカニズムは殆ど分かっていない。今回、Pelegたちは(p.753;Sweattによる展望記事参照)、老化したマウスの脳の記憶障害が、学習で誘導されるヒストンのアセチル化に特定の変化が起きていることに関係していることを発見した。つまり海馬遺伝子発現プログラムが妨げられているのだ。動的にアセチル化ヒストンを修復させることによって老化したマウスの認知機能が回復された。(Uc,kj)
Altered Histone Acetylation Is Associated with Age-Dependent Memory Impairment in Mice
p. 753-756.

標的の獲得(Target Acquisition)

細胞内の正しい目的地にタンパク質を適正に局在化させることは、すべての細胞の構造と機能にとって本質的である。ほとんどの膜タンパク質と分泌タンパク質は、あるシグナル配列によって膜へターゲットされるが、このシグナル配列はそのタンパク質が翻訳されていくにつれてシグナル識別粒子(SRP)によって認識され、SRP受容体を持つ標的膜と結合するような複合体を形成する。このたび、Zhangたちは無細胞の細菌性抽出物を用いて、SRPによる初期の積荷は、すべての不正確な積荷を相手に識別するには十分ではないということを示している(p. 757)。代わりに、引き続いてのステップであるタンパク質のターゲティングおよび転位置の経路における一連の忠実度チェックポイントが、不正確な積荷を拒絶する助けとなっているのである。(KF,KU)
Sequential Checkpoints Govern Substrate Selection During Cotranslational Protein Targeting
p. 757-760.

クロスオーバーポイントを決める(Determining the Crossover Point)

絶体零度における平衡系の状態方程式は圧力を化学ポテンシャルのような巨視的変数と関連付けており、関連する全ての熱力学的特性を推測することができる。量子的相互作用ガスの場合、平衡系の状態方程式の実験的検証や理論導出は困難であった。今回、Navon等(p.729,4月15日号電子版)は調整可能な相互作用をするリチウム原子の二成分極低温フェルミガスを用いて、零度付近でのボーズ・アインシュタイン凝縮とBCS限界との間のクロスオーバーポイント(交差点)における状態方程式の平均場予測の補正を定量化した。スピンアンバランスガス中のポーラロン質量も測定された。測定結果は既知の超平均場補一致を示すと共に、今後の理論アプローチの課題を浮き彫りにした。(NK,KU)
The Equation of State of a Low-Temperature Fermi Gas with Tunable Interactions
p. 729-732.

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