AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 2, 2008, Vol.320


地球の中心への旅(Journey to the Center of the Earth)

マントルの最深部には、perovskiteが相転移してできるpost-perovskiteという新しい鉱物が存在していそうであるので、最近、地球に関する見方が変わってきた。さらに、技術的進歩のお陰で、この領域の構造と組成に関する地震波イメージが改善された。Garnero and McNamara (p. 626)は、これらの発展をレビューし、最近のモデル化の研究成果といっしょに考えると、これが全体としてマントルの動きにどのように影響するかの統合化されたイメージを紹介している。(Ej,hE,nk)
Structure and Dynamics of Earth's Lower Mantle
p. 626-628.

粉化と加圧による熱電素子の改善(Improving Thermoelectrics by Powdering and Pressing)

熱電材料は高導電度特性と低熱伝導度特性をもつ半導体で、廃熱からの電力回収や通電による直接冷却を可能にする。熱電材料で使われる性能指数(Figure of merit)としてのZTを改善する一つの道は、熱電材料をナノ結晶材料として構成することである。なぜならば、加えられた結晶粒界は、フォノンを散乱させまたそれらの熱伝導度を低下させることを助けるはずである。Poudelたち(p. 634,3月20日オンラインで公開)は、室温でZTが1となる最も広く使われている熱電材料であるp型Bi[x]Sb[x]Teのうちの一つを使い、それをナノメーターサイズの微結晶粉末にした。彼らは、不活性雰囲気中でその材料をボールミル粉砕することによってナノ粒子にし、そしてその粉末をインゴットのバルクにするためにホットプレスをした。この材料100degC近傍でZTとして最大1.4を持ち、冷却モードにおいては100degCの温度差を生成することができる。(hk,nk)
High-Thermoelectric Performance of Nanostructured Bismuth Antimony Telluride Bulk Alloys
p. 634-638.

横揺れにより、がたがたさせずに振動する(Shake Unrattled by Roll)

分子が光吸収により励起される時、量子力学的な振動が特別な位相関係を保持し、有用な操作を可能とする短い期間が存在する。しかしながら、さまざまな振動や回転の開始による揺動は、近傍の分子の影響と同様、このコヒーレント状態を直ちにランダム化し、さらに積極的に制御することを抑制する。Branderhorst たち (p.638) は、カリウムの二量体の集合における振動モードが分子回転との混合によりコヒーレンスを失っていく傾向を調査した。コヒーレンスの目印として、彼らは、蛍光の信号の中の波動の干渉の結果である量子的なビートの維持状態を検知した。この目印をフィードバックとして用いてそれらのレーザー励起パルスの形状を繰り返し調整することにより、コヒーレンスを2倍までの延長に成功した。さらに、あるモデルによりパルス形状の効能を説明することに成功した。(Wt,nk)
Coherent Control of Decoherence
p. 638-643.

ひな鳥の口から(From the Mouths of Baby Birds)

ゼブラフィンチの若鳥が発する声は成鳥の声と異なり、人間の乳児の片言に似ている。Aronov たち(p. 630) は、外科的、あるいは、薬理的に成鳥の鳴き声を支えている脳の一部や神経結合の一部を破壊した。この破壊によって成鳥のさえずりは若鳥のように変わったが、若鳥の方の発声は変化無かった。このことから、鳥のさえずりを支える脳の神経結合は、若鳥と成鳥では異なり、若鳥のさえずりが成熟していくのは単に神経ネットワークの精度が良くなっていくのではなく、若鳥のネットワークから成鳥のネットワークに切り替わる操作が入っているようだ。(Ej,hE)
A Specialized Forebrain Circuit for Vocal Babbling in the Juvenile Songbird
p. 630-634.

