AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science December 5 2008, Vol.322


生体内での胚形成を詳細に観察する(A Closer Look)

生物が発生する初期胚のとき、大量の細胞が組織的に移動し再構築される。しかし、生きた生物内での複雑な細胞の動きを画像化することは極めて困難な技術的課題である。ショウジョウバエのような種では、固定されて死んだ胚を試料とするため、観察には強い制限がかけられてきた。しかし、現在の技術的進歩のお陰で実時間でこれを観察することが可能になった。McMahon たち (p. 1546)は、ショウジョウバエの胚形成時の細胞の詳細な動きを画像化し、定量的に解析するための最新技術を利用した。発生中のショウジョウバエの胚の中での細胞の画像化には2光子励起法を利用したが、その間、細胞は生存したままであった。2つの離れた胚葉から1500個を超える細胞の位置、動き、分裂が2時間に渡って3次元的に追跡され、胚形成時の協調的細胞移動における線維芽細胞増殖因子の役割が明らかになった。(Ej,hE,nk)
Dynamic Analyses of Drosophila Gastrulation Provide Insights into Collective Cell Migration
p. 1546-1550.

ペロブスカイトを通して見る(See-Through Perovskite)

地球の活動やプレートテクトニクスの多くの部分は、地球内部からの熱損失を反映している。そのため、熱の流れの性質、および移流(advection)、熱伝導(conduction)、放射(radiation)によって生ずる熱流の強度が重要である。通常では、移流や熱伝導が主流であると考えられてきたが、高温高圧マントル中の放熱(赤外光の形でエネルギーが透過していく)の役割もまた研究されてきた。Kepplerたち(p. 1529)は、マントル底部の主要な鉱物、ケイ酸ペロブスカイトの吸収スペクトルの計測を行ってきた。そして、高圧下にあって驚くべき透過性(transparent)があることを示した。このことは、マントル深部における全体的な熱伝導性が、一般に仮定されていたことよりも高いことを示すものだろう。(TO,nk)
Optical Absorption and Radiative Thermal Conductivity of Silicate Perovskite to 125 Gigapascals
p. 1529-1532.

原子雲が作り出す固体系(Solid State in a Cloud of Atoms)

固体中の電子の相互作用は電子のさまざまな様態を生み出す。しかしながら、欠陥やその他の電子準位が根底にある物理を覆い隠して、複雑にかつ状態の調律という点に関しては固定化されがちである。光格子に捕捉された冷却原子は欠陥の無い変調可能な系を作り出すことができるため、複雑な粒子間相互作用を調べるのに有効な手段であると期待されてきた。Schneiderたち(p.1520: Fallani と Inguscioの展望記事参照)は三次元光格子に閉じ込められたカリウム原子を用いて、この可能性を実験的に実証した。光格子のポテンシャル深さと原子と物理的に閉じ込めたガス雲間の相互作用の度合いを変化させることで、モットー絶縁状態を経ての金属状態からバンド絶縁体へ転移させることに成功した。今後、冷却原子により複雑な固体系を再現しモデル化する研究が活発になるであろう。(NK,KU,nk)
Metallic and Insulating Phases of Repulsively Interacting Fermions in a 3D Optical Lattice
p. 1520-1525.
PHYSICS: Controlling Cold-Atom Conductivity
p. 1480-1481.

トンネル時計(A Tunnel Clock)

量子力学で考えられている、原子の大きさにおける直感に反する現象のひとつは、ある空間領域に至る障壁を乗り越えるエネルギーが不足しているにもかかわらず、障壁をトンネリングすることで、その空間領域に到達できることである。強力なレーザーの場の存在下では、ヘリウム原子から電子の脱出が起こるのであるが、Eckle たち (p.1525) は、極めて速いそのプロセスの速度を測定する技術を考案した。電子はいったん自由になると、その瞬間の場のベクトルの指すどの方向にも電子は加速される。レーザーパルスを楕円偏光状態にして、実験室系におけるある固定された参照点を確立した。その結果、現れた電子の運動量は分解することができ、あらかじめ知られている場の偏光の進展に基づいて、トンネリングの時間遅延が計算された。1014 W/cm2 のオーダーの強度では、その遅延時間の上限は 34アト秒(34×10-18秒) であった。(Wt)
Attosecond Ionization and Tunneling Delay Time Measurements in Helium
p. 1525-1529.

生物にヒントを得た物質工学(Bio-Inspired Materials Engineering)

もともとは弱い素材であっても、これを高強度の複合材に変える自然現象は多く存在する。氷の鋳型を利用するというアイデアを用いて、Munchたち(p. 1516)は、酸化アルミニウムとポリ(メタクリル酸メチル)を利用して、アルミニウム合金に匹敵する強靭な特性の複合材を作った。この凍結鋳造技術は層状物質の合成が可能で、クラックに対する耐性を極めて高くすることができる。これは真珠層に見られるような生物性複合材に類似している。(Ej,hE)
Tough, Bio-Inspired Hybrid Materials
p. 1516-1520.

