AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 18, 2008, Vol.320


酸性度のテスト(Acid Tests)

大気中の二酸化炭素の増加による悩ましい結果のひとつが海洋の酸性化である。海洋が二酸化炭素を吸収すると、そのpHが低くなって、サンゴといった石灰化する生物がその骨格を作り、維持することが更に困難となる。この海洋の変化は多くのタイプの海の生命体に悲惨な結果をもたらすだけでなく、人間を含めた陸生の種にも深刻な影響をもたらすはずである。このような見通しとは対照的に、Iglesias-Rodriguezたち(p.336)は、大気中の高い二酸化炭素レベルが海洋藻類の一つの円石藻による炭酸カルシウム化を実際に増加させている可能性を報告している。このように、大気中の二酸化炭素の増加による生態学的な、かつ生物地質化学的な影響は一筋縄ではつかみきれないものなのかもしれない。(KU,nk)
Phytoplankton Calcification in a High-CO2 World
p. 336-340.

マラリア撲滅の兵器の配備(Stocking the Malaria Arsenal)

中国の目立たない植物が強力な抗マラリア薬として有望である。アルテミシニン(Artemisinin)とその多様な誘導体は、通常既存の抗マラリア薬と組み合わせて投与されるが、マラリアとの戦いで力強い働きを示している。White (p. 330)は、アルテミシニン誘導体の在庫、現在の開発状況、また、混合アルテミシニン治療がマラリアの蔓延を食い止めるための全世界的な政策の発動に適合しているかをレビューした。(Ej,hE,nk)
Qinghaosu (Artemisinin): The Price of Success
p. 330-334.

インフルエンザの片道切符(One-Way Ticket for Influenza)

過去5年間のインフルエンザの大流行は東アジアや東南アジアで、おそらくは土着性というより時間的にオーバーラップして発生した流行から、生まれたウイルスが原因であろうと思われる。Russell たち(p. 340)は、13000株のインフルエンザウイルスから、赤血球凝集素(hemagglutinin)のHA1領域を解析し、循環している株の家系を調べた。人の移動と通商による接触によって、アジアから6〜9ヶ月かかってヨーロッパや北アメリカに到着するという、インフルエンザの世界的なウイルス分散の一方向の旅を説明できる。数ヵ月後にこれらのウイルス株は南アメリカに到達し、そこが彼らにとっての進化の墓場となる。(Ej,hE,nk)
The Global Circulation of Seasonal Influenza A (H3N2) Viruses
p. 340-346.

数学と音楽(Math and Music)

音楽家や作曲家は様々な技法を使って、一見同じように聞こえる和音を識別している。長3和音と短3和音は実際は違った音であるが、似たように聞こえる。そのような感覚は一般的だが、定量化することは難しい。Callenderたち(p.346; Hallの展望記事参照)は、西洋の音楽家が伝統的にどのように和音の進行を分類しているのかを幾何学手法を用いてモデル化した。和音の種類が幾何学空間で記述され、数学でいうところの各和音同士の距離は感覚でいう類似性と一致する。この音楽理論から現代幾何学への翻訳は、音楽著作物の関連性を識別したり曲構成を理解するためのフレームワークとして利用することができる。(NK)
Generalized Voice-Leading Spaces
p. 346-348.
MUSIC THEORY: Geometrical Music Theory
p. 328-329.

固体状態のスピン制御(Solid-State Spin Control)

量子ドット上の単一スピンを干渉性を保持しながら制御することは、固体状態で量子情報処理を行うための基本的な要請である。Berezovsky たち (p.349) は、超高速の光学的パルスを用いた量子ドット上の単一電子スピンのこのような可干渉的な操作に関して説明している。彼らは、光学的な Stark 効果と一連の超高速光学パルスとを用いて、ピコ秒のタイムスケールでπラジアンにいたるまでの任意の角度すべてにわたり、単一スピンを回転させている。観測されたスピン回転は、真の単一量子ビットへの作用となっており、可干渉時間よりもずっと短いタイムスケールで実行されて、実際の応用に必要な多数の操作に容易にスケールアップできるものである。しかしながら、ダイアモンド中の窒素空孔(nitrogen vacancy NV)の場合、操作されるべき単一スピンは背景となるスピンの浴槽に中にあり、そのスピン槽はNV 中心の量子的ダイナミクスにとって有害なものである。Hanson たち(p.352, 2008年3月13日にオンラインにて出版; 及び表紙参照) は、実験的、および、数値的モデリングを与えている。これは、その結合について理解し、究極的には NV 中心のスピンの量子的ダイナミクスにおける可干渉性を制御することを目的としたものである。(Wt)
Picosecond Coherent Optical Manipulation of a Single Electron Spin in a Quantum Dot
p. 349-352.
Coherent Dynamics of a Single Spin Interacting with an Adjustable Spin Bath
p. 352-355.

