AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 28 2009, Vol.325


抵抗を獲得する秘密のポケット(Hidden Pockets of Resistance)

ある種の細菌は、淘汰圧と系統発生関連性がたびたびあると遺伝子交換が頻発する。抗生物質によって襲撃された場合、抗生物質耐性遺伝子は細菌間で交換のための人気の遺伝子となる。ヒトの腸のミクロフローラの配列決定作業中にSommer たち(p. 1128)は、明らかに異なった大きな遺伝子貯蔵所が大腸菌の中に入れられると、広範な薬剤に耐性を持つようになる。これと対照的に、腸管内全微生物のほんの一部でしかない培養可能な好気性腸腸管内菌叢の分析から、抵抗性遺伝子はヒト病原体によって育まれた耐性遺伝子と極めてよく似ていることが分かった。この貯蔵所から出現する抗生物質耐性は、進化の観点からは遠い位置にあるため、新規な様相を持つ危険性はあるものの、病原体と未知である大部分の腸内微生物叢との間の遺伝子交換は、実際、きわめて限定されているであろう。(Ej,hE,KU)
Functional Characterization of the Antibiotic Resistance Reservoir in the Human Microflora
p. 1128-1131.

新規な基本構造に向かって(Toward New Scaffolds)

現存するほとんどの抗生物質は、少数の核となる分子構造や基本構造に由来している。現存の抗生物質に耐性を持つ病原体がどんどん出現する現状に対して、Fischbach and Walsh (p. 1089) は、新規な抗生物質だけでなく、新規な基本構造を発見する努力をする必要があるかについてレビューした。天然物、人工合成、標的を定めた新発見などの手法はどれも有望な抗生物質の候補を適用できる。耐性に対する戦線では、これ以外にも高い内因性抵抗率を有する薬剤の有用性を拡張するために併用療法や、有効な病原菌の範囲が狭い抗生物質の研究も力を入れる必要がある。(Ej,hE)
Antibiotics for Emerging Pathogens
p. 1089-1093.

外皮色を順応させる(Adapting Coat Color)

単純な表現型の変化は、生物にとってしばしば適応選択の対象となりうる。例えば、捕食者から身を守ろうとする外皮色の変化などである。Linnenら(p.1905)はネブラスカ砂丘に住む淡い色をもつシロアシネズミを生み出している仕組の裏に潜む分子メカニズムについて考察している。この砂漠に住むネズミは、より濃い色の土の上に住む同種のネズミよりも明らかに淡い色である。この淡い色はアグーチ皮膜色の遺伝子座のデノボ(de novo)変化に依存していると見られていた。このように、急激な外皮色の順応的変化は、前から存在している遺伝子変異に常に依存しているとは限らないのだ。(Uc,Ej)
On the Origin and Spread of an Adaptive Allele in Deer Mice
p. 1095-1098.

擬ギャップに要注意(Mind the Pseudogap)

転移温度以下では、超伝導体中でエネルギーギャップがオープンしており、そのため効果的に超伝導相を保護している。転移温度以上では、エネルギーギャップがクローズし、励起を促がし、超伝導性を失う。しかしながら、高温超伝導銅酸化物においては、エネルギーギャップは転移温度以上で持続している。この擬ギャップ領域の電子構造を理解することは銅酸化物の超伝導メカニズムを理解するために重要である。Leeたち(p. 1099; Normanによる展望参照)は、高解像度温度依存性走査型トンネル顕微鏡を用いて“擬ギャップ領域はインコヒーレント(あるいは位相不揃い)なd-波超伝導体である”ということを示した。(hk,Ej)
Spectroscopic Fingerprint of Phase-Incoherent Superconductivity in the Underdoped Bi2Sr2CaCu2O8+{delta}
p. 1099-1103.

吸着分子内原子のイメージ化(Atomic Imaging Within Adsorbed Molecules)

走査トンネル効果顕微鏡は物質表面と吸着分子の原子解像度イメージを提供するが、表面に吸着した有機物分子内の原子のイメージ化はトンネル電流を検出する状態としてはコントラストが欠けているので困難である。原子間力顕微鏡は短距離化学的な力の変化によって原子を解像できるはずであるが、走査チップが変化していくかあるいはそれが分子を動かしてしまうならば解像度が失われる。Grossたち(p. 1110)はたとえばCO分子のような、その場での顕微鏡チップを機能させることによって”銅のような導電性表面とNaClのような不導体”に吸着したペンタセン分子イメージの解像度を劇的に改善することができることを示している。(hk)
The Chemical Structure of a Molecule Resolved by Atomic Force Microscopy
p. 1110-1114.