火星の周期的な岩(Martian Rhythmic Rocks)

火星にはいつくかの層状の堆積岩があることが知られていた。火星周回衛星に搭載されたカメラで、Lewisたち(p. 1532)は数個の大きなクレータの底に曝された層状の岩のステレオ画像を映し出している。彼らは今回、約1メートルの解像度で個々の地層の厚みを計測することを可能にしている。その層は規則的で、10mを超える数サイクルを含んだ、より大きな単位で構成されており、このことは堆積が周期的であったことを意味している。いくつかの地球上の堆積岩に見られるように、火星軌道の変動が気候変動を生じさせ、そしてそれによって周期性の堆積を生じさせた可能性がある。(hk,KU)
Quasi-Periodic Bedding in the Sedimentary Rock Record of Mars
p. 1532-1535.

青色光への応答(Blue-Light Response)

植物は多様な発生面での変化や生理学的変化でもって光に応答している。青色の波長に応答する受容体はクリプトクロームである。クリプトクロームがどのようにして細胞機能を変化させているかは謎であった。今回、酵母のツーハイブリッド法(two-hybrid screen)を用いて、Liuたち(p.1535,11月6日のオンライン出版)は、シロイヌナズナ由来のタンパク質であるCIB1を同定したが、このタンパク質は青色光の存在下でクリプトクロームと相互作用する。CIB1とクリプトクロームは植物の細胞核の中で共存し、そこでCIB1は転写制御因子として機能している。これらのタンパク質は、一緒に協力して青色光のインプット情報を開花を制御しているシグナル経路へもたらす。(KU)
Photoexcited CRY2 Interacts with CIB1 to Regulate Transcription and Floral Initiation in Arabidopsis
p. 1535-1539.

生と死の問題(A Matter of Life and Death)

細胞の集団からのデータを元にすると、個々の細胞レベルでのみ観察される生理学的に重要な差異が見えなくなる。Cohenたち(p.1511,11月20日のオンライン出版)は、個々の生きたヒト細胞におけるほぼ1000個の異なるタンパク質に関する時間と空間におけるその挙動を、高い時間分解能と正確さでもって観察できるシステムに関して記述している。レトロウイルスの戦略を用いて、1200の細胞系列のライブラリを作ったが、その一つ一つに異なる遺伝子のイントロン中に蛍光タンパク質が組み込まれている。これらの細胞は、前もって核とサイトゾル中に赤色蛍光がタグ付けされ、自動的なイメージングが容易となる。この方法を用いて、一般的に化学療法で使われるカンプトテシン薬剤への応答において--即ち細胞の死か、或いは生存かという結果に応じた形で--、個々の細胞中でかなり異なる挙動を示すタンパク質が同定された。(KU)
Dynamic Proteomics of Individual Cancer Cells in Response to a Drug
p. 1511-1516.

分裂の物語(A Divisive Tale)

個々の娘細胞が細胞分裂の終期に単一のゲノム補体を確実に受け取るために、中心紡錘体--分裂の後期において分離中の染色体の間を形成している微小管束のセット--が、外皮の収縮性アクトミオシン環の組み立てとくびれを制御し、分離した染色体の質量を二分する。中心紡錘体によるシグナル伝達のキーとなる制御因子はタンパク質複合体のcentralspindlinである。細胞質分裂中のシグナル伝達に関する今日の有力なモデルは単純なポジティブシグナル伝達カスケードであり、centralspindlinがRhoグアニンヌクレオチド交換因子(RhoGEF)を中心紡錘体に繋ぎとめ、それによって細胞の赤道において小さなGTPaseRhoAを局所的に活性化している。次に、RhoAとそのエフェクターが細胞を分裂させる収縮環の組み立てとくびれを指令する。Canmanたち(p.1543)は、収縮環のくびれを促す際のcentralspindlinの重要な機能は、異なるRhoファミリーのGTPaseであるRacのネガティブ制御であることを実証することでこの以前のモデルに挑戦している。かくして、centralspindlinは細胞赤道においてRacとそのエフェクターを失活させ、そして収縮環のRhoA-依存的狭窄を促進するのがこのネガティブ制御であろう。(KU)
Inhibition of Rac by the GAP Activity of Centralspindlin Is Essential for Cytokinesis
p. 1543-1546.

ニューロンにエネルギーを与える(How to Feed Your Neurons)

脳機能における神経膠(neuroglial:ニューロン間で網目を作りこれを支持する)の相互作用の役割が、最近、注目を集めている。実際、アストロサイト(astrocyte:星状膠細胞)はいまや、シナプス活動を調節する際に重大な役割を担う、脳回路網の複合的な活動要素としてみられている。アストロサイトはニューロンに代謝性基質を送達することで、神経活動の増加によるエネルギーの需要に対応している。しかしながら、そのプロセスの詳細はいまだ不明なままであった。Rouachたちは、血管周辺のアストロサイト・エンドフィードに豊富なアストログリアのギャップ結合タンパク質であるコネキシン30と43の、ニューロンへのエネルギー性代謝産物の活動依存的送達における必須な役割を実証した(p. 1551)。野生型マウス、或いはそれらコネキシンをダブルノックアウトされたマウスにおいて、グルコース代謝産物がパッチ・ピペットを介してアストロサイトに特異的に送達され、局所性の神経活動が同時に記録された。血管周囲のコネキシンはアストログリアのネットワークを通じてグルコース代謝産物の細胞間輸送を可能にしており、このネットワークがニューロンによってその興奮性シナプス伝達を持続するために用いられている。(KF,KU)
Astroglial Metabolic Networks Sustain Hippocampal Synaptic Transmission
p. 1551-1555.