量子光学チップ(Quantum Optical Chips)

光学の量子力学的な側面は、これまで、通信や度量衡学、リソグラフィーへの多くの応用において示されてきているが、これらは、通常は、部屋の大きさ程度の光学ベンチ上で実施されてきた。量子工学に基づくフォトニクスには、スケールダウンが必要で、ロバストで実装容易なプラットフォーム上で操作することが必要であろう。Politi たち (p.646, 3月27日にオンラインで公表された; 表紙を参照こと)は、シリコンオンシリコンの技術を用いて光学的な導波路と回路をパターニングすることにより、任意のフォトニック量子回路がシリコンチップ上に実現できることを示している。デバイス中に送り出された単一のフォトンは、高いビジビリティの干渉性と高信頼度の量子論理操作性を示した。(Wt,Ej)
Silica-on-Silicon Waveguide Quantum Circuits
p. 646-649.

プロストラチン標本(Prostratin Preparation)

HIVを標的とした薬剤開発の進歩にもかかわらず、感染した系から完全にこのウイルスを根絶することはきわめて難しい。それは、現在の治療では届かない、潜在的なウイルスの避難場所があるからである。ある種の化合物、その中でもプロストラチンは、これらの避難場所からウイルスを追い出す効果が大きく、他の薬剤の長期間にわたる有効性を増強すると思われる。しかし、プロストラチンの供給源の植物が不足しており、治療の妨げとなっていた。Wender たち(p. 649)は、もっと豊富な天然の前駆物質からプロストラチンを合成する効率的な4段階のプロセスを紹介した。さらに、この経路は、治療効果をさらに増強できる構造的類似物質を合成するよう、容易に変更可能である。(Ej,hE)
Practical Synthesis of Prostratin, DPP, and Their Analogs, Adjuvant Leads Against Latent HIV
p. 649-652.

癌の転移を促進するミトコンドリア(Mitochondria as Drivers of Metastasis)

癌による死亡のほとんどは、原発腫瘍の細胞が転移すると生じるが、腫瘍細胞が転移性を獲得する機構はよく分かっていない。Ishikawaたち(p.661,4月3日のオンライン出版)は、マウスの転移能の高い癌化細胞株と低い癌化細胞株を選択し、これらのミトコンドリアDNA(mtDNA)を交換することで、このプロセスにおけるミトコンドリアの役割を研究した。興味深いことに、受容細胞はmtDNAを提供した細胞の転移能を獲得した。詳細に調べられた癌化細胞株の一つにおいて、高い転移能を与えるmtDNAは遺伝子に変異を含んでおり、活性酸素種(ROS)の過剰産生と転移に関与する核内遺伝子の発現上昇へと導いた。腫瘍細胞をROSスカベンジャで前処理すると、マウスモデルにおいてはその転移能が減少した。このことは、転移抑制の治療法開発に対する一つの可能な方法を示唆している。(KU,Ej)
ROS-Generating Mitochondrial DNA Mutations Can Regulate Tumor Cell Metastasis
p. 661-664.

生き生きした色での糖の可視化(Sugars in Living Color)

細胞表面を飾るグリカンの構造は、細胞内部で起こっている生化学的な活動に関する豊富な情報源である。グリカンを構成する糖のレベルや分布パターン、及び構造変化は代謝経路、遺伝子発現の変化、及び分泌経路の挙動変化による流れの変化を反映している。直接的な、かつ非侵襲性のin vivoでのグリカンの可視化は困難であった。Laughlinたち(p.664)は、生きている発生中のゼブラフィッシュにおける細胞表面グリカンのin vivoでの多色、時間分解能のイメージングに関して報告している。グリカン産生におけるドラマチックな様々な状態が、受精後60〜72時間の間で下顎や嗅覚器 、及び胸鰭で観察された。これと共に、胚形成の間でグリカンのレベルや輸送パターンにおいて主要な組織特異的な差異も観察された。(KU)
In Vivo Imaging of Membrane-Associated Glycans in Developing Zebrafish
p. 664-667.