部分の和以上のもの(More Than the Sum of the Parts)

太陽の放射出力は、太陽黒点の11年周期に従う明確な変化を示す。しかしながら、そのエネルギー出力の変化は小さく、大きさとしては 0.1%以下である。それにもかかわらず、その小さな変化は、放射出力から予想される大きさの2~3倍の地球海面温度の変化を生ずる。そして、これが起こるメカニズムはまだ、明らかではないままである。Meehl たち (p.1114; Kerr によるニュース解説を参照のこと) は、3つの大域的に結合された気象モデルを採用して、この現象をシミュレートした。二つのメカニズムが結合して、この海洋の応答をもたらせたように思われる。この二つのメカニズムとは、短波長の太陽強制効果の揺らぎによる成層圏のオゾン量の変化と、もうひとつは、海洋と大気の表面が結びついた応答である。この結合効果は、降雨量の最大値をさらに高め、低緯度の雲の遮蔽を減らし、熱帯地方の太平洋の海水表面の温度を下げ、その結果として、温暖気候から寒冷気候への変化をより大きなものとする。(Wt)
Amplifying the Pacific Climate System Response to a Small 11-Year Solar Cycle Forcing
p. 1114-1118.

「急速な」種の回復("Rapid" Recovery)

2.5億年前のペルム-三畳紀大絶滅は、前カンブリア紀以来、地球上で最も深刻な生物の危機であった。そして、この大絶滅は何百万年もの間、生物の多様性を損なう影響を残したと考えられている。しかしながらBrayardらは(p. 1118;MarshallとJacobsの展望記事を参照)、深刻な影響を受けた、海洋生物の大規模種であるアンモナイトが極めて急速に、種としての回復がなされたことを示している。他の海洋底生物群が大絶滅から一千万年の回復期間を必要としたにもかかわらず、アンモナイトはたったの百万年でペルム紀よりも高い水準まで回復した。この三畳紀における生物種の回復はいくつかのサイクルからなっているように見える。しかしこの急速な種の回復によって、アンモナイトは三畳紀前期において最も多様な種を持つ生物群になってしまったかもしれない。(Uc,KU,nk)
Good Genes and Good Luck: Ammonoid Diversity and the End-Permian Mass Extinction
p. 1118-1121.

カキを復活させる(Restoring Oysters)

土着カキの個体群数や天然漁獲量は、乱獲や生息地の破壊によって生態系が変質し退廃したため、全世界的に崩壊してきている。経済的かつ生態的な利益の損失を回復する試みに、土着ではないカキの種を導入するという費用をかけた回復させる努力をしてきたが、ほとんど成功していない。米国東海岸のチェサピーク湾で、かなり費用をかけた漁業回復の試みをしたのにもかかわらず、Eastern Oysterの水揚げ量や個体群の総量は、過去のおよそ1%にまで急落している。Schulteたち(p. 1124, 7月30日オンライン記事公開)は、チェサピーク湾の東海岸にある支流、Great Wicomico Riverにおいて、土着カキの大規模なメタ個体群(metapopulation)の回復に成功した現地の証拠を示す。メタ個体群は、35ヘクタールに拡がった岩礁複合体(reef complexes)のネットワークから構成され、1年齢の若年カキあるいは2−3年齢の生体カキからなる推定1億8500万個の生きた土着カキから成る。(TO,Ej,KU)
Unprecedented Restoration of a Native Oyster Metapopulation
p. 1124-1128.

EosへのTreg応答(Treg Responses to Eos)

CD4+調節性T細胞(Treg)は我々の免疫系が警戒態勢になるためには不可欠である:この細胞は免疫応答が手に負えなくなるのを防ぎ、自己免疫を寄せ付けない役目を果たす。ある種の遺伝子の発現を活性化させその他の発現を停止させることによってTregのマスター調節性転写制御因子であるFoxp3は、これらの細胞に適切な遺伝子発現プログラムによって、抑制性効果を仲介する。Pan たち(p. 1142,8月20日号電子版参照)は、マウスにおいてFoxp3仲介による遺伝子抑制を生じさせるには、転写制御因子Eosが選択的に必要とされることを実証した。EosはFoxp3と直接相互作用し、クロマチン修飾を引き起こして、Tregの遺伝子抑制をもたらす。Treg中でEosが抑制されると、免疫応答を抑制する能力がなくなり、部分的エフェクター機能が賦与される。このようにして、EosはTregのプログラミングにおいて決定的役割を果たすことが示された。(Ej,hE)
Eos Mediates Foxp3-Dependent Gene Silencing in CD4+ Regulatory T Cells
p. 1142-1146.

やっつけろ(Beat It)

一次繊毛とは、さまざまな組織や細胞において重要な感覚機能を担っている特殊化した小器官であって、その構造や機能の欠陥がさまざまな遺伝病の根底にある。一次繊毛とは対照的に、運動性繊毛は運動の機能を担っている。たとえば、気道上皮の繊毛は、吸い込んだ物質を肺から除去するように働く。Shahたちはこのたび、その古典的な運動性繊毛が化学受容性でもあることを示している(7月23日オンライン発行されたp. 1131; 表紙参照; また、KinnamonとReynoldsによる展望記事参照のこと)。気道上皮の運動性繊毛は、苦味の受容体と、それに付随したシグナル伝達機構を含んでいる。さらに、苦味物質を与えると細胞内Ca2+レベルの上昇が引き起こされ、繊毛拍動の頻度が増加するのである。つまり、気道上皮においては、苦味受容体は気道に入ってくる侵害性物質を検出し、攻撃的な化合物の除去を促進するよう設計された、自律的な防御機構の作動を開始するのである。(KF,KU)
Motile Cilia of Human Airway Epithelia Are Chemosensory
p. 1131-1134.