細胞のオリエンテーリング(Cellular Orienteering)

細胞は膜の収縮や細胞運動の方向性をどのように制御しているのだろうか?Witzeたち(p.365;Bowermanによる展望記事参照)は、発生上のシグナル伝達タンパク質であるWntに応答する細胞を調べた。培養されたヒトメラノーマ細胞は、細胞表面近傍の受容体、接着タンパク質、細胞骨格タンパク質、及びモータータンパク質からなるクラスターを蓄積することでWnt5Aに応答していた。細胞がケモカインの濃度勾配にしたがって配向すると、このタンパク質クラスターは細胞の後ろ側で非対称的に局在化する。この構造は、細胞骨格成分と細胞接着、及び細胞とのシグナル伝達を仲介する受容体の作用を統合するのに役立ち、膜収縮や細胞運動を制御している。(KU)
Wnt5a Control of Cell Polarity and Directional Movement by Polarized Redistribution of Adhesion Receptors
p. 365-369.
CELL SIGNALING: Wnt Moves Beyond the Canon
p. 327-328.
   

神経細胞の生存に関する陰と陽(The Yin and Yang of Neutral Maintenance)

発生の間、より多くの末梢性のニューロンが最終的に必要とされる以上に標的器官に投射される。このニューロンは、次に標的細胞に分泌されている神経栄養因子に対して競争する。Deppmannたち(p.369、2008年3月6日のオンライン出版)は、これらのニューロンが成長因子を保持するに当たって同じようなアクセスをしているにもかかわらず、どのような方法であるものは生き延び、あるものは死んでいくのかを説明している。その答えは一連のフィードバックループに依存しているらしい。標的細胞に分泌された神経成長因子(NGF)は、単にそれ自身の受容体の発現を刺激するだけでなく、神経細胞の死をもたらす他の因子の発現をも促進している。生き残ったニューロンはかなり強いNGFシグナル伝達能力を持っており、拮抗性のシグナルに抵抗しているようだ。(KU)
A Model for Neuronal Competition During Development
p. 369-373.

免疫グロブリンの改良(Improving on Immunoglobulins)

免疫グロブリンの静注(IVIG)治療には、ヒト血清免疫グロブリンG(IgG)のプールされた分画を用いて、自己免疫疾患を含む多様な症状を処置している。その処置は、用いられた免疫グロブリンのある分画の抗炎症活性に幾分か依存、そしてIgG鎖の一定の部位でのN-結合した糖のシアル化が重要であることが知られている。Anthonyたち(p.373)は、特異的なシアル酸-ガラクトース結合が抗炎症活性に必要であることを明白にしている。組み換え型のシアル酸付加されたIgGFcフラグメントはIVIG抗炎症活性を回復したが、このことはヒトドナーを必要とせずにIVIGの有効性を獲得できることを示唆している。(KU,hE)
Recapitulation of IVIG Anti-Inflammatory Activity with a Recombinant IgG Fc
p. 373-376.

細菌の線毛組み立ての再現(Reconstitution of Bacterial Pilus Assembly)

接着性の線毛は細菌の表面にある糸状のタンパク質複合体であり、この線毛は病原菌の宿主組織への接着に介在している。線毛は細菌の細胞膜での秩序だった巨大分子の組み立てを研究する上での概念図として役立つ。Nishiyamaたち(p.376、2008年3月27日のオンライン出版)は尿路疾患性の大腸菌由来の1型線毛を用いて、精製された線毛タンパク質からの接着性の線毛に関するin vitroでの組み立てと分泌系の完全なる再構築を行った。その再構築により、タンパク質触媒が超分子タンパク質複合体の秩序だった組み立てをどのように促進しているかが明らかになった。(KU,hE)
Reconstitution of Pilus Assembly Reveals a Bacterial Outer Membrane Catalyst
p. 376-379.

受容体に挟まれたdsRNA(Receptor-dsRNA-Receptor)

Toll様受容体は、病原体が付随した分子を認識し、炎症反応を引き起こす。たとえば、Toll様受容体3(TLR3)は、ウイルス複製における中間物である二本鎖RNA(dsRNA)を認識する。このToll様受容体3の外部ドメインは二量体としてdsRNAに結合するが、そのシグナル伝達の分子基盤は不明なままである。Liuたちはこのたび、マウスの2つのToll様受容体3-外部ドメインとdsRNAとの間でできる複合体の構造を報告している(p. 379)。2つの蹄鉄型のToll様受容体3-外部ドメインモノマーは、dsRNAの反対面に、そのN末端およびC末端を介して結合し、C末端を介して二量体化することで、N末端が直線的なdsRNA分子の逆の端にくるようになる。この二量体形成モードは、受容体の細胞質領域の二量体形成を促進することで、シグナル伝達を促進しうるのである。(KF)
Structural Basis of Toll-Like Receptor 3 Signaling with Double-Stranded RNA
p. 379-381.