低酸素濃度ゾーンの拡大(Expanding Low O2 Zone)

気候温暖化の結果の一つである海洋の温暖化は、海洋の酸素濃度の減少を引き起こすと予想されている。この予想は、水温が上ると酸素の溶解度は下がるという事実に基づくとともに、モデルによる、深海への海水の移流がより緩慢となり、一方沈降する有機物は酸素を消費するプロセスで分解され続けるという結果からも支持される。Strammaたち(p.655)は、熱帯性の大西洋と赤道太平洋における溶存酸素濃度の測定に関して報告しているが、この結果は過去50年にわたって酸素濃度ミニマムゾーンの明瞭なる垂直方向での拡がりを示している。溶存酸素濃度の減少は海洋の生命体にとって、特に既に多くの生物を維持するに必要とされる酸素濃度の限界にある領域においては深刻な影響をもたらすものであり。(KU,nk)
Expanding Oxygen-Minimum Zones in the Tropical Oceans
p. 655-658.

繋ぎ止めている仕組みの検証(Testing Tethers)

ゴルジ複合体は、輸送膜小胞(trafficking membrane vesicles)によって相互接続された平板化された膜槽(membrane cisternae)の集合から構成されている。その細胞の中では、ゴルジ複合体を介しての輸送中、膜小胞は膜を繋ぎとめるものに頼って、ゴルジ領域から逃げ出てしまわないようにしているらしい。膜を繋ぎとめているものは、純粋なタンパク質や人工膜を用いては、めったに再構成されない。Drinたちは、ゴルジン・ファミリーの長いコイルドコイルタンパク質であるGMAP-210が、いかにして高度に曲がった膜(小胞)と平らなもの(槽)とを橋渡ししているかについて単純なモデルを提示し、検証している(p. 670)。この非対称性の繋ぎ止めは、膜の湾曲を感知するモチーフに頼っている。提示されている繋ぎ止めの仕組みは、非対称性でしかも可逆的であり、ゴルジが、膜輸送によって常に再構築されているにもかかわらず、いかにして定常的な形を保っているかを説明できる可能性がある。(KF)
Asymmetric Tethering of Flat and Curved Lipid Membranes by a Golgin
p. 670-673.

空気中にある危険の感知(A Sense of Danger in the Air)

石綿やシリカなどの風媒性汚染物質の微粒子は、肺炎や癌などの健康へのネガティブな影響によって悪名高いが、そうした物質がいかに影響を発揮しているかについての情報は欠けている。Dostertたちは、Nalp3炎症体(inflammasome)として知られる多タンパク質複合体が、内部移行した石綿やシリカの粒子への細胞の曝露をシグナル伝達することができ、それによって強力な炎症反応の活性化がもたらされることになることを明らかにしている(4月10日オンライン発行されたp. 674; またO'Neillによる展望記事参照のこと)。Nalp3を欠いていると、マウスは石綿にあまり活発でなく応答することになるが、これは、炎症を感知するこの複合体が、呼吸性の汚染物質に対する応答において鍵となる役割を果たしているという考えを支持するものである。(KF)
Innate Immune Activation Through Nalp3 Inflammasome Sensing of Asbestos and Silica
p. 674-677.

意図せざる取り込み(Unintentional Uptake)

多くの観点で、原虫寄生虫にたいする自然免疫反応についてのわれわれの理解は、いまだに、他の感染性生物体に対するその理解に比べてずっと遅れている。しかし、最近の研究はアフリカのトリパノソーマ類に対する武器の重要な部分が血清アポリポ蛋白L-I(apoL1)であることを示している。これはその寄生虫を、溶解を引き起こすことで殺すことができるものなのだが、ではなぜ、その寄生虫はそれを取り込んでしまうのだろうか? Vanhollebekeたちは、apoL1がその寄生虫によって、宿主内部での増殖と酸化ストレスへの抵抗性にとって必要なヘムを供給するためにふつうに利用している特異的な糖タンパク質受容体経由で取り込まれていることを示している(p. 677)。ヒトの血清中では、しかしながらこの受容体は不注意なことに、apoL1をその一部とするある高密度リポタンパク質複合体の成分を認識してしまい、このことが、この有害な宿主タンパク質の取り込みがいかにして始まるかを説明してくれるのである。(KF)
A Haptoglobin-Hemoglobin Receptor Conveys Innate Immunity to Trypanosoma brucei in Humans
p. 677-681.