ミトコンドリアのプロテオームを探る(Tapping the Mitochondrial Proteome)

ミトコンドリアは、細胞が生存し、機能し、分裂するのに必要とするエネルギーを生み出している。増え続けるヒトの障害のリストは、ミトコンドリア機能の欠損にいたるまで追跡されてきた。哺乳類のおよそ300種のミトコンドリアタンパク質は、機能的な特徴が明らかにされてはいないが、Haoたちは、このグループに含まれるもっとも高度に保存されてきたタンパク質こそヒトの疾患についての洞察を与えてくれるのではないかと推論している(7月23日オンライン発行されたp. 1139)。生物情報学や酵母の遺伝学、生化学、ヒト遺伝学の組み合わせを用いて、従来特徴が明らかでなかったミトコンドリアタンパク質(Sdh5)が、呼吸性複合体Ⅱの活性にとって必要であることが示された。SDH5をコードするヒト遺伝子の失活性変異が、めずらしい神経内分泌腫瘍である遺伝性傍神経節腫をもった個人で見つかった。つまり、酵母のミトコンドリアタンパク質の解析によって、ヒトの腫瘍の感受性遺伝子が明らかになったのである。(KF)
SDH5, a Gene Required for Flavination of Succinate Dehydrogenase, Is Mutated in Paraganglioma
p. 1139-1142.

カーボンナノチューブをチューニングする(Tuning Carbon Nanotube Resonances)

ナノメータースケールの共振器はセンシングや機械信号の制御に利用することができる。単層カーボンナノチューブは機械振動と電子移送とがカップリングできるという点で共振器としての利点を有している。(HoneとDeshpandeの展望記事参照) Steeleら(p1103、7月23日オンライン版)とLassagneらは(p1107, 7月23日オンライン版)低温で単一電子トランジスターとして動作させたとき、吊るしたカーボンナノチューブが共鳴振動を起こしたと報告している。ナノチューブから電子が出し入れされる際、静電力が生じるという。共鳴周波数は印加電圧に依存し、カップリング効果は機械振動が非線形応答を示すほど強力である。2つの研究において周波数に違いが見られたのは、共振器のQ値と冷却温度が異なることが要因の一部分と考えられている。(NK)
Strong Coupling Between Single-Electron Tunneling and Nanomechanical Motion
p. 1103-1107.
Coupling Mechanics to Charge Transport in Carbon Nanotube Mechanical Resonators
p. 1107-1110.

生態復元を評価する(Assessing Ecological Restoration)

ミレニアム生態系評価(国連による地球生態系診断)を承けて、生態系サービス(生態系から我々が受け取る様々な恩恵)やその生物多様性への関連の解析が、環境科学におけるもっとも急速に展開されている研究テーマの1つになってきた。同時に、生態学的修復(生態復元)が、環境の劣化や生物多様性の損失への対応として広く実施されるようになっている。 Rey Benayasたちは、それらのテーマを、生態系サービスの供給および生物多様性の保存に対する生態復元活動の影響のメタ解析という立場で、関連付けている(7月30日オンライン発行されたp. 1121)。世界中で出版された89もの修復プロジェクトを解析すると、生態復元は、一般に、生物多様性と生態系サービスの供給の双方にプラスの影響を与えていることがはっきりした。そうした効果は熱帯地域でとくに顕著だった。つまり、生態復元活動は、生物多様性の保存とヒトの生活のサポートの双方に実際に利益をもたらす可能性があるのだ。(KF,nk)
Enhancement of Biodiversity and Ecosystem Services by Ecological Restoration: A Meta-Analysis
p. 1121-1124.

Aktの制御(Regulating Akt)

タンパク質リン酸化酵素Aktは、シグナル伝達二次メッセンジャー、ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸の、受容体によって活性化された産生への応答において活性化され、代謝や細胞生存から転写や腫瘍形成までのさまざまなプロセスの制御において役割を果たしている。Yangたちは、従来認識されていなかったAktの制御モードについて報告している(p. 1134; またRestucciaとHemmingsによる展望記事参照のこと)。それは、ユビキチン分子のリジン63へのリンクによるAktの共有結合的修飾である。Aktのそうしたユビキチン結合は、細胞膜への局在化と、増殖因子で刺激された細胞における結果としての活性化とを促進する。TRAF6(TNF receptor-associated factor 6: TNF受容体に付随した因子6)がAktのユビキチン結合を仲介するE3ユビキチンリガーゼとして関わっている。AQktのユビキチン結合は、癌細胞におけるその役割にも影響を与えている可能性がある。ヒト癌に付随するAktの変異体はユビキチン結合を増加させ、またTRAF6の枯渇がマウス癌モデルにおける前立腺癌細胞株の腫瘍形成能を減少させる、ということが明らかにされた。(KF)
The E3 Ligase TRAF6 Regulates Akt Ubiquitination and Activation
p. 1134-1138.

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