母系の影響への寛容さ(Tolerating Maternal Influences)

胎児免疫系の発生は、外来性抗原への耐性誘導(tolerance induction)に対してセンシティブであるという見方が、50年以上も存在し続けてきた。耐性が、動物モデルにおいて外来性抗原の実験的投与を経ることによって達成されることは明瞭だが、ヒトにおいても同様の知見が成り立つかについては、いささか議論があった。Moldたちはこのたび、ヒトの胎児免疫系が発生中に母系細胞に曝されることがあり、それが後に胎児の抗母系性免疫を抑制することになる調節性T細胞の発生を促している、という証拠を提示している(p. 1562; またLeslieによるニュース記事参照のこと)。こうした知見は、引き継がれなかったある種の母系性の同種抗原に対して「寛容である」人たちがいる、という長期にわたる観察結果に対する説明を提供してくれるものである。(KF)
Maternal Alloantigens Promote the Development of Tolerogenic Fetal Regulatory T Cells in Utero
p. 1562-1565.

代謝制御の正常化に向けて(Toward Normalizing Metabolic Regulation)

脂肪に富んだ食餌を与えられたマウスは、メタボリック症候群として知られる病に苦しむ人間と同じように、インスリンの作用に対する抵抗を発達させる。Sabioたちは、マイトジェン活性化プロテインキナーゼJNK1が、このプロセスにおける鍵となる役目を担っているという証拠を提示している(p.1539;OgawaとKasugaによる展望記事参照のこと)。著者たちは、JNKが脂肪組織にもはや発現しないようなノックアウトマウスを作り上げた。脂肪が豊富な食餌を与えられると、それらマウスは血中のグルコースとインスリンの増加を示したが、肝臓におけるインスリン応答性の測定結果は、そのノックアウトマウスが野生型マウスに比べより強い応答性を保持していていることを示した。脂肪組織は、サイトカイン・インターロイキン6(IL-6)の遊離を介して肝臓と情報交換しているらしかった。ノックアウトマウスは絶食後に血中のIL-6が対照群に比べて少なく、またそうしたノックアウトマウスにおいてIL-6を回復させるとインスリンへの肝臓の応答性は減少した。つまり、JNK1は、正常な制御が破壊された病の際の代謝調節を改善することを狙った治療の潜在的な標的であるわけだ。(KF)
A Stress Signaling Pathway in Adipose Tissue Regulates Hepatic Insulin Resistance
p. 1539-1543.
CELL SIGNALING: Fat Stress and Liver Resistance
p. 1483-1484.

二次的な内向きの流れの背後にあるものは?(What Is Behind the Secondary Inward Current?)

ヘミチャネル(hemichannel)は、大きなイオン電流を生み出し、原形質膜を通って小分子の通過を可能にする膜チャネルを形成する。N-メチル-D-アスパラギン酸 (NMDA)受容体(訳注:興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一つであるNMDA受容体)の活性化は、長期の、未だ同定されていない二次的な内向きの電流をもたらす。Thompsonたちはこのたび、この流れがPannexin-1ヘミチャネルによるらしいということを示している(p. 1555)。NMDA受容体の過剰な活性化がPannexin-1チャネルの開口を引き起こし、次いでそれが、バースト的な活性の増加をもたらす。つまり、この種のヘミチャネルはてんかんや発作の処置の標的になるであろう。(KF,so)
Activation of Pannexin-1 Hemichannels Augments Aberrant Bursting in the Hippocampus
p. 1555-1559.

利己的な花(Selfish Flowers)

マイオティックドライブ(meiotic drive)とは、特異的な染色体の遺伝を子孫中で期待される50対50という比率から変化させるもので、そのことによって生殖面での適応度と進化に影響を与えようとするもののことである。FishmanとSaundersは、野生のモンキーフラワー集団における雌性のマイオティックドライブの系に関して記述しているが、この花は花粉(オシベ)における適応度コストによってバランスされている(p. 1559; またCharlesworthによる展望記事参照のこと)。ドライビング対立遺伝子であるDは、雌性の親を介して他の対立遺伝子以上に優先的に伝達される。このD対立遺伝子は、すべての染色体で見つかる動原体性サテライトの候補と集団内の特定のハプロタイプのマーカーとに密接にリンクされている。つまり、このマイオティックドライブ要素は動原体性であり、このD対立遺伝子にとってのホモ接合体は有意に花粉の生存率を減少させるものであって、これが集団内でのDの多形性を説明することになるのである。(KF,KU)
Centromere-Associated Female Meiotic Drive Entails Male Fitness Costs in Monkeyflowers
p. 1559-1562.
EVOLUTION: Competitive Centromeres
p. 1484-1485.

[インデックス] [前の号] [次の号]