小さな違い、大きな結果(Little Change, Large Consequence)

ときには、配列における小さな変化が大きなタンパク質の構造の全体的なアーキテクチャを変えることがある。タンパク質の組み立てを理解するための1つの体系は、細菌の鞭毛フィラメント、すなわちサルモネラ菌由来の11の原繊維を含むプロトタイプである。Galkinたちはこのたび、カンピロバクター(Camplyobacter)における相同的な鞭毛フィラメントが7つの原繊維しか含んでいないことを示している(p.382)。この違いは、サルモネラ菌においてコイルドコイル形成に関与し、そして脊椎動物のToll様受容体5(TLR5)によって認識される、フラリゲン(鞭毛を構成する球状のタンパク質)の或る領域の配列の違いに関係している可能性がある。カンピロバクターはTRL5によっては認識されず、そうしたTRL5からの回避が四次構造における変化を導いているらしい。(KF,KU)
Divergence of Quaternary Structures Among Bacterial Flagellar Filaments
p. 382-385.

抗うつ薬と成体の脳の可塑性(Antidepressants and Adult Brain Plasticity)

抗うつ薬の作用機序はいまだ不明であるが、神経可塑性が重要である可能性がある。Maya Vetencourtたちは、抗うつ薬による慢性投与によってラット成体の視覚系の可塑性が回復するかどうかを研究した(p. 385)。著者たちは可塑性に関する2つの古典的モデルを用いた。単眼を失った後の視覚皮質ニューロンの眼球優位性シフトと、長期の単眼欠乏の後の成体における視覚機能の回復である。驚いたことに、抗うつ薬の慢性投与は視覚野における脳由来神経栄養因子の発現を増加させ、皮質内抑制を減少させ、その結果、成体における眼球優位の可塑性を回復し、成体ラットにおける視覚の回復を促進したのである。抗うつ薬は、つまり、脳全体を通じての可塑性を増加させており、これこそが抗うつ効果を説明できる可能性を示すものであろう。(KF)
The Antidepressant Fluoxetine Restores Plasticity in the Adult Visual Cortex
p. 385-388.

C60の原子様軌道(Atomlike Orbitals of C60)

原子間の軌道混成が化学結合を形成させる基礎となり、原子軌道の普通の対称性は中心クーロンポテンシャルの中での電子の動きが基になっている。Fengたち(p. 359)は、ほぼ球対称のC60の分子軌道が原子軌道に似ているかどうかを調べた。彼らは、孤立分子と、二量体やワイアー、及び部分的に単層の凝集体としての両者を、クリーンなかつ部分的に酸化された銅の表面に吸着されたC60の走査型トンネル顕微鏡像を示している。彼らは、供給バイアスでチップ高さを変動させて走査することによって、C60の最低空軌道(LUMO)を観察している。凝集体において、3.5eV以下のエネルギー状態にある最初の3つの非占有状態が局在化しているが、一方、高い励起状態では非局在化し、単純な原子軌道からなる分子軌道に似ている。著者たちは、遮蔽電荷(screening charge)と電子との相互作用により、原子様軌道を引き起こす中心クーロンポテンシャルを生成する超原子(superatom)としてC60が振舞うことを示唆している。(hk,KU)
Atomlike, Hollow-Core–Bound Molecular Orbitals of C60
p. 359-362.

グラフェンデバイスの多様性(Graphene Device Diversity)

グラフェン(graphene)の機械的性質と結びついた特異的なエネルギーのバンド図をもつ質量のないチャージキャリアは、基礎的な面及び応用面の激烈な研究対象となってきた。graphene単一層からの多様な直径の量子-ドットデバイスを作ることによって、Ponomarenkoたちは、そのデバイスがサイズに依存した多様な特徴的性質を示すことを明らかにしている(p. 356; またWesterveltによる展望記事参照)。最大の量子ドットは通常の単一電子トランジスターの作用を示し、中間的な大きさのドットは、空胴を跳ね回る光に似て、エネルギー準位という点で無秩序な振る舞いをする。最小のドットは室温で作用する量子ポイントコンタクト(quantum point contact)のように振舞うのである。(KF)
Chaotic Dirac Billiard in Graphene Quantum Dots
p. 356-358.
APPLIED PHYSICS: Graphene Nanoelectronics
p. 324-325.

実験室で生きるのは楽(Easy Life in the Lab)

酵母におけるほとんどの遺伝子を1つだけ欠失させても、実験室において維持されている酵母細胞においては、認識しうるほどの表現型の違いは現れない。これは、多くの遺伝子がそもそも不要なのか、或いは他の仕組みによって補償されているためだろうか? 1000回を越す化学的ゲノム実験において、Hillenmeyerたちは、酵母の培地を何百もの小さな分子に、或いはさまざまな環境ストレスに曝して、個々の欠失をもつ細胞の増殖欠損をチェックした(p. 362)。ほとんどの遺伝子は、実際に重要な生物学的機能をもっていた。酵母細胞が実験室の伝統的に「豊かな」培地で成長する贅沢が許されないケースでは、ほとんどすべての遺伝子が最適な増殖にとって必須だったのである。(KF)
The Chemical Genomic Portrait of Yeast: Uncovering a Phenotype for All Genes
p. 362-365.

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