Understanding Random Lasers ランダムレーザーを解明する

従来型のレーザーの原理ははよく理解されている。ローカルオシレーター、増幅媒体、適切な光捕捉共振器を組み合わせることで、コヒーレントな励起状態が創られ単一モードの発振が起こる。一方で、不均一な媒体中で複数の波長が同時にレーザー発振する(マルチモード)ランダムレーザーはあまり解明されていない。Tuereci等は(p.643, Bravo-AbadとSoljacicの展望記事参照)複雑構造体でのレーザー発振原理について理論的解釈を報告している。どのように異なる励起モード同士が競合し、いつどのように複数のモードが発振するかについて説明し、さらにランダムレーザーの性能を向上につながる知見を紹介している。(NK)
Strong Interactions in Multimode Random Lasers
p. 643-646.
PHYSICS: A Unified Picture of Laser Physics
p. 623-624.

謎のポリリン酸(Mysterious Polyphosphate)

リンは、世界の海洋性一次産生に対する中心的影響をもたらす重要な多量養素(macronutrient)である。リンの海洋における滞留時間は、沈降物の新たなシンクが見い出されるたび、過去何十年もの間に繰り返し短い方に改定されてきた。そうしたシンクの1つが、自生のアパタイト(authigenic apatite)、すなわちその起源がいまだにわかっていない無機質である。Diazたちは、珪藻から得られたものに由来するポリリン酸が、有機物リン酸が直面する動力学的障壁を回避することによって、海底質中のアパタイトの形成において鍵となる役割を果たしていることを示している(p. 652)。地質学的過去における古気候性の力による珪藻の存在量の変化が、リンの埋没効率と海底質中の亜リン酸無機質の分布に、影響を与えてきた可能性がある。(KF)
Marine Polyphosphate: A Key Player in Geologic Phosphorus Sequestration
p. 652-655.

食物網のモデル化(Modeling Food Webs)

食物網は、生態学的コミュニティーにおける種の間の相互作用を記述している。それはまた、生態系における安定性と頑健さについても考慮したものにもなっている。モデル化こそが、食物網の構造の理解において中心的な役割を果たしている。しかし、経験的データによる複数のモデルの評価は、これまで限られたものであった。Allesinaたちは、従来のモデルよりも高いほんとうらしさをもった全体的な経験的な食物網を複製できるモデルを提唱している(p. 658)。(KF)
A General Model for Food Web Structure
p. 658-661.

生存戦略をシグナル伝達する(Signaling Survival Strategies)

代謝の制御における役割のほかに、酵素グリコーゲン合成酵素キナーゼ3β(GSK3β)は、転写を制御するシグナル伝達機構においても機能している。GSK3βが活性化していると、それはβカテニンをリン酸化し、βカテニンタンパク質の分解を促進する。GSK3を抑制すると、βカテニンの蓄積が可能になり、それが核において、転写制御遺伝子とともに標的遺伝子の発現を促進する。Thorntonたちは、p38マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPキナーゼ)の活性化が、直接的にGSK3βのリン酸化とそれによる抑制をしているらしい、ということを明らかにしている(p. 667)。p38の活性化を導く酵素を欠くマウス胎仔線維芽細胞は、GSK3βのリン酸化において欠陥があった。著者たちは、そうしたシグナル経路が、細胞ストレスとp38MAPキナーゼを活性化するサイトカインとに細胞生存に影響を与えることを許している可能性があると提唱している。(KF)
Phosphorylation by p38 MAPK as an Alternative Pathway for GSK3β Inactivation
p. 667-670.

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